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3章.Graduale
兄弟のような人たち
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あのラジエルにも親しい相手がいたのかと、ミカエルは素直に驚く。
「ラジエル殿下は、身分で相手を差別しない公平なお方だ。お心はわかりにくいがな」
ふとこちらに気づいたアストエルが、ラジエルと共にやって来た。ミカエルと目が合うと爽やかに笑む。ラジエルの優美な笑みと異なり、人柄が滲み出たような笑みだった。
「君がミカエルだな。私はアストエル。ラジエル殿下の右腕だ」
「レーヌ伯アストエル。彼はネデ八州の総督だ」
「殿下、わざわざ言い直さなくても」
「正しい認識は必要だろう」
眉を上げたアストエルに、ラジエルはサクッと答えた。アストエルは肩をすくめてミカエルを捉える。
「殿下から聞いたよ。君は本来、王家の人間なんだってな」
「……そうらしいです」
「それなら、私とも兄弟のようなものだ。私の父は王、母は旅芸人の踊り子だ」
あっけらかんと言われ、ミカエルは目を瞬いた。
「一夜の関係だったらしいが、私は産まれた。母上は私を育てられるような環境ではなかったため、父上が引き受けてくださったんだ。君はバラキエル殿に育てられたんだって?」
「はい」
「一度手合わせ願いたいな。彼のお方から剣を習っているんだろ」
「習いました」
「羨ましいやつだ」
アストエルはミカエルの肩をポンポン叩いて眉を上げた。兄とはこういうものかもしれないと、なんとなく思う。
「うん? もしかして、君はバディがいるのか」
「はい、います」
「ほぅ…」
「相手は我が国の親衛隊の隊長だ」
ラジエルの言葉を受け、アストエルは目を丸くしてゾフィエルを捉えた。
「あなたが」
「陛下との関係を存じ上げず、そのように…」
ゾフィエルは頬をヒクリとさせ、硬い表情で言った。
アストエルは苦笑する。
「なるほど。ミカエルにバディがいたことも、あなたにバディができたことも驚きです」
「彼にはバディなど必要なかった。私が一方的に言い寄ったのです」
「……あなたの気持ちは、わかるような気がします」
視線を感じてまっすぐにアストエルを見上げたミカエルに、アストエルは目を細めた。
「君は綺麗だな」
「、は?」
「いや、さすがミカエル。キラキラだ」
二人が去ったあと、ミカエルは口を開いた。
「王妃は来てないのか?」
「いや、……あのターコイズブルーのドレスの方が王妃だ」
そちらを向いて、ミカエルは目を丸くした。
波打つブラウンの編んだ髪。ドレスと同じ色の瞳の女性。二十歳くらいに見える。あの女性が、王の妻。それはつまり、ミカエルの母親ということか。
「あの方は現王妃。君の母君……前王妃は、メアリエル殿下をお産みになったあと、亡くなられた」
「……そうか」
母親との思い出が何もないミカエルは、ポツリと答えた。
「現王妃は、メアリエル殿下を妹のように可愛がっていらっしゃる」
「親子にしちゃあ、年が近えだろうな」
「王妃は十九才であらせられる」
「……王は四十を超えてるだろ」
「御年四十八才だ」
ミカエルは考えることをやめ、煌びやかな世界から足許の石畳に視線を移す。
「言わずもがな、政略結婚だ。王妃は戦略的に重要な地の姫君だった」
「……へぇ」
「隣国イファノエの皇帝が、我が国より優位に立たんとし、内部抗争につけ込んで彼女との婚姻を進めていたんだ。イファノエより我が国との付き合いが長い彼の国は、我が国に応援を求めた」
「それで、イファノエに取られる前に自分が、ってか?」
「まぁ、そんなところだ」
ミカエルは顔を顰めた。
バラキエルと森で暮らしていた頃、それ以外の地について何も知らなかった。豊かな森があるだけで、敵も味方も存在しない。あの日々に当たり前にあった喜びや幸せは、ここでは必死に目を凝らさなければ見つけられそうになかった。
「もう少し何か食べたらどうだ。それとも、飲むか?」
