23 / 174
3章.Graduale
初めて盛り
しおりを挟む
果たして、入った店は清潔感があり、外の雑踏が嘘のように静かだった。
ルシエルが店内を見渡し、口を開く。
「なかなか良さそうだ」
「そーだな。俺は店に入ったこと自体、初めてだけどな」
「君は初体験が多くて楽しそうだな」
「おまえだって、俺ん家来てそうだったろ」
「ああ…、素晴らしき未知との遭遇と筋肉痛の日々」
二人がコソコソ話しているうちに、カチッとした服装の男性が現れた。ウェイターというのだと、後でルシエルが教えてくれた。
「いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらへどうぞ」
ミカエルは男に続き、示された席に落ち着いた。窓際の明るい場所だ。ウェイターの視線がルシエルからミカエルに移り、さりげなく滑る。気になったのは髪色か、軍服か、――聖剣か。
「お決まりになりましたらお呼びください」
彼が去ったあと、ミカエルはこっそりと聞いてみた。
「なぁ、聖剣って有名なのか」
「伝承のミカエルが持っていたといわれる剣だ。王家の宝としても有名」
「見たらわかんの?」
「感じてみればわかるだろう。さっきの男は、気づいたらしい」
ウェイターは、――もしや聖剣!!!? という心の叫びをお首にも出さずに去ったプロフェッショナルである。しかし残念なことに、気配に敏いミカエルたちには筒抜けだった。
美味い料理をたらふく食べたら、
「請求は国で」
聖剣を翳して支払い免除。
「失礼ですが、あなた方はいったい…」
クールなウェイターの気配は、聞きたくて堪らないと言わんばかりにウズウズしている。
ミカエルはクッと口角を上げた。
「王よりデビル退治の任を拝命した。俺はミカエル。こっちは、あー、俺の仲間だ」
「ミィっ」
ウェイターは奇声を発して腰を折った。
「お務めご苦労様でございます」
「どーも」
綺麗なお辞儀で見送られ、軽やかに店を出たミカエルたちだった。
『君が聖剣を持つことに、不審を抱く者もいるだろう』
それは王より聖剣を下賜された後のこと。
『その時には、任務の内容とともに、名を明かすといい』
ゾフィエル曰く、デビル退治は生半可な腕の者には務まらない上、ミカエルやルシエルと聞けば、その強さは推して知るべしということである。
「分かりやすくて結構なこった」
ミカエルは肩をすくめる。名を聞けば力の強さが分かってしまうのだから簡単だ。
「"俺の仲間"」
ボソリと言われ、ルシエルの方を向く。
「おまえ、外ではまだルシファーなんだろ。エルがついてねえから、面倒になるかもって思ってよ」
「君の兄でも構わないけど?」
「それを言うなら弟だ」
ミカエルは鼻で笑った。するとルシエルはクールに言う。
「俺のブラザー」
「っ、おまえが言うと、キザな貴族にしか聞こえねえっ」
「君が言ったら?」
「俺のブラザー」
ルシエルの動きが一瞬止まる。
「……犯罪の匂いがする」
「は⁉」
「俺が危険人物とバレるからやめておこう」
「どういう意味だ?」
「あ、お宿。今日はここで一泊? 帰宅? 女性のところ?」
考えているうちに、ぐいと腕を引かれた。
「迷うなら体験したまえ」
「、待てって」
ルシエルはミカエルの手を引いて、いかがわしい雰囲気の路地へズンズン入っていく。色とりどりの原色に近い明かりがあざとく、誘う女性たちをより艶めかしく感じさせていた。
中でも大きく上品な佇まいの店の入り口を見つけると、ルシエルはようやく足を止めた。
「ここならいいだろう」
「おまえ、こういう店も来たことあるのか?」
「あるわけない」
そのわりに、躊躇なく店のドアを開いている。
「なんだい、見回りかい? それともお客?」
派手な女性に問われ、ルシエルはミカエルを振り返った。
「そういえば、軍服だった」
「アウトじゃね?」
「これは見回り。あとで客として来よう」
「あらやだ、お兄さん庶子? 顔立ちも良いじゃな」
顔をすっかり覚えられる前に店を出ようと素早くドアを開いて表に出たが、ドアが閉まる前に聞こえた女性の声からして、遅かったかもしれない。
ルシエルが店内を見渡し、口を開く。
