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3章.Graduale
人々の光
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ノックの音がして、先ほどの男性が姿を見せる。
「夕食の準備が整いました」
ちょうどお腹が空いてきた頃だ。ミカエルはルシエルを伴い廊下に出た。ここへ来たときより、たくさんの人の気配を感じる。
「別れを惜しむ周辺の貴族が集まっておりまして。ぜひ夕食を共にしたいと」
「ああ…」
いつかの旅人風情が話していたが、メアリエルは貴族の間でも人気らしい。
「ミカエル様もお越しとあれば、なおさらです」
案内された部屋には長テーブルが幾つか設置されており、たくさんの人が着席していた。ミカエルの登場に、場のざわめきが大きくなる。
それからすぐにメアリエルがやって来て、ミカエルの隣に座った。その向こうにはコルセ伯がいる。
「それでは、メアリエル殿下のご結婚を祝して」
皆で杯を上げ、夕食が始まった。
料理は彩り豊かで、どれも美味しい。近頃は、食材がわからなくても美味しければいいと開き直っているミカエルである。
「メアリエル殿下、覚えておいでですかな。以前、ラジエル殿下とコルセにお越しくださった」
「もちろんよ。見たことのない食べ物がたくさんあって、とても興奮したわ」
「メアリエル殿下のお姿が見えなくなったときには、肝が冷えました」
「わたし、夢中になってしまって…」
思い出話を聞いているときから思っていたが、メアリエルは活発な少女だ。
「お兄様があんまり怒るものだから、バイロン小屋に隠れたの」
「覚えてますよ、メアリエル殿下。あのときは、我々も捜索に駆り出されたのです」
「血相を変えたラジエル殿下を見られたのは、あの時くらいですな」
「街でようやく殿下を見つけたと思ったら、またいなくなってしまわれるのですから」
貴族たちは懐かしそうに語り、穏やかに笑う。メアリエルは頬を染め、「むかしの話よ」とミカエルに言った。
「街でメアリエル殿下を発見したとき、両手いっぱいに食べ物を持っておられて」
「誘拐騒ぎが拍子抜けでしたな」
彼らの話を聞いているミカエルの口角も、気付けば上がっていた。
和やかなムードでデザートを食べていると、ふとコルセ伯がミカエルに目を向けた。
「ミカエル殿、先日のデビル退治、伺っておりますよ。衛兵隊が駆けつけた時には、デビルは跡形もなかったと。いやはや、頼もしい」
「……どうも」
ミカエルは隣にちらと目をやる。
ゆったりとグラスを傾けるルシエルは、会話に加わる気がないのだろう。
「近頃は、デビルが出たときのために、傭兵を雇う所もあると聞きますぞ」
「衛兵はすぐに駆けつけるとはかぎらんからのぉ」
コルセ伯は周囲の言葉に頷いて、ミカエルに目を戻す。
「ミカエル殿がいらっしゃると安心感が違います。あなたは我々の光です」
「貴殿が我が国におられて本当によかった」
「よぅし、乾杯しよう」
今度はミカエルへ向け、乾杯の声が上がる。
「陛下も、我々をお護りくださるミカエル殿に王家の宝を下賜されるとは」
「粋なことをなさる」
「いやいや、聖剣はそもそもこの地をお救いくださったミカエル様のものだろう。当然の流れだ」
酒が入った男たちは、その後もミカエルや聖剣の話で盛り上がっていた。
いつしか宴会の様相となり、酒が飲めないミカエルは、途中で退室し部屋に戻った。ルシエルも一緒だ。メアリエルも明日が早いため、早々に部屋に戻っている。
もう寝るだけなので、明かりは灯していない。開かれたカーテンの向こうから、星明りがささやかに室内を照らしていた。ルシエルはまだ起きているようだが、夜目が効くので構わないらしい。
「護衛の任務、思ってたのとぜんぜん違ぇな」
のんびりと空の旅を楽しんで、上手い料理を食べ、良いベッドで眠りに就く。ただの優雅な旅のようだ。
「明後日にはレグリアに着く。数日くらい良いだろう」
ルシエルは窓際の椅子にゆったり腰掛け、持って来たワインをグラスに注いだ。
ミカエルは半目になって呟く。
「おまえ、ホント酒好きな」
「君も飲む?」
「いい」
ベッドに横になったミカエルは、暗闇にぼんやり浮かぶ天井の星を眺める。
ミカエルという存在は、人々にとっても大きなものらしい。聖典のミカエルを思うのか、伝承のミカエルを思うのか。どちらにせよ、人々を護る存在だと思われている。
血の繋がりのある家族――妹のメアリエルや、デビルを脅威に感じている人々。人との関わりが増えるにつれて、己の存在について考えさせられる。
「ミカ、何を考えている?」
「……俺らにとって、デビルは脅威じゃない。だけど…」
「人々のために尽くしたくなったのか。さすが "ミカエル" 」
「そんなんじゃねえよ」
そんな事じゃない。
