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4章.Tractus
イファノエからの招待状
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「おまえも来いよ」
「呼ばれてない」
結婚式に招待された日の夕方近く、お決まりのやり取りのあと、ミカエルはゾフィエルの瞬間移動で城の門前に来ていた。
何度見ても大きい。そんな城を前に、片眉を上げる。
「ブランリスの城…?」
「ああ。ここにイファノエの城へ繋がる力術円が準備されている。招待状を持つ者だけが行けるんだ」
長いアプローチを行きながら、ミカエルは口を開いた。
「その力術円は、移動する人の力は必要ないのか」
「ああ。ある場所とある場所を繋げるようなものだからな」
いつかの町で消えた子どもたちは、そうやって他の場所へ連れていかれたのかもしれない。
『人を移動させる力術円はあるよな』
あのとき、ミカエルはルシエルにそう聞いた。彼は答えた。瞬間移動できる力を持った人間を移動させる陣なら、聞いたことがあると。
――あいつ。
ルシエルは知っていたのかもしれない。人を移動させるのではなく、場所を繋ぐという方法があることを。
「どうかしたのか?」
ミカエルに目をやり、ゾフィエルが小さく首を傾げた。
「……その力術円って、難しいものなのか」
「難しいかはともかく、通常、こういった国の催しでのみ使われる。危険人物に好き勝手に国を移動されたら大変だろう?」
「やり方を知ってるやつも限られるってわけか」
「ああ。無暗に使えば、エネルギァを感知した我々が出動する」
ミカエルは片眉を上げる。
「使ったらわかんの?」
「ああ」
「じゃあ、おまえも知ってるのか。百六十九人の子どもが消えたやつ」
話している内に、城の廊下を歩いていた。見覚えのない廊下だ。本当にこの建物は広い。
「……そんな事件は知らないが」
「ああ? 衛兵どもが来てたぜ」
「国内での話か?」
「そうだよ。あんなにたくさんのガキをどっかに連れてく方法なんて、限られるだろ」
ゾフィエルはにわかに険しい顔をした。
「おまえ、何か知ってんのか」
「……いや。ああ、ここだ。入りたまえ」
彼に続いて入った部屋は仄暗く、不思議な青い色に満ちていた。こじんまりとした部屋で、中央に黄色い力術円が輝いている。それは床ではなく、空間に立つように浮いていた。
「私は招待されていないのでな。共に行くことはできん」
「……じゃあ、行ってくるな」
肩をすくめて足を進めたミカエルは、ふと立ち止まる。
「帰りはどうすんだ?」
「同様に、向こうの力術円から帰れる」
「おう」
力術円に手が触れそうになったとき、ゾフィエルが言った。
「もし何かあったら私を思ってくれ。バディは、互いの危機を察知することができるんだ」
「何があるってんだよ」
ミカエルは鼻で笑って力術円に手を伸ばし、その中へ入るような感覚で足を踏み入れた。
眩い光に視界が覆われる前に目を閉じる。光はすぐに去り、何事もなかったかのように地に足が着いた。
かすかに葉の揺れる音。
ゆっくりと目蓋を開ける。――野外だ。
「ミカエル様ですね。ようこそいらっしゃいました。こちらへ」
並木道の向こうに、重厚感漂う聖堂が見えていた。そこで結婚の儀式をやるのだろう。純白のドレスを見に纏ったメアリエルの姿が頭に浮かび、ミカエルは目を細める。
「空いているお席にお座りください」
開かれた大きな扉から聖堂内に入ると、すでに多くの人が着席していた。
厳粛な空気に包まれる。
緻密な絵を浮かび上がらせるスタンドグラスの数々。太い柱だ。それを辿って上向けば、天井がやたらと高かった。ポカンと見上げていたミカエルが正面に目を戻すと、前の方の席にいた人物と目が合い、手を振られた。――フェルナンデルである。
