God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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3章.Graduale

のんびり荷馬車に謎のメニュー

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 あの後、見つけた寝具店でサクッと寝具を購入し、お腰の巾着袋を広げて仕舞ったルシエル。驚きの収納力に、店員もミカエルも口をポカンと開けていた。

「ベッドは今度作ろうぜ。木ぃ切って、組み立てる」
「まさかの手作り」

 そういえばルシエルは、ミカエルの部屋のベッドを使わせてもらう事になったとき、素材感溢れる素朴なベッドだと思ったものだった。

「布団も作れたかもしんねえけど、俺、裁縫はあんました事ねえし」

 ルシエルの視線がすっとミカエルに寄越される。

「何か作ったことが?」
「ちょっと服裂けたとき縫ったくれえだな」

 街道を歩いていると、行き交う荷馬車が二人を颯爽と追い越していく。ミカエルが手を上げてみたところ、一台の荷馬車が止まってくれた。
 御者の商人らしき男は、帽子を目深に被ったルシエルを不審げに見ている。ミカエルは自身に注意を向けるべく、口を開いた。

「シャボリまで行きてえんだけど」

 男の視線がミカエルに移る。

「そっこまでは行かんなぁ」
「途中まででいい。乗してくんねぇか」
「んだなぁ。ほんだら乗ってきな」

 ルシエルのことをチラチラ気にしていたが、何も言わずに荷台へ乗せてくれた。たくさんの木箱が積まれている。
 その一つに座って、上向けば青い空。
 ガタゴトと揺れる振動に眠くなる。欠伸をすると、同じく木箱に座って足を組んだルシエルが、視線を寄越した。

「少し寝ればいい。着いたら起こす」
「おまえは眠くねーの」
「俺は平気」

 ミカエルは後ろに身体を倒して木箱の上で寝転がり、目を閉じた。帽子を顔に下ろして薄暗い闇を作る。
 この荷馬車は目的の場所まで行かない。途中の町で下りたら、続きは明日になるだろう。
 バラキエルが簡単に捕まるはずがない。その確信があるため、当てのない旅でも冷静でいられた。

「ミカ、着いた」
「んー…」
 
 身体を揺すられ、帽子を取って目蓋を上げる。空はすっかり夕暮れ時で、辺りに田園が広がっていた。
 ルシエルに続いて荷台を降りる。

「おっちゃん、ありがとな」
「おー」

 そこは民家が並ぶ小さな町だった。
 お店があまりない。見かけるのは地元の人が大半で、仕事終わりに一杯やっているのか、飲み屋が繁盛していた。

「晩飯食ってく?」
「そうしよう」

 一件だけあった飯屋で、荷馬車に乗せてくれた男を見つけた。他にも、目的地に向かう途中であろう商人などの姿がある。

「いらっしゃい。注文決まったら呼びな」

 客の顔もろくに見ずに渡されたメニュー表を、ルシエルと眺めた。
 料理名が平然と並んでいる。料理の説明も絵も載っていない。

「……ぜんぜんわかんねえ」
「オススメを聞いてみよう」

 ミカエルがメニュー表を渡してくれた人を呼ぶ。聞けば、メニューの一つを指差した。

「ほら、あれだよ」

 ちょうど隣のテーブルに料理が運ばれたところだった。魚を揚げた料理のようだ。ありきたりな料理に見えたため、二人はそれを注文することにした。

「飲み物は? オススメはこの赤ワイン。甘いのがいいなら、こっちだね」
「それでいい」

 ルシエルはサラリと答えてしまう。
 ミカエルはメニュー表にお酒以外の飲み物を探したが、載っていなかった。かすかに眉根を寄せたとき、落ち着いた声が続けて言った。

「ジュースはある?」
「あるけど…」

 女性は置いてあるジュースの種類を不思議そうに挙げた。
 今気づいたかのようにルシエルの黒い髪を視界に捉え、眉をひそめている。

「オレンジジュース?」
「おー」

 今度はルシエルにボソリと答えたミカエルの顔をまじまじと見て、思い出したかのように頬を染めた。
 彼女が厨房へ向かったあと、ミカエルはムッとして口を開く。

「ジュース飲みてぇやつだっているだろ」
「少ないんだろう」

 ルシエルがおもむろに頭を撫でてくる。彼に頭を撫でられると、不思議と諸々の感情が収まった。
 その手をじっと見てしまう。

「なに?」
「おまえの手、やっぱ治癒の波長出てんじゃね?」
「そうかな」

 ルシエルは首を傾げて手の平を眺めた。
 それからすぐに女性が料理を持ってきた。ミカエルは今更ながら聞いてみる。

「なんの魚?」
「内臓だよ」
「は、」
「美味いから食べてみな」

 なんの変哲もない料理が不気味に見えてくる。ルシエルに目をやると、ミカエルをじっと見ていた。

「食えよ」
「君こそ食べなよ」
「……せーので同時に食う」
「いいだろう」

 一口分をフォークで刺して、準備満タン。紅の瞳は表情を隠しており、本当に一緒に食べる気があるのかわからない。しかし、せっかく頼んだ料理だ。食べないわけにはいかないだろう。

「いくぜ」
「どうぞ?」
「おまえも食うんだからな」
「わかってる」

 ミカエルはゴクリと喉を鳴らして「せーのっ」と言い、フォークを口に突っ込んだ。ルシエルも口に入れている。しかし、咀嚼する様子はなかった。
 ミカエルは意を決して味わってみる。
 少々噛み堪えがあるが、かけられているソースの味で臭みもなく、内臓と聞いていなければ何も思わないくらい、普通に美味しい。
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