「俺は、森でのどかに暮らしたい」
しがみつくような声が闇に溶ける。ルシエルは鼻で笑ってグラスを傾けた。
「夕食の準備が整いました」
ちょうどお腹が空いてきた頃だ。ミカエルはルシエルを伴い廊下に出た。ここへ来たときより、たくさんの人の気配を感じる。
「別れを惜しむ周辺の貴族が集まっておりまして。ぜひ夕食を共にしたいと」
「ああ…」
いつかの旅人風情が話していたが、メアリエルは貴族の間でも人気らしい。
「ミカエル様もお越しとあれば、なおさらです」
案内された部屋には長テーブルが幾つか設置されており、たくさんの人が着席していた。ミカエルの登場に、場のざわめきが大きくなる。
それからすぐにメアリエルがやって来て、ミカエルの隣に座った。その向こうにはコルセ伯がいる。
「それでは、メアリエル殿下のご結婚を祝して」
皆で杯を上げ、夕食が始まった。
料理は彩り豊かで、どれも美味しい。近頃は、食材がわからなくても美味しければいいと開き直っているミカエルである。
「メアリエル殿下、覚えておいでですかな。以前、ラジエル殿下とコルセにお越しくださった」
「もちろんよ。見たことのない食べ物がたくさんあって、とても興奮したわ」
「メアリエル殿下のお姿が見えなくなったときには、肝が冷えました」
「わたし、夢中になってしまって…」
思い出話を聞いているときから思っていたが、メアリエルは活発な少女だ。
「お兄様があんまり怒るものだから、バイロン小屋に隠れたの」
「覚えてますよ、メアリエル殿下。あのときは、我々も捜索に駆り出されたのです」
「血相を変えたラジエル殿下を見られたのは、あの時くらいですな」
「街でようやく殿下を見つけたと思ったら、またいなくなってしまわれるのですから」
貴族たちは懐かしそうに語り、穏やかに笑う。メアリエルは頬を染め、「むかしの話よ」とミカエルに言った。
「街でメアリエル殿下を発見したとき、両手いっぱいに食べ物を持っておられて」
「誘拐騒ぎが拍子抜けでしたな」
彼らの話を聞いているミカエルの口角も、気付けば上がっていた。
和やかなムードでデザートを食べていると、ふとコルセ伯がミカエルに目を向けた。
「ミカエル殿、先日のデビル退治、伺っておりますよ。衛兵隊が駆けつけた時には、デビルは跡形もなかったと。いやはや、頼もしい」
「……どうも」
ミカエルは隣にちらと目をやる。
ゆったりとグラスを傾けるルシエルは、会話に加わる気がないのだろう。
「近頃は、デビルが出たときのために、傭兵を雇う所もあると聞きますぞ」
「衛兵はすぐに駆けつけるとはかぎらんからのぉ」
コルセ伯は周囲の言葉に頷いて、ミカエルに目を戻す。
「ミカエル殿がいらっしゃると安心感が違います。あなたは我々の光です」
「貴殿が我が国におられて本当によかった」
「よぅし、乾杯しよう」
今度はミカエルへ向け、乾杯の声が上がる。
「陛下も、我々をお護りくださるミカエル殿に王家の宝を下賜されるとは」
「粋なことをなさる」
「いやいや、聖剣はそもそもこの地をお救いくださったミカエル様のものだろう。当然の流れだ」
酒が入った男たちは、その後もミカエルや聖剣の話で盛り上がっていた。
いつしか宴会の様相となり、酒が飲めないミカエルは、途中で退室し部屋に戻った。ルシエルも一緒だ。メアリエルも明日が早いため、早々に部屋に戻っている。
もう寝るだけなので、明かりは灯していない。開かれたカーテンの向こうから、星明りがささやかに室内を照らしていた。ルシエルはまだ起きているようだが、夜目が効くので構わないらしい。
「護衛の任務、思ってたのとぜんぜん違ぇな」
のんびりと空の旅を楽しんで、上手い料理を食べ、良いベッドで眠りに就く。ただの優雅な旅のようだ。
「明後日にはレグリアに着く。数日くらい良いだろう」
ルシエルは窓際の椅子にゆったり腰掛け、持って来たワインをグラスに注いだ。
ミカエルは半目になって呟く。
「おまえ、ホント酒好きな」
「君も飲む?」
「いい」
ベッドに横になったミカエルは、暗闇にぼんやり浮かぶ天井の星を眺める。
ミカエルという存在は、人々にとっても大きなものらしい。聖典のミカエルを思うのか、伝承のミカエルを思うのか。どちらにせよ、人々を護る存在だと思われている。
血の繋がりのある家族――妹のメアリエルや、デビルを脅威に感じている人々。人との関わりが増えるにつれて、己の存在について考えさせられる。
「ミカ、何を考えている?」
「……俺らにとって、デビルは脅威じゃない。だけど…」
「人々のために尽くしたくなったのか。さすが "ミカエル" 」
「そんなんじゃねえよ」
そんな事じゃない。
「俺は、森でのどかに暮らしたい」
しがみつくような声が闇に溶ける。ルシエルは鼻で笑ってグラスを傾けた。
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