God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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3章.Graduale

巡るお店

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 私服でコルセに戻った二人は、表通りから一つ中に入った通りを歩いていた。靴屋や帽子屋など、専門的な店が多い。
 店の前を通るたび興味深そうに見ていたミカエルがおもむろに言う。

「うち、ロフトあるだろ。けっこう広ぇし、ちょっと片付けて、おまえの部屋にどうかと思うんだけど」

 森の家に帰ってから、自室をルシエルが、バラキエルの部屋をミカエルが使っている。しかし、そろそろルシエルの部屋も用意すべきだろう。

「このままだと、お師匠さんが帰ったときに困るか」
「おう。落ち着いちまってたけどな」
「ベッドと布団を買わないと」
「聖剣で買うのはダメか?」
「俺が出す」

 そんな事を話しつつ、術具店の看板を見つけたミカエルはそちらに足を向けた。
 ズラリと並べられた指輪や腕輪など。宝飾品を扱う店のようだが、それらは全てなんらかの術が施されている。

「熱耐性。反射効果…」
「どれも気休めだ。君の炎に、この指輪が耐えられるはずがない」

 店の奥から咳払いが聞こえ、二人はおしゃべりを止めた。
 ミカエルは気を取り直して店主に聞いてみる。

「なんか面白い物ない?」
「そこの人形は東方の術具だ。真夜中、釘でもって木に刺して、打ちつけながら呪いの言葉を吐けば、相手が死に至ることもある」

 ミカエルは藁でできている人形を半目で捉え、「そういうことじゃねえ」と溢した。

「もっと珍しい物が見たいなら、この先の角を曲がって裏通りに行きな。そこの金物屋が錬金術やってる」

 チラとルシエルに目をやって、店を出た。
 店の主人に言われた通り、薄暗い裏通りを行く。人通りはなく、白黒の猫が向こうへ歩いていった。

「ここだな」

 金物屋の看板が下がる店を発見し、足を止める。
 黒塗りのドアは閉まっており、ショーウィンドウもなく、店が開いているのかわからない。ドアノブを捻ってみると、キィと音を立て、ドアが開いた。
 ミカエルは店内に足を踏み入れ、目を瞬く。
 壁にかけられた鍋。釘やら工具やら、様々な金物が置かれていた。

「いらっしゃい」

 奥から出てきた男は眼鏡をつけていた。ミカエルの金髪に目を瞬き、ルシエルを捉えてかすかに目を丸くする。

「面白い物が見れるって、聞いたんだけど」
「……ああ、君たちも錬金術師かい?」
「まぁ。デビルに関する研究とか、してねえか」

 男はボサボサの頭に手をやる。

「あの黒い石は苦手でね。そっちの彼は、それと関係が?」
「そんなところだ」
「うーん…ちょっと前はたまに聞いたが、だいたいが研究中に気が触れて、それっきり」
「気が…?」
「あの石の放つ憎悪や苦しみの波長に引っ張られるのさ」

 ミカエルはにわかにルシエルが心配になった。目をやれば、片眉を上げている。
 男が控え目にルシエルを見やり、口を開いた。

「あの石と似たような波長を感じるんだが、彼はいったい…」
「知りたいか?」

 おもむろに歩み出たルシエルが、目を見開いて男に顔を寄せる。
 男は悲鳴を上げて後ろに下がり、棚にぶつかった。

「そ、そんなことより、少し前まで、奇妙な石があったんだ。何でできているのか、様々な方法を試してもわからず、仲間に渡してしまったよ」

 脈絡のない話からしてかなり動揺しているらしく、声がところどころひっくり返っていた。
 ルシエルは目を細める。

「どんな物?」
「な、何かの一部さ。ドーナツの一部を千切ったような形だった」
「何色だった」
「白だ。ツルっとしてた」

 興味を示した様子に、ミカエルは片眉を上げる。

「それは今どこに?」
「ああ、渡したやつは、シャボリの町に住んでる。ここからだと、北東の街道で三日ってとこだ」

 ルシエルに続いて店を出たミカエルは、その背中に問いかける。

「知ってる物だったのか」
「……その可能性はある」
「なんか、腹減ったな」
 
 ちょうどおやつ時だ。二人は活気がある通りに向かった。
 様々な食べ物が売られている。そんな中、赤い色の何かが散りばめられたパンのようなものが目に留まった。

「ちょっとお兄さん、買っていきなよ。ここの名物だよ」
「その赤いのは?」
「蜜さ。加熱してあるから香ばしいよ。中のナッツはカリッカリ。これが美味しいんだ」

 ルシエルに目をやると、眉を上げた。ミカエルは二つもらって聖剣を見せる。
 女性は目を丸くして、口許に手をやった。

「ええ!? お兄さん、」
「あんま目立ちたくねえんだ」
「……やたら美形だと思ったんだよ。それがねぇ…」

 ミカエルがコソッと言うと、女性は騒ぎたいのを抑えたような顔をして、小さく呟いた。

「ここに来たら、また寄っとくれ」

 ミカエルはクッと口角を上げ、店をあとにした。

 大きな川に架けられた石造りの橋の上、欄干らんかんに腕を乗せ、川を眺めながらパンのようなものにかぶりつく。女性が言っていたように、カリふわっと甘香ばしく、美味しい。
 ミカエルは無言で食べるルシエルに目をやって、口を開いた。

「うめーな」
「うん」
「おまえも甘いもん好きなのか」
「うん」

 ルシエルは小さく息を吐き、川を眺めたまま話す。

「まえに話した、施設の人に拾われた時からしていたらしいネックレス。そこについてた石を思い出した」
「紛失したってやつか?」
「そう。もし、それが宝石店かどこかに売られたとして。何かわからなかったら、最終的に錬金術師の手に渡ってもおかしくない」

 ミカエルは美味しい名物をすっかり食べきり、ついた粉を落とすように手を叩いた。

「んじゃ、行ってみようぜ」

 ちょうどパンのようなものを頬張ったルシエルがこちらを向く。ほっぺが膨らんでいるのが、なんだか間抜けだ。

「気になるだろ」

 ルシエルはモクモク咀嚼し、口を開いた。

「……君のお師匠さんにも、俺が戻ることにも、たぶん関係ない」
「でも、おまえにとって大切なものだ」

 紅の瞳がパチリと瞬く。

「大切?」
「大切だろ。俺のお守りみてえなもんじゃねえの?」

 ミカエルが彼の胸元を指差すと、ルシエルはふっと視線を外して、最後の一口を食らった。
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