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3章.Graduale
ちゃんと話して折衷案
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ミカエルは頭を切り替え、ルシエルのもとへ向かう。
近づくミカエルを捉えた瞳に、初めて会ったときのような硬質さがチラついた。
「おまえ、平気か?」
「どういう意味?」
「デビル攻撃したとき、すげぇ殺気だったから」
ルシエルは鼻で笑う。
ミカエルがじっと見上げると、目蓋を下ろして息を吐いた。
「あれが自分のなかにあると思うと、吐き気がする」
「おまえはおまえだ」
「君、仕事を奪われて、腹が立っただろう」
「……それはねえな」
ミカエルは斜め上を向いて自身の感情を探ってみたが、後ろから刺すように飛んできた殺気に驚いて、ルシエルが心配になって、それだけだった。
まっすぐに自身を捉える瞳に観念したかのように、ルシエルは肩をすくめる。ゆっくりと手を伸ばし、ミカエルを抱きしめた。
ミカエルもなんとなく彼の背中に腕を回す。
「おまえ、デビルに近寄らねえほうがいいんじゃね?」
「君が俺の知らないところでデビルとやり合うのを想像すると腹が立つ」
「あ? 俺がやられるとでも思ってんのかよ」
「そうじゃない。なぜだか、すべて滅してやりたくなる」
そのとき、衛兵の一人が木々の向こうからやって来た。
ミカエルたちに何か言おうとしたようだ。しかしミカエルは、彼がなんとも言えない表情でヒクリと頬を動かしたとき、その言葉を聞く前に、そのまま瞬間移動で家に戻った。
「先に風呂入れ。今日は俺が髪拭いてやる」
「面倒だ。明日シャワーを浴びる」
「風呂場に押し込まれてえか?」
「ベッドを汚されるのがイヤなら、ソファで寝る」
「そういう話じゃねえっつの」
ミカエルは彼の腕を掴んで家に引っ張りこもうとしたが、サッと避けられた。
二人は数秒見詰め合い、同時に動く。
なんとしてもルシエルを風呂に入れたいミカエルと、頑なに拒否するルシエル。単なる取っ組み合いならミカエルに軍配が上がるだろう。しかしルシエルは力を使い、それに対抗していた。
「瞬間移動って、疲れんだろ!?」
「あいにく俺は普通じゃない。デビル成分が、負の感情をエネルギァに替えてくれる」
「まさか、キャパに底がねえのか!」
「まぁたぶん?」
ルシエルは瞬間移動でミカエルの拳を避け、瞬間移動で接近して彼の首に腕を伸ばす。避けられ、繰り出された蹴りをまたもや瞬間移動で避けた。
こんなふうに闘えるのは、彼だけだろう。
「ストップ!」
ミカエルは動きを止めて、荒い息で額を拭う。少し離れた場所に佇むルシエルは涼しい顔だ。
「君はお風呂に入ったほうが良さそうだ」
「……おまえも後で入れよ」
ミカエルはムスッと落とし、玄関を開けて風呂へ向かった。
身体に纏わりつく服をさっさと脱ぎ払う。頭からシャワーを浴びて息を吐きだした。
ミカエルの任務はデビル退治だ。バラキエルもやっているようだし、任務でなくてもやろうと思う。穏やかな日常を壊した元凶。倒したいと思うのも当然だろう。
しかしそれは、ルシエルの内側にもある。
ルシエルの一部と言えるかもしれない。そのデビルという存在を彼がどう思っているかは、あの殺気で明らかだろう。
風呂から上がると、ルシエルはいつものようにソファで寛いでいた。ミカエルは彼のもとへ行き、組んでいた足を解いてその間に座りこみ、彼の腿に頭を預ける。
「風呂上りだろう。ソファに座りなよ」
「ヤダ」
小さなため息のあと、肩に掛けていたタオルを取られた。それが頭に被せられ、視界がタオルに覆われそうになっても、目を閉じる気にはならない。
もにょもにょする感覚に眉根を寄せて、口を開いた。
「俺、おまえにはデビルに会ってほしくねえ」
「だから一人でデビル退治に行くと?」
「ちげぇよ。これからは、デビル退治はなるべく回避する」
