54 / 174
3章.Graduale
親と子のような
しおりを挟む
思わず目を瞑る。
腕が引っ張られ、身体がふわりと浮き上がる感覚。ハッとして目蓋を開けると、ルシエルと空に浮いていた。自称祭りの研究者も、ミカエルより少し年下に見える少年に腕を掴まれ飛んでいる。
男が着いて来いとジェスチャーした。
轟きはまだ収まらない。雲もないのに雷だけが鳴っている。眼下に目をやると、町の人々は地面に蹲って頭を隠していた。
こちらを向いたルシエルと目が合う。ミカエルは言葉がわかるように唇を動かし、小声で言った。
「ありがと」
「……どういたしまして」
ルシエルは目を細め、いつも通りに返してくれた。
男と少年は沿道を離れ、町の近くに広がる森へ向かった。木々の合間にちょっとしたスペースを見つけ、着地する。
「大事ないかな、ミカエル。そちらの方も、風を操れるとは」
ミカエルは男をじっと見る。親しみの籠った眼差しに片眉を上げた。
「ラムエルだ。この子はジケル。君たちも、この子に運んでもらう手はずだったのさ」
ジケルと呼ばれたもさっとした明るい茶髪の少年は、いかにも田舎にいそうである。大きな藍色のつり目は気が強そうで、雰囲気は子犬っぽい。
二人は親子ほど年が離れているようだが、親子には見えなかった。
「さっきの雷はあなたが?」
「ああ」
「……助かった。礼を言う」
「いやいや、騒ぎになる前に間に合ってよかったよ」
ラムエルは穏やかに微笑んだ。それから、申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「じつは私は、祭りの研究者ではないんだ」
「だろうな」
「昔は衛兵隊にいてね、バラキエル殿の部下だったよ」
「っバラキエル、」
ミカエルは目を丸くする。
「ああ。さっきの町は、信心深い所でね。どうしてデビルが発生するのか、君たちは知っているかい?」
「……人為的に造ってるんだろ」
バラキエルについて聞きたいところだが、ミカエルは顎を引いて答えた。
「そう。しかし巷では、人心の乱れが原因といわれている。まぁ、教会がそう言ったんだが」
「へぇ」
「信仰心が足りないとか、そういうことさ。あの町の人々は信仰心が篤い。だからデビルのことも、自分たちには関係ないと思っていたんだろう」
――それが。
「出てしまったんだ。あり得ないことにな。それで、これはもう終末だと。こんなに信仰しているのにデビルが出る。それを治めるには、購いの供えものをするしかないと考えたのだろう」
ミカエルは大地に目を落とす。
「そういう理由で君を狙う人たちもいるんだ」
ラムエルたちは、反教会勢力や信心深い人たちが妙な行動を起こさないよう、目を光らせているという。
「ちょうどメシアの会という団体を調査しているときに、隊長――バラキエル殿と再会したのだよ」
「、バラキエルと会った!?」
「ああ。力術円で、彼らのアジトの一つへ飛ばされたらしい。本当の狙いは君だったようだが」
デビルが家に出たあの夜、バラキエルは、妙な団体の所へ飛ばされていた――。
「心配はいらない。バラキエル殿の強さは、君も知ってるだろう。大暴れして、その場所を使い物にならなくしてしまったよ」
ラムエルは苦笑した。
「現在の世情を知ったバラキエル殿は、デビル退治をしたり、悪魔崇拝の儀式を行えないようにと、手を尽くしておいでだ」
きっと、君のためだな。
優しく落とされた言葉に、ミカエルの顔がくしゃりと歪んだ。
「師匠は、俺が王権下でデビル退治やってんの知ってる?」
「知っているだろう」
「俺が探してるのも、」
「……ああ」
ミカエルはクッと顔を上げる。
「じゃあなんで、会おうとしてくれねえんだよ」
ラムエルはかすかに眉を下げた。
「バラキエル殿が教会から追われていることは知っているだろう? 君に迷惑をかけたくないのだろう」
「迷惑なんてっ」
「バラキエル殿の気持ち、私はわかるよ」
ラムエルはジケルのもふもふ頭に手を置き、わしゃわしゃ撫でた。ジケルがムッとしている。
「……俺は、師匠とまた暮らしてえ」
「ああ。君の気持もわかる」
ラムエルが親のような顔をするので、ミカエルは眉根を寄せて視線をそらした。
「諦めねえよ」
「会ったら伝えておく」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
ミカエルは緑の匂いを深く吸い、ゆっくりと吐きだした。
