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4章.Tractus
エイダーの目
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執務室で書簡の整理をしていたゾフィエルはハッと手を止める。
――ミカ…?
胸騒ぎがする。
この時間、あちらは夜通し行われるパーティーで盛り上がっていることだろう。
何かあったのだろうか。
ゾフィエルは羽ペンと羊皮紙を用意し、イファノエ帝国へ向け、ミカエルの動向を問う書簡をしたためた。
「早急に届けてくれ」
「はっ」
ブランリス王国とイファノエ帝国の間柄は、親しいとは言いがたい。よって、現状を知るにはこのような手段しかなかった。何事もないなら、それでいい。
彼の国の皇帝や皇子がミカエルに手を出すことはないだろう。ミカエルという存在は特別だ。どの国も、丁重に扱うはずである。だからゾフィエルは、ミカエルにああは言ったものの、そこまで心配していなかったのだ。
――何がある。
反教会の勢力はイファノエにもいる。彼らが何か仕掛けてきたのだろうか。それとも、何かの騒ぎに巻き込まれたのかもしれない。
ゾフィエルは目蓋を閉じて、エイダーと呼んでいる鳥に意識を送る。
わりと近くにいるようだ。パーティーが行われているであろう城とミカエルのイメージを送れば、そちらへ向かってくれるのが感覚的にわかった。
エイダーの速度では、四、五時間といったところか。ゾフィエルはその間、しばし眠ることにする。休める時に休むのは、動くときに全力で動けるようにするためだ。
不安や心配は沸々と湧き上がる。ゾフィエルはゆっくりと息を吐いてそれらを追い出すと、仮眠室のベッドへ向かった。
目覚めたのは四時間後だった。
エイダーと視界を共有する。ちょうど城の近くまで来ていた。どうやら急いでくれたらしい。ゾフィエルは心の中で感謝する。
エイダーは城の敷地に広がる庭園の上空を旋回した。
すでにパーティーはお開きになっているようだ。招待客の姿はほとんどない。レリエルがフェルナンデルと何やら話している。あれはイザベルだろうか。優美なドレスで着飾った女性も、傍らで首を傾げていた。連れて来られた給仕の者が頭を下げている。そうして、力術円のほうへレリエルらを誘った。
――もしかして、ミカのことか。
何か不測の事態が起こっているのかもしれない。
彼らの近くの木の枝にエイダーが留まる。フェルナンデルもイザベルも、強張った表情をしていた。給仕の者はひたすら頭を下げ、弁解しているようだ。レリエルが付き人に何やら命じる。――ブランリスに、至急…?
ゾフィエルは一つの仮説を立てる。
ミカエルは、力術円でどこかへ行ってしまった。ブランリスではない、どこかへ。胸騒ぎがしたのは、それが本人の意志ではないから。いったいどこへ――。
頭を下げていた給仕の者が、テーブルの方へレリエルらを案内する。
飲み物の入ったグラスが幾つか置かれているテーブルだ。ジュースだろうか。色味からして、柑橘系か。この時期、柑橘系の果物がよく採れる国は様々ある。いや、あれは。
「クィースイ」
アクレプン帝国の特産物だ。
ゾフィエルはガタリと立ち上がり、早急に支度を済ませると、ミカエルたちが住んでいる森の家へ瞬間移動した。
玄関ドアをノックをする。
しばらくして開き、ルシエルが姿を現した。濡れ羽色の髪。冷たい紅の瞳と目が合い、一瞬身を硬くする。
「なにか?」
私服姿のゾフィエルに、ルシエルはかすかに怪訝な表情をした。
「……ああ。まだ確定事項ではないのだが、ミカエルに不測の事態が起こっている可能性が高い」
ルシエルはかすかに首を傾げる。ゾフィエルは胸騒ぎがしたことや、ミカエルがパーティー会場に見当たらないことを話した。
「なぜ、その様子を知っている」
「私にはそのような能力がある」
それは、ヨハエルにすら話していない能力だ。
ルシエルは肩をすくめて口を開いた。
「とりあえず、その言葉を信じることにしよう。それで、彼はアクレプンにいると」
「おそらく。アプレクンは真正面から訪ねたところで、応じてくれるかわからない」
「つまり、どうにかして入りこむ必要がある」
「ああ。彼の国に侵入し、ミカエルを救出する。……協力してくれるか」
ルシエルは緑が滲む群青色の瞳を静かに眺め、「ああ」と答えた。
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