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3章.Graduale
それはパーティー
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遣いの者が再び部屋に来て、今度はパーティー会場へ向かう。明かりの灯された廊下。窓の外に目をやると、日が沈み、空は紫色になっていた。
分厚い扉を開いた彼は、そのままお辞儀し、ミカエルたちが中に入るのを待っている。扉の向こうには、すでにたくさんの人がいた。
なんと華やかな世界だろう。
男も女も様々な色の服を着ている。男性の多くは膝丈のズボンに白タイツで装飾の施された上着を羽織っており、女性はボリュームのあるスカートが多かった。
「行こう」
ゾフィエルに促され、ミカエルは広く煌びやかな室内に足を踏み入れた。
歩いていると飲み物を運んでいる人からグラスを一つ手渡されそうになり、慌てて手を下げる。それがお酒に見えたのだ。
「成人年齢に達しているだろう」
「……酒は苦手だ」
何か食べたいと思ったが、見慣れない料理ばかりで迷ってしまう。そのとき、隣に並んだ人から声をかけられた。
「そなたがミカエルか」
健康的に焼けた肌色のその男性は、ウェーブする茶髪に飾りをつけて編んでいたりと、少々異国感がある。落ち着いた霞色の上着は、金糸の装飾に縁どられていた。二十代前半――ラジエルと同じくらいの年齢だろうか。親しみやすい雰囲気があり、ラジエルより友好的に感じる。
ここには他国の王もいるようなので、ミカエルは少々上辺を繕うことにした。
「そうです」
「そうか、そなたが…。私はイファノエ帝国の第二皇子、フェルナンデル。とはいえ、育ったのはサクラム王国で、サクラムのほうが馴染み深い。サクラムに訪れたことはあるかい?」
「いえ」
「今度案内しよう。陽気な人々、美しい海! きっとそなたも気に入るだろう」
なるほど、彼は陽気だ。ミカエルは、まだ見ぬ海というものに思いを馳せる。
「それにしても、そなたの後ろ姿はブランリスの王族のようだな。髪が短いので庶子かと思ったが、まさかミカエルだったとは」
まじまじと見てくるので、ミカエルは半目になった。
「……わかっていて声をかけたのでは」
「ははは。違ったとして、相手が気を悪くすることはないだろう?」
お茶目にウインクするフェルナンデルに、王子にも色々いるんだなと思う。そこへ、黒い上着の男性がやって来た。
「フェルナンデル、」
「ああ、兄上。こちら、ミカエルです。どうです? 王族のようでしょう。しかし彼の目は、王族には持ち得ない純粋なる輝きがあります」
「なぜおまえが我がもののように言う」
「おや、失礼。ミカエル、こちらは我が兄、レリエル殿下」
紹介された相手は、病的なまでに白い肌。髪の色も雰囲気もフェルナンデルと異なり、兄弟には見えない。灰色に近い茶髪はストレートで、右目も灰色に近かった。ああしかし、彼の左目はフェルナンデルと同じく、檸檬のような黄色だ。
目が合うと、左右異なる色の瞳から、憎悪にも似た感情を感じた。彼はすっと視線を外し、かすかに眉根を寄せている。
ミカエルは首を傾げた。
「似てないだろう? 兄上は正真正銘、帝国育ちでいらっしゃる。私もそうだったら、もう少し威厳を身につけられたかも」
「おまえはおまえのままで良い」
「兄上…」
兄へ向けるフェルナンデルの眼差しには、労わりや慈しみを感じた。
ふとミカエルの方を向き、レリエルが口を開く。
「そなたは戦に出ないと、宣言したらしいな」
「はい。デビル退治だけです」
「自国のためにその力を使うことはないと?」
「俺は国のために働くんじゃねえので」
ミカエルがさらりと言うと、レリエルはかすかに眉を上げ、フェルナンデルは大口を開けて笑った。
「ブランリスの軍服を身につけておきながら、大胆なことを言う」
「教会に属さないミカエルはどのような者かと思ったが、そなたは本当に面白いな。顔も好みだ」
ミカエルは片眉を上げて答える。
「そのために国に属しました」
「ほお、教会に属したくなかったか」
「はい、イヤです」
フェルナンデルは大爆笑。レリエルはそんな弟に、かすかに眉を寄せている。
「では、聖学校から逃げ出したというのも、事実なのか」
「はい、そうです」
「ミカエルが、っはは、本当にっ」
笑うフェルナンデルの傍らから、左右異なる瞳がミカエルを観察している。ミカエルはそれをまっすぐ捉えた。レリエルの氣がかすかに揺らめく。
「そなたとは良い友になれそうだ。もっとラフに話がしたい。普段通りに接してくれ」
ようやく笑いの収まったフェルナンデルが、少し屈んでミカエルの瞳と瞳を合わせるように言う。
