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3章.Graduale
王族の人々
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フェルナンデルに促され、壁際へ行く。その際、ミカエルが迷っていた見知らぬ料理を手渡され、食べてみた。
「口に合わないか?」
「思ったのと違う味だけど美味しい」
「それは良かった」
フェルナンデルが親しげに聖学校での生活やそれ以前について聞いてくるので、話しているうちに、ミカエルは彼と打ち解けてしまった。
「バラキエルについて何か知ってる?」
「"雷光のバラキエル" だろう? 大層強く、聖戦でも活躍したと聞いたことがある」
「戦にも出てたんだ」
驚きはない。バラキエルの強さは知っている。気になることがあるとすれば、そんなに活躍していたのに俗世から離れたことだ。
「ああ。ちょうどそのようなご時世だったのだろう。聖正教圏を広げようという」
「今は?」
「今は、近隣の異教の国が勢力を増したから、そう簡単に手は出せない。サクラムにおいては、一時期、異教の国に領土を奪われていたほどだ。奪われた領土を回復できたのは、最近のことさ」
そうやって戦は続いていくんだなと、ミカエルはぼんやり思う。そこでふと、フェルナンデルが悪戯に微笑んだ。
「そうだ、知ってたかい? ブランリス王国は、我が国と仲が悪い」
「え、」
ミカエルは目を丸くする。
「隣国だからな。昔から、領土の取り合いなどが行われてきた。サクラムは、ブランリスを挟んでイファノエの反対側にある。それが私の両親の時代に、王家が婚姻を結んで一つになった。ブランリスを挟む二つの国の王家が、同じ家柄になったんだ」
「だからあなたはサクラムで育った?」
「ああ」
敵対しているようなのに普通に話し掛けてきた相手を、後ずさりして捉える。
フェルナンデルは小さく笑って肩をすくめた。
「そなたはミカエルだ。だから気になったのさ。そなたが国にこだわらないようで良かった」
近くで他の人と話していたレリエルが、ちらとこちらを向く。すっと身を翻して去る背中は危うげで、空気に溶けてしまいそうだと思った。
そういえば、ゾフィエルがいない。王の側近らしいので、彼は彼で忙しいのかもしれない。
ミカエルが他の料理に手を伸ばそうとしたところ、またまた声を掛けられた。
「そなたがミカエル?」
見れば、柔らかそうな浅緑色の髪の男がグラスを手に立っていた。三十代に見えるが、童顔で、実年齢はわからない。目尻が下がっている。しかしタレ目ではなかった。
気高く弧を描く眉と相まって、なんとも偉そうだ。ミカエルは半目になってしまった。
「はい」
「そうか。私はロゼローズ王国の国王だ」
――そんなに胸を張られても。
微妙な空気が流れ、彼は片眉を上げた。
「そういえば、そなたは田舎者であったな。そのような髪をしているので、王家と関わりがあるのかと思ったぞ」
「田舎というか、森」
「では知らぬであろうな。我が国は、かつてブランリスを打ち破ったこともある。この血には、ブランリスの王家の血も入っているのだ。いつか、我が国の王家が、この国の王家になるかもしれん」
恐れ入ったかと上から見下すような目をするが、ミカエルと彼の身長はあまり変わらない。
「そうですか」
「反応が薄いな。この国がどうなってもいいのか」
「俺はデビル退治をするだけです。では」
ミカエルは喉の渇きを感じ、一先ずお酒でない飲み物を探すことにした。
そんなとき声を掛けてきたのは、年下の女の子だった。幼さの残る顔立ちだ。しかし、装いは大人の女性と変わらない。
「ねぇ、ジュースが飲みたいの?」
「おう。……はい」
結い上げられた美しい金髪。大きな露草色の瞳が、ミカエルを映して煌めく。
「はい。これはマスカットジュースよ」
「シュワシュワ…」
「炭酸、苦手?」
「そんなに強くなければ平気です」
グラスを受け取り、様子を見ながらちみっと口をつける。
彼女はくすりと笑った。
「あなた、ミカエル?」
「はい」
「わたし、メアリエル。メアリって呼んでちょうだい」
飲める炭酸具合でよかった。ようやく飲み物を喉に通したミカエルは、見上げてくる少女に首を傾げる。
