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3章.Graduale
親と子のような
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思わず目を瞑る。
腕が引っ張られ、身体がふわりと浮き上がる感覚。ハッとして目蓋を開けると、ルシエルと空に浮いていた。自称祭りの研究者も、ミカエルより少し年下に見える少年に腕を掴まれ飛んでいる。
男が着いて来いとジェスチャーした。
轟きはまだ収まらない。雲もないのに雷だけが鳴っている。眼下に目をやると、町の人々は地面に蹲って頭を隠していた。
こちらを向いたルシエルと目が合う。ミカエルは言葉がわかるように唇を動かし、小声で言った。
「ありがと」
「……どういたしまして」
ルシエルは目を細め、いつも通りに返してくれた。
男と少年は沿道を離れ、町の近くに広がる森へ向かった。木々の合間にちょっとしたスペースを見つけ、着地する。
「大事ないかな、ミカエル。そちらの方も、風を操れるとは」
ミカエルは男をじっと見る。親しみの籠った眼差しに片眉を上げた。
「ラムエルだ。この子はジケル。君たちも、この子に運んでもらう手はずだったのさ」
ジケルと呼ばれたもさっとした明るい茶髪の少年は、いかにも田舎にいそうである。大きな藍色のつり目は気が強そうで、雰囲気は子犬っぽい。
二人は親子ほど年が離れているようだが、親子には見えなかった。
「さっきの雷はあなたが?」
「ああ」
「……助かった。礼を言う」
「いやいや、騒ぎになる前に間に合ってよかったよ」
ラムエルは穏やかに微笑んだ。それから、申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「じつは私は、祭りの研究者ではないんだ」
「だろうな」
「昔は衛兵隊にいてね、バラキエル殿の部下だったよ」
「っバラキエル、」
ミカエルは目を丸くする。
「ああ。さっきの町は、信心深い所でね。どうしてデビルが発生するのか、君たちは知っているかい?」
「……人為的に造ってるんだろ」
バラキエルについて聞きたいところだが、ミカエルは顎を引いて答えた。
「そう。しかし巷では、人心の乱れが原因といわれている。まぁ、教会がそう言ったんだが」
「へぇ」
「信仰心が足りないとか、そういうことさ。あの町の人々は信仰心が篤い。だからデビルのことも、自分たちには関係ないと思っていたんだろう」
――それが。
「出てしまったんだ。あり得ないことにな。それで、これはもう終末だと。こんなに信仰しているのにデビルが出る。それを治めるには、購いの供えものをするしかないと考えたのだろう」
ミカエルは大地に目を落とす。
「そういう理由で君を狙う人たちもいるんだ」
ラムエルたちは、反教会勢力や信心深い人たちが妙な行動を起こさないよう、目を光らせているという。
「ちょうどメシアの会という団体を調査しているときに、隊長――バラキエル殿と再会したのだよ」
「、バラキエルと会った!?」
「ああ。力術円で、彼らのアジトの一つへ飛ばされたらしい。本当の狙いは君だったようだが」
デビルが家に出たあの夜、バラキエルは、妙な団体の所へ飛ばされていた――。
「心配はいらない。バラキエル殿の強さは、君も知ってるだろう。大暴れして、その場所を使い物にならなくしてしまったよ」
ラムエルは苦笑した。
「現在の世情を知ったバラキエル殿は、デビル退治をしたり、悪魔崇拝の儀式を行えないようにと、手を尽くしておいでだ」
きっと、君のためだな。
優しく落とされた言葉に、ミカエルの顔がくしゃりと歪んだ。
「師匠は、俺が王権下でデビル退治やってんの知ってる?」
「知っているだろう」
「俺が探してるのも、」
「……ああ」
ミカエルはクッと顔を上げる。
「じゃあなんで、会おうとしてくれねえんだよ」
ラムエルはかすかに眉を下げた。
「バラキエル殿が教会から追われていることは知っているだろう? 君に迷惑をかけたくないのだろう」
「迷惑なんてっ」
「バラキエル殿の気持ち、私はわかるよ」
ラムエルはジケルのもふもふ頭に手を置き、わしゃわしゃ撫でた。ジケルがムッとしている。
「……俺は、師匠とまた暮らしてえ」
「ああ。君の気持もわかる」
ラムエルが親のような顔をするので、ミカエルは眉根を寄せて視線をそらした。
「諦めねえよ」
「会ったら伝えておく」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
