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3章.Graduale
旅の始まり
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翌朝、朝食を済ませた頃、ゾフィエルがやって来た。――ルシエル用の、軍服を手に持って。
「さっそくだが、バラキエル殿を見かけたという報告があった。国境近くの村だ。その周辺で、デビルの目撃情報もあってな。もしかしたら、すでにバラキエル殿が片付けたかもしれんが、念のため巡回してくれ」
「りょーかい。行こうぜ」
「君、せめて着替え終わってから言いなよ」
早着替えでテキトーに軍服を着たミカエルからウズウズした目を向けられたルシエルの動きが一瞬止まる。
「おまえも早く脱いで着替えろよ」
「わかったから、むこう向いててくれる?」
「レディかよ。一緒に風呂入った仲だろ」
「おだまり」
ミカエルはムッと口を噤んでドアのほうを向いた。
ゾフィエルは二人にチラと目を遣り、それに倣う。それから、腕を組んで着替え待ちなミカエルにこっそり聞いた。
「君たちの仲は、友人と思っていいのか」
「おまえにはどう見えるんだ?」
「恋人と言われても驚かん」
ミカエルは無言でゾフィエルを見上げた。
普段通りの顔だ。
「俺もあいつも男だぜ」
「知っている」
「そういう奴ら、よくいんの?」
「宗教で禁じられているため、公にはしないがな。思ったよりいる」
眉を上げたミカエルに、ゾフィエルはフッと笑った。
「頭よりずっと心は自由だ。敬虔な信徒であろうと、抱いた想いを消すことなどできまい」
「おまえも?」
「私はフリーだ。あいにく、そのような相手に出会ったことがなくてな」
他人事のように肩をすくめるので、ミカエルは半目になった。
「前のルシエルのことばっか考えてるからだろ」
「たしかに」
軽やかに笑うゾフィエルは、恋愛とは無縁のようである。
「そうだ、これを渡しておこう。報告用の手帳だ」
そうして渡されたのは、革製のカバーに紙の束が包まれている物だった。
ミカエルは思わず顔をしかめる。いつか、メモ用皮紙が手放せなかった頃のことを思い出したのだ。
ゾフィエルは不思議そうな顔をする。
「これを知っているのか?」
「手帳なんだろ」
「ただの手帳ではない」
彼は万年筆を取りだして、そこに "ミカエル" と書いた。なんの変哲もない。
ミカエルは片眉を上げる。するとゾフィエルが、内ポケットから同じような手帳を取り出した。
「開いて見てくれ」
ミカエルは手渡された手帳の紐を解き、革製のカバーを開いて中を見た。なんと、全く同じ字が書かれている。
「デビル退治が完了したら、ここに報告を。そうすれば、会わずとも連絡できる」
「おう」
文字が書かれたページに力を籠めて手を翳すと、文字は消えてしまった。片方が消せば、もう片方の文字も消える。これで報告が伝わったことがわかるというわけだ。その上、同じページに何度も書ける。
「この伝達手段の難点は、いつ届いたのかわからないことだ」
報告があるだろうと相手が待ち構えていれば良い。けれども突然、早急に伝えたい事ができたとき、すぐに相手が見るとは限らない。
「急ぎのときは瞬間移動?」
「そうだな。しかし、場合による」
「あ?」
「それだけの余力が残っていない時もあるからな」
平穏な日々を過ごしてきたミカエルには想像しがたいが、この世の中には戦なるものが存在するのだ。
ミカエルは息を吐き、ふと思い出した。
「そういや、俺と力の融合して、何か変わったか?」
「キャパが増えたようだ」
「俺もそんな気がしてたぜ」
力を使い果たすまで使う機会はそうないため、感覚的な話である。
「おまたせ」
「では、参ろう」
ミカエルは瞬間移動でゾフィエルに連れてきてもらった。続いてルシエルがやって来る。
それを見届けると、親衛隊隊長の彼は仕事があるからと早々に城へ戻った。ちなみに、軍服を正しく着こなしたルシエルを見て、「よく似合う」と微笑むのを忘れなかった。
こうして、ミカエルたちのバラキエル探し兼デビル退治の旅が始まったのである。
「おまえも似合うじゃねえか」
「……それはどーも」
ルシエルは白手袋の手で黒い帽子を被る。彼はすらりと背が高いので、何を着ても似合うのかもしれない。
辺りを見渡したルシエルがポツリと溢す。
「小さな村だ」
高い山に囲まれた場所だった。
