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4章.Tractus
そしてパーティー
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式が始まるまで、まだ時間がありそうだ。招待客はあちこち小声で話していた。前の長椅子に座っている教会関係者と思われる男たちも、コソコソ話している。
「――バードム猊下が亡くなられたそうで」
「物取りの犯行と聞いたが…」
「何を奪われたのか、わからんのでしょう?」
「何やら、周囲に見せびらかしていたとか」
「うむ…。たしか猊下は宝石収集の趣味がおありでしたな――」
なんとなく耳を傾けていたミカエルはハッとした。
『そいつの名前は?』
『あー……うーん……ベ…、あー、バー…?』
もしかして、シャボリの錬金術師からルシエルの大切な物を手に入れた枢機卿が殺されたのか。物取りの犯行――犯人は、それが何か知っている?
考えているうちに新郎新婦が入場し、結婚の儀が厳かに始まった。
中身はレグリアで出席した結婚式と大差ない。けれども、この聖堂の雰囲気のせいか、人々の豪華な装いのせいか、より仰々しく感じた。
式が終わればパーティーだ。ルシエルに例の枢機卿の話をしたい。帰ろうかなと思っていたところ、後ろから肩をガッシリ組まれた。
ミカエルは半目になって息を吐く。
「やぁミカエル。そなたの席は前列に用意してあったのに。目が合っただろう? つれないなぁ」
「……フェルナンデル。ちゃんと出席したからいいだろ」
「ああ、来てくれて嬉しいよ。兄上に代わって礼を言おう。さぁ、馬車が来たぞ」
こうして、ミカエルはあえなくパーティーに出席することになってしまった。
人々の祝福を受けながら、馬車の列は城へ向かう。暮れゆく空を背景に立つ城は攻撃的だ。尖った塔が多いからそう感じるのだろうか。優美なブランリスの城と、まったく異なる印象だった。
ミカエルは向かいに座ったフェルナンデルに目をやる。
「あの殿下が俺に招待状を出すなんて、思えねえんだけど」
「はははっ。最初にそなたを招待したいと言ったのはイザベル姫だ。そなたは隅に置けない男だな」
ウインクされ、ミカエルの頬がヒクリとした。
「私もまた、そなたと話したいと思っていたんだ。デビル退治の旅はどうだ?」
「……最初は気楽だったんだけどな。世の中色々あるらしい」
ミカエルは睫毛を伏せる。
人々がデビルをどれほど脅威に感じているか。それに、ミカエルの命を狙う集団もいる。不可解な事件に遭遇したこともあった。
「そなたは森で育ったのだったな」
「おう。森はいいぜ。敵も味方もねえし、安らぐ」
バラキエルが家にいなくとも、やはりミカエルは森暮らしが好きだ。
「師匠には会えたのか?」
「……ああ」
「よかったじゃないか。そのために旅がしたかったのだろう? 今後も旅を続けるのか」
「師匠は、もうあの頃には戻れねえって。お前の道を行けって、言われちまったから…」
いつの間にか下がっていた視線。励ますように肩をポンポン叩かれ、顔を上げる。
「きっと見つかる」
「……だと、いいけど」
ミカエルは窓の外へ目をやる。蒼然とした世界をいくら眺めても、なんの答えも導き出せそうになかった。
「元気のないそなたは新鮮だな」
ハグしていいかと迫るので、ミカエルはうんざり顔で腕を突っ張り押しのける。
「そなたは結婚の予定はないのか?」
「あ? ない」
「ふむ。サクラムの女性は大らかで良いぞ。今度、紹介しようか」
「いい」
ミカエルはツンと目を逸らす。王族の紹介する相手など、面倒事の予感しかしない。
馬車が止まり、外へ出る。
庭園に幾つものテーブルが置かれ、洒落たランプがムードを高めていた。庭に面した広間も解放されているようだ。
さっそく渡されそうになったお酒のグラスを拒否したとき、華やかなドレスに身を包んだイザベルがやってきた。
「ミカエル、来てくれて嬉しいわ」
「……ご結婚、おめでとうございます」
「他人行儀ね。まぁいいわ。そなたを招待したのは、言いたいことがあったからなの」
勝気な瞳がミカエルを見上げる。
