God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
74 / 174
4章.Tractus

エイダーの目

しおりを挟む
 
 †††

 執務室で書簡の整理をしていたゾフィエルはハッと手を止める。

 ――ミカ…?

 胸騒ぎがする。
 この時間、あちらは夜通し行われるパーティーで盛り上がっていることだろう。
 何かあったのだろうか。
 ゾフィエルは羽ペンと羊皮紙を用意し、イファノエ帝国へ向け、ミカエルの動向を問う書簡をしたためた。

「早急に届けてくれ」
「はっ」

 ブランリス王国とイファノエ帝国の間柄は、親しいとは言いがたい。よって、現状を知るにはこのような手段しかなかった。何事もないなら、それでいい。
 の国の皇帝や皇子がミカエルに手を出すことはないだろう。ミカエルという存在は特別だ。どの国も、丁重に扱うはずである。だからゾフィエルは、ミカエルにああは言ったものの、そこまで心配していなかったのだ。

 ――何がある。
 
 反教会の勢力はイファノエにもいる。彼らが何か仕掛けてきたのだろうか。それとも、何かの騒ぎに巻き込まれたのかもしれない。
 ゾフィエルは目蓋を閉じて、エイダーと呼んでいる鳥に意識を送る。
 わりと近くにいるようだ。パーティーが行われているであろう城とミカエルのイメージを送れば、そちらへ向かってくれるのが感覚的にわかった。
 エイダーの速度では、四、五時間といったところか。ゾフィエルはその間、しばし眠ることにする。休める時に休むのは、動くときに全力で動けるようにするためだ。
 不安や心配は沸々と湧き上がる。ゾフィエルはゆっくりと息を吐いてそれらを追い出すと、仮眠室のベッドへ向かった。

 目覚めたのは四時間後だった。
 エイダーと視界を共有する。ちょうど城の近くまで来ていた。どうやら急いでくれたらしい。ゾフィエルは心の中で感謝する。
 エイダーは城の敷地に広がる庭園の上空を旋回した。
 すでにパーティーはお開きになっているようだ。招待客の姿はほとんどない。レリエルがフェルナンデルと何やら話している。あれはイザベルだろうか。優美なドレスで着飾った女性も、傍らで首を傾げていた。連れて来られた給仕の者が頭を下げている。そうして、力術円りきじゅつえんのほうへレリエルらを誘った。

 ――もしかして、ミカのことか。

 何か不測の事態が起こっているのかもしれない。
 彼らの近くの木の枝にエイダーが留まる。フェルナンデルもイザベルも、強張った表情をしていた。給仕の者はひたすら頭を下げ、弁解しているようだ。レリエルが付き人に何やら命じる。――ブランリスに、至急…?
 ゾフィエルは一つの仮説を立てる。
 ミカエルは、力術円でどこかへ行ってしまった。ブランリスではない、どこかへ。胸騒ぎがしたのは、それが本人の意志ではないから。いったいどこへ――。
 頭を下げていた給仕の者が、テーブルの方へレリエルらを案内する。
 飲み物の入ったグラスが幾つか置かれているテーブルだ。ジュースだろうか。色味からして、柑橘系か。この時期、柑橘系の果物がよく採れる国は様々ある。いや、あれは。

「クィースイ」

 アクレプン帝国の特産物だ。
 ゾフィエルはガタリと立ち上がり、早急に支度を済ませると、ミカエルたちが住んでいる森の家へ瞬間移動した。
 玄関ドアをノックをする。
 しばらくして開き、ルシエルが姿を現した。濡れ羽色の髪。冷たい紅の瞳と目が合い、一瞬身を硬くする。

「なにか?」

 私服姿のゾフィエルに、ルシエルはかすかに怪訝な表情かおをした。

「……ああ。まだ確定事項ではないのだが、ミカエルに不測の事態が起こっている可能性が高い」

 ルシエルはかすかに首を傾げる。ゾフィエルは胸騒ぎがしたことや、ミカエルがパーティー会場に見当たらないことを話した。

「なぜ、その様子を知っている」
「私にはそのような能力がある」

 それは、ヨハエルにすら話していない能力だ。
 ルシエルは肩をすくめて口を開いた。

「とりあえず、その言葉を信じることにしよう。それで、彼はアクレプンにいると」
「おそらく。アプレクンは真正面から訪ねたところで、応じてくれるかわからない」
「つまり、どうにかして入りこむ必要がある」
「ああ。の国に侵入し、ミカエルを救出する。……協力してくれるか」

 ルシエルは緑が滲む群青色の瞳を静かに眺め、「ああ」と答えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...