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3章.Graduale
メアリエルの護衛
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その日、ミカエルはいつもより早く目覚めた。カーテンを開ければ、良い天気。新緑の向こうに瑞々しい青空が広がっている。
――血の繋がった妹、メアリエル。
金髪で、大きな露草色の目の女の子。ついこの間知ったばかりの存在だ。一度しか会ったことがないのに、ミカエルには彼女を思う心がある。血縁というのは不思議なものだ。
『結婚はめでたい事だが、祝う気にはなれない』
ミカエルは小さく息を吐き、リビングへ向かった。
いつものようにコーヒー豆を挽いていると、ルシエルがやってきた。髪と目の色が元に戻っている。色味の調整は未だ試行錯誤の中で、ミカエルたちの出発に間に合うよう、また試作品を持ってくるとアズラエルが言っていた。
「はよ」
「おはよう」
ルシエルはカウンターに肘をつき、首を傾げる。
「浮かない顔だ」
「十四の子どもが政略結婚だぜ? 相手はオッサン」
「本人が了承してるんだろう。周りがとやかく言うことじゃない」
「そうだけどよ…」
ミカエルは口を尖らせた。
考えたって仕方がない。自分に言い聞かせ、コーヒー豆に意識を戻す。
「……俺、緑の目でよかったわ」
「お師匠さんに育てられたのも」
「ああ」
ミカエルは王族ではない。幼い頃から聖学校で学ばされることもなかった。――だから自分のために生きられる。
おもむろに髪を撫でられ、顔を上げると紅の瞳が静かにミカエルを捉えていた。
神秘的な色合いだ。
「もう挽けた?」
「、もう少し」
うっかり手が止まっていたようだ。
ミカエルがコーヒーを注ぎ、ルシエルがトースターからパンを取り出す。パンには、ジャムがたっぷり塗られていた。
「チェリーも美味いな」
「甘すぎないのがいい」
いつものように穏やかな朝食を終えたころ、玄関扉を叩く音がした。ミカエルが出ると、アズラエルである。
「おはようございます。試作品のお届けです」
「おう。ルシー」
リビングからやって来たルシエルは、無表情で巾着袋を受け取り、淡々と丸薬を口に運んだ。三度目ともなれば慣れたものである。
「落ち着いたお色になりましたな」
「……ああ」
ミカエルは色味の変わったルシエルをぼんやり見てしまう。焦げ茶色の髪に、鳶色の瞳。バラキエルの色によく似ている。
ルシエルはミカエルの反応にかすかに眉を上げ、手渡された手鏡を覗いた。
「いかがでしょう」
視線を寄越され、ミカエルは頷いた。ルシエルが首を傾げる。
「この色がどうかした?」
「……師匠に似てる」
「……へぇ」
その時、瞬間移動でゾフィエルが現れた。新たな色味のルシエルに目を丸くして、微笑を浮かべる。
「それでは、城に参ろう」
アズラエルとはそこで別れ、二人は軍服に着替えて城に瞬間移動した。
ミカエルが初めて訪れたときと同じ場所に出没した三人は、門から入ってアプローチを進む。入口付近に豪奢な車が用意されていた。しかし、それを引くのは馬ではない。
「あれって…」
デビルが家の近くに現れた日、ミカエルはあの生き物を初めて目にした。馬より一回り大きな、青い鬣を持つ生き物だ。
「バイロンだ。あれで行けば馬の三倍速い」
ついバイロンに気を取られてしまったが、その向こうに目をやるとメアリエルがいた。ラジエルにヨハエル、それから王妃もいる。若き王妃はメアリエルを強く抱きしめ、最後まで名残を惜しんでいた。
メアリエルがやってくる。
お付きの女性の手を借りてスカートを軽く持ち上げ、バイロン車の中に入っていく。ミカエルとルシエルの他に、護衛の軍人が二人いた。
「ミカエル、それから、あー、君たち。頼んだぞ」
「はい、陛下」
ミカエルも一応それらしく返して乗りこんだ。ルシエルが無言で続く。
「メアリ、さびしくなったら手紙を書いてね」
「お母様もお元気で…!」
バイロン車は数歩で空に駆け上がった。
窓から手を伸ばすメアリエルが落ちないように、お付きの女性があわあわとスカートを掴んでいる。
「姫様ー!」
「いつでもお帰りをお待ちしておりますー!!」
「お幸せにー!」
城下の街を駆け行くときには、たくさんの声が掛けられた。
