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4章.Tractus
山の底
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「ミカ、明かりが見える」
ミカエルはハッとして顔を上げた。いつの間にか山頂を越え、辺りが暗くなっている。
山の底に町があるようだ。
「……松明?」
町の向こう側にある山に、幾つもの明かりがチラついていた。
「あの町まで行ってみようぜ」
ルシエルは肩をすくめて口を開く。
「急ぎ?」
「おう」
腕を掴まれ、身体が浮き上がる。ルシエルの風の力だ。
「さんきゅ」
「どういたしまして」
以前運んでもらったときより速い。
ぐんぐん町に近づいて、地上に着地した。忙しなく人が行きかっている。
「どうだ?」
「いや…」
「帰って来た子はいないのか!?」
苛立ちを露わに叫んだ男と目が合った。
ミカエルは片眉を上げ、声をかける。
「何かあったのか」
「……ああ。幼子を見なかったか?」
「子ども?」
「十歳以下の子だ」
そういえば、一人も見ていない。ルシエルに目をやると首を振られた。
男は息を吐き、俯く。
「いなくなっちまったんだ。一人二人じゃねえ。今わかってるので百六十九人だ」
「っ百…!?」
ミカエルは目を丸くする。
「やっぱりあの男しかいねえ。あの男が連れ去ったッ!」
一人の人間に、そのようなことができるのだろうか。なんのために?
ミカエルは首を傾げてしまう。ふと顔を上げた男が口を開いた。
「あんた…まさか……ミカエルか?」
「おう。こっちはルシフェル」
「み、ミカエル、ミカエル! なぁ、子らを連れ戻してくれ!!」
男はにわかに目を輝かせ、ミカエルの腕をガシリと掴んだ。やってくれるまで放さないぞとばかりに強く掴んでくる。
「ミカエル…?」
「ミカエルだって!?」
周囲にいた人まで寄ってきた。ミカエルは痛み諸々で顔をしかめる。
「どこ行ったかも知らねえし、」
「昨日だ。黄昏時だった」
「身なりのいい若い男だ」
「んだ。たぶん、どっかの貴族だ。そいつが、」
「そいつが?」
後ろにいたルシエルが歩み出て、冷めた目で男を見下ろす。男は一瞬怯み、ミカエルの腕を解放した。群がって来た人々も口を噤む。
「……そいつが、子らを連れてった。笛を吹いたんだ。そんで子らは、みんな奴に着いてった。ぞろぞろ着いて歩いてた」
「その中に大人はいなかったのか」
「いねえ。奴は悪者に見えなかったんだ。俺も笛を聞いた。町から出てく子らを見てた。姿が見えなくなって、帰ってこなくて、こりゃ、どういう事だ? 何が起こった? 子らはどこ行った? ようやくだ。奴に連れ拐われたんだってよ」
男は髪を掻きむしる。
「なんでボーっと見送っちまったか。後を追ったが、誰もいねえ。一人も…、消えちまった。みんなだ。なぁ、なんであんな幼子を…。今頃どこで、生きてるよなあ?」
「昼間、町人総出で探したんだ。一人も見つかんなかった」
「神隠しなんて言うやつまでいやがるぜ」
「……どこで消えたんだ」
ミカエルが問うと、男は松明の明かりがちらつく山のほうを指差した。
「あっちだ。あの道を行くと洞窟がある。その辺りだ」
「いま、衛兵が探してる」
「衛兵がいるのか」
ミカエルは渋い顔をする。
「神父さまが呼んでくださったんだ」
「だが、まだ一人も見つからん」
「まったく。我々に任せろって言ったんだぜ。頼りにならねえ…」
「ミカエル様、どうか頼むよ」
ミカエルは人々の熱い期待に圧され、衛兵たちが捜索中の山へ向かうことになった。
町を出たところで息を吐く。
「とんだ騒ぎだな」
ルシエルは無言で後ろを着いてくる。
「その男も、なんでガキなんて拐ったんだ。しかも百六十九人。ンなことできんのか?」
あまりに不可解で、非現実的だ。おとぎ話でも聞いたような気分である。しかし、町の人々は皆、必死な形相だった。信じがたいが、本当にそのような事が起こったのだろう。
町を出て切り立った山のほうへ少し行くと、ぽっかりと穴を空けたような洞窟があった。その先に道らしい道はなく、幼子が簡単に歩けるような所はない。
「ここだよな」
「たぶん」
洞窟の中から出てきた衛兵が松明を揺らめかせ、こちらへやってくる。
「捜索は我々がする。この山は、夜は大人でも危険なんだ。帰りなさい」
「その洞窟、中は広ぇのか?」
「……地元の人間じゃないのか。旅人か? 物見遊山も大概に。さぁ、行った行った」
名乗りたくないミカエルは大人しく退散したように見せかけ、近くの茂みに身を隠した。洞窟に戻る衛兵の姿を目で追う。
「あの洞窟、すぐ行き止まりみてえだな」
「そうらしい」
子どもたちは洞窟にはいない。それでは、この山のどこかにいるのか。
「人を瞬間移動させる力術円はあるよな」
ミカエルはルシエルに目をやる。バラキエルはそれで消えたのだ。
「瞬間移動できる力を持った人間を移動させる陣なら、聞いたことがある」
「……移動するやつ本人の力を使うってわけか」
百人以上の子ども全員が、それほどの力を持った子だったのだろうか。町の人々は、そんなに力が強そうではなかった。
「何かの術を使ったとしか考えらんねえが…」
様々な人間のエネルギァをうっすら感じる。衛兵たちも、ここで何かしたのかもしれない。
ミカエルはハッとして顔を上げた。いつの間にか山頂を越え、辺りが暗くなっている。
山の底に町があるようだ。
「……松明?」
町の向こう側にある山に、幾つもの明かりがチラついていた。
「あの町まで行ってみようぜ」
ルシエルは肩をすくめて口を開く。
「急ぎ?」
「おう」
腕を掴まれ、身体が浮き上がる。ルシエルの風の力だ。
「さんきゅ」
「どういたしまして」
以前運んでもらったときより速い。
ぐんぐん町に近づいて、地上に着地した。忙しなく人が行きかっている。
「どうだ?」
「いや…」
「帰って来た子はいないのか!?」
苛立ちを露わに叫んだ男と目が合った。
ミカエルは片眉を上げ、声をかける。
「何かあったのか」
「……ああ。幼子を見なかったか?」
「子ども?」
「十歳以下の子だ」
そういえば、一人も見ていない。ルシエルに目をやると首を振られた。
男は息を吐き、俯く。
「いなくなっちまったんだ。一人二人じゃねえ。今わかってるので百六十九人だ」
「っ百…!?」
ミカエルは目を丸くする。
「やっぱりあの男しかいねえ。あの男が連れ去ったッ!」
一人の人間に、そのようなことができるのだろうか。なんのために?
