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3章.Graduale
甘い色変
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ミカエルは肩をすくめて言った。
「今日はもう帰ろうぜ。ちょっと冷えたし、着替えて熱いコーヒー飲みてぇ」
「君は熱いと火傷するだろう。猫舌だから」
「フーフー冷ましながら飲むのがいいんだよ」
ルシエルがかすかに眉を上げる。
「フーフーねぇ…」
「バカにしてんのか」
「してない」
艶やかな唇がうっすらと弧を描いていた。
「顔が笑ってんだよ!」
「幻覚だろう」
「ああ?」
睨み上げると、頤を指の側面でスルリと撫でられ、家の前に瞬間移動していた。
ミカエルは急な移動に僅か、フリーズしてしまう。
辺りを見回して、こちらは朝から変わらず快晴だったことを知った。
さっそく上着を脱いで水滴を飛ばすようにバサバサ振り始めたルシエルに倣い、ミカエルも上着を脱いで水滴を飛ばしにかかった。
「コーヒー淹れるんだっけ?」
「おー」
「熱いのをフーフー…っふ、」
「テメ、やっぱバカにしてんじゃねえかよ!」
ミカエルが持っていた上着をルシエルに向けて振り上げたとき、不意にゾフィエルが現れた。怪しげな眼帯の男を連れている。
「おや、お取り込み中でしたか」
見慣れない男が、落ち着いた通る声で言った。
ミカエルは腕を下ろしてそちらへ身体を向ける。
「何者だ?」
「突然だが、このあいだ話した、彼の色味を変える物を持ってきたんだ。こちらは商人のアズラエル殿」
ゾフィエルはルシエルの顔色を窺いながら眼帯の男の紹介をした。
ルシエルは無表情で佇んでいる。人外めいた美貌が、冷徹さを醸し出していた。ゾフィエルの心情を察し、ミカエルは同情する。
ゾフィエルはアズラエルにもミカエルたちを紹介した。
アズラエルが一歩前に出る。
「効果は数日ほど。髪や目がどのようなお色になるかは、使用される方によります。ですので、まずはお使いいただき、調整させていただきます」
そうして彼は、ずずいとエキゾチックな紋様が施された巾着袋をルシエルに差し出した。このルシエルを前に動じた様子がないので感心する。
意識してみれば力が強い。
上手く隠しているようだが、ミカエルと同等か、あるいは――。
ルシエルは巾着袋を受け取り、中から一つ、丸薬を取り出した。真っ黒だ。飲み下すには大変そうなサイズである。
「これを飲み込めと?」
「お口の中ですぐに溶けますよ。甘いお味がするそうです」
ミカエルはじっとルシエルを見ている。真顔でいるが、ワクワクしているのが気配から感じられた。
ルシエルはかすかに眉を動かし、丸薬を口に放り込む。アズラエルの言った通り、蜜のように甘く、舌の上でするする溶けた。
三方から好奇の視線が注がれる。
「お」
「おお」
「……ほぅ」
少しして、みるみる目を丸くした彼らに、ルシエルは片眉を上げた。横髪の毛先を掴んで見れば、
「銀?」
本当にこれは自分の髪なのか。
アズラエルがすっと手鏡を寄越してくれた。
ルシエルはそれを覗いて驚く。黒から銀に変わった髪もさることながら、目の色がピンクになっていたのだ。
「インパクトは減った、だろうか…」
ゾフィエルが微妙な顔をする。
「黒髪とお聞きしていたので、強い効果が出るよう頼んでおいたのです」
これは少々強すぎましたかな。
アズラエルはよく通る声で淡々と言い、微笑を浮かべる。――いや、これは絶対笑うのを堪えている。
「この国では、珍しいかもしれませんが、銀髪は、東方ではあるお色です」
「そうなのか。ピンクの目は? っつかおまえ、それで目ぇ見えてんの」
「ピンクはさすがに…。ええ、見えておりますよ。君たちの綺麗なお顔もね」
ミカエルたちのちょっと楽しげな会話を聞きながら、ルシエルは目を細める。
「改良を」
「……承知しました」
アズラエルは突き返された巾着袋を内ポケットに仕舞った。
「そういえば、昨日、デビルを退治したそうだな」
ふとゾフィエルが言う。
「ああ…、たまたま遭遇したんだ」
そういえばあの時、軍服を着ていなかった。ミカエルはそれを棚に上げ、衛兵がいたことを語った。
「邪石を探してたんじゃねえかって、なぁ」
ルシエルに目をやれば、小さく頷く。
ゾフィエルはにわかに言い淀み、アズラエルにチラリと目をやった。
「邪石という物の存在を、一般人の多くは知らない」
「商人も、一部の者しか知りません」
「おまえは知ってるわけか」
ミカエルは眉を上げる。アズラエルは、唇に弧を描いた。
「国が取り締まっていると、小耳に挟んだことがあるのです。一時期、アクセサリーなどに加工され、流通していたようですな」
「その通りです。黒い石に念じれば、相手に不幸をもたらすことができる、と」
ゾフィエルは感心したように言い、ミカエルに目を向けた。
「それにしても、一部の人間だ。そのような物に巡り合うのは」