「あなたは王族ですか」
「ええ、この国の王女よ。ラジエル兄様とアスト兄様の妹」
ということは、ミカエルの血の繋がった妹だ。
「口に合わないか?」
「思ったのと違う味だけど美味しい」
「それは良かった」
フェルナンデルが親しげに聖学校での生活やそれ以前について聞いてくるので、話しているうちに、ミカエルは彼と打ち解けてしまった。
「バラキエルについて何か知ってる?」
「"雷光のバラキエル" だろう? 大層強く、聖戦でも活躍したと聞いたことがある」
「戦にも出てたんだ」
驚きはない。バラキエルの強さは知っている。気になることがあるとすれば、そんなに活躍していたのに俗世から離れたことだ。
「ああ。ちょうどそのようなご時世だったのだろう。聖正教圏を広げようという」
「今は?」
「今は、近隣の異教の国が勢力を増したから、そう簡単に手は出せない。サクラムにおいては、一時期、異教の国に領土を奪われていたほどだ。奪われた領土を回復できたのは、最近のことさ」
そうやって戦は続いていくんだなと、ミカエルはぼんやり思う。そこでふと、フェルナンデルが悪戯に微笑んだ。
「そうだ、知ってたかい? ブランリス王国は、我が国と仲が悪い」
「え、」
ミカエルは目を丸くする。
「隣国だからな。昔から、領土の取り合いなどが行われてきた。サクラムは、ブランリスを挟んでイファノエの反対側にある。それが私の両親の時代に、王家が婚姻を結んで一つになった。ブランリスを挟む二つの国の王家が、同じ家柄になったんだ」
「だからあなたはサクラムで育った?」
「ああ」
敵対しているようなのに普通に話し掛けてきた相手を、後ずさりして捉える。
フェルナンデルは小さく笑って肩をすくめた。
「そなたはミカエルだ。だから気になったのさ。そなたが国にこだわらないようで良かった」
近くで他の人と話していたレリエルが、ちらとこちらを向く。すっと身を翻して去る背中は危うげで、空気に溶けてしまいそうだと思った。
そういえば、ゾフィエルがいない。王の側近らしいので、彼は彼で忙しいのかもしれない。
ミカエルが他の料理に手を伸ばそうとしたところ、またまた声を掛けられた。
「そなたがミカエル?」
見れば、柔らかそうな浅緑色の髪の男がグラスを手に立っていた。三十代に見えるが、童顔で、実年齢はわからない。目尻が下がっている。しかしタレ目ではなかった。
気高く弧を描く眉と相まって、なんとも偉そうだ。ミカエルは半目になってしまった。
「はい」
「そうか。私はロゼローズ王国の国王だ」
――そんなに胸を張られても。
微妙な空気が流れ、彼は片眉を上げた。
「そういえば、そなたは田舎者であったな。そのような髪をしているので、王家と関わりがあるのかと思ったぞ」
「田舎というか、森」
「では知らぬであろうな。我が国は、かつてブランリスを打ち破ったこともある。この血には、ブランリスの王家の血も入っているのだ。いつか、我が国の王家が、この国の王家になるかもしれん」
恐れ入ったかと上から見下すような目をするが、ミカエルと彼の身長はあまり変わらない。
「そうですか」
「反応が薄いな。この国がどうなってもいいのか」
「俺はデビル退治をするだけです。では」
ミカエルは喉の渇きを感じ、一先ずお酒でない飲み物を探すことにした。
そんなとき声を掛けてきたのは、年下の女の子だった。幼さの残る顔立ちだ。しかし、装いは大人の女性と変わらない。
「ねぇ、ジュースが飲みたいの?」
「おう。……はい」
結い上げられた美しい金髪。大きな露草色の瞳が、ミカエルを映して煌めく。
「はい。これはマスカットジュースよ」
「シュワシュワ…」
「炭酸、苦手?」
「そんなに強くなければ平気です」
グラスを受け取り、様子を見ながらちみっと口をつける。
彼女はくすりと笑った。
「あなた、ミカエル?」
「はい」
「わたし、メアリエル。メアリって呼んでちょうだい」
飲める炭酸具合でよかった。ようやく飲み物を喉に通したミカエルは、見上げてくる少女に首を傾げる。
「あなたは王族ですか」
「ええ、この国の王女よ。ラジエル兄様とアスト兄様の妹」
ということは、ミカエルの血の繋がった妹だ。
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