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4章.Tractus
心の底に
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ミカエルは息を吐く。
「見つけてくれって言われてもな」
誰がどんな目的で子どもたちを拐ったのかすらわからない。そもそも、そのような事が可能なのか。
「一人の人間にできることか?」
ルシエルに聞いても、肩をすくめるばかりだ。
≪西の三、いません≫
ふと洞窟のほうから聞こえた声。
「西の三、了解。北に合流しろ」
≪了解≫
先ほどの男が、誰かと話していたようだ。新たな人影はない。もしかして、シャボリの錬金術師が話していた通信機器か。
「ミカ、これからどうする」
「なんの手がかりもねえし…」
ミカエルは頭を掻いてしまう。
そのとき、頭の上から声が降って来た。
「帰りたまえ。これは衛兵の受け持ちだ」
低く重たい声だった。
ミカエルはサッと立ち上がる。
その衛兵は唐突に出現した。瞬間移動で来たのだろう。そしてどうやら、ミカエルの身元を知っている。
「……町の人間に頼まれてんだ。手ぶらじゃ戻れねえ」
ミカエルは警戒して相手を観察した。
揺らめく松明の炎。照らされた髪は癖っ毛で、後ろで結んでいる。鋭い眼差しだ。髪色といい、雰囲気といい、どこかで――。
「あの町に戻る必要はない。あとは我々がやる」
揺るぎない。この男には、焦りも心配も感じない。
「おまえ、知ってるのか」
「知っているとも。君には関わりのない事だと」
ミカエルが口を開きかけたとき、立ちあがったルシエルが言った。
「帰ろう」
「あ?」
ミカエルは眉根を寄せて振り返る。ルシエルは、衛兵の男から視線を逸らさず続けた。
「彼らに任せればいい」
「けど、」
「これ以上、関わらないほうがいい」
君は、と。向けられた目が言っていた。
ミカエルは衛兵をチラと見て、ルシエルに目を戻す。
「……戻ったら話せよ」
そうして森の家に瞬間移動した。
玄関の鍵を開けていると、ルシエルが瞬間移動でやって来た。ミカエルは無言で家に入ってリビングへ向かう。ソファにドカリと座り、後から部屋に入ったルシエルを捉えた。
「さっきの奴、知り合いか?」
「ザプキエル。教会に囚われていたとき、俺の管理を任されていた者だ」
「管理って、」
嫌な言い方だ。顔をしかめたミカエルに、ルシエルは肩をすくめる。
「部屋から出ることは叶わなかったけれど、待遇は悪くなかった。上質な家具に囲まれ、上等な料理を出され。彼は退屈凌ぎにと、様々な本を持って来てくれた」
部屋から出られないなんて、ミカエルには耐えられない。しかしルシエルは、さして問題ではないかのように語った。ザプキエルのことも、嫌なやつとは思っていないようだ。
「……あいつは他の衛兵とは違えってことだよな」
「彼は、異端審問で投獄された者たちが入れられる監獄の獄長だ。古い血筋の貴族。つまり、多くのことを知っている」
ミカエルはそれでピンときた。
「誰かに似てると思ったんだ。ウリエルの兄貴か何かか?」
「その通り。ペネムエルの親戚でもある」
「は、」
「ペネムエルは名門貴族の血筋ということだ」
なるほど、強い劣等感を抱いているわけだ。ウリエルなどは、教皇の護衛をやるまでになっている。
「ザプキエルが出てきたとなると、普通の事じゃない」
「おまえが行ってる儀式に関係あんの」
「……君は知らないほうがいい」
きっと、拐われた子どもが町に戻ることはないのだろう。――儀式。そこで何が行われているのか、ミカエルは知らない。けれど、碌でもないということだけはわかる。
「あの山に、子どもはもういねえだろ。衛兵は知ってて探してるフリしてんのか」
「衛兵は知らないんだろう」
ミカエルは言葉を呑み、睫毛を伏せる。
「ザプキエルはどうするつもりなんだ? 町の人たちにどう言うんだよ」
百人以上の子の親が、帰りを待っているのだ。
「さぁ」
「拐ったのは、教会の人間だったってことだよな」
「そうとは限らない」
「儀式は、教会の奴らがやってるんじゃねえのか」
顔を上げると、感情のわからない瞳と目が合った。
「今日のことは忘れることだ。俺たちにはどうしようもない。考えるだけ無駄だろう」
今の君には忘れるのは難しいかと、ルシエルは鼻で笑う。
「うるせえ」
ミカエルは半目で言葉を投げた。
打つ手がなさそうなのは事実だ。彼の言うように、考えるだけ無駄である。
「晩飯、作るか。おまえは風呂入っちまえよ」
「お言葉に甘えて」
今日もよく歩いた。思い出したら腹が減ってきた。風呂へ向かった後ろ姿を見送り、ミカエルは立ち上がる。
