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3章.Graduale
待ち望んだ日々のはずなのに
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いつもの朝にバラキエルがいる。まるで以前の生活に戻れたようだ。
朝食の準備が整ってもルシエルが来ないので、ミカエルはロフトに向かって声をかけた。
「ルシ、飯だぜ」
「……食欲がないから俺はいい」
「じゃあ、食いたくなったら食えよ。コーヒーもあるから」
こんな事は初めてだ。ミカエルは首を傾げてテーブルに着いた。
バラキエルと二人の朝食。
しかし、その話題は以前にはないものだった。
「俺はデビル退治もするが、ラムエルたちと敬虔な信徒や反教会の奴らの動きを張ってる」
「俺も、」
「お前は来るな。奴らを刺激したくねえからな」
なにもなければ夜には戻るとバラキエルは言った。
日中は別行動になるわけだ。それでも、この家に帰ってくる。家で一緒にいられる。会えなかった日々よりずっといい。
ミカエルはしぶしぶ頷き、口を開く。
「あの夜、……この近くにデビルが出た日、力術円で飛ばされて、どうなったんだ? あれは俺を狙ってたんだろ」
バラキエルはコーヒーを飲み、小さく息を吐いた。
「あちらさんは、来たのが俺で驚いてたぜ。その隙に暴れてやった」
「危害を加えられたりは、」
「ねえよ。奴らのリーダーは瞬間移動で逃げやがったしな。フードで顔が見えなかったが、あれは若そうだ」
ミカエルはホッと息を吐き、首を傾げる。
「メシアを望む会?」
「ラムエルの奴に聞いたのか。……昔からある団体らしい。"ミカエル" に手を出そうとしたのは、今回が初めてだって話だがな」
もしかしたら、新しいリーダーの思惑かもしれない。バラキエルは渋い顔でゆるゆると首を振った。
「しばらく離れているうちに、世の中物騒になったもんだ」
「……俺は最近知ったけどよ。色んな人がいて、理解できねえ事もいっぱいあって。そういうのが世の中ってやつじゃねえの」
「そうだな。昔はもう少しマシに見えてたもんだが…」
ミカエルはパンをモクモク食べて、ふと思う。
「師匠はなんで、衛兵辞めたんだ」
厳つい顔が歪んだ。
「……知っちまったからだよ。それまで俺は、なんだかんだ教会を信じてたんだ」
「何を、」
バラキエルは息を吐いて首を振るばかりだった。
バラキエルを探すために旅をする必要がなくなったミカエルは、多くの時間を森の家で過ごすようになった。ルシエルはロフトに籠るようになり、家の外に出ることすら稀になっている。
夜にはバラキエルが帰宅し、共にテーブルを囲んで晩飯を食べる。その時も、ルシエルはいたりいなかったりだった。
そんな日が続き、ミカエルはロフトに声をかけてみた。
「ルシ、森に行くけどおまえも来ねえ?」
「……手が必要?」
「そうじゃねえけど、最近おまえ、籠りっきりだしよ」
少しして、ルシエルがロフトから降りてきた。デビル退治が入ると丸薬を飲むため、今は茶髪に鳶色の瞳になっている。暗い目だ。
「今日もいい天気だぜ」
ミカエルはクッと口角を上げ、森に向かった。
ルシエルは無言でミカエルの後ろを着いてくる。木漏れ日の下にいると、少しは顔色がよく見えた。
小川まで来て、一休憩。小さく息を吐く姿を見ていたミカエルは、研ぎ澄まされた美貌をじっと見上げて口を開いた。
「儀式に行ったのか」
「……ああ」
ルシエルは肩をすくめる。軽く睫毛を伏せて、視線は斜め下。
――光を知るほど、たまに訪れる闇が耐えがたく暗く感じる。いつか彼はそう言った。
聖学校にいた頃と比べて、二人旅はずっと楽しい。バラキエルが帰って来てからは、ここで穏やかに暮らしている。デビル退治はあるが、難なく倒せるので問題ではない。
この平穏な暮らしが、ルシエルにたまに訪れる儀式という闇を、耐えがたいものにしているのだろう。
ミカエルは彼の腕をそっと掴む。
「ここにいろよ」
ルシエルは目蓋を下ろし、鼻で笑った。
「君にはお師匠さんがいる」
「おまえがいたから、師匠を探してるときも楽しかった。今だって、」
一人で畑をやるより、ルシエルとやったほうが楽しい。森の散策も、料理も。
「おまえとやるほうが楽しいんだ」
ルシエルは身体ごと横を向いた。
風が焦げ茶色の髪を揺らして、彼の表情を隠してしまう。
「……己の内にあるものを、この日々に持ち込みたくない」
ミカエルはクッと唇を引き結んだ。
「なぁ、元に戻る方法探しに行こうぜ。どっか歩いてる方が、ここにいるより情報入るだろ」
「方法があるかもわからない」
「それでも」
無表情の顔がゆるりと向けられる。
「……君はここで、のどかに暮らしたいんだろう?」
「おう。けど、俺だけじゃダメみてぇだ」
ミカエルはかすかに眉根を寄せて口角を上げた。
「おまえや師匠も一緒じゃねえとな」
自分だけ楽しもうとしても、ぜんぜん楽しくない。
