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3章.Graduale
道筋は手探り
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実に長閑な光景だ。青空に、ゆったり旋回している鳥の影。
「国境付近なんて言うから、もっと物騒だと思ったぜ」
頷くルシエルに目をやって、ミカエルはクッと口角を上げる。
「聞き込みでもしてみっか」
二人は目についた家に向け、素朴な土の道を踏み出した。
手作り感溢れる小さな家だ。ミカエルが三回ノックをすると、中から女性の声がした。少しして扉を開けたのは、エプロン姿の年配の女性だった。
「おや、まだ何かあるのかい」
軍服を見た彼女は、そう言って二人を見上げる。ルシエルは帽子のつばに手をやり、顔がよく見えないようにした。――それでも黒髪は隠せないのだが。
「俺らの他にも、軍人が訪ねて来たのか?」
ルシエルを不審そうに見ていた女性がミカエルへ目を移す。髪を見て目を瞬き、目が合うとビクリと肩を揺らした。
「あ、ああ来たさ。近頃ここを訪れた人について、聞かれたよ」
ミカエルはその反応にしばし沈黙し、今度は柔らかな雰囲気になるよう心がけた。
「その人がどこへ行ったか、知ってますか」
「さぁねえ。ポッと来てポッといなくなっちまったから」
「…そっか」
バラキエルは瞬間移動をしたのだろう。どこから来て、どこへ行ったのか。それでは全くわからない。
女性がチラリとミカエルを見る。目を丸くしたと思ったら、今度はまじまじ見てきた。
「畑を越えた向こうの家の人が、話をしたって言ってたよ」
女性は前のめりで言葉を紡ぐ。
「デビルは見かけるか? って聞かれたって。ちょうど北の山で見た人がいたんで、そう伝えたってさ」
「どうもありがとう」
ミカエルがふっと笑むと、女性は頬を染めた。
「なに、大したことじゃないよ。もし今夜の宿が必要なら、家においで。この村は宿屋がないんだ」
ミカエルは軽く頷き、踵を返した。
教わった人の元へ向け、歩く道。ルシエルはつと隣へ目をやる。
「ンだよ」
視線を感じたミカエルがかすかに眉根を寄せた。
「べつに」
「ちょっと上辺繕って情報聞けるなら、そうした方がいいだろ」
「そうだね」
ミカエルは足を止め、ルシエルを見上げた。彼の声を聞いていると、胸がツキツキするのだ。
「言いてえ事があるなら言え」
「思い出しただけだ。君が記憶喪失になってたときのこと」
紅の瞳が細められる。
ミカエルが嫌そうな顔をすると、ルシエルは鼻で笑って歩みを再開させた。
教えてもらった家はすぐそこだ。
付近に初老の男性を発見し、ミカエルが声を掛けた。問えば、男性は目を瞬いて話してくれる。
「ああ、そうそう。デビルについて聞かれたよ。あの男、なんかやったのかね」
軍人が重ねて訊ねてくるなんて、何をしたのだろう。男性はルシエルの黒髪をチラチラ見ながら首を傾げる。
「目付きはおっかなかったが、悪い人じゃなさそうだったがねぇ」
「見る目あるなオッサン」
「そうだろう、俺ぁ人を見る目はあるんだな」
ミカエルは頷いて言葉を続ける。
「その山の向こうは、村とかある?」
「あるとも。コルセっち言う、栄えてる街さ」
ミカエルは、バラキエルが向かったであろう山を通ってコルセへ行ってみようと決める。
「どーも」
「あいよ」
確かな道がない旅は、行き当たりばったりで実に気ままだ。バラキエルに近付けているかも分からない。
「学校に閉じ込められてるよりマシか」
ミカエルはポソリと呟き、デビルが目撃された山へ向け歩き出した。
ルシエルが後ろを着いてくる。
緑溢れる山道を行きながら、辺りの氣を探った。少し離れたところに、小さな動物たちの気配。
「いねぇなデビル」
「自然発生するものじゃない」
「そうなのか」
ミカエルは前を向いたまま足を動かす。
「邪石という黒い石を使って、人為的に発生させる」
「へえ」
そういえば師匠も、人間が生み出したと話していた。
「なんでそんなモン、造るんだろな」
「さぁね」
ミカエルは口を噤んだ。ルシエルは、そのデビルの力を入れられたのだ。