「わたし、ブランデレン公国の正当なる継承者の血筋として、その誇りを胸に最期まで生きるって、そなたに言ったでしょう?」
「……ああ」
「誤解しないでほしいのだけど、あれは高貴な血のことを言ったのではないわ。我がブランデレン家は、ブランデレンの地が、民が、豊かであれるよう尽くしてきた。そのことが誇りなの」
それを伝えるために、わざわざ…。ミカエルは目を瞬く。
「これでスッキリしたわ」
イザベルは腰に手を当て、フッと笑った。
ちょうどレリエルが通りがかり、目が合う。一瞬、オッドアイの瞳に憎しみにも似た感情が滲んだ。
黒地に金の装飾が施された服を纏う彼は、堂々たる姿をしている。しかし、その肌は蒼白く、任命式のパーティーで会ったときより更に儚げに見えた。
「……空気に溶けちまいそうだ…」
思わず口から洩れた言葉はレリエルに届いたらしい。彼は目を見開いて、身を翻して行ってしまった。
ミカエルは首に手をやり、イザベルに視線を移す。
「政略結婚なのか」
「……ええ。わたしの恋人は、先の戦争で亡くなったの」
ミカエルは目を丸くした。
「ブランリスとの戦いで?」
「そうよ。……身分違いの恋だった。彼は、お母様に焚きつけられて戦に参じたの」
武勲を上げれば結婚を許す。そのような事を言われたのだと、イザベルは思っている。
「彼、そんなに強くなかったの。行ってしまったら、きっと生きて戻れない。そう思っていたわ」
「それでもう、違うやつと結婚か」
ミカエルは眉を上げた。ブランリスで会ったときも、イザベルはまったく弱った様子ではなかったのだ。すると彼女は小さく息を吐く。
「わたしは王女よ。この血を絶やすわけにはいかないわ。それに、彼はわたしの笑顔が好きだったの。だからわたしは笑顔でいるのよ」
「……強いな」
「この想いは、誰にも消せやしないわ」
イザベルは凛と微笑み、レリエルの方へ目をやる。
「レリエル殿下は、想いを抱いたままのわたしをそのまま受け入れてくれたの。お互い恋心はないけれど、良いパートナーになれると思うわ」
レリエルから嫌そうな顔ばかり向けられているミカエルは、彼に良い印象はない。けれども、悪い人ではないのかもしれないと思った。
「よぅ、ミカエル! 飲んでるか?」
振り返ったミカエルは一瞬固まる。
「――バードム猊下が亡くなられたそうで」
「物取りの犯行と聞いたが…」
「何を奪われたのか、わからんのでしょう?」
「何やら、周囲に見せびらかしていたとか」
「うむ…。たしか猊下は宝石収集の趣味がおありでしたな――」
なんとなく耳を傾けていたミカエルはハッとした。
『そいつの名前は?』
『あー……うーん……ベ…、あー、バー…?』
もしかして、シャボリの錬金術師からルシエルの大切な物を手に入れた枢機卿が殺されたのか。物取りの犯行――犯人は、それが何か知っている?
考えているうちに新郎新婦が入場し、結婚の儀が厳かに始まった。
中身はレグリアで出席した結婚式と大差ない。けれども、この聖堂の雰囲気のせいか、人々の豪華な装いのせいか、より仰々しく感じた。
式が終わればパーティーだ。ルシエルに例の枢機卿の話をしたい。帰ろうかなと思っていたところ、後ろから肩をガッシリ組まれた。
ミカエルは半目になって息を吐く。
「やぁミカエル。そなたの席は前列に用意してあったのに。目が合っただろう? つれないなぁ」
「……フェルナンデル。ちゃんと出席したからいいだろ」
「ああ、来てくれて嬉しいよ。兄上に代わって礼を言おう。さぁ、馬車が来たぞ」
こうして、ミカエルはあえなくパーティーに出席することになってしまった。
人々の祝福を受けながら、馬車の列は城へ向かう。暮れゆく空を背景に立つ城は攻撃的だ。尖った塔が多いからそう感じるのだろうか。優美なブランリスの城と、まったく異なる印象だった。
ミカエルは向かいに座ったフェルナンデルに目をやる。
「あの殿下が俺に招待状を出すなんて、思えねえんだけど」
「はははっ。最初にそなたを招待したいと言ったのはイザベル姫だ。そなたは隅に置けない男だな」
ウインクされ、ミカエルの頬がヒクリとした。
「私もまた、そなたと話したいと思っていたんだ。デビル退治の旅はどうだ?」
