God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
33 / 174
3章.Graduale

雨のなか

しおりを挟む
 その日、瞬間移動で昨日の町へ向かうと、しとしとと雨が降っていた。ずいぶん前から降っていたらしく、土の地面がぬかるんでいる。町の入口で見かけた荷馬車の荷台には雨避けの布が張られており、動く気配はなかった。
 ミカエルは帽子に当たる雨音を聞きながら、着ている上着に目をやった。水滴は生地に沁みこむことなく、重なって流れていく。ルシエルの上着もそうだ。

「行くか」

 帽子の影になっていた顔を見上げて言うと、ルシエルは肩をすくめた。

 二人は目的の町へ向け、歩く。街道はとっくに田舎道となり、デコボコした大地に水たまりがあちこちあった。
 ミカエルは小さな水たまりを軽やかに飛びこえる。避けて通ったルシエルに小さく笑った。

「楽しそうだね」
「そうか?」

 自然のなかで過ごす、なんでもなく平穏な時が嬉しい。
 ぬかるみに足を取られ、ルシエルが「うぇ、」と嫌そうな顔をした。それを笑ったミカエルに、今度は呆れたような顔をしている。
 ミカエルは気にせず口を開いた。

「雨、強くなったな」
「出発を見送った荷馬車は正解だ」

 ルシエルは言いながら進行方向へ目をやる。そちらを見ると、ぬかるみに車輪がはまって抜け出せなくなっている荷馬車があった。
 男たちが後ろから押して脱出させようとしている。

「おーい、手伝ってくれ!」

 こちらを向いた一人に見つかって、声を掛けられた。
 ミカエルはチラリとルシエルを見やる。どうでもよさそうに寄越された紅の瞳に半目になって、彼の手を引いた。
 荷台の後ろに回り、空けられたスペースに収まる。ルシエルも隣に来て、位置に着いた。

「んじゃいくぞ、せーのっ!」

 少し動いたと思ったが、戻ってしまう。
 当たり前のようにもう一度掛け声がかかり、もう一度全力で押し出そうとしたとき、フイッと荷馬車が前に動いて、ミカエルは危うく前に倒れそうになった。――隣の男は倒れている。
 突然ぬかるみから脱出した荷馬車に誰もが首を傾げたが、喜びが勝たようで、その場は歓喜に包まれた。

「ありがとな、兄ちゃんたち!」
「いやぁ、雨は強くなるし、ホント参ったぜ」
「今度こそダメかと思ったな」

 ハグをして喜びを分かち合い、互いを称え合う。ミカエルは彼らに倣ったが、ルシエルは無言の圧力で回避していた。

「いつからハマってたんだ?」
「もうずっとさ」

 雲に覆われた灰色の空を見て、男は眉を上げた。

 彼らと別れ、歩みを再開する。
 ぬかるんだ道を行く雨の日は、馬車より徒歩のほうが快調でいいかもしれない。そんな事を思いつつ、ミカエルは小首を傾げて口を開いた。

「さっき、力使っただろ」
「さっさと終わらせたかったら、ちょっと」
「風で押した?」
「そう」

 ミカエルも少しなら風を操ることができる。それをしなかったのは、押したほうが早いと思ったからだ。

「おまえ、風を操るのが得意なのか」
「どうだろう。闇を展開するのが一番ラクで、他は同じくらいだ」
「……器用だな」

 目を丸くして呟いた言葉は、雨の音に紛れてルシエルまで届かなかったらしい。彼は片眉を上げ、いつもより大きな声を出す。

「いい加減、濡れなくていいよね」
「あ?」

 意味がわからなくて首を傾げたら、聞こえなかったと思われたらしい。
 歩み寄ったルシエルが幅広の帽子のつばを上げて、ミカエルに合わせて小さく屈む。

「こうすれば濡れない」

 近距離で囁かれた言葉は、雨に紛れることはなかった。ルシエルとミカエルの頭上に、ドーム状の闇が展開されたのだ。
 周囲が白く霞むほどの雨のなか、二人のいる場所だけ切り取られたかのようだった。

「聞こえた?」
「……聞こえてる」

 ミカエルは濡れ羽色に囲まれた美しい瞳をじっと見る。

「人がいたから、やらなかったのか」
「君が雨に濡れるのを楽しんでたからだけど?」
「は、」
「そんなに楽しいものかなって、体験してみたくなった」

 ルシエルは「さすがにこの雨ではね、」と言いながら姿勢を正し、帽子を被り直している。
 ミカエルは上向いて、雨粒さえ飲みこむ漆黒の闇をぼんやり眺めた。

「不満?」
「ンなわけねーだろ。助かった。……おまえは楽しかったか?」

 隣の彼に目をやると、ルシエルは目を瞬いて口を開いた。

「たまにはいいものだ。でも、ぬかるみはちょっと」
「それ、雨が降ってるのと関係ねえだろ」
「そもそも、俺はこんな日にこんな道歩こうとは思わない」

 ミカエルは眉根を寄せる。

「先に言えよ。そしたら家で畑やった。ベッドだって、まだ完成してねえし」
「寄り道はさっさと終わらせるべきだろう」
「俺はそんなふうに思ってねえ」

 身体ごとルシエルのほうを向き、正面から彼を捉えた。

「師匠と早く会いてえけど、そのために今をないがしろにする気はねえ。ちゃんとやりてぇ事をやる。おまえとやる事は、おまえもやりたいって思うことがいい」

 ルシエルは片眉を上げる。

「俺のことに付き合わせてるわけだけど、君はそれをやりたいと思ってるんだ?」
「当たり前だろ。おまえの大切な物なんだから、取り返してぇに決まってる」

 彼がきょを突かれたような顔をするので、ミカエルは顎を引いて口を尖らせる。

「……なんだよ」
「俺の物なのに、君のほうが大切に思ってるのがおかしい」
「おまえだって思ってるだろ」
「そんなつもりはないな」
「それにしちゃあ、錬金術師が話すの聞いたとき、必死そうだったぜ」

 会話が途切れ、ミカエルは雨音が弱まっていることに気が付いた。
 進行方向へ目をやって、幾分見通しの効くようになった視界で、町らしき影を発見する。

「とりあえず、あそこまで行ってみよう」
「ヤじゃねえの?」
「ここまで来たら同じだろう。それに、君と雨のなかを歩くのは悪くない」

 泥まみれのブーツで歩き出したルシエルに目を瞬いて、ミカエルも続いた。展開されたままの闇がミカエルたちの動きに合わせて頭上を着いてくるのが面白い。

「こんな便利な使い方もあるのな」
「君だって、火が必要なときには炎を灯すだろう。それと同じだ」

 何か違う気がすると思っているうちに、町に着いていた。残念ながら、ここはまだ目的の町ではないようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

処理中です...