「みんなー! ありがとうー!」
お付きの女性の心配を余所に、メアリエルは窓から乗りだして手を振り続けていた。
――血の繋がった妹、メアリエル。
金髪で、大きな露草色の目の女の子。ついこの間知ったばかりの存在だ。一度しか会ったことがないのに、ミカエルには彼女を思う心がある。血縁というのは不思議なものだ。
『結婚はめでたい事だが、祝う気にはなれない』
ミカエルは小さく息を吐き、リビングへ向かった。
いつものようにコーヒー豆を挽いていると、ルシエルがやってきた。髪と目の色が元に戻っている。色味の調整は未だ試行錯誤の中で、ミカエルたちの出発に間に合うよう、また試作品を持ってくるとアズラエルが言っていた。
「はよ」
「おはよう」
ルシエルはカウンターに肘をつき、首を傾げる。
「浮かない顔だ」
「十四の子どもが政略結婚だぜ? 相手はオッサン」
「本人が了承してるんだろう。周りがとやかく言うことじゃない」
「そうだけどよ…」
ミカエルは口を尖らせた。
考えたって仕方がない。自分に言い聞かせ、コーヒー豆に意識を戻す。
「……俺、緑の目でよかったわ」
「お師匠さんに育てられたのも」
「ああ」
ミカエルは王族ではない。幼い頃から聖学校で学ばされることもなかった。――だから自分のために生きられる。
おもむろに髪を撫でられ、顔を上げると紅の瞳が静かにミカエルを捉えていた。
神秘的な色合いだ。
「もう挽けた?」
「、もう少し」
うっかり手が止まっていたようだ。
ミカエルがコーヒーを注ぎ、ルシエルがトースターからパンを取り出す。パンには、ジャムがたっぷり塗られていた。
「チェリーも美味いな」
「甘すぎないのがいい」
いつものように穏やかな朝食を終えたころ、玄関扉を叩く音がした。ミカエルが出ると、アズラエルである。
「おはようございます。試作品のお届けです」
「おう。ルシー」
リビングからやって来たルシエルは、無表情で巾着袋を受け取り、淡々と丸薬を口に運んだ。三度目ともなれば慣れたものである。
「落ち着いたお色になりましたな」
「……ああ」
ミカエルは色味の変わったルシエルをぼんやり見てしまう。焦げ茶色の髪に、鳶色の瞳。バラキエルの色によく似ている。
ルシエルはミカエルの反応にかすかに眉を上げ、手渡された手鏡を覗いた。
「いかがでしょう」
視線を寄越され、ミカエルは頷いた。ルシエルが首を傾げる。
「この色がどうかした?」
「……師匠に似てる」
「……へぇ」
その時、瞬間移動でゾフィエルが現れた。新たな色味のルシエルに目を丸くして、微笑を浮かべる。
「それでは、城に参ろう」
アズラエルとはそこで別れ、二人は軍服に着替えて城に瞬間移動した。
ミカエルが初めて訪れたときと同じ場所に出没した三人は、門から入ってアプローチを進む。入口付近に豪奢な車が用意されていた。しかし、それを引くのは馬ではない。
「あれって…」
デビルが家の近くに現れた日、ミカエルはあの生き物を初めて目にした。馬より一回り大きな、青い鬣を持つ生き物だ。
「バイロンだ。あれで行けば馬の三倍速い」
ついバイロンに気を取られてしまったが、その向こうに目をやるとメアリエルがいた。ラジエルにヨハエル、それから王妃もいる。若き王妃はメアリエルを強く抱きしめ、最後まで名残を惜しんでいた。
メアリエルがやってくる。
お付きの女性の手を借りてスカートを軽く持ち上げ、バイロン車の中に入っていく。ミカエルとルシエルの他に、護衛の軍人が二人いた。
「ミカエル、それから、あー、君たち。頼んだぞ」
「はい、陛下」
ミカエルも一応それらしく返して乗りこんだ。ルシエルが無言で続く。
「メアリ、さびしくなったら手紙を書いてね」
「お母様もお元気で…!」
バイロン車は数歩で空に駆け上がった。
窓から手を伸ばすメアリエルが落ちないように、お付きの女性があわあわとスカートを掴んでいる。
「姫様ー!」
「いつでもお帰りをお待ちしておりますー!!」
「お幸せにー!」
城下の街を駆け行くときには、たくさんの声が掛けられた。
「みんなー! ありがとうー!」
お付きの女性の心配を余所に、メアリエルは窓から乗りだして手を振り続けていた。
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