God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
39 / 174
3章.Graduale

明離

しおりを挟む
 会話の合間にも、ラファエルは休むことなく数人を順繰りに治している。一人ずつ完治させる時間がないのだろう。少し肌色に戻った人も、ラファエルが他の人の治癒に移ると少しずつまた黒くなっていく。
 黒の浸食ペースは人によって異なるようだ。それでも確かに治癒は進んでいた。

 住民の一人が、そわそわとラファエルの元へやってくる。

「ラファエル様、何かお手伝いできることは…」
「あなたは先ほどまで闇におかされていたんです。早く休んでください」
「は、はい…」

 ミカエルは長椅子で身を寄せ合う人々を見て、「デビルは倒した」と思い出したように告げた。

「ほ、本当かい?」
「おう」

 人々の顔に安堵の表情が浮かぶ。近くに座っていた男がふと口を開いた。

「ところで、あんたの名前は」
「……ミカエルだ」

 ざわめきが起こる。住民らの目つきが変わった。

「簡単に倒しちまうわけだ」
「それじゃあ、あの剣は聖剣か…?」
「素敵…」
「ママ、ミカエルって天使さま?」
「この地の救世主よ。またご本を読んであげるわね」

 視界の片隅でルシエルがうっすらと唇に弧を描く。デビルを倒したのは彼だが、言わないほうがよさそうだ。ミカエルは居心地の悪さを覚えつつ、治癒に専念した。
 一所ひとところに集中し続けるのは、炎の大技をぶっ放すよりつかれる気がする。
 最後にミカエルたちが連れてきた女性の番となり、ミカエルの隣に片膝をついたラファエルは、彼女の胸元に手をかざした。ラファエルの治癒の波長が彼女の身体中に広がって、闇の浸食を光にかえしていくように感じる。
 彼女から立ち上っていた黒いモヤは消え、肌の色が戻っていった。

 ――温かくも冷たくもない、安らぎの光。

 ラファエルと共に人命救助をしているのがなんだか妙だ。
 彼のことを酷い人間だと思いつつ、したうような気持ちが心にあるのも感じている。記憶を失くしていた時のミカエルも、ミカエルの一部に違いなかった。

「集中してください」
「っ誰のせいだよ」

 ミカエルが睨むと、ラファエルはかすかに鼻で笑った。
 ミカエルも治癒の手を緩めなかったからか、女性は他の人より治りが早かった。ラファエルが治癒を終えたとき、ミカエルは脱力して床に座りこんだ。

「ありがとうございました…!」
「見た目には全快したように見えても消耗してますので、よく休むようにしてください」
「はいっ」

 女性の家族が彼女を強く抱き締める。目に涙を溜めて喜ぶ姿を見ていると、ミカエルの胸も温かくなった。
 そろそろ夜が明けるだろう。さすがに眠い。

「助かりましたよ」
「おまえ、つかれてねーの?」
「慣れてますから」

 ラファエルは変わらぬ微笑でサラリと言った。

「ミカエル様、ラファエル様、」

 ミカエルとラファエルが振り返る。

「この度は、大変お世話になりました。なんとお礼を申し上げたら良いのか…」

 二人は人々から散々お礼を言われた。中には拝む人もいる。ミカエルの頬は若干引き攣っていたが、ラファエルはいつもの微笑で穏やかに対応していた。
 ラファエル様と呼びかける人を横目に、こんな姿しか知らなければ崇めたくなる気持ちもわからないではないとミカエルは思う。――こんな姿しか、知らなければ。

「何か?」
「……べつに」

 そういえば、ゾフィエルはどうしただろう。ミカエルはルシエルに目をやり、教会の外へ出た。

 その姿はすぐに見つけることができた。
 暁の空の下、ゾフィエルと部下の間にいる人たちが泣いている。その中の一人が上着やズボンなどを抱えていた。
 立ち尽くすミカエルの隣で、ルシエルが口を開く。

「誰か亡くなったようだ」

 いたむ人の嘆きが胸を締めつける。
 ミカエルたちに気づいたゾフィエルがやってきた。

「二人、間に合わなかった。十代の少年と、その祖父だそうだ」
「探してた人たちか」
「ああ」

 ゾフィエルが見つけたときには、身体がほぼ塵になっていたという。

「それでも、服だけになってしまう前でよかった。遺された服を見ただけでは、現実を受け入れがたいからな」

 バラキエルやルシエルがいとも簡単に片付けてしまうから、ミカエルはデビルという存在を恐れていなかった。きっとミカエルも、ろうせず倒せることだろう。けれども、それは一般的な感覚ではないのだ。―― 黒におかされ散る命。多くの人にとってデビルは、真実、脅威なのである。

「……やっぱ、デビルは倒さなきゃダメだな」

 ミカエルはぽつりと呟いた。
 
「今日はつかれただろう。二人とも、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「おまえはこれからまた仕事?」
「ああ。親衛隊の隊長だからな」

 ラファエルもゾフィエルもタフである。ミカエルは呆れて息を吐いた。

「いつ寝るんだよ」
「もともと、睡眠時間は短いほうなんだ。闘い通しだったわけでもなし。これくらい、なんともない」

 ――しかし、そうだな。
 ゾフィエルはおもむろに呟いて、ミカエルに歩み寄り、白い頬に手を添えた。

「力の融合をしても?」
「……ああ」

 ミカエルはルシエルの存在を気にしつつ、小さく頷く。途端に黄金色の波が押し寄せ、ゾフィエルの腕を掴んだ。

「っ、ん…」
 
 今度こそ意識を飛ばさないよう、力の入らない膝を叱咤しったする。恍惚に浸され、思考が溶けていく――。

「……あ?」

 気がついたとき、ミカエルは家のリビングのソファに横になっていた。

「ベッドに運んだほうがよかった?」
「いや…」

 声のした方へ目をやると、私服のルシエルが椅子で寛いでいた。
 充実感に溢れ、疲れがすっかりなくなっている。力の融合をしたおかげだろう。

「運んでくれてありがと」
「どういたしまして」

 ミカエルは満たされた気分でシャワーを浴びて、朝日の中で眠りに就いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...