怪しげな術具店や、呪い師など、取り扱われていた界隈は限定的だったらしい。普通に暮らしていれば、およそ出会うはずのない物だ。
「今日はもう帰ろうぜ。ちょっと冷えたし、着替えて熱いコーヒー飲みてぇ」
「君は熱いと火傷するだろう。猫舌だから」
「フーフー冷ましながら飲むのがいいんだよ」
ルシエルがかすかに眉を上げる。
「フーフーねぇ…」
「バカにしてんのか」
「してない」
艶やかな唇がうっすらと弧を描いていた。
「顔が笑ってんだよ!」
「幻覚だろう」
「ああ?」
睨み上げると、頤を指の側面でスルリと撫でられ、家の前に瞬間移動していた。
ミカエルは急な移動に僅か、フリーズしてしまう。
辺りを見回して、こちらは朝から変わらず快晴だったことを知った。
さっそく上着を脱いで水滴を飛ばすようにバサバサ振り始めたルシエルに倣い、ミカエルも上着を脱いで水滴を飛ばしにかかった。
「コーヒー淹れるんだっけ?」
「おー」
「熱いのをフーフー…っふ、」
「テメ、やっぱバカにしてんじゃねえかよ!」
ミカエルが持っていた上着をルシエルに向けて振り上げたとき、不意にゾフィエルが現れた。怪しげな眼帯の男を連れている。
「おや、お取り込み中でしたか」
見慣れない男が、落ち着いた通る声で言った。
ミカエルは腕を下ろしてそちらへ身体を向ける。
「何者だ?」
「突然だが、このあいだ話した、彼の色味を変える物を持ってきたんだ。こちらは商人のアズラエル殿」
ゾフィエルはルシエルの顔色を窺いながら眼帯の男の紹介をした。
ルシエルは無表情で佇んでいる。人外めいた美貌が、冷徹さを醸し出していた。ゾフィエルの心情を察し、ミカエルは同情する。
ゾフィエルはアズラエルにもミカエルたちを紹介した。
アズラエルが一歩前に出る。
「効果は数日ほど。髪や目がどのようなお色になるかは、使用される方によります。ですので、まずはお使いいただき、調整させていただきます」
そうして彼は、ずずいとエキゾチックな紋様が施された巾着袋をルシエルに差し出した。このルシエルを前に動じた様子がないので感心する。
意識してみれば力が強い。
上手く隠しているようだが、ミカエルと同等か、あるいは――。
ルシエルは巾着袋を受け取り、中から一つ、丸薬を取り出した。真っ黒だ。飲み下すには大変そうなサイズである。
「これを飲み込めと?」
「お口の中ですぐに溶けますよ。甘いお味がするそうです」
ミカエルはじっとルシエルを見ている。真顔でいるが、ワクワクしているのが気配から感じられた。
ルシエルはかすかに眉を動かし、丸薬を口に放り込む。アズラエルの言った通り、蜜のように甘く、舌の上でするする溶けた。
三方から好奇の視線が注がれる。
「お」
「おお」
「……ほぅ」
少しして、みるみる目を丸くした彼らに、ルシエルは片眉を上げた。横髪の毛先を掴んで見れば、
「銀?」
本当にこれは自分の髪なのか。
アズラエルがすっと手鏡を寄越してくれた。
ルシエルはそれを覗いて驚く。黒から銀に変わった髪もさることながら、目の色がピンクになっていたのだ。
「インパクトは減った、だろうか…」
ゾフィエルが微妙な顔をする。
「黒髪とお聞きしていたので、強い効果が出るよう頼んでおいたのです」
これは少々強すぎましたかな。
アズラエルはよく通る声で淡々と言い、微笑を浮かべる。――いや、これは絶対笑うのを堪えている。
「この国では、珍しいかもしれませんが、銀髪は、東方ではあるお色です」
「そうなのか。ピンクの目は? っつかおまえ、それで目ぇ見えてんの」
「ピンクはさすがに…。ええ、見えておりますよ。君たちの綺麗なお顔もね」
ミカエルたちのちょっと楽しげな会話を聞きながら、ルシエルは目を細める。
「改良を」
「……承知しました」
アズラエルは突き返された巾着袋を内ポケットに仕舞った。
「そういえば、昨日、デビルを退治したそうだな」
ふとゾフィエルが言う。
「ああ…、たまたま遭遇したんだ」
そういえばあの時、軍服を着ていなかった。ミカエルはそれを棚に上げ、衛兵がいたことを語った。
「邪石を探してたんじゃねえかって、なぁ」
ルシエルに目をやれば、小さく頷く。
ゾフィエルはにわかに言い淀み、アズラエルにチラリと目をやった。
「邪石という物の存在を、一般人の多くは知らない」
「商人も、一部の者しか知りません」
「おまえは知ってるわけか」
ミカエルは眉を上げる。アズラエルは、唇に弧を描いた。
「国が取り締まっていると、小耳に挟んだことがあるのです。一時期、アクセサリーなどに加工され、流通していたようですな」
「その通りです。黒い石に念じれば、相手に不幸をもたらすことができる、と」
ゾフィエルは感心したように言い、ミカエルに目を向けた。
「それにしても、一部の人間だ。そのような物に巡り合うのは」
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