ミカエルは気付かなかったことにして、目立たない後ろの方の席に座った。
「呼ばれてない」
結婚式に招待された日の夕方近く、お決まりのやり取りのあと、ミカエルはゾフィエルの瞬間移動で城の門前に来ていた。
何度見ても大きい。そんな城を前に、片眉を上げる。
「ブランリスの城…?」
「ああ。ここにイファノエの城へ繋がる力術円が準備されている。招待状を持つ者だけが行けるんだ」
長いアプローチを行きながら、ミカエルは口を開いた。
「その力術円は、移動する人の力は必要ないのか」
「ああ。ある場所とある場所を繋げるようなものだからな」
いつかの町で消えた子どもたちは、そうやって他の場所へ連れていかれたのかもしれない。
『人を移動させる力術円はあるよな』
あのとき、ミカエルはルシエルにそう聞いた。彼は答えた。瞬間移動できる力を持った人間を移動させる陣なら、聞いたことがあると。
――あいつ。
ルシエルは知っていたのかもしれない。人を移動させるのではなく、場所を繋ぐという方法があることを。
「どうかしたのか?」
ミカエルに目をやり、ゾフィエルが小さく首を傾げた。
「……その力術円って、難しいものなのか」
「難しいかはともかく、通常、こういった国の催しでのみ使われる。危険人物に好き勝手に国を移動されたら大変だろう?」
「やり方を知ってるやつも限られるってわけか」
「ああ。無暗に使えば、エネルギァを感知した我々が出動する」
ミカエルは片眉を上げる。
「使ったらわかんの?」
「ああ」
「じゃあ、おまえも知ってるのか。百六十九人の子どもが消えたやつ」
話している内に、城の廊下を歩いていた。見覚えのない廊下だ。本当にこの建物は広い。
「……そんな事件は知らないが」
「ああ? 衛兵どもが来てたぜ」
「国内での話か?」
「そうだよ。あんなにたくさんのガキをどっかに連れてく方法なんて、限られるだろ」
ゾフィエルはにわかに険しい顔をした。
「おまえ、何か知ってんのか」
「……いや。ああ、ここだ。入りたまえ」
彼に続いて入った部屋は仄暗く、不思議な青い色に満ちていた。こじんまりとした部屋で、中央に黄色い力術円が輝いている。それは床ではなく、空間に立つように浮いていた。
「私は招待されていないのでな。共に行くことはできん」
「……じゃあ、行ってくるな」
肩をすくめて足を進めたミカエルは、ふと立ち止まる。
「帰りはどうすんだ?」
「同様に、向こうの力術円から帰れる」
「おう」
力術円に手が触れそうになったとき、ゾフィエルが言った。
「もし何かあったら私を思ってくれ。バディは、互いの危機を察知することができるんだ」
「何があるってんだよ」
ミカエルは鼻で笑って力術円に手を伸ばし、その中へ入るような感覚で足を踏み入れた。
眩い光に視界が覆われる前に目を閉じる。光はすぐに去り、何事もなかったかのように地に足が着いた。
かすかに葉の揺れる音。
ゆっくりと目蓋を開ける。――野外だ。
「ミカエル様ですね。ようこそいらっしゃいました。こちらへ」
並木道の向こうに、重厚感漂う聖堂が見えていた。そこで結婚の儀式をやるのだろう。純白のドレスを見に纏ったメアリエルの姿が頭に浮かび、ミカエルは目を細める。
「空いているお席にお座りください」
開かれた大きな扉から聖堂内に入ると、すでに多くの人が着席していた。
厳粛な空気に包まれる。
緻密な絵を浮かび上がらせるスタンドグラスの数々。太い柱だ。それを辿って上向けば、天井がやたらと高かった。ポカンと見上げていたミカエルが正面に目を戻すと、前の方の席にいた人物と目が合い、手を振られた。――フェルナンデルである。
ミカエルは気付かなかったことにして、目立たない後ろの方の席に座った。
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