ミカエルは緑の匂いを深く吸い、ゆっくりと吐きだした。
腕が引っ張られ、身体がふわりと浮き上がる感覚。ハッとして目蓋を開けると、ルシエルと空に浮いていた。自称祭りの研究者も、ミカエルより少し年下に見える少年に腕を掴まれ飛んでいる。
男が着いて来いとジェスチャーした。
轟きはまだ収まらない。雲もないのに雷だけが鳴っている。眼下に目をやると、町の人々は地面に蹲って頭を隠していた。
こちらを向いたルシエルと目が合う。ミカエルは言葉がわかるように唇を動かし、小声で言った。
「ありがと」
「……どういたしまして」
ルシエルは目を細め、いつも通りに返してくれた。
男と少年は沿道を離れ、町の近くに広がる森へ向かった。木々の合間にちょっとしたスペースを見つけ、着地する。
「大事ないかな、ミカエル。そちらの方も、風を操れるとは」
ミカエルは男をじっと見る。親しみの籠った眼差しに片眉を上げた。
「ラムエルだ。この子はジケル。君たちも、この子に運んでもらう手はずだったのさ」
ジケルと呼ばれたもさっとした明るい茶髪の少年は、いかにも田舎にいそうである。大きな藍色のつり目は気が強そうで、雰囲気は子犬っぽい。
二人は親子ほど年が離れているようだが、親子には見えなかった。
「さっきの雷はあなたが?」
「ああ」
「……助かった。礼を言う」
「いやいや、騒ぎになる前に間に合ってよかったよ」
ラムエルは穏やかに微笑んだ。それから、申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「じつは私は、祭りの研究者ではないんだ」
「だろうな」
「昔は衛兵隊にいてね、バラキエル殿の部下だったよ」
「っバラキエル、」
ミカエルは目を丸くする。
「ああ。さっきの町は、信心深い所でね。どうしてデビルが発生するのか、君たちは知っているかい?」
「……人為的に造ってるんだろ」
バラキエルについて聞きたいところだが、ミカエルは顎を引いて答えた。
「そう。しかし巷では、人心の乱れが原因といわれている。まぁ、教会がそう言ったんだが」
「へぇ」
「信仰心が足りないとか、そういうことさ。あの町の人々は信仰心が篤い。だからデビルのことも、自分たちには関係ないと思っていたんだろう」
――それが。
「出てしまったんだ。あり得ないことにな。それで、これはもう終末だと。こんなに信仰しているのにデビルが出る。それを治めるには、購いの供えものをするしかないと考えたのだろう」
ミカエルは大地に目を落とす。
「そういう理由で君を狙う人たちもいるんだ」
ラムエルたちは、反教会勢力や信心深い人たちが妙な行動を起こさないよう、目を光らせているという。
「ちょうどメシアの会という団体を調査しているときに、隊長――バラキエル殿と再会したのだよ」
「、バラキエルと会った!?」
「ああ。力術円で、彼らのアジトの一つへ飛ばされたらしい。本当の狙いは君だったようだが」
デビルが家に出たあの夜、バラキエルは、妙な団体の所へ飛ばされていた――。
「心配はいらない。バラキエル殿の強さは、君も知ってるだろう。大暴れして、その場所を使い物にならなくしてしまったよ」
ラムエルは苦笑した。
「現在の世情を知ったバラキエル殿は、デビル退治をしたり、悪魔崇拝の儀式を行えないようにと、手を尽くしておいでだ」
きっと、君のためだな。
優しく落とされた言葉に、ミカエルの顔がくしゃりと歪んだ。
「師匠は、俺が王権下でデビル退治やってんの知ってる?」
「知っているだろう」
「俺が探してるのも、」
「……ああ」
ミカエルはクッと顔を上げる。
「じゃあなんで、会おうとしてくれねえんだよ」
ラムエルはかすかに眉を下げた。
「バラキエル殿が教会から追われていることは知っているだろう? 君に迷惑をかけたくないのだろう」
「迷惑なんてっ」
「バラキエル殿の気持ち、私はわかるよ」
ラムエルはジケルのもふもふ頭に手を置き、わしゃわしゃ撫でた。ジケルがムッとしている。
「……俺は、師匠とまた暮らしてえ」
「ああ。君の気持もわかる」
ラムエルが親のような顔をするので、ミカエルは眉根を寄せて視線をそらした。
「諦めねえよ」
「会ったら伝えておく」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
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