ルシエルの手の動きが止まり、笑うような声が降ってくる。
「任務だろう」
「だからって、率先してやることねえだろ。行けって言われたら行くけどよ、こっちから行くことはねえ」
ふとタオルが退かされ、上向けば、細められた紅の瞳と目が合った。
「デビルに触れられたらどうなるか、知ってる?」
「……知らねえ」
「人によっては、近づくだけで気が触れる。触れられたら、その闇に蝕まれ、死に至る」
ミカエルは目を丸くする。
そんなものとブレンドされて、平気な人間がいるとは信じがたい。
「おまえ、本当に平気なのか? 俺が制御装置壊しちまったし…」
「この流れでどうして俺の話になる」
「だっておまえ、ブレンドされたって」
木漏れ日のように揺れる瞳に見上げられ、ルシエルはかすかに眉根を寄せる。
「俺をこうした人いわく、俺は最高傑作だ。それを可能にする器だったということだろう」
「それは…、おまえは耐えれるってことか? それとも、おまえに闇は効かねえのか?」
「どうだろう。こんな色味になったことを蝕まれるといえば、蝕まれているけれど。身体を蝕まれて死に至るようなことはない」
ミカエルには他にも聞きたいことがあったが、美しい紅の瞳を見ているうちに言葉は消えた。
睫毛を伏せて、彼の腿に頭を預ける。
「今度デビルと遭遇したら、目、閉じててくんねえ?」
「どういう意味?」
「そのあいだに俺が片付ける」
「今日、デビルを滅したとき、条件反射だった」
「それより早く俺がやる」
ミカエルがキッと睨み上げると、ルシエルはかすかに目を丸くして、ふっと笑った。
ルシエルは身を屈め、ミカエルに顔を寄せる。
「がんばって?」
子どもの言葉に合わせて答えたような声音だ。
ミカエルの眉根が寄る。
「おまえもがんばれよ」
「俺?」
「目ぇ瞑んの」
頭にタオルを乗せられる。
「そうだな、がんばってみる」
「おい、ぜんぜんがんばる気ねえだろ」
「がんばるがんばる」
「っ俺は本気だからな」
ルシエルのやる気はまったく感じられなかったが、お風呂に入る気になってくれたので良しとしよう。
近づくミカエルを捉えた瞳に、初めて会ったときのような硬質さがチラついた。
「おまえ、平気か?」
「どういう意味?」
「デビル攻撃したとき、すげぇ殺気だったから」
ルシエルは鼻で笑う。
ミカエルがじっと見上げると、目蓋を下ろして息を吐いた。
「あれが自分のなかにあると思うと、吐き気がする」
「おまえはおまえだ」
「君、仕事を奪われて、腹が立っただろう」
「……それはねえな」
ミカエルは斜め上を向いて自身の感情を探ってみたが、後ろから刺すように飛んできた殺気に驚いて、ルシエルが心配になって、それだけだった。
まっすぐに自身を捉える瞳に観念したかのように、ルシエルは肩をすくめる。ゆっくりと手を伸ばし、ミカエルを抱きしめた。
ミカエルもなんとなく彼の背中に腕を回す。
「おまえ、デビルに近寄らねえほうがいいんじゃね?」
「君が俺の知らないところでデビルとやり合うのを想像すると腹が立つ」
「あ? 俺がやられるとでも思ってんのかよ」
「そうじゃない。なぜだか、すべて滅してやりたくなる」
そのとき、衛兵の一人が木々の向こうからやって来た。
ミカエルたちに何か言おうとしたようだ。しかしミカエルは、彼がなんとも言えない表情でヒクリと頬を動かしたとき、その言葉を聞く前に、そのまま瞬間移動で家に戻った。
「先に風呂入れ。今日は俺が髪拭いてやる」
「面倒だ。明日シャワーを浴びる」
「風呂場に押し込まれてえか?」
「ベッドを汚されるのがイヤなら、ソファで寝る」
「そういう話じゃねえっつの」
ミカエルは彼の腕を掴んで家に引っ張りこもうとしたが、サッと避けられた。
二人は数秒見詰め合い、同時に動く。
なんとしてもルシエルを風呂に入れたいミカエルと、頑なに拒否するルシエル。単なる取っ組み合いならミカエルに軍配が上がるだろう。しかしルシエルは力を使い、それに対抗していた。
