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4章.Tractus
お家事情
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男装の令嬢。女騎士ゼベルがグラスを上げてやってきた。
「俺は飲まねえ」
「ああん? パーティーだぞ。飲んで踊って夜を明かすものだろう」
さぁ飲めとグラスを渡してくるので後ろに下がる。
「弱いんだよ。いらねぇって」
「なんだ、飲めないのか。それなら…、あのカクテルは甘くて美味いぞ。度数もそんなにない」
「ゼベル、あなたのそんなには当てにならないわ」
二人の押し問答を見ていたイザベルが目を細めた。
「ははっ、そうか? イザベル、綺麗だな。ご結婚、おめでとう」
ゼベルは紳士のごとくイザベルの手をすっと取り、優美にお辞儀した。
「どういたしまして。知ってて? 彼女、そこらの男よりモテるのよ」
肩をすくめて言われ、ミカエルは無言でゼベルを眺めた。
「さすがに花嫁を口説いたりはしない」
ゼベルは悪戯に言い、豪快に笑った。その目がレリエルを捉えるや、そちらに向かう。
「よぅ、結婚おめでとう! 乾杯だ。ついにおまえも結婚したな」
「……ゼベル、おまえもそろそろ落ち着いたらどうだ」
「ハンッ。私が淑女になんぞなってみろ。百を超える女が泣くぞ」
「どこでそんなに誑かすんだ。そもそも、おまえも女だろう」
「男と思っていたのは誰だったかな?」
二人はずいぶん親しげだ。意外な組み合わせに、ミカエルは眉を上げた。
「幼い頃、同じ所で勉学に励んだのさ」
貴族と語らっていたフェルナンデルがやって来て、レリエルを温かな瞳に映す。
「へぇ」
「兄上が表情筋を使うことを忘れなかったのは、きっと彼女のおかげだ」
レリエルのことを語るフェルナンデルの雰囲気は優しく物憂げだ。その顔を眺めていたら、こちらを向いたフェルナンデルがかすかに眉尻を下げた。
「最初に会ったとき、そなたの顔に "似ていない" と書いてあった」
「ああ…」
あのときは、はぐらかされたと思ったものだ。
「兄上には、一族の血が濃く出ている。私は母親似なんだ。一族の特質は継がなかった」
「一族の特質?」
「ああ。代を重ねるごとに色素が薄くなり、日の光に弱くなっている。力の性質も偏っているな」
古くからある家柄の間では知られたことだと、フェルナンデルは語った。
「ファルカストラム家は近親相姦を繰り返してきたから…。その代償なんだろう」
「きんしん…?」
「血を濃く残すことを望んだのさ。父上は異なる選択をされた。そのおかげで、私はいたって健康だ」
けれど、レリエルは。
「そなたは対極にいるような存在だから、どうにも強く当たってしまうのかもしれない」
ブランリスの王族も、何かを行ってきたのだろうか。その結果、短命になった――?
喉が渇いたミカエルは、飲めるものを探して彷徨う。どこを向いても、洒落たグラスに注がれているのはどうやら酒だ。
ミカエルは通りがかりの給仕の人に聞いてみた。
「酒じゃない飲み物はどこですか」
「ジュースはどうだ? 酸味があるのが苦手でなければ」
答えは横から返ってきた。異国の服を着た小麦色の肌の男が、ジュースらしきものを持っている。
色気のある気怠げな目許。シナモン色のウェーブした髪はオールバックで、上半分だけ後ろでまとめていた。緑や赤など、様々な色のピアスをしている。レリエルと同じくらいの年齢に見えるが、ちょっとした顎髭があり、年齢は定かでなかった。
そういえば、ブランリスでは髭のある若者は見かけない。
「俺も酒は飲まないんでね。ちょうど、作ってもらったところさ」
彼の後ろには、ジュースを用意しているテーブルがあった。そこにいた給仕の男と目が合い、会釈される。ミカエルは男からジュースを受け取り、スンと匂いを嗅いだ。香りは甘い。
「レリエル殿下も結婚か。弟のフェルナンデル殿下の方が先だった。彼は結婚しないのかと思っていたな」
男は呟くように言い、ジュースを飲んだ。
ミカエルは目を瞬く。
フェルナンデルが結婚していたとは。しかし、二十歳をすぎているであろう彼の年齢から考えると、おかしな話ではない。
「広間では、そろそろダンスパーティーが始まるらしい。踊らないのか?」