「いや、俺は一般人だし、」
「友のあいだに身分など関係ないだろう」
「まぁ…」
友というのは決定だろうか。
分厚い扉を開いた彼は、そのままお辞儀し、ミカエルたちが中に入るのを待っている。扉の向こうには、すでにたくさんの人がいた。
なんと華やかな世界だろう。
男も女も様々な色の服を着ている。男性の多くは膝丈のズボンに白タイツで装飾の施された上着を羽織っており、女性はボリュームのあるスカートが多かった。
「行こう」
ゾフィエルに促され、ミカエルは広く煌びやかな室内に足を踏み入れた。
歩いていると飲み物を運んでいる人からグラスを一つ手渡されそうになり、慌てて手を下げる。それがお酒に見えたのだ。
「成人年齢に達しているだろう」
「……酒は苦手だ」
何か食べたいと思ったが、見慣れない料理ばかりで迷ってしまう。そのとき、隣に並んだ人から声をかけられた。
「そなたがミカエルか」
健康的に焼けた肌色のその男性は、ウェーブする茶髪に飾りをつけて編んでいたりと、少々異国感がある。落ち着いた霞色の上着は、金糸の装飾に縁どられていた。二十代前半――ラジエルと同じくらいの年齢だろうか。親しみやすい雰囲気があり、ラジエルより友好的に感じる。
ここには他国の王もいるようなので、ミカエルは少々上辺を繕うことにした。
「そうです」
「そうか、そなたが…。私はイファノエ帝国の第二皇子、フェルナンデル。とはいえ、育ったのはサクラム王国で、サクラムのほうが馴染み深い。サクラムに訪れたことはあるかい?」
「いえ」
「今度案内しよう。陽気な人々、美しい海! きっとそなたも気に入るだろう」
なるほど、彼は陽気だ。ミカエルは、まだ見ぬ海というものに思いを馳せる。
「それにしても、そなたの後ろ姿はブランリスの王族のようだな。髪が短いので庶子かと思ったが、まさかミカエルだったとは」
まじまじと見てくるので、ミカエルは半目になった。
「……わかっていて声をかけたのでは」
「ははは。違ったとして、相手が気を悪くすることはないだろう?」
お茶目にウインクするフェルナンデルに、王子にも色々いるんだなと思う。そこへ、黒い上着の男性がやって来た。
「フェルナンデル、」
「ああ、兄上。こちら、ミカエルです。どうです? 王族のようでしょう。しかし彼の目は、王族には持ち得ない純粋なる輝きがあります」
「なぜおまえが我がもののように言う」
「おや、失礼。ミカエル、こちらは我が兄、レリエル殿下」
紹介された相手は、病的なまでに白い肌。髪の色も雰囲気もフェルナンデルと異なり、兄弟には見えない。灰色に近い茶髪はストレートで、右目も灰色に近かった。ああしかし、彼の左目はフェルナンデルと同じく、檸檬のような黄色だ。
目が合うと、左右異なる色の瞳から、憎悪にも似た感情を感じた。彼はすっと視線を外し、かすかに眉根を寄せている。
ミカエルは首を傾げた。
「似てないだろう? 兄上は正真正銘、帝国育ちでいらっしゃる。私もそうだったら、もう少し威厳を身につけられたかも」
「おまえはおまえのままで良い」
「兄上…」
兄へ向けるフェルナンデルの眼差しには、労わりや慈しみを感じた。
ふとミカエルの方を向き、レリエルが口を開く。
「そなたは戦に出ないと、宣言したらしいな」
「はい。デビル退治だけです」
「自国のためにその力を使うことはないと?」
「俺は国のために働くんじゃねえので」
ミカエルがさらりと言うと、レリエルはかすかに眉を上げ、フェルナンデルは大口を開けて笑った。
「ブランリスの軍服を身につけておきながら、大胆なことを言う」
「教会に属さないミカエルはどのような者かと思ったが、そなたは本当に面白いな。顔も好みだ」
ミカエルは片眉を上げて答える。
「そのために国に属しました」
「ほお、教会に属したくなかったか」
「はい、イヤです」
フェルナンデルは大爆笑。レリエルはそんな弟に、かすかに眉を寄せている。
「では、聖学校から逃げ出したというのも、事実なのか」
「はい、そうです」
「ミカエルが、っはは、本当にっ」
笑うフェルナンデルの傍らから、左右異なる瞳がミカエルを観察している。ミカエルはそれをまっすぐ捉えた。レリエルの氣がかすかに揺らめく。
「そなたとは良い友になれそうだ。もっとラフに話がしたい。普段通りに接してくれ」
ようやく笑いの収まったフェルナンデルが、少し屈んでミカエルの瞳と瞳を合わせるように言う。
「いや、俺は一般人だし、」
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「まぁ…」
友というのは決定だろうか。
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