「なかなか良さそうだ」
「そーだな。俺は店に入ったこと自体、初めてだけどな」
「君は初体験が多くて楽しそうだな」
「おまえだって、俺ん家来てそうだったろ」
「ああ…、素晴らしき未知との遭遇と筋肉痛の日々」
二人がコソコソ話しているうちに、カチッとした服装の男性が現れた。ウェイターというのだと、後でルシエルが教えてくれた。
「いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらへどうぞ」
ミカエルは男に続き、示された席に落ち着いた。窓際の明るい場所だ。ウェイターの視線がルシエルからミカエルに移り、さりげなく滑る。気になったのは髪色か、軍服か、――聖剣か。
「お決まりになりましたらお呼びください」
彼が去ったあと、ミカエルはこっそりと聞いてみた。
「なぁ、聖剣って有名なのか」
「伝承のミカエルが持っていたといわれる剣だ。王家の宝としても有名」
「見たらわかんの?」
「感じてみればわかるだろう。さっきの男は、気づいたらしい」
ウェイターは、――もしや聖剣!!!? という心の叫びをお首にも出さずに去ったプロフェッショナルである。しかし残念なことに、気配に敏いミカエルたちには筒抜けだった。
美味い料理をたらふく食べたら、
「請求は国で」
聖剣を翳して支払い免除。
「失礼ですが、あなた方はいったい…」
クールなウェイターの気配は、聞きたくて堪らないと言わんばかりにウズウズしている。
ミカエルはクッと口角を上げた。
「王よりデビル退治の任を拝命した。俺はミカエル。こっちは、あー、俺の仲間だ」
「ミィっ」
ウェイターは奇声を発して腰を折った。
「お務めご苦労様でございます」
「どーも」
綺麗なお辞儀で見送られ、軽やかに店を出たミカエルたちだった。
『君が聖剣を持つことに、不審を抱く者もいるだろう』
それは王より聖剣を下賜された後のこと。
『その時には、任務の内容とともに、名を明かすといい』
ゾフィエル曰く、デビル退治は生半可な腕の者には務まらない上、ミカエルやルシエルと聞けば、その強さは推して知るべしということである。
「分かりやすくて結構なこった」
ミカエルは肩をすくめる。名を聞けば力の強さが分かってしまうのだから簡単だ。
「"俺の仲間"」
ボソリと言われ、ルシエルの方を向く。
「おまえ、外ではまだルシファーなんだろ。エルがついてねえから、面倒になるかもって思ってよ」
「君の兄でも構わないけど?」
「それを言うなら弟だ」
ミカエルは鼻で笑った。するとルシエルはクールに言う。
「俺のブラザー」
「っ、おまえが言うと、キザな貴族にしか聞こえねえっ」
「君が言ったら?」
「俺のブラザー」
ルシエルの動きが一瞬止まる。
「……犯罪の匂いがする」
「は⁉」
「俺が危険人物とバレるからやめておこう」
「どういう意味だ?」
「あ、お宿。今日はここで一泊? 帰宅? 女性のところ?」
考えているうちに、ぐいと腕を引かれた。
「迷うなら体験したまえ」
「、待てって」
ルシエルはミカエルの手を引いて、いかがわしい雰囲気の路地へズンズン入っていく。色とりどりの原色に近い明かりがあざとく、誘う女性たちをより艶めかしく感じさせていた。
中でも大きく上品な佇まいの店の入り口を見つけると、ルシエルはようやく足を止めた。
「ここならいいだろう」
「おまえ、こういう店も来たことあるのか?」
「あるわけない」
そのわりに、躊躇なく店のドアを開いている。
「なんだい、見回りかい? それともお客?」
派手な女性に問われ、ルシエルはミカエルを振り返った。
「そういえば、軍服だった」
「アウトじゃね?」
「これは見回り。あとで客として来よう」
「あらやだ、お兄さん庶子? 顔立ちも良いじゃな」
顔をすっかり覚えられる前に店を出ようと素早くドアを開いて表に出たが、ドアが閉まる前に聞こえた女性の声からして、遅かったかもしれない。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。


もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる