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3章.Graduale
観光かしらん
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雨にデビル退治に。ようやくシャボリの町に辿り着いたミカエルは、達成感すら覚えた。
遠くに、雪の残る高い山が見える。
「コルセみてえにデカい街じゃねえけど、なかなか栄えてんな」
「目的の人物がどこにいるのか、コルセの錬金術師に聞きに行くのが早そうだ」
ルシエルがさっそく行動する前に、ミカエルは彼の腕を掴んで色味の変わった美貌を見上げた。
「せっかく来たんだし、ブラブラしようぜ。そのうち、見つかるかもしれねぇし」
息を吸うように瞬間移動ができるルシエルは片眉を上げる。けれども、無邪気に煌めく瞳を見ているうちに、頭に浮かんだ言葉はどこかへ行ってしまったようだった。
「ここも酒屋かよ」
「シャボリは酒造りが盛んなようだ」
「おい、また試飲するのか?」
「同じ産地でありながら、味わいが異なるのが面白い」
「へーー」
渋っているように見えたのに、結局、楽しんでいるのはルシエルのほうだ。お酒に弱いミカエルは、優雅にグラスを傾けるルシエルを半目で見上げる。
「これは甘口だから君も飲めるかも」
ミカエルは差し出されたグラスを受け取り、スンと匂いを嗅いだ。フルーティーな香りは、たしかに甘そうだ。しかし、チビリと口に含めば、列記とした酒の味がした。「うぇ、」と舌を出す。
「どこが甘いんだよ。フツーに酒だ」
「それはそうだ」
「ああ?」
「甘口だからイケると思ったのに」
ルシエルはわざとらしく眉を上げた。
「……もう充分飲んだだろ」
ミカエルはムスッとして彼の腕を引く。
「拗ねてる?」
「拗ねてねえっつの」
ルシエルは小さく笑ってグラスを置いた。
蒸留所を出て、細い小道を左に曲がる。
行き止まりだ。
そこにあったお店は、壁の一部のようだった。まず、なんの店かわからない。それとも民家だろうか。
この感じ。コルセの錬金術師の店を思い出す。
二人は目を見合わせ、そちらへ向かった。窓のカーテンの隙間から中の様子を窺うと、宝飾品が飾ってある。どうやら、金物屋ではないらしい。
ミカエルは褪せた緑色のドアをゆっくり開いた。
薄暗い店内は宝飾店といった様子だ。高価であろう石の収まった指輪やネックレスが、上品に並べられている。
「いらっしゃい」
奥から出てきた男は、片眼の眼鏡のような物をかけていた。背が低く、丸っこい。
ミカエルはさっそく聞いてみた。
「知り合いに、コルセの錬金術師はいるか?」
「……ああ、聞いてます」
「あ?」
「あれは変わった物でした」
男によると、離れた場所にいる相手と通話ができる手段があり、コルセの錬金術師からミカエルたちの事を聞いていたらしい。その手段は一般には普及してないが、錬金術師の間ではよく使われているのだとか。
「なんで普及してねぇんだ?」
「鉱石が稀少であるし、怪しげな術具とか」
思われてるんでないかな。
男は言葉を足して首を傾げ、頭を掻いた。そうしてルシエルに目をやり、すっと逸らす。
「もうないです」
「あ?」
「何かわからんかったもので」
「ああ…、他の錬金術師に渡したのか」
男はポツポツ話すので、ミカエルは一瞬、話の内容を見失った。
頭を掻きたいのはこちらだ。ミカエルは片眉を上げる。すると男は、首を振った。
「売りました」
「は、」
「売ってほしいと」
「言ってきた相手はどんなやつなんだ?」
早くも男のテンポに慣れてきたミカエルを、ルシエルは無言で見やる。会話を任せ、傍観の構えだ。
「枢機卿です」
「枢機卿ぉ?」
ミカエルは眉を上げた。
「……じゃあ、今はその枢機卿が持ってるんだな」
「はぁ、たぶん」
「そいつの名前は?」
「あー……うーん……ベ…、あー、バー…?」
男は斜め上に視線を巡らせ、唸り続ける。
ミカエルは半目になってしまった。
「覚えてねえのか」
男は首を傾げて思案顔。
「いつも猊下とお呼びしていて、」
「忘れちまったと」
「はぁ」
ミカエルは肩をすくめる。
「その "猊下" はよく来るのか?」
「たまに」
「コルセみてぇな都市でもねえのに、なんで来るんだよ」
「ぶどう畑があるので」
目を瞬いて、理解した。ちらと後ろに目をやると、ルシエルが眉を上げる。
「酒好きな枢機卿ってわけか。自分の畑まで持ってる」
「まぁ」
「今度来たら、名前聞いとけよ。あと、まだ持ってるかもな」
「はぁ、聞きます」
ミカエルは頭を掻く店主に念を押して店を出た。
なんともスッキリしない。ルシエルに目をやると、肩をすくめられた。
ミカエルは気を取り直して口を開く。
「その枢機卿は、何か知ってるかもな」
ルシエルは雲間から差す光を見ている。
「まさか枢機卿が持っているとは」
「ああ…」
なんにせよ、簡単には取り戻せなさそうだ。
「おまえ、すげーもん持ってたんだな」
「何かわからないけど」
そろそろ日が暮れる。
明日からメアリエルの護衛だ。二人は早めに夕食を済ませ、家に帰ることにした。
遠くに、雪の残る高い山が見える。
「コルセみてえにデカい街じゃねえけど、なかなか栄えてんな」
「目的の人物がどこにいるのか、コルセの錬金術師に聞きに行くのが早そうだ」
ルシエルがさっそく行動する前に、ミカエルは彼の腕を掴んで色味の変わった美貌を見上げた。
「せっかく来たんだし、ブラブラしようぜ。そのうち、見つかるかもしれねぇし」
息を吸うように瞬間移動ができるルシエルは片眉を上げる。けれども、無邪気に煌めく瞳を見ているうちに、頭に浮かんだ言葉はどこかへ行ってしまったようだった。
「ここも酒屋かよ」
「シャボリは酒造りが盛んなようだ」
「おい、また試飲するのか?」
「同じ産地でありながら、味わいが異なるのが面白い」
「へーー」
渋っているように見えたのに、結局、楽しんでいるのはルシエルのほうだ。お酒に弱いミカエルは、優雅にグラスを傾けるルシエルを半目で見上げる。
「これは甘口だから君も飲めるかも」
ミカエルは差し出されたグラスを受け取り、スンと匂いを嗅いだ。フルーティーな香りは、たしかに甘そうだ。しかし、チビリと口に含めば、列記とした酒の味がした。「うぇ、」と舌を出す。
「どこが甘いんだよ。フツーに酒だ」
「それはそうだ」
「ああ?」
「甘口だからイケると思ったのに」
ルシエルはわざとらしく眉を上げた。
「……もう充分飲んだだろ」
ミカエルはムスッとして彼の腕を引く。
「拗ねてる?」
「拗ねてねえっつの」
ルシエルは小さく笑ってグラスを置いた。
蒸留所を出て、細い小道を左に曲がる。
行き止まりだ。
そこにあったお店は、壁の一部のようだった。まず、なんの店かわからない。それとも民家だろうか。
この感じ。コルセの錬金術師の店を思い出す。
二人は目を見合わせ、そちらへ向かった。窓のカーテンの隙間から中の様子を窺うと、宝飾品が飾ってある。どうやら、金物屋ではないらしい。
ミカエルは褪せた緑色のドアをゆっくり開いた。
薄暗い店内は宝飾店といった様子だ。高価であろう石の収まった指輪やネックレスが、上品に並べられている。
「いらっしゃい」
奥から出てきた男は、片眼の眼鏡のような物をかけていた。背が低く、丸っこい。
ミカエルはさっそく聞いてみた。
「知り合いに、コルセの錬金術師はいるか?」
「……ああ、聞いてます」
「あ?」
「あれは変わった物でした」
男によると、離れた場所にいる相手と通話ができる手段があり、コルセの錬金術師からミカエルたちの事を聞いていたらしい。その手段は一般には普及してないが、錬金術師の間ではよく使われているのだとか。
「なんで普及してねぇんだ?」
「鉱石が稀少であるし、怪しげな術具とか」
思われてるんでないかな。
男は言葉を足して首を傾げ、頭を掻いた。そうしてルシエルに目をやり、すっと逸らす。
「もうないです」
「あ?」
「何かわからんかったもので」
「ああ…、他の錬金術師に渡したのか」
男はポツポツ話すので、ミカエルは一瞬、話の内容を見失った。
頭を掻きたいのはこちらだ。ミカエルは片眉を上げる。すると男は、首を振った。
「売りました」
「は、」
「売ってほしいと」
「言ってきた相手はどんなやつなんだ?」
早くも男のテンポに慣れてきたミカエルを、ルシエルは無言で見やる。会話を任せ、傍観の構えだ。
「枢機卿です」
「枢機卿ぉ?」
ミカエルは眉を上げた。
「……じゃあ、今はその枢機卿が持ってるんだな」
「はぁ、たぶん」
「そいつの名前は?」
「あー……うーん……ベ…、あー、バー…?」
男は斜め上に視線を巡らせ、唸り続ける。
ミカエルは半目になってしまった。
「覚えてねえのか」
男は首を傾げて思案顔。
「いつも猊下とお呼びしていて、」
「忘れちまったと」
「はぁ」
ミカエルは肩をすくめる。
「その "猊下" はよく来るのか?」
「たまに」
「コルセみてぇな都市でもねえのに、なんで来るんだよ」
「ぶどう畑があるので」
目を瞬いて、理解した。ちらと後ろに目をやると、ルシエルが眉を上げる。
「酒好きな枢機卿ってわけか。自分の畑まで持ってる」
「まぁ」
「今度来たら、名前聞いとけよ。あと、まだ持ってるかもな」
「はぁ、聞きます」
ミカエルは頭を掻く店主に念を押して店を出た。
なんともスッキリしない。ルシエルに目をやると、肩をすくめられた。
ミカエルは気を取り直して口を開く。
「その枢機卿は、何か知ってるかもな」
ルシエルは雲間から差す光を見ている。
「まさか枢機卿が持っているとは」
「ああ…」
なんにせよ、簡単には取り戻せなさそうだ。
「おまえ、すげーもん持ってたんだな」
「何かわからないけど」
そろそろ日が暮れる。
明日からメアリエルの護衛だ。二人は早めに夕食を済ませ、家に帰ることにした。
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