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3章.Graduale
到着、レグリア
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翌朝、顔を合わせたルシエルは、平時と変わらぬ様子だった。
「泊まった部屋、三人部屋だったのか?」
肩をすくめるのを見るに、当たったらしい。残りの二人はどこかつかれた顔をしている。よく眠れなかったのだろうか。
「君は悠々と一人部屋を堪能したのだろう」
「おう。ふかふかベッドで寝やすかったぜ」
寝心地の良いベッドではあったが、すぐには寝つけなかったミカエルである。
モンテナー辺境伯に見送られ、一行はバイロン車で地上を駆けた。辺境伯領の城壁を出ると、再び空の旅となる。
レグリアに着いたら、この旅は終わりだ。
明日にはメアリエルは結婚し、異国の人になる。
「ここはもう、ブランリスじゃないのよね」
「はい。パラディッセの地に入りました」
田園風景や、ぽつりぽつりと見られる家々。大地に線が引かれているなんて事はなく、他国との間に明確な区切りはない。
空は晴れたり曇ったり。ふわふわと覚束ないミカエルの心を表しているようだ。
しばらくして、メアリエルがハッと声を上げた。
「海だわ。街が見える」
「レグリア共和国の中心地ですね」
ミカエルはかすかに目を丸くする。都市壁に囲まれた街の向こうに、きらきらと輝く深い青がどこまでも広がっていた。
――あれが海。
一直線の地平線まで続く青。その向こうにあるのは空だけだ。たくさんの船が浮かんでいる。近づくにつれ、海岸線が見えてきた。海の色はより明るく、碧くなる。寄せては返す――あれが波というものなのだろう。大容量の塩水が、一斉に動いているのだ。どうして動くのか、ミカエルは知らない。ただただスケールの大きさに圧倒されていた。
バイロンは徐々に降下し、都市壁の外で着地した。門番がやって来て、バイロンに跨っている御者兼護衛の一人と何やら話している。窓からメアリエルの姿を発見すると、敬礼して通してくれた。
ここからバイロンは地上を駆ける。
古びた門を通過したら、人々のにぎやかな声が耳に届いた。どこからか、楽器の音まで聞こえてくる。健康的に焼けた肌色の人が多く、明るい雰囲気だ。あの広大な海原がすぐ側にある影響なのかもしれない。
「お祭りムードですね」
レレルがぽつりと呟いた。
「メアリの結婚式があるからか?」
「左様でございましょう」
たしか、少し前に結婚予定の相手が亡くなったはずなのだが。ミカエルの気持ちが伝わったかのようにレレルは続ける。
「この国に王家はありません。殿下が嫁がれるのは、有力貴族の一つです。そこまで人々に影響を与える存在ではないのかもしれません。それに比べて…」
「メアリは王家の人間」
「はい。王族が嫁がれるという話題のほうが、関心が高いのでしょう」
バイロン車は大通りを奥へ奥へとくねくね進み、海に面した大きな建物の前で止まった。コルセで宿泊した邸宅を、もう少し立派にしたような建物だ。
レレルに続いてバイロン車から降りる。
風にしょっぱさを感じた。
「さすがに海が近い」
ルシエルがボソリと落とした。
ここへ来て、初めてメアリエルは結婚相手と対面することになる。
その人、リトゥエルは、自らメアリエルを出迎えた。この地でよく見かけるカフェオレ色の髪を、青緑のリボンで貴族らしく後ろで束ねている。リボンの色は瞳に合わせたようだ。
「メアリエル殿下、お初にお目にかかります。オスタンリチード侯爵リトゥエルです」
「はじめまして、オスタンリチード卿」
並んで邸宅へ向かう二人は、年の離れた兄妹といったふうだ。
リトゥエルは貴族というには少々ラフで、商人とも少し違う。溌剌とした雰囲気が、邸宅の向こうに広がる海に合っている気がした。
明日は結婚式。それまでに話す必要のあることが色々あるのだろう。そう思っていたら、カチッとした服装の男性から声を掛けられた。
「ミカエル様、お越しくださり、ありがとうございます。本日お泊まりいただくお部屋へご案内致します」
「俺は殿下の騎士の一人です。他の騎士と同じでいい」
「……では、お二人ずつ、お部屋にお泊まりいただくということで…」
結局、上等な雰囲気の客室へルシエルと通された。邸宅内はお祝いムードだ。昨日の別れより明日の出会い。それがここの人々の在り方なのかもしれない。
ミカエルはふとルシエルの方を向く。
「そういや、メアリは何も持ってなかったけど」
「生活に必要な物は、力術円で運ぶんだろう」
「……人も瞬間移動じゃダメなのか」
「そういうしきたりだ」
明日の式まで、ミカエルは特にやる事がない。一緒に来ている残り二人の騎士は、メアリエルの護衛として式まで働くようだが…。邸宅内に不穏な空気はなく、アグマエル殺害の件については、すっかり片が付いたことになっていた。
「メアリに危害を加えるやつなんて、いると思うか?」
「さぁ」
窓の外に目をやれば、一面の深い青がきらきらと輝いている。
ルシエルが隣にやってきた。
「……海、見るの初めて?」
「おう」
青みを帯びた緑の目が、海を映して煌めいていた。
「護衛はあの二人に任せて、散歩にでも行こう」
ミカエルは思わずルシエルを振り返った。
「……けど、」
「彼らの剣は飾りじゃない」
彼らがそれなりの腕をしていることは、ミカエルも感じていた。任せてしまって、いいだろうか。
――海を間近で見てみたい。