「…わりぃ」
「なぜ? 君が疑問を抱くのは当然だ」
ミカエルは足を止め、振り返る。
「国境付近なんて言うから、もっと物騒だと思ったぜ」
頷くルシエルに目をやって、ミカエルはクッと口角を上げる。
「聞き込みでもしてみっか」
二人は目についた家に向け、素朴な土の道を踏み出した。
手作り感溢れる小さな家だ。ミカエルが三回ノックをすると、中から女性の声がした。少しして扉を開けたのは、エプロン姿の年配の女性だった。
「おや、まだ何かあるのかい」
軍服を見た彼女は、そう言って二人を見上げる。ルシエルは帽子のつばに手をやり、顔がよく見えないようにした。――それでも黒髪は隠せないのだが。
「俺らの他にも、軍人が訪ねて来たのか?」
ルシエルを不審そうに見ていた女性がミカエルへ目を移す。髪を見て目を瞬き、目が合うとビクリと肩を揺らした。
「あ、ああ来たさ。近頃ここを訪れた人について、聞かれたよ」
ミカエルはその反応にしばし沈黙し、今度は柔らかな雰囲気になるよう心がけた。
「その人がどこへ行ったか、知ってますか」
「さぁねえ。ポッと来てポッといなくなっちまったから」
「…そっか」
バラキエルは瞬間移動をしたのだろう。どこから来て、どこへ行ったのか。それでは全くわからない。
女性がチラリとミカエルを見る。目を丸くしたと思ったら、今度はまじまじ見てきた。
「畑を越えた向こうの家の人が、話をしたって言ってたよ」
女性は前のめりで言葉を紡ぐ。
「デビルは見かけるか? って聞かれたって。ちょうど北の山で見た人がいたんで、そう伝えたってさ」
「どうもありがとう」
ミカエルがふっと笑むと、女性は頬を染めた。
「なに、大したことじゃないよ。もし今夜の宿が必要なら、家においで。この村は宿屋がないんだ」
ミカエルは軽く頷き、踵を返した。
教わった人の元へ向け、歩く道。ルシエルはつと隣へ目をやる。
「ンだよ」
視線を感じたミカエルがかすかに眉根を寄せた。
「べつに」
「ちょっと上辺繕って情報聞けるなら、そうした方がいいだろ」
「そうだね」
ミカエルは足を止め、ルシエルを見上げた。彼の声を聞いていると、胸がツキツキするのだ。
「言いてえ事があるなら言え」
「思い出しただけだ。君が記憶喪失になってたときのこと」
紅の瞳が細められる。
ミカエルが嫌そうな顔をすると、ルシエルは鼻で笑って歩みを再開させた。
教えてもらった家はすぐそこだ。
付近に初老の男性を発見し、ミカエルが声を掛けた。問えば、男性は目を瞬いて話してくれる。
「ああ、そうそう。デビルについて聞かれたよ。あの男、なんかやったのかね」
軍人が重ねて訊ねてくるなんて、何をしたのだろう。男性はルシエルの黒髪をチラチラ見ながら首を傾げる。
「目付きはおっかなかったが、悪い人じゃなさそうだったがねぇ」
「見る目あるなオッサン」
「そうだろう、俺ぁ人を見る目はあるんだな」
ミカエルは頷いて言葉を続ける。
「その山の向こうは、村とかある?」
「あるとも。コルセっち言う、栄えてる街さ」
ミカエルは、バラキエルが向かったであろう山を通ってコルセへ行ってみようと決める。
「どーも」
「あいよ」
確かな道がない旅は、行き当たりばったりで実に気ままだ。バラキエルに近付けているかも分からない。
「学校に閉じ込められてるよりマシか」
ミカエルはポソリと呟き、デビルが目撃された山へ向け歩き出した。
ルシエルが後ろを着いてくる。
緑溢れる山道を行きながら、辺りの氣を探った。少し離れたところに、小さな動物たちの気配。
「いねぇなデビル」
「自然発生するものじゃない」
「そうなのか」
ミカエルは前を向いたまま足を動かす。
「邪石という黒い石を使って、人為的に発生させる」
「へえ」
そういえば師匠も、人間が生み出したと話していた。
「なんでそんなモン、造るんだろな」
「さぁね」
ミカエルは口を噤んだ。ルシエルは、そのデビルの力を入れられたのだ。
「…わりぃ」
「なぜ? 君が疑問を抱くのは当然だ」
ミカエルは足を止め、振り返る。
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