「明日から、また旅に出ようぜ」
「……君がそれを望むなら」
ルシエルはポツリと答えた。
朝食の準備が整ってもルシエルが来ないので、ミカエルはロフトに向かって声をかけた。
「ルシ、飯だぜ」
「……食欲がないから俺はいい」
「じゃあ、食いたくなったら食えよ。コーヒーもあるから」
こんな事は初めてだ。ミカエルは首を傾げてテーブルに着いた。
バラキエルと二人の朝食。
しかし、その話題は以前にはないものだった。
「俺はデビル退治もするが、ラムエルたちと敬虔な信徒や反教会の奴らの動きを張ってる」
「俺も、」
「お前は来るな。奴らを刺激したくねえからな」
なにもなければ夜には戻るとバラキエルは言った。
日中は別行動になるわけだ。それでも、この家に帰ってくる。家で一緒にいられる。会えなかった日々よりずっといい。
ミカエルはしぶしぶ頷き、口を開く。
「あの夜、……この近くにデビルが出た日、力術円で飛ばされて、どうなったんだ? あれは俺を狙ってたんだろ」
バラキエルはコーヒーを飲み、小さく息を吐いた。
「あちらさんは、来たのが俺で驚いてたぜ。その隙に暴れてやった」
「危害を加えられたりは、」
「ねえよ。奴らのリーダーは瞬間移動で逃げやがったしな。フードで顔が見えなかったが、あれは若そうだ」
ミカエルはホッと息を吐き、首を傾げる。
「メシアを望む会?」
「ラムエルの奴に聞いたのか。……昔からある団体らしい。"ミカエル" に手を出そうとしたのは、今回が初めてだって話だがな」
もしかしたら、新しいリーダーの思惑かもしれない。バラキエルは渋い顔でゆるゆると首を振った。
「しばらく離れているうちに、世の中物騒になったもんだ」
「……俺は最近知ったけどよ。色んな人がいて、理解できねえ事もいっぱいあって。そういうのが世の中ってやつじゃねえの」
「そうだな。昔はもう少しマシに見えてたもんだが…」
ミカエルはパンをモクモク食べて、ふと思う。
「師匠はなんで、衛兵辞めたんだ」
厳つい顔が歪んだ。
「……知っちまったからだよ。それまで俺は、なんだかんだ教会を信じてたんだ」
「何を、」
バラキエルは息を吐いて首を振るばかりだった。
バラキエルを探すために旅をする必要がなくなったミカエルは、多くの時間を森の家で過ごすようになった。ルシエルはロフトに籠るようになり、家の外に出ることすら稀になっている。
夜にはバラキエルが帰宅し、共にテーブルを囲んで晩飯を食べる。その時も、ルシエルはいたりいなかったりだった。
そんな日が続き、ミカエルはロフトに声をかけてみた。
「ルシ、森に行くけどおまえも来ねえ?」
「……手が必要?」
「そうじゃねえけど、最近おまえ、籠りっきりだしよ」
少しして、ルシエルがロフトから降りてきた。デビル退治が入ると丸薬を飲むため、今は茶髪に鳶色の瞳になっている。暗い目だ。
「今日もいい天気だぜ」
ミカエルはクッと口角を上げ、森に向かった。
ルシエルは無言でミカエルの後ろを着いてくる。木漏れ日の下にいると、少しは顔色がよく見えた。
小川まで来て、一休憩。小さく息を吐く姿を見ていたミカエルは、研ぎ澄まされた美貌をじっと見上げて口を開いた。
「儀式に行ったのか」
「……ああ」
ルシエルは肩をすくめる。軽く睫毛を伏せて、視線は斜め下。
――光を知るほど、たまに訪れる闇が耐えがたく暗く感じる。いつか彼はそう言った。
聖学校にいた頃と比べて、二人旅はずっと楽しい。バラキエルが帰って来てからは、ここで穏やかに暮らしている。デビル退治はあるが、難なく倒せるので問題ではない。
この平穏な暮らしが、ルシエルにたまに訪れる儀式という闇を、耐えがたいものにしているのだろう。
ミカエルは彼の腕をそっと掴む。
「ここにいろよ」
ルシエルは目蓋を下ろし、鼻で笑った。
「君にはお師匠さんがいる」
「おまえがいたから、師匠を探してるときも楽しかった。今だって、」
一人で畑をやるより、ルシエルとやったほうが楽しい。森の散策も、料理も。
「おまえとやるほうが楽しいんだ」
ルシエルは身体ごと横を向いた。
風が焦げ茶色の髪を揺らして、彼の表情を隠してしまう。
「……己の内にあるものを、この日々に持ち込みたくない」
ミカエルはクッと唇を引き結んだ。
「なぁ、元に戻る方法探しに行こうぜ。どっか歩いてる方が、ここにいるより情報入るだろ」
「方法があるかもわからない」
「それでも」
無表情の顔がゆるりと向けられる。
「……君はここで、のどかに暮らしたいんだろう?」
「おう。けど、俺だけじゃダメみてぇだ」
ミカエルはかすかに眉根を寄せて口角を上げた。
「おまえや師匠も一緒じゃねえとな」
自分だけ楽しもうとしても、ぜんぜん楽しくない。
「明日から、また旅に出ようぜ」
「……君がそれを望むなら」
ルシエルはポツリと答えた。
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