「俺は…」
ダンスのダの字も知らないミカエルは首を振る。
「素敵な女性との出会いがあるかもしれないぞ」
「いらないです」
「へぇ、想い人でも?」
「そうじゃないけど」
そのような事に興味が湧かない。政略結婚ばかり見てきたからだろうか。煌びやかな世界はつかれる。
「そなたはモテるだろう」
「そんなことないです」
ミカエルは睫毛を伏せてジュースを飲んだ。独特な甘酸っぱさが口に広がる。
「女遊びもしないのか」
「しないです」
結婚式のパーティーだけあり、今日はそのような事をよく聞かれるなと思う。半目でジュースを飲んでいると、男が呟いた。
「どうやら、本当に女誑しじゃないようだ」
「女たらし…?」
なんだか視界がぼんやりする。これは酒ではないはずだが…。
「……あなたは、」
「おっと、つかれているのか? あの木の下にベンチがある」
よたりと傾いだミカエルの身体を、男が支えて連れて行く。
「俺の名はヤグニエだ」
「……ヤグニエ」
「ああ。アクレプン帝国の皇子さ」
――アクレプン。ミカエルはかすかに目を見開く。
「ムニーラが世話になったな。いけ好かない相手との結婚で、むしゃくしゃしてたんだろう。彼女は自らそなたを誘ったと言ったが、父上が納得しないんだ」
身体の自由が利かない。朦朧とする意識のなか、肩を支えられ、歩かされるままに歩いていたら、力術円の前に着いていた。
「そなたを殺すよう命じる勢いだったぞ。ムニーラが必死に宥めて免れたが。処罰を下すよう、俺に仰せになった」
――処罰?
力術円の光に視界が包まれ、どこかに出た。こちらも野外で、先ほどいた場所より気温が高い。
「ようこそ、アクレプンへ。――俺の部屋に連れて行け」
「御意にございます」
ミカエルの意識はそこで途切れた。
「俺は飲まねえ」
「ああん? パーティーだぞ。飲んで踊って夜を明かすものだろう」
さぁ飲めとグラスを渡してくるので後ろに下がる。
「弱いんだよ。いらねぇって」
「なんだ、飲めないのか。それなら…、あのカクテルは甘くて美味いぞ。度数もそんなにない」
「ゼベル、あなたのそんなには当てにならないわ」
二人の押し問答を見ていたイザベルが目を細めた。
「ははっ、そうか? イザベル、綺麗だな。ご結婚、おめでとう」
ゼベルは紳士のごとくイザベルの手をすっと取り、優美にお辞儀した。
「どういたしまして。知ってて? 彼女、そこらの男よりモテるのよ」
肩をすくめて言われ、ミカエルは無言でゼベルを眺めた。
「さすがに花嫁を口説いたりはしない」
ゼベルは悪戯に言い、豪快に笑った。その目がレリエルを捉えるや、そちらに向かう。
「よぅ、結婚おめでとう! 乾杯だ。ついにおまえも結婚したな」
「……ゼベル、おまえもそろそろ落ち着いたらどうだ」
「ハンッ。私が淑女になんぞなってみろ。百を超える女が泣くぞ」
「どこでそんなに誑かすんだ。そもそも、おまえも女だろう」
「男と思っていたのは誰だったかな?」
二人はずいぶん親しげだ。意外な組み合わせに、ミカエルは眉を上げた。
「幼い頃、同じ所で勉学に励んだのさ」
貴族と語らっていたフェルナンデルがやって来て、レリエルを温かな瞳に映す。
「へぇ」
「兄上が表情筋を使うことを忘れなかったのは、きっと彼女のおかげだ」
レリエルのことを語るフェルナンデルの雰囲気は優しく物憂げだ。その顔を眺めていたら、こちらを向いたフェルナンデルがかすかに眉尻を下げた。
「最初に会ったとき、そなたの顔に "似ていない" と書いてあった」
「ああ…」
あのときは、はぐらかされたと思ったものだ。
「兄上には、一族の血が濃く出ている。私は母親似なんだ。一族の特質は継がなかった」
「一族の特質?」
「ああ。代を重ねるごとに色素が薄くなり、日の光に弱くなっている。力の性質も偏っているな」
古くからある家柄の間では知られたことだと、フェルナンデルは語った。
「ファルカストラム家は近親相姦を繰り返してきたから…。その代償なんだろう」
「きんしん…?」
「血を濃く残すことを望んだのさ。父上は異なる選択をされた。そのおかげで、私はいたって健康だ」
けれど、レリエルは。
「そなたは対極にいるような存在だから、どうにも強く当たってしまうのかもしれない」
ブランリスの王族も、何かを行ってきたのだろうか。その結果、短命になった――?