標高も高そうだ。広々とした畑や牧羊地が広がっている。ポツリ、ポツリとレンガ色の家があり、山羊のような動物たちが群れになって草を食んでいた。
「さっそくだが、バラキエル殿を見かけたという報告があった。国境近くの村だ。その周辺で、デビルの目撃情報もあってな。もしかしたら、すでにバラキエル殿が片付けたかもしれんが、念のため巡回してくれ」
「りょーかい。行こうぜ」
「君、せめて着替え終わってから言いなよ」
早着替えでテキトーに軍服を着たミカエルからウズウズした目を向けられたルシエルの動きが一瞬止まる。
「おまえも早く脱いで着替えろよ」
「わかったから、むこう向いててくれる?」
「レディかよ。一緒に風呂入った仲だろ」
「おだまり」
ミカエルはムッと口を噤んでドアのほうを向いた。
ゾフィエルは二人にチラと目を遣り、それに倣う。それから、腕を組んで着替え待ちなミカエルにこっそり聞いた。
「君たちの仲は、友人と思っていいのか」
「おまえにはどう見えるんだ?」
「恋人と言われても驚かん」
ミカエルは無言でゾフィエルを見上げた。
普段通りの顔だ。
「俺もあいつも男だぜ」
「知っている」
「そういう奴ら、よくいんの?」
「宗教で禁じられているため、公にはしないがな。思ったよりいる」
眉を上げたミカエルに、ゾフィエルはフッと笑った。
「頭よりずっと心は自由だ。敬虔な信徒であろうと、抱いた想いを消すことなどできまい」
「おまえも?」
「私はフリーだ。あいにく、そのような相手に出会ったことがなくてな」
他人事のように肩をすくめるので、ミカエルは半目になった。
「前のルシエルのことばっか考えてるからだろ」
「たしかに」
軽やかに笑うゾフィエルは、恋愛とは無縁のようである。
「そうだ、これを渡しておこう。報告用の手帳だ」
そうして渡されたのは、革製のカバーに紙の束が包まれている物だった。
ミカエルは思わず顔をしかめる。いつか、メモ用皮紙が手放せなかった頃のことを思い出したのだ。
ゾフィエルは不思議そうな顔をする。
「これを知っているのか?」
「手帳なんだろ」
「ただの手帳ではない」
彼は万年筆を取りだして、そこに "ミカエル" と書いた。なんの変哲もない。
ミカエルは片眉を上げる。するとゾフィエルが、内ポケットから同じような手帳を取り出した。
「開いて見てくれ」
ミカエルは手渡された手帳の紐を解き、革製のカバーを開いて中を見た。なんと、全く同じ字が書かれている。
「デビル退治が完了したら、ここに報告を。そうすれば、会わずとも連絡できる」
「おう」
文字が書かれたページに力を籠めて手を翳すと、文字は消えてしまった。片方が消せば、もう片方の文字も消える。これで報告が伝わったことがわかるというわけだ。その上、同じページに何度も書ける。
「この伝達手段の難点は、いつ届いたのかわからないことだ」
報告があるだろうと相手が待ち構えていれば良い。けれども突然、早急に伝えたい事ができたとき、すぐに相手が見るとは限らない。
「急ぎのときは瞬間移動?」
「そうだな。しかし、場合による」
「あ?」
「それだけの余力が残っていない時もあるからな」
平穏な日々を過ごしてきたミカエルには想像しがたいが、この世の中には戦なるものが存在するのだ。
ミカエルは息を吐き、ふと思い出した。
「そういや、俺と力の融合して、何か変わったか?」
「キャパが増えたようだ」
「俺もそんな気がしてたぜ」
力を使い果たすまで使う機会はそうないため、感覚的な話である。
「おまたせ」
「では、参ろう」
ミカエルは瞬間移動でゾフィエルに連れてきてもらった。続いてルシエルがやって来る。
それを見届けると、親衛隊隊長の彼は仕事があるからと早々に城へ戻った。ちなみに、軍服を正しく着こなしたルシエルを見て、「よく似合う」と微笑むのを忘れなかった。
こうして、ミカエルたちのバラキエル探し兼デビル退治の旅が始まったのである。
「おまえも似合うじゃねえか」
「……それはどーも」
ルシエルは白手袋の手で黒い帽子を被る。彼はすらりと背が高いので、何を着ても似合うのかもしれない。
辺りを見渡したルシエルがポツリと溢す。
「小さな村だ」
高い山に囲まれた場所だった。
標高も高そうだ。広々とした畑や牧羊地が広がっている。ポツリ、ポツリとレンガ色の家があり、山羊のような動物たちが群れになって草を食んでいた。
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