God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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3章.Graduale

紅の温度

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 ミカエルに続いてルシエルも家に入ろうとしたところ、ゾフィエルが瞬間移動で現れた。
 ルシエルは足を止め、そちらを向く。
 気配を感じたのか、ミカエルが玄関ドアから顔を出した。

「なんだ?」
「……いや、忘れ物でもしたのか? 家にいるとは思わなかったぞ」

 どうやらゾフィエルは、バディのミカエルのいる場所に瞬間移動したらしい。

「着替えようと思ってよ。これ着てっと、視線がウゼェ。デビル退治のとき着てればいいだろ」
「そうだが…」

 ゾフィエルも察するものがあるのだろう。微妙な顔だが、強要はしなかった。
 ゾフィエルは気を取り直し、口を開く。

「メアリエル殿下が、嫁ぎ先に向かう道中の警護を、君に頼みたいと仰せになってな」
「俺?」
「ああ。他にも数人護衛につける予定だが、君には殿下の一番近くにいてほしい」

 ミカエルはルシエルに目をやった。

「いってらっしゃい」

 即答され、眉根を寄せる。

「おまえも来いよ」
「呼ばれてない」
「殿下に伺ったところ、ぜひ会ってみたいとのことだ」
「だとよ」

 半目でニッと口角を上げたミカエルに、ルシエルは息を吐き出した。

「俺がいたら、悪目立ちするだろう」

 そこでゾフィエルがルシエルにそっと目をやった。

「そのことなのだが…。その、髪や目の色について。変えられるとしたら、変えたいと思うか?」
「それは王の意向?」
「……ああ」

 ゾフィエルを捉えるルシエルの眼差しは冷ややかだ。ミカエルは記憶を失くしていたときの感覚を思い出し、視線を下げた。

「外見をつくろおうと、俺がおぞましい存在であることに変わりない。そんな事はどうでもいいのだろう、王は。浮いた見た目でなくなれば、人々の目をあざむける」
「すまない。気を悪くさせたな。この件は、なかったことに」

 ゾフィエルは威圧感から逃れるように冷徹な瞳から視線を外した。ルシエルの圧はミカエルと異なり、ゾッとして背筋が凍る。
 ルシエルは目を細め、嘲るように言う。

「俺は構わないけど?」
「しかし…」
「外見にこだわりなどない」

 ゾフィエルは窺うようにルシエルを見て、硬い表情のまま口を開いた。

「では、それを可能にする物を、今度持ってくる」
「手際がいいことで」
「、配慮が足りずすまない」
「謝る必要はないだろう。気配りは人間同士でやるものだ」
「あなたも人間だ」

 強い口調で言って、ゾフィエルは睫毛を伏せた。

「今後は、勝手に進めることはしない。陛下のお言葉であろうと、君に関することは、まず君に確認を取る。本当にすまなかった」
「王の側近なのだから、王の言葉に従うのは当然だろう」
「たしかにそうだが、それ以前に、私も一人の人間だ。君と同じ」

 かすかに片眉を上げたルシエルに頭を下げて、ゾフィエルは瞬間移動で消えた。
 ルシエルが小さく息を吐き、空気が和らぐ。
 ルシエルは無言でミカエルのもとへ行き、腰を折ってその顔を覗きこんだ。

「どうかした?」
「……ちょっと思い出しただけだ。俺じゃない俺のとき」
「ああ…」

 ミカエルは紅の瞳と目を合わせ、そこにいつもの親しみを感じてにわかにホッとした。
 ルシエルがおかしそうに言う。

「君にあんな態度を取るはずないだろう」
「おまえ、ホントに怖ぇんだからな」
「君に怖がられるなんて光栄だな」
「ああ?」

 ミカエルは眉根を寄せる。ルシエルの腕が伸び、長い指が柔らかな金髪を梳いた。

「君のことは気に入っている」
「まえに聞いた」
「君をこんなに不安にさせるなら、君でない君にも、もう少し接し方を考えるべきだった」

 ルシエルは肩をすくめている。

「べつに不安なんてねえよ。ただ思い出して、胸がキュッとするだけだ」

 ミカエルが投げやりに言うと、ルシエルの瞳がかすかに見開かれた。

「なんだよ」
「いま君をハグしたい」
「ああ? すればいいだろ」

 そっと包みこむ腕が優しくて、ミカエルも薄い背中に腕を回す。
 ルシエルが温かな炎のような美しい瞳にミカエルを映すのは、当たり前のことではない。店員や女性と話すとき、温度のない目をしていたのを知っている。

「おかしいな」

 ふと、笑うような声。
 ミカエルは肩口に顎を乗せ、言ってやる。

「ハグしたいって言ったの、おまえだろ」
「そうさせたのは君」
「俺はなんも言ってねえ」
 
 玄関先で抱きしめ合っている妙な状況に気づいたら、笑いがこみ上げた。

「おい、いつまでやってんだよ」
「君が離れればいい。俺より腕力強いんだから、君が腕を外さないと離れない」
「そんな力入れてねえだろ」
「磁石でもくっついてるのかな」
「どこにだよ」

 後頭部を包んでいた手がうなじに滑り、少しこそばゆい。

「磁石なら、俺はエス」
「黒いからか? なら、エムの赤は俺の炎だ」
「……違うこと考えたけどそれでいいや」
「あ? 何考えたんだ?」

 腕を解いて端麗な顔を見上げて問えば、「秘密」と言われた。
 ミカエルは半目になる。

「俺が知らないほうがいい話、なんて言うんじゃねえよな」
「そう、知らないほうがいい」

 肩をすくめたルシエルの胡散臭い微笑を見て、ミカエルは眉を吊り上げた。

「おい、なんかセックスに関係することだろ」
「せめてエロいことって言ってくれない?」
「えろ?」

 リビングに向かった背中を、首を傾げて追う。

「そういう事」
「セックスがえろいこと?」
「そ。エロいこと」

 ルシエルは上着を脱ぎながら言った。ミカエルもそれに倣う。

「なんでわざわざ、」
「直接的な言葉より、可愛げや色気があっていいだろう」
「そうか?」
「それに、アバウトな言葉のほうが妄想の余地がある」

 腑に落ちない顔をしていると、ルシエルがずいと顔を寄せてきた。白皙の美貌。神秘的な紅の瞳。
 間近で艶やかな唇が開かれる。

「聞いてごらん。セックス。……エロいこと」
「っ言い方だろ!」

 背筋がゾワッとして、ミカエルは後ろに下がった。

「それなら、そう言いたくなる言葉ってこと。おわかり?」
「わかんねーけどわかった」

 耳が熱い。これ以上あの声を聞くのは危険だ。
 ミカエルは後ずさりで彼から離れ、バラキエルの部屋に入った。
 買ったばかりの普段着に着替えて息を吐く。
 まったく、ルシエルは心臓にわるい。
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