腕が引っ張られ、身体がふわりと浮き上がる感覚。ハッとして目蓋を開けると、ルシエルと空に浮いていた。自称祭りの研究者も、ミカエルより少し年下に見える少年に腕を掴まれ飛んでいる。
男が着いて来いとジェスチャーした。
轟きはまだ収まらない。雲もないのに雷だけが鳴っている。眼下に目をやると、町の人々は地面に蹲って頭を隠していた。
こちらを向いたルシエルと目が合う。ミカエルは言葉がわかるように唇を動かし、小声で言った。
「ありがと」
「……どういたしまして」
ルシエルは目を細め、いつも通りに返してくれた。
男と少年は沿道を離れ、町の近くに広がる森へ向かった。木々の合間にちょっとしたスペースを見つけ、着地する。
「大事ないかな、ミカエル。そちらの方も、風を操れるとは」
ミカエルは男をじっと見る。親しみの籠った眼差しに片眉を上げた。
「ラムエルだ。この子はジケル。君たちも、この子に運んでもらう手はずだったのさ」
ジケルと呼ばれたもさっとした明るい茶髪の少年は、いかにも田舎にいそうである。大きな藍色のつり目は気が強そうで、雰囲気は子犬っぽい。
二人は親子ほど年が離れているようだが、親子には見えなかった。
「さっきの雷はあなたが?」
「ああ」
「……助かった。礼を言う」
「いやいや、騒ぎになる前に間に合ってよかったよ」
ラムエルは穏やかに微笑んだ。それから、申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「じつは私は、祭りの研究者ではないんだ」
「だろうな」
「昔は衛兵隊にいてね、バラキエル殿の部下だったよ」
「っバラキエル、」
ミカエルは目を丸くする。
「ああ。さっきの町は、信心深い所でね。どうしてデビルが発生するのか、君たちは知っているかい?」
「……人為的に造ってるんだろ」
バラキエルについて聞きたいところだが、ミカエルは顎を引いて答えた。
「そう。しかし巷では、人心の乱れが原因といわれている。まぁ、教会がそう言ったんだが」
「へぇ」
「信仰心が足りないとか、そういうことさ。あの町の人々は信仰心が篤い。だからデビルのことも、自分たちには関係ないと思っていたんだろう」
――それが。
「出てしまったんだ。あり得ないことにな。それで、これはもう終末だと。こんなに信仰しているのにデビルが出る。それを治めるには、購いの供えものをするしかないと考えたのだろう」
ミカエルは大地に目を落とす。
「そういう理由で君を狙う人たちもいるんだ」
ラムエルたちは、反教会勢力や信心深い人たちが妙な行動を起こさないよう、目を光らせているという。
「ちょうどメシアの会という団体を調査しているときに、隊長――バラキエル殿と再会したのだよ」
「、バラキエルと会った!?」
「ああ。力術円で、彼らのアジトの一つへ飛ばされたらしい。本当の狙いは君だったようだが」
デビルが家に出たあの夜、バラキエルは、妙な団体の所へ飛ばされていた――。
「心配はいらない。バラキエル殿の強さは、君も知ってるだろう。大暴れして、その場所を使い物にならなくしてしまったよ」
ラムエルは苦笑した。
「現在の世情を知ったバラキエル殿は、デビル退治をしたり、悪魔崇拝の儀式を行えないようにと、手を尽くしておいでだ」
きっと、君のためだな。
優しく落とされた言葉に、ミカエルの顔がくしゃりと歪んだ。
「師匠は、俺が王権下でデビル退治やってんの知ってる?」
「知っているだろう」
「俺が探してるのも、」
「……ああ」
ミカエルはクッと顔を上げる。
「じゃあなんで、会おうとしてくれねえんだよ」
ラムエルはかすかに眉を下げた。
「バラキエル殿が教会から追われていることは知っているだろう? 君に迷惑をかけたくないのだろう」
「迷惑なんてっ」
「バラキエル殿の気持ち、私はわかるよ」
ラムエルはジケルのもふもふ頭に手を置き、わしゃわしゃ撫でた。ジケルがムッとしている。
「……俺は、師匠とまた暮らしてえ」
「ああ。君の気持もわかる」
ラムエルが親のような顔をするので、ミカエルは眉根を寄せて視線をそらした。
「諦めねえよ」
「会ったら伝えておく」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
ミカエルは緑の匂いを深く吸い、ゆっくりと吐きだした。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる