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3章.Graduale
聖剣と師
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最初に通された部屋へ戻ると、待ち構えていたゾフィエルがミカエルの手を両手でギュッと包みこんだ。
「美しい仕草、丁寧な言葉遣い、凛とした眼差し! 素晴らしかったぞ…!」
感極まったような顔だ。
「いたのかよ」
ミカエルは半目でボソリとこぼす。
「ああ、君はやはり秀外恵中だ。王の御前にあってなお、まったく遜色なく輝かしかった。今もこの目に焼きついている――」
目に涙を溜めて言うので、頬がヒクリとする。しかしまぁ、バディの彼がここまで喜んでくれたのだから、それらしく振舞った甲斐があるというものだ。
「こんなの、もらっちまったしな」
ミカエルは聖剣を持ち上げ、剣身をしげしげ眺める。
金色のそこには何やら紋様が刻まれており、見ていると背筋が伸びる思いがした。鍔が横に伸びたガードの部分は翼のようだ。真ん中に青い石。パッと見はシンプルな剣だが、どことなく歴史を感じた。握りの部分は滑りにくい素材で、手にしっくり収まる。
ぶん、と振ってみた。
「いい感じだ」
試しに剣を力で纏ってみる。
青い石が煌めいて、輝きを放った。
その輝きは鍔の両側に伸びる翼のような飾りへ広がってゆく。同時に剣身も輝きを帯びた。刻まれた紋様が鍔の方から切っ先へ向け輝く様は、力を感知しているようだ。
まるで剣が身体の一部になったような感覚。剣を持っているという感じもしない。
「ここで試し斬りするのはナシだぞ」
「ああ…」
その輝きに見蕩れていたゾフィエルが、ハッとして言った。
物凄くやりたいが、手が込んだ調度品たちを壊したら後が大変そうなので、ミカエルは大人しく力を収める。それにしても軽いなと、剣を上に投げ、見事にキャッチ。
「デビル退治は命の危険を伴う。くれぐれも命を大切に。それから聖剣も大事にしてくれ頼むから」
「……おう」
特に後半、真に迫る顔で言われたミカエルは、聖剣も大事に扱おうと決めた。
ゾフィエルは小さく息を吐く。
「町でお代を払う必要があるときは、聖剣を見せるといい。そうすれば、国に請求がいく」
「便利だな」
そんな物も世の中にはあったなと思うくらい、ミカエルには縁遠い。これまでの人生、お金を使ったことがないのだ。これから先も、気にする必要がないようで助かる。
「デビルが出没するのは、夕方から夜にかけての時間帯が多い。昼間は影に潜んでいると言われているが、定かではない」
「あれは光を嫌いそうだからな」
「ああ」
ゾフィエルは頷いて言葉を続ける。
「早急に対処が必要な場合、夜であっても出動してくれ」
「……ああ」
どうやらゾフィエルが言いたかったのはそれらしい。寝ているところを起こされることもあるかと思うと、少々憂鬱だ。
「デビルは時間を選んでくれないからな」
ゾフィエルはおもむろにポケットへ手を入れ、銀色の鈴を取りだした。紐の色は軍服と同じ青色だ。
「持っていてくれ。夜、君の元へ瞬間移動する前にこれを鳴らす」
「俺が持ってて、おまえが鳴らせんの?」
「対となる玉を私が持っているからな」
鈴にしか見えないそれを受け取ったミカエルは、試しに紐の部分を持って振ってみた。音がしない。内部はただの空洞だ。
ゾフィエルがテーブルに置かれていた小ぶりの木箱の留め具を外し、蓋を開いた。中には鈴と同サイズの玉が幾つか収まっている。その内の一つを彼が撫でると、ミカエルの持っている鈴がチリンと鳴った。
「おお」
「この通り、力を注ぎながら触れると鳴る」
「俺も鳴らしてみてえ」
「いいぞ。この玉だ」
目を輝かせるミカエルにふっと笑み、ゾフィエルは木箱を差し出す。ミカエルはさっそく指に力を纏わせ、指定された玉を撫でてみた。
ヂリィン!