「……最初は気楽だったんだけどな。世の中色々あるらしい」
ミカエルは睫毛を伏せる。
人々がデビルをどれほど脅威に感じているか。それに、ミカエルの命を狙う集団もいる。不可解な事件に遭遇したこともあった。
「そなたは森で育ったのだったな」
「おう。森はいいぜ。敵も味方もねえし、安らぐ」
バラキエルが家にいなくとも、やはりミカエルは森暮らしが好きだ。
「師匠には会えたのか?」
「……ああ」
「よかったじゃないか。そのために旅がしたかったのだろう? 今後も旅を続けるのか」
「師匠は、もうあの頃には戻れねえって。お前の道を行けって、言われちまったから…」
いつの間にか下がっていた視線。励ますように肩をポンポン叩かれ、顔を上げる。
「きっと見つかる」
「……だと、いいけど」
ミカエルは窓の外へ目をやる。蒼然とした世界をいくら眺めても、なんの答えも導き出せそうになかった。
「元気のないそなたは新鮮だな」
ハグしていいかと迫るので、ミカエルはうんざり顔で腕を突っ張り押しのける。
「そなたは結婚の予定はないのか?」
「あ? ない」
「ふむ。サクラムの女性は大らかで良いぞ。今度、紹介しようか」
「いい」
ミカエルはツンと目を逸らす。王族の紹介する相手など、面倒事の予感しかしない。
馬車が止まり、外へ出る。
庭園に幾つものテーブルが置かれ、洒落たランプがムードを高めていた。庭に面した広間も解放されているようだ。
さっそく渡されそうになったお酒のグラスを拒否したとき、華やかなドレスに身を包んだイザベルがやってきた。
「ミカエル、来てくれて嬉しいわ」
「……ご結婚、おめでとうございます」
「他人行儀ね。まぁいいわ。そなたを招待したのは、言いたいことがあったからなの」
勝気な瞳がミカエルを見上げる。
「わたし、ブランデレン公国の正当なる継承者の血筋として、その誇りを胸に最期まで生きるって、そなたに言ったでしょう?」
「……ああ」
「誤解しないでほしいのだけど、あれは高貴な血のことを言ったのではないわ。我がブランデレン家は、ブランデレンの地が、民が、豊かであれるよう尽くしてきた。そのことが誇りなの」
それを伝えるために、わざわざ…。ミカエルは目を瞬く。
「これでスッキリしたわ」
イザベルは腰に手を当て、フッと笑った。
ちょうどレリエルが通りがかり、目が合う。一瞬、オッドアイの瞳に憎しみにも似た感情が滲んだ。
黒地に金の装飾が施された服を纏う彼は、堂々たる姿をしている。しかし、その肌は蒼白く、任命式のパーティーで会ったときより更に儚げに見えた。
「……空気に溶けちまいそうだ…」
思わず口から洩れた言葉はレリエルに届いたらしい。彼は目を見開いて、身を翻して行ってしまった。
ミカエルは首に手をやり、イザベルに視線を移す。
「政略結婚なのか」
「……ええ。わたしの恋人は、先の戦争で亡くなったの」
ミカエルは目を丸くした。
「ブランリスとの戦いで?」
「そうよ。……身分違いの恋だった。彼は、お母様に焚きつけられて戦に参じたの」
武勲を上げれば結婚を許す。そのような事を言われたのだと、イザベルは思っている。
「彼、そんなに強くなかったの。行ってしまったら、きっと生きて戻れない。そう思っていたわ」
「それでもう、違うやつと結婚か」
ミカエルは眉を上げた。ブランリスで会ったときも、イザベルはまったく弱った様子ではなかったのだ。すると彼女は小さく息を吐く。
「わたしは王女よ。この血を絶やすわけにはいかないわ。それに、彼はわたしの笑顔が好きだったの。だからわたしは笑顔でいるのよ」
「……強いな」
「この想いは、誰にも消せやしないわ」
イザベルは凛と微笑み、レリエルの方へ目をやる。
「レリエル殿下は、想いを抱いたままのわたしをそのまま受け入れてくれたの。お互い恋心はないけれど、良いパートナーになれると思うわ」
レリエルから嫌そうな顔ばかり向けられているミカエルは、彼に良い印象はない。けれども、悪い人ではないのかもしれないと思った。
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