God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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4章.Tractus

女騎士と姫

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 フードを被った人物の傍にいた残りの二人が臨戦態勢に入る。ミカエルは剣を下ろしたまま、その場に佇んでいた。ルシエルは後ろで傍観だ。

「……国のことには関わらない。それはまことか?」
「おう」

 グレーがかったシーグリーンの瞳――レグリアで見た、遠浅の海のよう。
 しばし見詰め合った後、彼女はふっと警戒を解き、落ちていた剣を拾って鞘に収めた。

「たしかに私はロゼローズの王家の血を継いでいる。だが、己を王子とも王女とも思っていない。我が名はゼベル。騎士だ」

 ミカエルは瞠目した。彼女は王族の女性でありながら、そのどちらにも縛られず、我が道を生きている――。

「ミカエル。いきなりすまなかったな。ブランリスの軍服を見て、頭に血が上ってしまった」
「……いや。その、フードの人は」

 目をやると、その人は自らフードを下ろして顔を晒した。彼女も二十歳前後だろうか。緩くウェーブした黒茶色の髪がふわりと零れ出る。気位の高そうなオリーブ色の瞳。ツンとした美貌の女性だ。

「イザベル姫、」

 ゼベルが咎めるようにその名を呼んだ。イザベルは気にせずミカエルを捉えて口を開く。

「わたくしも、ミカエルという人物に興味があったの。教会に属さず、国に属したというじゃない。それなのに戦に関わらない。いったい何を考えているのかしら」

 責めるような声に、ミカエルは眉根が寄った。

「でねえと今頃、誰かを捕まえて王に突き出してたかもしれねえぜ」
「やれるものならやってみなさい。その前に、天国に行ってやるから」
「イザベル様、わざわざ喧嘩を売るようなことをおっしゃらずとも…」

 イザベルを護るように傍にいた男が、おどおどと声をかける。

「おだまり。わたくしはブランデレン公国の正当なる継承者の血筋よ。最期まで、その誇りを胸に生きるわ」
「ですから、あちらは関わらないとおっしゃるのですから」
「それが理解できないの。そなたは国に尽くすため、その軍服を着ているのではないの?」

 イザベルは腕を組み、高飛車にミカエルを見ている。
 ミカエルは小さく息を吐きだした。

「成り行きで着てるだけだ」
「成り行きですって!?」
「だから、国のためでも王家のためでもねえんだよ」

 女にも色んなやつがいるんだなと遠い目をしているうちに、イザベルは勝手に結論に辿り着いたらしい。

「……つまり、人々のためということね。ブランリスの軍服を着ているから不可解なのよ。いいわ、よくはげみなさい」
「ああ?」
 
 ミカエルは片眉を上げる。そこへ、ゼベルが歩み出た。
 
「姫のことを、王に報告するか」

  鮮やかな瞳がミカエルを捉え、爛々と光る。勝ち目がないとわかっていても、きっと彼女は挑むだろう。
 ミカエルは小さく首を振った。

「……では、先を急ぐのでな。またどこかで」
「ごきげんよう」

 ミカエルの頬がヒクリと動く。
 ルシエルをチラと見て、ゼベルたちは行った。その堂々たる後ろ姿を、ミカエルはしばし眺めてしまった。


 ゾフィエルが結婚式の招待状を持って森の家を訪れたのは、それから十日も経たない内だった。

「イファノエ帝国のレリエル皇子からの招待でな。お相手はブランデレン公の血を継ぐイザベルという女性だ」
「イザベル…」

 ミカエルはウッと身を引く。ゾフィエルが首を傾げた。

「いや…、なんで俺に招待状なんか」

 イザベルはともかく、パーティーで会ったレリエルは、ミカエルのことをよく思っていないようだった。そんな相手をわざわざ招待するだろうか。

「"ミカエル" だからだろう」
「……ブランリスはイファノエと仲が悪いんだろ。っつか、その結婚、王はどう思ってんだよ」
「なんとも。ブランデレンの地は我が国の支配下にある。だから問題ないのだろう」

 ミカエルは半目になってしまう。

「中立的な存在であることを示すため、出席したらどうだ」

 ゾフィエルはこともなげに言った。
 ミカエルは頭を掻いてルシエルに目をやる。「お好きに」とばかりに肩をすくめられ、息を吐くように頷いた。


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