部屋いっぱいに音が広がる。
ミカエルはギョッとして肩を揺らした。同じ鈴が鳴ったとは思えない音である。
「……力の注ぎ具合によって音の大きさが変わる」
ゾフィエルが仰け反ったまま頬をヒクリとさせた。
「先に言えよ。ビックリしたじゃねえか」
「ああ、驚いた。すまん」
ミカエルはとりあえず、上着のポケットに仕舞っておいた。――ところで。
「師匠に関すること、ほかに何か、わかってることねえか」
「そうだな…、行く先々で、デビル退治をされているようだ」
「デビル退治を?」
「ああ。衛兵だった頃も、それで大層ご活躍だったらしい」
確かに、あの夜デビルと交えたバラキエルに動揺の色はなかった。バラキエルについて、ミカエルは共にいたときの事しか知らない。
そっと睫毛を伏せる。
「なるほどな」
「居所に関しては、探索させている」
「俺らもデビル退治やりながら探す。情報を掴んだら、逐一報せてくれ」
青味を帯びた緑の眼光は人を殺せそうなほど鋭く、ゾフィエルは身を硬くする。
「承知した」
なんという気迫だろう。彼のほうが力が強いこともあり、肝が冷えた。
とてもじゃないが、十代の若者と思って気楽に接してなどいられない。一人の人間として腹を据えて対峙しなければ、その迫力に呑まれてしまうだろう。その存在感は正しく、玉座に君臨する者のようだった。
「美しい仕草、丁寧な言葉遣い、凛とした眼差し! 素晴らしかったぞ…!」
感極まったような顔だ。
「いたのかよ」
ミカエルは半目でボソリとこぼす。
「ああ、君はやはり秀外恵中だ。王の御前にあってなお、まったく遜色なく輝かしかった。今もこの目に焼きついている――」
目に涙を溜めて言うので、頬がヒクリとする。しかしまぁ、バディの彼がここまで喜んでくれたのだから、それらしく振舞った甲斐があるというものだ。
「こんなの、もらっちまったしな」
ミカエルは聖剣を持ち上げ、剣身をしげしげ眺める。
金色のそこには何やら紋様が刻まれており、見ていると背筋が伸びる思いがした。鍔が横に伸びたガードの部分は翼のようだ。真ん中に青い石。パッと見はシンプルな剣だが、どことなく歴史を感じた。握りの部分は滑りにくい素材で、手にしっくり収まる。
ぶん、と振ってみた。
「いい感じだ」
試しに剣を力で纏ってみる。
青い石が煌めいて、輝きを放った。
その輝きは鍔の両側に伸びる翼のような飾りへ広がってゆく。同時に剣身も輝きを帯びた。刻まれた紋様が鍔の方から切っ先へ向け輝く様は、力を感知しているようだ。
まるで剣が身体の一部になったような感覚。剣を持っているという感じもしない。
「ここで試し斬りするのはナシだぞ」
「ああ…」
その輝きに見蕩れていたゾフィエルが、ハッとして言った。
物凄くやりたいが、手が込んだ調度品たちを壊したら後が大変そうなので、ミカエルは大人しく力を収める。それにしても軽いなと、剣を上に投げ、見事にキャッチ。
「デビル退治は命の危険を伴う。くれぐれも命を大切に。それから聖剣も大事にしてくれ頼むから」
「……おう」
特に後半、真に迫る顔で言われたミカエルは、聖剣も大事に扱おうと決めた。
ゾフィエルは小さく息を吐く。
「町でお代を払う必要があるときは、聖剣を見せるといい。そうすれば、国に請求がいく」
「便利だな」
そんな物も世の中にはあったなと思うくらい、ミカエルには縁遠い。これまでの人生、お金を使ったことがないのだ。これから先も、気にする必要がないようで助かる。
「デビルが出没するのは、夕方から夜にかけての時間帯が多い。昼間は影に潜んでいると言われているが、定かではない」
「あれは光を嫌いそうだからな」
「ああ」
ゾフィエルは頷いて言葉を続ける。
「早急に対処が必要な場合、夜であっても出動してくれ」
「……ああ」
どうやらゾフィエルが言いたかったのはそれらしい。寝ているところを起こされることもあるかと思うと、少々憂鬱だ。
「デビルは時間を選んでくれないからな」
ゾフィエルはおもむろにポケットへ手を入れ、銀色の鈴を取りだした。紐の色は軍服と同じ青色だ。
「持っていてくれ。夜、君の元へ瞬間移動する前にこれを鳴らす」
「俺が持ってて、おまえが鳴らせんの?」
「対となる玉を私が持っているからな」
鈴にしか見えないそれを受け取ったミカエルは、試しに紐の部分を持って振ってみた。音がしない。内部はただの空洞だ。
ゾフィエルがテーブルに置かれていた小ぶりの木箱の留め具を外し、蓋を開いた。中には鈴と同サイズの玉が幾つか収まっている。その内の一つを彼が撫でると、ミカエルの持っている鈴がチリンと鳴った。
「おお」
「この通り、力を注ぎながら触れると鳴る」
「俺も鳴らしてみてえ」
「いいぞ。この玉だ」
目を輝かせるミカエルにふっと笑み、ゾフィエルは木箱を差し出す。ミカエルはさっそく指に力を纏わせ、指定された玉を撫でてみた。
ヂリィン!
部屋いっぱいに音が広がる。
ミカエルはギョッとして肩を揺らした。同じ鈴が鳴ったとは思えない音である。
「……力の注ぎ具合によって音の大きさが変わる」
ゾフィエルが仰け反ったまま頬をヒクリとさせた。
「先に言えよ。ビックリしたじゃねえか」
「ああ、驚いた。すまん」
ミカエルはとりあえず、上着のポケットに仕舞っておいた。――ところで。
「師匠に関すること、ほかに何か、わかってることねえか」
「そうだな…、行く先々で、デビル退治をされているようだ」
「デビル退治を?」
「ああ。衛兵だった頃も、それで大層ご活躍だったらしい」
確かに、あの夜デビルと交えたバラキエルに動揺の色はなかった。バラキエルについて、ミカエルは共にいたときの事しか知らない。
そっと睫毛を伏せる。
「なるほどな」
「居所に関しては、探索させている」
「俺らもデビル退治やりながら探す。情報を掴んだら、逐一報せてくれ」
青味を帯びた緑の眼光は人を殺せそうなほど鋭く、ゾフィエルは身を硬くする。
「承知した」
なんという気迫だろう。彼のほうが力が強いこともあり、肝が冷えた。
とてもじゃないが、十代の若者と思って気楽に接してなどいられない。一人の人間として腹を据えて対峙しなければ、その迫力に呑まれてしまうだろう。その存在感は正しく、玉座に君臨する者のようだった。
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