「食欲ねえ」
「レモネードなら飲めるか? 微炭酸だ」
「……飲む」
こうして、パーティーの夜は更けていった。
「ラジエル殿下は、身分で相手を差別しない公平なお方だ。お心はわかりにくいがな」
ふとこちらに気づいたアストエルが、ラジエルと共にやって来た。ミカエルと目が合うと爽やかに笑む。ラジエルの優美な笑みと異なり、人柄が滲み出たような笑みだった。
「君がミカエルだな。私はアストエル。ラジエル殿下の右腕だ」
「レーヌ伯アストエル。彼はネデ八州の総督だ」
「殿下、わざわざ言い直さなくても」
「正しい認識は必要だろう」
眉を上げたアストエルに、ラジエルはサクッと答えた。アストエルは肩をすくめてミカエルを捉える。
「殿下から聞いたよ。君は本来、王家の人間なんだってな」
「……そうらしいです」
「それなら、私とも兄弟のようなものだ。私の父は王、母は旅芸人の踊り子だ」
あっけらかんと言われ、ミカエルは目を瞬いた。
「一夜の関係だったらしいが、私は産まれた。母上は私を育てられるような環境ではなかったため、父上が引き受けてくださったんだ。君はバラキエル殿に育てられたんだって?」
「はい」
「一度手合わせ願いたいな。彼のお方から剣を習っているんだろ」
「習いました」
「羨ましいやつだ」
アストエルはミカエルの肩をポンポン叩いて眉を上げた。兄とはこういうものかもしれないと、なんとなく思う。
「うん? もしかして、君はバディがいるのか」
「はい、います」
「ほぅ…」
「相手は我が国の親衛隊の隊長だ」
ラジエルの言葉を受け、アストエルは目を丸くしてゾフィエルを捉えた。
「あなたが」
「陛下との関係を存じ上げず、そのように…」
ゾフィエルは頬をヒクリとさせ、硬い表情で言った。
アストエルは苦笑する。
「なるほど。ミカエルにバディがいたことも、あなたにバディができたことも驚きです」
「彼にはバディなど必要なかった。私が一方的に言い寄ったのです」
「……あなたの気持ちは、わかるような気がします」
視線を感じてまっすぐにアストエルを見上げたミカエルに、アストエルは目を細めた。
「君は綺麗だな」
「、は?」
「いや、さすがミカエル。キラキラだ」
二人が去ったあと、ミカエルは口を開いた。
「王妃は来てないのか?」
「いや、……あのターコイズブルーのドレスの方が王妃だ」
そちらを向いて、ミカエルは目を丸くした。
波打つブラウンの編んだ髪。ドレスと同じ色の瞳の女性。二十歳くらいに見える。あの女性が、王の妻。それはつまり、ミカエルの母親ということか。
「あの方は現王妃。君の母君……前王妃は、メアリエル殿下をお産みになったあと、亡くなられた」
「……そうか」
母親との思い出が何もないミカエルは、ポツリと答えた。
「現王妃は、メアリエル殿下を妹のように可愛がっていらっしゃる」
「親子にしちゃあ、年が近えだろうな」
「王妃は十九才であらせられる」
「……王は四十を超えてるだろ」
「御年四十八才だ」
ミカエルは考えることをやめ、煌びやかな世界から足許の石畳に視線を移す。
「言わずもがな、政略結婚だ。王妃は戦略的に重要な地の姫君だった」
「……へぇ」
「隣国イファノエの皇帝が、我が国より優位に立たんとし、内部抗争につけ込んで彼女との婚姻を進めていたんだ。イファノエより我が国との付き合いが長い彼の国は、我が国に応援を求めた」
「それで、イファノエに取られる前に自分が、ってか?」
「まぁ、そんなところだ」
ミカエルは顔を顰めた。
バラキエルと森で暮らしていた頃、それ以外の地について何も知らなかった。豊かな森があるだけで、敵も味方も存在しない。あの日々に当たり前にあった喜びや幸せは、ここでは必死に目を凝らさなければ見つけられそうになかった。
「もう少し何か食べたらどうだ。それとも、飲むか?」
「食欲ねえ」
「レモネードなら飲めるか? 微炭酸だ」
「……飲む」
こうして、パーティーの夜は更けていった。
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