ミカエルは首を傾げてしまう。ふと顔を上げた男が口を開いた。
「あんた…まさか……ミカエルか?」
「おう。こっちはルシフェル」
「み、ミカエル、ミカエル! なぁ、子らを連れ戻してくれ!!」
男はにわかに目を輝かせ、ミカエルの腕をガシリと掴んだ。やってくれるまで放さないぞとばかりに強く掴んでくる。
「ミカエル…?」
「ミカエルだって!?」
周囲にいた人まで寄ってきた。ミカエルは痛み諸々で顔をしかめる。
「どこ行ったかも知らねえし、」
「昨日だ。黄昏時だった」
「身なりのいい若い男だ」
「んだ。たぶん、どっかの貴族だ。そいつが、」
「そいつが?」
後ろにいたルシエルが歩み出て、冷めた目で男を見下ろす。男は一瞬怯み、ミカエルの腕を解放した。群がって来た人々も口を噤む。
「……そいつが、子らを連れてった。笛を吹いたんだ。そんで子らは、みんな奴に着いてった。ぞろぞろ着いて歩いてた」
「その中に大人はいなかったのか」
「いねえ。奴は悪者に見えなかったんだ。俺も笛を聞いた。町から出てく子らを見てた。姿が見えなくなって、帰ってこなくて、こりゃ、どういう事だ? 何が起こった? 子らはどこ行った? ようやくだ。奴に連れ拐われたんだってよ」
男は髪を掻きむしる。
「なんでボーっと見送っちまったか。後を追ったが、誰もいねえ。一人も…、消えちまった。みんなだ。なぁ、なんであんな幼子を…。今頃どこで、生きてるよなあ?」
「昼間、町人総出で探したんだ。一人も見つかんなかった」
「神隠しなんて言うやつまでいやがるぜ」
「……どこで消えたんだ」
ミカエルが問うと、男は松明の明かりがちらつく山のほうを指差した。
「あっちだ。あの道を行くと洞窟がある。その辺りだ」
「いま、衛兵が探してる」
「衛兵がいるのか」
ミカエルは渋い顔をする。
「神父さまが呼んでくださったんだ」
「だが、まだ一人も見つからん」
「まったく。我々に任せろって言ったんだぜ。頼りにならねえ…」
「ミカエル様、どうか頼むよ」
ミカエルは人々の熱い期待に圧され、衛兵たちが捜索中の山へ向かうことになった。
町を出たところで息を吐く。
「とんだ騒ぎだな」
ルシエルは無言で後ろを着いてくる。
「その男も、なんでガキなんて拐ったんだ。しかも百六十九人。ンなことできんのか?」
あまりに不可解で、非現実的だ。おとぎ話でも聞いたような気分である。しかし、町の人々は皆、必死な形相だった。信じがたいが、本当にそのような事が起こったのだろう。
町を出て切り立った山のほうへ少し行くと、ぽっかりと穴を空けたような洞窟があった。その先に道らしい道はなく、幼子が簡単に歩けるような所はない。
「ここだよな」
「たぶん」
洞窟の中から出てきた衛兵が松明を揺らめかせ、こちらへやってくる。
「捜索は我々がする。この山は、夜は大人でも危険なんだ。帰りなさい」
「その洞窟、中は広ぇのか?」
「……地元の人間じゃないのか。旅人か? 物見遊山も大概に。さぁ、行った行った」
名乗りたくないミカエルは大人しく退散したように見せかけ、近くの茂みに身を隠した。洞窟に戻る衛兵の姿を目で追う。
「あの洞窟、すぐ行き止まりみてえだな」
「そうらしい」
子どもたちは洞窟にはいない。それでは、この山のどこかにいるのか。
「人を瞬間移動させる力術円はあるよな」
ミカエルはルシエルに目をやる。バラキエルはそれで消えたのだ。
「瞬間移動できる力を持った人間を移動させる陣なら、聞いたことがある」
「……移動するやつ本人の力を使うってわけか」
百人以上の子ども全員が、それほどの力を持った子だったのだろうか。町の人々は、そんなに力が強そうではなかった。
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