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3章.Graduale
師匠のことば
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「音もなく近づいて来たときには、死を覚悟したね」
彼女にできる事といえば、震える手で胸の十字架を握ることくらい。
「神様、お助けください! って心で叫んだら、あの人が現れて、あれよという間にデビルを消しちまったんだ」
大きな剣が閃く様は、雷のようであったという。
「あたしゃ一瞬で恋に落ちたよ」
ふふっと笑う顔は少女のようだ。
「バラキエルさんはね、腰抜かして動けないあたしを抱き上げて、家まで送り届けてくれたのさ」
雨が降りそうだったのもあるかもしれないが、バラキエルには、年頃の少女を山に放って行くことなどできなかったのだろう。
「だけどあの人はつれなくてねぇ。名前だって、やっとで聞き出したんだよ」
始終無言でいた彼は、少女を家まで送り届けると、すぐに瞬間移動で行ってしまった。
「黙ってる顔はちょっと怖かったけど、いい男だったわぁ」
女性は恋する乙女のように言う。
――師匠らしい。
ミカエルは心で呟いて、小さく笑った。
「あんたたちは、バラキエルさんの後輩か何かかい? バラキエルさんに何かあったの?」
若い二人に目をやって、女性は目を瞬く。
「大したことじゃないんだ」
ミカエルはなんでもないふうに言う。
「あの人は俺の師匠なんだけど、何も告げずにどこかへ行ってしまったから」
「へーぇ。あいかわらず罪な男だね。ここには来てないと思うよ。少なくとも、あたしは会ってない」
女性は眉を上げ、首を振った。
「……そっか。ありがとう」
「会えるといいね」
ミカエルはコクリと頷き、もう少しこの村を見て回ることにした。
「残念」
「こんな事もあるだろ」
目ぼしい情報などないのが当たり前になっているミカエルに、さして落胆の色はない。
小さな丸っこい聖堂の前を通りがかったとき、草むしりをしていた神父が振り返って会釈した。ミカエルは足を止め、それとなく聞いてみる。
「大きな剣を持った男を見てませんか」
「バラキエル様のことでしたら、おいでになりましたよ」
「、来た!?」
「いつか、少女を助けていただいた事がありまして。ようやくお礼を申し上げることができました」
果たして、神父は朗らかに言った。
「……来てたのかよ」
先ほどの女性を思うと、ミカエルはため息が出た。ルシエルは肩をすくめる。
「もしや、あなたはバラキエル様のお弟子さんでしょうか」
「はい」
ミカエルは小首を傾げる。すると神父はポケットに手を入れ、折り畳まれた古びた紙切れを取り出した。
「弟子が来たら渡してくれと」
差し出された紙を受けとり、片手で開こうとしてみたが、接着部分の一部がくっつていて開かない。
ミカエルは首を捻りつつ両手を使い、紙を広げることに成功した。そこに書かれていたのは、馴染み深い武骨な字でたった一文。
"己の人生を生きろ"
「っ、」
しかも、読み終えた瞬間ジリジリと文字が燃え、紙切れはあれよと言う間に灰と化してしまった。
「お師匠さんはなんて?」
「紙が燃えちまったのはスルーかよ」
「そういうインクが存在するのは知っている」
目をやれば、ルシエルは当たり前のように語る。
「特殊な能力の人が作ったインクらしい。そう簡単に手に入る物じゃない」
まったく、物知りで何よりだ。
そこで改めて視線を受けたミカエルは、苛立ちをあらわに口を開いた。
「師匠は、俺に会う気はさらさらねェらしい」
バラキエルは、ミカエルが再会を望んでいるのを知っている。後を追って来ているのもだ。――それなのに、突き放すような言葉を寄越した。
「……ぜってェ捕まえてやる」
殺気すら感じられるオーラに、神父がビクリと肩を揺らす。
