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3章.Graduale
黄金色の一族
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半目でパラパラ捲っていると、奥のドアが開き、後ろで髪を結った女性がやって来た。
金髪に青の瞳。手の込んだドレスは上半身がキュッと締まっており、スカート部分はふわっと床まで広がっていた。その色合いといい、どっしりと落ち着いた雰囲気だ。そもそも女性に会う機会が少なかったミカエルは、ぼうっと眺めてしまう。
「王太后、」
「ゾフィエル、楽になさい。そなたがミカエルね。会えて嬉しいわ」
慌てるゾフィエルに小首を傾げ、ミカエルは控え目にお辞儀した。
「私はソフィーエル。現王の姉である。嫁ぎ先の国で息子が王となったため王太后と呼ばれるが、以前は殿下と呼ばれていた。そなた、己の身の上は知っているか」
ミカエルは曖昧に頷く。するとソフィーエルは、小さく息を吐きだした。
「そうか。その意思の強そうな三白眼。そなたの母によく似ている。正妻の子が青い目でないなど、前代未聞のことであった。それがミカエルだったとは…」
ソフィーエルは首を振り、ミカエルの頬に手を伸ばす。
「そなたが生きているのは、そなたの母のおかげだ。そなたが死んだら私も死ぬと、狂ったように叫んでいたわ。こんなに立派になって。そなたの母も誇らしいことだろう」
「失礼いたします。そろそろお時間です」
「王太后、それでは、失礼いたします」
ゾフィエルに促され、ミカエルは部屋をあとにした。
迎えに来た遣いの者に続く。
「準備はよろしいですね」
重厚な扉の前で、遣いの者が振り返る。ミカエルが頷くと、扉の前に姿勢良く佇んでいた兵隊に目で合図を送った。
ゆっくりと扉が開かれる。
「ミカエル様、ご来場ー!」
入口付近にいた兵隊が微動だにせず大声で叫ぶので、ミカエルはギョッとしてそちらを向いた。叫んだ兵隊は前を向いたままで、ミカエルを見ようともしない。
彼を凝視して動かないミカエルに、後ろからこっそりと声がかけられる。
「王の御前へお進みください」
案内してくれた遣いの者だった。
「ああ…」
前を向くと、奥のちょっとした階段の上、豪奢な椅子に優雅に腰掛けた金髪碧眼の男の姿。同じく、金髪碧眼の青年が傍に立っている。
二人そろって眩しい奴らだ。
親子だろうか。二人の雰囲気はどことなく似ている。などと、無駄に長い絨毯の道のりをゆったり行きながら冷静に思考していたミカエル。
――ってことはあいつら、俺と血の繋がった兄貴と父親…。
気づいた瞬間、思わず足を止めていた。まじまじと二人を見てしまう。
上等な服を身に纏い、気品漂う彼ら。平民とは住む世界が違うのだと、眩ゆい宝飾類やマントが告げているようだ。
どこからか咳払いが聞こえ、ミカエルは我に返って歩みを再開させた。
王の御前に着いたら膝を折り、許しが出るまで頭を下げているようにと、ゾフィエルから言われている。バディの彼のため、ミカエルは教わった通りのポーズを取った。
「面を上げよ」
ミカエルはゆっくりと顔を上げた。
「よく来たな。学校での生活はどうであった?」
王はそれらしく朗々と述べる。
「非常に退屈な上、窮屈で、何度おん出てやろうと考えたか知れません。この度はデビル退治の任を拝命賜り、ありがたく存じます」
ミカエルはすっと背筋を伸ばし、淀みなく言葉を紡いで頭を垂れた。
「……ふむ。そなたの秘めたる力の強さについては、ゾフィエルから聞いている。人々のため、惜しみなく力を発揮し、その身を尽くせ」
「御意のままに。わたしはデビル退治に力をそそぎ、戦には一切関わりません」
ハッキリ述べると、人々の気配がざわめいた。
「……よかろう。ミカエル。そなたに、聖剣を授けよう」
これには、室内をぐるりと包囲するように佇む警備中の兵隊たちも驚きの声を上げた。
「デビル退治を行うそなたにこそ相応しい。受け取るが良い」
立ち上がった王が、傍に佇む青年から黄金色に輝く剣を受け取り、ずずいとその腕を前に出す。
ミカエルは目を丸くした。
驚きの中、ゆっくりと立ち上がる。そうして一歩、また一歩と、王に近づいた。
父親と意識すると、妙な気分になる。
ミカエルを映す青い瞳がゆるりと細められ、胸が震えた。血がそうさせるのか。父親らしいことなど、何一つされていないのに。
ところでミカエルは、こういった場面にどのようなポーズを取るか教わっていない。
『ははぁ、ミカエル様。謹んで拝受致します~』
いつか、本棚の上のほうにあった本を取り出してサリエルに渡してやった時、彼はふざけて両手で受け取り、ミカエルに頭を垂れた。
『ンだそれ』
『ほら、王様から剣とかもらうヤツさ。一度やってみたかったんだ』
――あれか。
ミカエルは同室者だった首席のサリエルに賭けることにした。膝を折り、手の平を上にして両手を上げる。
そこへ乗せられた剣の重み。
「謹んで、拝受致します」
顔を上げれば、そっと頭を撫でられた。表情を見るに、どうやら受け取り方は間違っていなかったようだ。
「その命、粗末にするでないぞ」
「はい、陛下」
デビル退治は命の危険がある。そんな任務を与えておきながら、王は祈るように口にするのだ。
バラキエルに会うまで死ぬわけにはいかないミカエルは、コクリと頷く。
「うむ」