喉が渇いたミカエルは、飲めるものを探して彷徨う。どこを向いても、洒落たグラスに注がれているのはどうやら酒だ。
ミカエルは通りがかりの給仕の人に聞いてみた。
「酒じゃない飲み物はどこですか」
「ジュースはどうだ? 酸味があるのが苦手でなければ」
答えは横から返ってきた。異国の服を着た小麦色の肌の男が、ジュースらしきものを持っている。
色気のある気怠げな目許。シナモン色のウェーブした髪はオールバックで、上半分だけ後ろでまとめていた。緑や赤など、様々な色のピアスをしている。レリエルと同じくらいの年齢に見えるが、ちょっとした顎髭があり、年齢は定かでなかった。
そういえば、ブランリスでは髭のある若者は見かけない。
「俺も酒は飲まないんでね。ちょうど、作ってもらったところさ」
彼の後ろには、ジュースを用意しているテーブルがあった。そこにいた給仕の男と目が合い、会釈される。ミカエルは男からジュースを受け取り、スンと匂いを嗅いだ。香りは甘い。
「レリエル殿下も結婚か。弟のフェルナンデル殿下の方が先だった。彼は結婚しないのかと思っていたな」
男は呟くように言い、ジュースを飲んだ。
ミカエルは目を瞬く。
フェルナンデルが結婚していたとは。しかし、二十歳をすぎているであろう彼の年齢から考えると、おかしな話ではない。
「広間では、そろそろダンスパーティーが始まるらしい。踊らないのか?」
「俺は…」
ダンスのダの字も知らないミカエルは首を振る。
「素敵な女性との出会いがあるかもしれないぞ」
「いらないです」
「へぇ、想い人でも?」
「そうじゃないけど」
そのような事に興味が湧かない。政略結婚ばかり見てきたからだろうか。煌びやかな世界はつかれる。
「そなたはモテるだろう」
「そんなことないです」
ミカエルは睫毛を伏せてジュースを飲んだ。独特な甘酸っぱさが口に広がる。
「女遊びもしないのか」
「しないです」
結婚式のパーティーだけあり、今日はそのような事をよく聞かれるなと思う。半目でジュースを飲んでいると、男が呟いた。
「どうやら、本当に女誑しじゃないようだ」
「女たらし…?」
なんだか視界がぼんやりする。これは酒ではないはずだが…。
「……あなたは、」
「おっと、つかれているのか? あの木の下にベンチがある」
よたりと傾いだミカエルの身体を、男が支えて連れて行く。
「俺の名はヤグニエだ」
「……ヤグニエ」
「ああ。アクレプン帝国の皇子さ」
――アクレプン。ミカエルはかすかに目を見開く。
「ムニーラが世話になったな。いけ好かない相手との結婚で、むしゃくしゃしてたんだろう。彼女は自らそなたを誘ったと言ったが、父上が納得しないんだ」
身体の自由が利かない。朦朧とする意識のなか、肩を支えられ、歩かされるままに歩いていたら、力術円の前に着いていた。
「そなたを殺すよう命じる勢いだったぞ。ムニーラが必死に宥めて免れたが。処罰を下すよう、俺に仰せになった」
――処罰?
力術円の光に視界が包まれ、どこかに出た。こちらも野外で、先ほどいた場所より気温が高い。
「ようこそ、アクレプンへ。――俺の部屋に連れて行け」
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