God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
47 / 174
3章.Graduale

もう一つの懸念

しおりを挟む
 レグリアからの使者も退室し、ミカエルとルシエルも部屋を出ようとしたとき、厳つい男性がやってきた。
 四五十代で、鍛えられた筋肉を感じさせるどっしりとした身体つき。貴族の恰好をしているが、隙のない身のこなしからして軍人のようだ。どうしてか、バラキエルが頭に浮かぶ。

「閣下、よろしいですかな」
「ウィルエル副団長。それではミカエル殿、また後ほど」

 モンテナー辺境伯はお辞儀して忙しなく出て行った。
 足を踏み入れたときから感じていたが、この城はピリピリした空気に包まれている。その理由は、メアリエルの件だけではなさそうだった。

「ミカエル様、それからお付きの方々。お部屋にご案内致します」

 綺麗にお辞儀して言ったのは、三十代半ばの男性だ。彼も茶系の髪だった。やはり、この地域に多い色合いなのだろう。それにしても、疲れた顔をしている。
 廊下で軍人と思しき者とすれ違った。こちらは緊張感のある顔つきだ。ミカエルは前を行く男性に声をかけた。

「何かありましたか」
「隣国に戦の気配がありまして。勢いのある国です。次の標的は、このモンテナー辺境伯領ではないかと」
「ここで、戦が起こる…」
「……おそらく。国は動きません。他にやるべき事があるとか。それに、この地は自治権が多く認められておりますので、有事ゆうじの際には、自力でなんとかせねばなりません」

 本当に危うくなったら国が動くかもしれないが、今のところその気配はないという。戦となったら、あのおどおどと頼りない感じのモンテナー辺境伯が指揮をるのだろう。ミカエルは他人事ひとごとながら、少々心配になった。

「なんとかなるんですか」
「なんとかするのが、あるじの役目です」

 ミカエルは口を噤む。男性は、小さく息を吐いた。

「……主は戦の経験がございません。そもそも、家督を継がれるご予定ではありませんでした」

 さきの辺境伯である父親も、家督を継ぐはずだった兄たちも、参加した聖戦にて殉死したらしい。現辺境伯のオリサティヴェルは、聖職に就く予定だった。剣の手ほどきも兄たちほど受けていない。彼の人生において、戦に関わる予定などなかったのである。

「ウィルエル副団長がおられてよかった。あのお方は、バラキエル様と共に数々の戦で活躍された豪傑ごうけつですから」

 ミカエルはハッと顔を上げた。

「バラキエル、」
「はい。バラキエル様は、主の叔父にあたります。雷光のバラキエルと言えば、知らぬ衛兵はおりません。枢機卿にまで推薦されたお方です」

 かすかに目を見開く。

「……ですが、突然お隠れになってしまわれた。その後、ウィルエル副団長を枢機卿にという声もあったようですが、ウィルエル副団長は応じることなく、この地へお戻りになりました」

 バラキエルはなぜ故郷へ戻らなかったのか、言外に非難するような声である。

のお方は長らく行方知れずでしたが、近ごろ、風の噂でその名が聞かれるようになりました。……ご健在のようです。戦となれば駆けつけてくださると、私は信じております」

 薄い唇がかすかに開く。
 ミカエルは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。

「こちらのお部屋です。では、後ほど」

 案内された部屋は一人部屋だった。広さはそれほどでもないが、手の込んだ調度品からして、重要な客人を招く部屋なのだろう。どうやら、ミカエルということで特別扱いされたようである。ルシエルを含む残り三名の護衛は、まとめて同じ部屋に泊まることになるかもしれない。
 部屋で一番主張している物といえば、天蓋付きの立派なベッドだ。ミカエルは誘われるようにそちらに向かい、うつ伏せにボフリと倒れこむ。

 ――バラキエルにも血縁がいる。

 そんな当たり前のことに、衝撃を受けていた。
 かつてのように、共に暮らしたい。バラキエルも同じように思ってくれているはずだ。そう信じて疑わなかった。しかし――。
 ミカエルはきつく目を瞑る。眼裏まなうらに浮かぶ森での日々は少しも色褪せない。それなのに、何も知らずに暮らしていたあの日々が、遠く感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...