「瞬間移動って、疲れんだろ!?」
「あいにく俺は普通じゃない。デビル成分が、負の感情をエネルギァに替えてくれる」
「まさか、キャパに底がねえのか!」
「まぁたぶん?」
ルシエルは瞬間移動でミカエルの拳を避け、瞬間移動で接近して彼の首に腕を伸ばす。避けられ、繰り出された蹴りをまたもや瞬間移動で避けた。
こんなふうに闘えるのは、彼だけだろう。
「ストップ!」
ミカエルは動きを止めて、荒い息で額を拭う。少し離れた場所に佇むルシエルは涼しい顔だ。
「君はお風呂に入ったほうが良さそうだ」
「……おまえも後で入れよ」
ミカエルはムスッと落とし、玄関を開けて風呂へ向かった。
身体に纏わりつく服をさっさと脱ぎ払う。頭からシャワーを浴びて息を吐きだした。
ミカエルの任務はデビル退治だ。バラキエルもやっているようだし、任務でなくてもやろうと思う。穏やかな日常を壊した元凶。倒したいと思うのも当然だろう。
しかしそれは、ルシエルの内側にもある。
ルシエルの一部と言えるかもしれない。そのデビルという存在を彼がどう思っているかは、あの殺気で明らかだろう。
風呂から上がると、ルシエルはいつものようにソファで寛いでいた。ミカエルは彼のもとへ行き、組んでいた足を解いてその間に座りこみ、彼の腿に頭を預ける。
「風呂上りだろう。ソファに座りなよ」
「ヤダ」
小さなため息のあと、肩に掛けていたタオルを取られた。それが頭に被せられ、視界がタオルに覆われそうになっても、目を閉じる気にはならない。
もにょもにょする感覚に眉根を寄せて、口を開いた。
「俺、おまえにはデビルに会ってほしくねえ」
「だから一人でデビル退治に行くと?」
「ちげぇよ。これからは、デビル退治はなるべく回避する」
ルシエルの手の動きが止まり、笑うような声が降ってくる。
「任務だろう」
「だからって、率先してやることねえだろ。行けって言われたら行くけどよ、こっちから行くことはねえ」
ふとタオルが退かされ、上向けば、細められた紅の瞳と目が合った。
「デビルに触れられたらどうなるか、知ってる?」
「……知らねえ」
「人によっては、近づくだけで気が触れる。触れられたら、その闇に蝕まれ、死に至る」
ミカエルは目を丸くする。
そんなものとブレンドされて、平気な人間がいるとは信じがたい。
「おまえ、本当に平気なのか? 俺が制御装置壊しちまったし…」
「この流れでどうして俺の話になる」
「だっておまえ、ブレンドされたって」
木漏れ日のように揺れる瞳に見上げられ、ルシエルはかすかに眉根を寄せる。
「俺をこうした人いわく、俺は最高傑作だ。それを可能にする器だったということだろう」
「それは…、おまえは耐えれるってことか? それとも、おまえに闇は効かねえのか?」
「どうだろう。こんな色味になったことを蝕まれるといえば、蝕まれているけれど。身体を蝕まれて死に至るようなことはない」
ミカエルには他にも聞きたいことがあったが、美しい紅の瞳を見ているうちに言葉は消えた。
睫毛を伏せて、彼の腿に頭を預ける。
「今度デビルと遭遇したら、目、閉じててくんねえ?」
「どういう意味?」
「そのあいだに俺が片付ける」
「今日、デビルを滅したとき、条件反射だった」
「それより早く俺がやる」
ミカエルがキッと睨み上げると、ルシエルはかすかに目を丸くして、ふっと笑った。
ルシエルは身を屈め、ミカエルに顔を寄せる。
「がんばって?」
子どもの言葉に合わせて答えたような声音だ。
ミカエルの眉根が寄る。
「おまえもがんばれよ」
「俺?」
「目ぇ瞑んの」
頭にタオルを乗せられる。
「そうだな、がんばってみる」
「おい、ぜんぜんがんばる気ねえだろ」
「がんばるがんばる」
「っ俺は本気だからな」
ルシエルのやる気はまったく感じられなかったが、お風呂に入る気になってくれたので良しとしよう。
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