God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
56 / 174
3章.Graduale

師匠のことば

しおりを挟む
「音もなく近づいて来たときには、死を覚悟したね」

 彼女にできる事といえば、震える手で胸の十字架を握ることくらい。

「神様、お助けください! って心で叫んだら、あの人が現れて、あれよという間にデビルを消しちまったんだ」

 大きな剣が閃く様は、雷のようであったという。

「あたしゃ一瞬で恋に落ちたよ」

 ふふっと笑う顔は少女のようだ。

「バラキエルさんはね、腰抜かして動けないあたしを抱き上げて、家まで送り届けてくれたのさ」

 雨が降りそうだったのもあるかもしれないが、バラキエルには、年頃の少女を山に放って行くことなどできなかったのだろう。

「だけどあの人はつれなくてねぇ。名前だって、やっとで聞き出したんだよ」

 始終無言でいた彼は、少女を家まで送り届けると、すぐに瞬間移動で行ってしまった。

「黙ってる顔はちょっと怖かったけど、いい男だったわぁ」

 女性は恋する乙女のように言う。

 ――師匠らしい。

 ミカエルは心で呟いて、小さく笑った。

「あんたたちは、バラキエルさんの後輩か何かかい? バラキエルさんに何かあったの?」

 若い二人に目をやって、女性は目を瞬く。

「大したことじゃないんだ」

 ミカエルはなんでもないふうに言う。

「あの人は俺の師匠なんだけど、何も告げずにどこかへ行ってしまったから」
「へーぇ。あいかわらず罪な男だね。ここには来てないと思うよ。少なくとも、あたしは会ってない」

 女性は眉を上げ、首を振った。

「……そっか。ありがとう」
「会えるといいね」

 ミカエルはコクリと頷き、もう少しこの村を見て回ることにした。

「残念」
「こんな事もあるだろ」

 目ぼしい情報などないのが当たり前になっているミカエルに、さして落胆の色はない。
 小さな丸っこい聖堂の前を通りがかったとき、草むしりをしていた神父が振り返って会釈した。ミカエルは足を止め、それとなく聞いてみる。

「大きな剣を持った男を見てませんか」
「バラキエル様のことでしたら、おいでになりましたよ」
「、来た!?」
「いつか、少女を助けていただいた事がありまして。ようやくお礼を申し上げることができました」

 果たして、神父は朗らかに言った。

「……来てたのかよ」

 先ほどの女性を思うと、ミカエルはため息が出た。ルシエルは肩をすくめる。

「もしや、あなたはバラキエル様のお弟子さんでしょうか」
「はい」

 ミカエルは小首を傾げる。すると神父はポケットに手を入れ、折り畳まれた古びた紙切れを取り出した。

「弟子が来たら渡してくれと」

 差し出された紙を受けとり、片手で開こうとしてみたが、接着部分の一部がくっつていて開かない。
 ミカエルは首を捻りつつ両手を使い、紙を広げることに成功した。そこに書かれていたのは、馴染み深い武骨な字でたった一文。

 "己の人生を生きろ"

「っ、」

 しかも、読み終えた瞬間ジリジリと文字が燃え、紙切れはあれよと言う間に灰と化してしまった。

「お師匠さんはなんて?」
「紙が燃えちまったのはスルーかよ」
「そういうインクが存在するのは知っている」

 目をやれば、ルシエルは当たり前のように語る。

「特殊な能力の人が作ったインクらしい。そう簡単に手に入る物じゃない」

 まったく、物知りで何よりだ。
 そこで改めて視線を受けたミカエルは、苛立ちをあらわに口を開いた。

「師匠は、俺に会う気はさらさらねェらしい」

 バラキエルは、ミカエルが再会を望んでいるのを知っている。後を追って来ているのもだ。――それなのに、突き放すような言葉を寄越した。

「……ぜってェ捕まえてやる」

 殺気すら感じられるオーラに、神父がビクリと肩を揺らす。
 息巻くミカエルの傍らで、ルシエルはちらと木々の向こうへ目をやり、風に乗って遠ざかる二人の気配を感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

処理中です...