憂いを宿した青の瞳。それを目の当たりにしてもなお、真っ直ぐに玉座を仰ぐ青味がかった緑の瞳は、輝きを増すばかりだった。
金髪に青の瞳。手の込んだドレスは上半身がキュッと締まっており、スカート部分はふわっと床まで広がっていた。その色合いといい、どっしりと落ち着いた雰囲気だ。そもそも女性に会う機会が少なかったミカエルは、ぼうっと眺めてしまう。
「王太后、」
「ゾフィエル、楽になさい。そなたがミカエルね。会えて嬉しいわ」
慌てるゾフィエルに小首を傾げ、ミカエルは控え目にお辞儀した。
「私はソフィーエル。現王の姉である。嫁ぎ先の国で息子が王となったため王太后と呼ばれるが、以前は殿下と呼ばれていた。そなた、己の身の上は知っているか」
ミカエルは曖昧に頷く。するとソフィーエルは、小さく息を吐きだした。
「そうか。その意思の強そうな三白眼。そなたの母によく似ている。正妻の子が青い目でないなど、前代未聞のことであった。それがミカエルだったとは…」
ソフィーエルは首を振り、ミカエルの頬に手を伸ばす。
「そなたが生きているのは、そなたの母のおかげだ。そなたが死んだら私も死ぬと、狂ったように叫んでいたわ。こんなに立派になって。そなたの母も誇らしいことだろう」
「失礼いたします。そろそろお時間です」
「王太后、それでは、失礼いたします」
ゾフィエルに促され、ミカエルは部屋をあとにした。
迎えに来た遣いの者に続く。
「準備はよろしいですね」
重厚な扉の前で、遣いの者が振り返る。ミカエルが頷くと、扉の前に姿勢良く佇んでいた兵隊に目で合図を送った。
ゆっくりと扉が開かれる。
「ミカエル様、ご来場ー!」
入口付近にいた兵隊が微動だにせず大声で叫ぶので、ミカエルはギョッとしてそちらを向いた。叫んだ兵隊は前を向いたままで、ミカエルを見ようともしない。
彼を凝視して動かないミカエルに、後ろからこっそりと声がかけられる。
「王の御前へお進みください」
案内してくれた遣いの者だった。
「ああ…」
前を向くと、奥のちょっとした階段の上、豪奢な椅子に優雅に腰掛けた金髪碧眼の男の姿。同じく、金髪碧眼の青年が傍に立っている。
二人そろって眩しい奴らだ。
親子だろうか。二人の雰囲気はどことなく似ている。などと、無駄に長い絨毯の道のりをゆったり行きながら冷静に思考していたミカエル。
――ってことはあいつら、俺と血の繋がった兄貴と父親…。
気づいた瞬間、思わず足を止めていた。まじまじと二人を見てしまう。
上等な服を身に纏い、気品漂う彼ら。平民とは住む世界が違うのだと、眩ゆい宝飾類やマントが告げているようだ。
どこからか咳払いが聞こえ、ミカエルは我に返って歩みを再開させた。
王の御前に着いたら膝を折り、許しが出るまで頭を下げているようにと、ゾフィエルから言われている。バディの彼のため、ミカエルは教わった通りのポーズを取った。
「面を上げよ」
ミカエルはゆっくりと顔を上げた。
「よく来たな。学校での生活はどうであった?」
王はそれらしく朗々と述べる。
「非常に退屈な上、窮屈で、何度おん出てやろうと考えたか知れません。この度はデビル退治の任を拝命賜り、ありがたく存じます」
ミカエルはすっと背筋を伸ばし、淀みなく言葉を紡いで頭を垂れた。
「……ふむ。そなたの秘めたる力の強さについては、ゾフィエルから聞いている。人々のため、惜しみなく力を発揮し、その身を尽くせ」
「御意のままに。わたしはデビル退治に力をそそぎ、戦には一切関わりません」
ハッキリ述べると、人々の気配がざわめいた。
「……よかろう。ミカエル。そなたに、聖剣を授けよう」
これには、室内をぐるりと包囲するように佇む警備中の兵隊たちも驚きの声を上げた。
「デビル退治を行うそなたにこそ相応しい。受け取るが良い」
立ち上がった王が、傍に佇む青年から黄金色に輝く剣を受け取り、ずずいとその腕を前に出す。
ミカエルは目を丸くした。
驚きの中、ゆっくりと立ち上がる。そうして一歩、また一歩と、王に近づいた。
父親と意識すると、妙な気分になる。
ミカエルを映す青い瞳がゆるりと細められ、胸が震えた。血がそうさせるのか。父親らしいことなど、何一つされていないのに。
ところでミカエルは、こういった場面にどのようなポーズを取るか教わっていない。
『ははぁ、ミカエル様。謹んで拝受致します~』
いつか、本棚の上のほうにあった本を取り出してサリエルに渡してやった時、彼はふざけて両手で受け取り、ミカエルに頭を垂れた。
『ンだそれ』
『ほら、王様から剣とかもらうヤツさ。一度やってみたかったんだ』
――あれか。
ミカエルは同室者だった首席のサリエルに賭けることにした。膝を折り、手の平を上にして両手を上げる。
そこへ乗せられた剣の重み。
「謹んで、拝受致します」
顔を上げれば、そっと頭を撫でられた。表情を見るに、どうやら受け取り方は間違っていなかったようだ。
「その命、粗末にするでないぞ」
「はい、陛下」
デビル退治は命の危険がある。そんな任務を与えておきながら、王は祈るように口にするのだ。
バラキエルに会うまで死ぬわけにはいかないミカエルは、コクリと頷く。
「うむ」
憂いを宿した青の瞳。それを目の当たりにしてもなお、真っ直ぐに玉座を仰ぐ青味がかった緑の瞳は、輝きを増すばかりだった。
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