脳裏にチラつく、どうか頼むと縋る人の顔。
ミカエルを息を吐いて首を振り、料理に集中しようとした。
「見つけてくれって言われてもな」
誰がどんな目的で子どもたちを拐ったのかすらわからない。そもそも、そのような事が可能なのか。
「一人の人間にできることか?」
ルシエルに聞いても、肩をすくめるばかりだ。
≪西の三、いません≫
ふと洞窟のほうから聞こえた声。
「西の三、了解。北に合流しろ」
≪了解≫
先ほどの男が、誰かと話していたようだ。新たな人影はない。もしかして、シャボリの錬金術師が話していた通信機器か。
「ミカ、これからどうする」
「なんの手がかりもねえし…」
ミカエルは頭を掻いてしまう。
そのとき、頭の上から声が降って来た。
「帰りたまえ。これは衛兵の受け持ちだ」
低く重たい声だった。
ミカエルはサッと立ち上がる。
その衛兵は唐突に出現した。瞬間移動で来たのだろう。そしてどうやら、ミカエルの身元を知っている。
「……町の人間に頼まれてんだ。手ぶらじゃ戻れねえ」
ミカエルは警戒して相手を観察した。
揺らめく松明の炎。照らされた髪は癖っ毛で、後ろで結んでいる。鋭い眼差しだ。髪色といい、雰囲気といい、どこかで――。
「あの町に戻る必要はない。あとは我々がやる」
揺るぎない。この男には、焦りも心配も感じない。
「おまえ、知ってるのか」
「知っているとも。君には関わりのない事だと」
ミカエルが口を開きかけたとき、立ちあがったルシエルが言った。
「帰ろう」
「あ?」
ミカエルは眉根を寄せて振り返る。ルシエルは、衛兵の男から視線を逸らさず続けた。
「彼らに任せればいい」
「けど、」
「これ以上、関わらないほうがいい」
君は、と。向けられた目が言っていた。
ミカエルは衛兵をチラと見て、ルシエルに目を戻す。
「……戻ったら話せよ」
そうして森の家に瞬間移動した。
玄関の鍵を開けていると、ルシエルが瞬間移動でやって来た。ミカエルは無言で家に入ってリビングへ向かう。ソファにドカリと座り、後から部屋に入ったルシエルを捉えた。
「さっきの奴、知り合いか?」
「ザプキエル。教会に囚われていたとき、俺の管理を任されていた者だ」
「管理って、」
嫌な言い方だ。顔をしかめたミカエルに、ルシエルは肩をすくめる。
「部屋から出ることは叶わなかったけれど、待遇は悪くなかった。上質な家具に囲まれ、上等な料理を出され。彼は退屈凌ぎにと、様々な本を持って来てくれた」
部屋から出られないなんて、ミカエルには耐えられない。しかしルシエルは、さして問題ではないかのように語った。ザプキエルのことも、嫌なやつとは思っていないようだ。
「……あいつは他の衛兵とは違えってことだよな」
「彼は、異端審問で投獄された者たちが入れられる監獄の獄長だ。古い血筋の貴族。つまり、多くのことを知っている」
ミカエルはそれでピンときた。
「誰かに似てると思ったんだ。ウリエルの兄貴か何かか?」
「その通り。ペネムエルの親戚でもある」
「は、」
「ペネムエルは名門貴族の血筋ということだ」
なるほど、強い劣等感を抱いているわけだ。ウリエルなどは、教皇の護衛をやるまでになっている。
「ザプキエルが出てきたとなると、普通の事じゃない」
「おまえが行ってる儀式に関係あんの」
「……君は知らないほうがいい」
きっと、拐われた子どもが町に戻ることはないのだろう。――儀式。そこで何が行われているのか、ミカエルは知らない。けれど、碌でもないということだけはわかる。
「あの山に、子どもはもういねえだろ。衛兵は知ってて探してるフリしてんのか」
「衛兵は知らないんだろう」
ミカエルは言葉を呑み、睫毛を伏せる。
「ザプキエルはどうするつもりなんだ? 町の人たちにどう言うんだよ」
百人以上の子の親が、帰りを待っているのだ。
「さぁ」
「拐ったのは、教会の人間だったってことだよな」
「そうとは限らない」
「儀式は、教会の奴らがやってるんじゃねえのか」
顔を上げると、感情のわからない瞳と目が合った。
「今日のことは忘れることだ。俺たちにはどうしようもない。考えるだけ無駄だろう」
今の君には忘れるのは難しいかと、ルシエルは鼻で笑う。
「うるせえ」
ミカエルは半目で言葉を投げた。
打つ手がなさそうなのは事実だ。彼の言うように、考えるだけ無駄である。
「晩飯、作るか。おまえは風呂入っちまえよ」
「お言葉に甘えて」
今日もよく歩いた。思い出したら腹が減ってきた。風呂へ向かった後ろ姿を見送り、ミカエルは立ち上がる。
脳裏にチラつく、どうか頼むと縋る人の顔。
ミカエルを息を吐いて首を振り、料理に集中しようとした。
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