息巻くミカエルの傍らで、ルシエルはちらと木々の向こうへ目をやり、風に乗って遠ざかる二人の気配を感じていた。
彼女にできる事といえば、震える手で胸の十字架を握ることくらい。
「神様、お助けください! って心で叫んだら、あの人が現れて、あれよという間にデビルを消しちまったんだ」
大きな剣が閃く様は、雷のようであったという。
「あたしゃ一瞬で恋に落ちたよ」
ふふっと笑う顔は少女のようだ。
「バラキエルさんはね、腰抜かして動けないあたしを抱き上げて、家まで送り届けてくれたのさ」
雨が降りそうだったのもあるかもしれないが、バラキエルには、年頃の少女を山に放って行くことなどできなかったのだろう。
「だけどあの人はつれなくてねぇ。名前だって、やっとで聞き出したんだよ」
始終無言でいた彼は、少女を家まで送り届けると、すぐに瞬間移動で行ってしまった。
「黙ってる顔はちょっと怖かったけど、いい男だったわぁ」
女性は恋する乙女のように言う。
――師匠らしい。
ミカエルは心で呟いて、小さく笑った。
「あんたたちは、バラキエルさんの後輩か何かかい? バラキエルさんに何かあったの?」
若い二人に目をやって、女性は目を瞬く。
「大したことじゃないんだ」
ミカエルはなんでもないふうに言う。
「あの人は俺の師匠なんだけど、何も告げずにどこかへ行ってしまったから」
「へーぇ。あいかわらず罪な男だね。ここには来てないと思うよ。少なくとも、あたしは会ってない」
女性は眉を上げ、首を振った。
「……そっか。ありがとう」
「会えるといいね」
ミカエルはコクリと頷き、もう少しこの村を見て回ることにした。
「残念」
「こんな事もあるだろ」
目ぼしい情報などないのが当たり前になっているミカエルに、さして落胆の色はない。
小さな丸っこい聖堂の前を通りがかったとき、草むしりをしていた神父が振り返って会釈した。ミカエルは足を止め、それとなく聞いてみる。
「大きな剣を持った男を見てませんか」
「バラキエル様のことでしたら、おいでになりましたよ」
「、来た!?」
「いつか、少女を助けていただいた事がありまして。ようやくお礼を申し上げることができました」
果たして、神父は朗らかに言った。
「……来てたのかよ」
先ほどの女性を思うと、ミカエルはため息が出た。ルシエルは肩をすくめる。
「もしや、あなたはバラキエル様のお弟子さんでしょうか」
「はい」
ミカエルは小首を傾げる。すると神父はポケットに手を入れ、折り畳まれた古びた紙切れを取り出した。
「弟子が来たら渡してくれと」
差し出された紙を受けとり、片手で開こうとしてみたが、接着部分の一部がくっつていて開かない。
ミカエルは首を捻りつつ両手を使い、紙を広げることに成功した。そこに書かれていたのは、馴染み深い武骨な字でたった一文。
"己の人生を生きろ"
「っ、」
しかも、読み終えた瞬間ジリジリと文字が燃え、紙切れはあれよと言う間に灰と化してしまった。
「お師匠さんはなんて?」
「紙が燃えちまったのはスルーかよ」
「そういうインクが存在するのは知っている」
目をやれば、ルシエルは当たり前のように語る。
「特殊な能力の人が作ったインクらしい。そう簡単に手に入る物じゃない」
まったく、物知りで何よりだ。
そこで改めて視線を受けたミカエルは、苛立ちをあらわに口を開いた。
「師匠は、俺に会う気はさらさらねェらしい」
バラキエルは、ミカエルが再会を望んでいるのを知っている。後を追って来ているのもだ。――それなのに、突き放すような言葉を寄越した。
「……ぜってェ捕まえてやる」
殺気すら感じられるオーラに、神父がビクリと肩を揺らす。
息巻くミカエルの傍らで、ルシエルはちらと木々の向こうへ目をやり、風に乗って遠ざかる二人の気配を感じていた。
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