誘惑に負けたミカエルは頷いて、ルシエルの巾着袋から私服を出してもらった。そうして服を着替えて、二人は部屋を出た。
「泊まった部屋、三人部屋だったのか?」
肩をすくめるのを見るに、当たったらしい。残りの二人はどこかつかれた顔をしている。よく眠れなかったのだろうか。
「君は悠々と一人部屋を堪能したのだろう」
「おう。ふかふかベッドで寝やすかったぜ」
寝心地の良いベッドではあったが、すぐには寝つけなかったミカエルである。
モンテナー辺境伯に見送られ、一行はバイロン車で地上を駆けた。辺境伯領の城壁を出ると、再び空の旅となる。
レグリアに着いたら、この旅は終わりだ。
明日にはメアリエルは結婚し、異国の人になる。
「ここはもう、ブランリスじゃないのよね」
「はい。パラディッセの地に入りました」
田園風景や、ぽつりぽつりと見られる家々。大地に線が引かれているなんて事はなく、他国との間に明確な区切りはない。
空は晴れたり曇ったり。ふわふわと覚束ないミカエルの心を表しているようだ。
しばらくして、メアリエルがハッと声を上げた。
「海だわ。街が見える」
「レグリア共和国の中心地ですね」
ミカエルはかすかに目を丸くする。都市壁に囲まれた街の向こうに、きらきらと輝く深い青がどこまでも広がっていた。
――あれが海。
一直線の地平線まで続く青。その向こうにあるのは空だけだ。たくさんの船が浮かんでいる。近づくにつれ、海岸線が見えてきた。海の色はより明るく、碧くなる。寄せては返す――あれが波というものなのだろう。大容量の塩水が、一斉に動いているのだ。どうして動くのか、ミカエルは知らない。ただただスケールの大きさに圧倒されていた。
バイロンは徐々に降下し、都市壁の外で着地した。門番がやって来て、バイロンに跨っている御者兼護衛の一人と何やら話している。窓からメアリエルの姿を発見すると、敬礼して通してくれた。
ここからバイロンは地上を駆ける。
古びた門を通過したら、人々のにぎやかな声が耳に届いた。どこからか、楽器の音まで聞こえてくる。健康的に焼けた肌色の人が多く、明るい雰囲気だ。あの広大な海原がすぐ側にある影響なのかもしれない。
「お祭りムードですね」
レレルがぽつりと呟いた。
「メアリの結婚式があるからか?」
「左様でございましょう」
たしか、少し前に結婚予定の相手が亡くなったはずなのだが。ミカエルの気持ちが伝わったかのようにレレルは続ける。
「この国に王家はありません。殿下が嫁がれるのは、有力貴族の一つです。そこまで人々に影響を与える存在ではないのかもしれません。それに比べて…」
「メアリは王家の人間」
「はい。王族が嫁がれるという話題のほうが、関心が高いのでしょう」
バイロン車は大通りを奥へ奥へとくねくね進み、海に面した大きな建物の前で止まった。コルセで宿泊した邸宅を、もう少し立派にしたような建物だ。
レレルに続いてバイロン車から降りる。
風にしょっぱさを感じた。
「さすがに海が近い」
ルシエルがボソリと落とした。
ここへ来て、初めてメアリエルは結婚相手と対面することになる。
その人、リトゥエルは、自らメアリエルを出迎えた。この地でよく見かけるカフェオレ色の髪を、青緑のリボンで貴族らしく後ろで束ねている。リボンの色は瞳に合わせたようだ。
「メアリエル殿下、お初にお目にかかります。オスタンリチード侯爵リトゥエルです」
「はじめまして、オスタンリチード卿」
並んで邸宅へ向かう二人は、年の離れた兄妹といったふうだ。
リトゥエルは貴族というには少々ラフで、商人とも少し違う。溌剌とした雰囲気が、邸宅の向こうに広がる海に合っている気がした。
明日は結婚式。それまでに話す必要のあることが色々あるのだろう。そう思っていたら、カチッとした服装の男性から声を掛けられた。
「ミカエル様、お越しくださり、ありがとうございます。本日お泊まりいただくお部屋へご案内致します」
「俺は殿下の騎士の一人です。他の騎士と同じでいい」
「……では、お二人ずつ、お部屋にお泊まりいただくということで…」
結局、上等な雰囲気の客室へルシエルと通された。邸宅内はお祝いムードだ。昨日の別れより明日の出会い。それがここの人々の在り方なのかもしれない。
ミカエルはふとルシエルの方を向く。
「そういや、メアリは何も持ってなかったけど」
「生活に必要な物は、力術円で運ぶんだろう」
「……人も瞬間移動じゃダメなのか」
「そういうしきたりだ」
明日の式まで、ミカエルは特にやる事がない。一緒に来ている残り二人の騎士は、メアリエルの護衛として式まで働くようだが…。邸宅内に不穏な空気はなく、アグマエル殺害の件については、すっかり片が付いたことになっていた。
「メアリに危害を加えるやつなんて、いると思うか?」
「さぁ」
窓の外に目をやれば、一面の深い青がきらきらと輝いている。
ルシエルが隣にやってきた。
「……海、見るの初めて?」
「おう」
青みを帯びた緑の目が、海を映して煌めいていた。
「護衛はあの二人に任せて、散歩にでも行こう」
ミカエルは思わずルシエルを振り返った。
「……けど、」
「彼らの剣は飾りじゃない」
彼らがそれなりの腕をしていることは、ミカエルも感じていた。任せてしまって、いいだろうか。
――海を間近で見てみたい。
誘惑に負けたミカエルは頷いて、ルシエルの巾着袋から私服を出してもらった。そうして服を着替えて、二人は部屋を出た。
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