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3章.Graduale
いざ、城へ
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昼食を済ませて森の散策から戻ったところに、ゾフィエルが来た。
「それでは、城へ参ろう」
「おう。ルシ、行ってくるな」
ミカエルはルシエルに目をやる。紅の瞳は、炎のような温かみをもってミカエルを映していた。
「変な人に着いて行かないように」
「行かねえっつの」
ミカエルは半目で答え、ゾフィエルに向き直った。
「ゾフィ?」
「、すまない。さぁ、手を」
何かを堪えるように唇をクッと結んでいた彼は、白手袋の手をすっとミカエルへ差し伸べる。
ミカエルは迷いなくその手を取った。
「いってらっしゃい」
深く落ち着いた声がかけられる。ミカエルが頷いて、さぁ瞬間移動されるかという心持ちになったとき、おもむろにゾフィエルが言った。
「私の名を…、私の名を存じているか」
「あ?」
すぐにでも移動すると思っていたミカエルは拍子抜けした。切れ長の目を向けられたルシエルが不審げに口を開く。
「ゾフィエル」
途端に悶える親衛隊隊長。ルシエルは眉を上げ、ミカエルは目を瞬いた。それが次には白手袋の手で顔を覆ってしまうので、ミカエルは戸惑った。
「ゾフィ?」
「分かっているッ分かっているのだ。しかし…ッ!」
胸の奥から吐き出されたような声だった。
ゾフィエルは俯いて、前髪をグシャリと両手で握り締めている。その肩が震えていた。
『その方は精鋭部隊の隊長で、彼のもとで働くことが、私の夢だった』
ミカエルの脳裏に、あの夜の言葉が過ぎる。
「前のルシエルのことか」
ゾフィエルは震える胸でゆっくりと息を吐きだし、なんとか自分を落ち着かせようとしているようだ。
「声が、そっくりだ。君は、まったくの別人なのに」
揺れる瞳を向けられ、ルシエルは視線を外した。
「俺の名前はルシファーで」
「いや、君にはルシエルのほうが似合う。妙なことを言ってすまなかった」
ゾフィエルは小さく笑った。そうして今度こそ、ミカエルは瞬間移動されていた。
出没先は、城の門前。
「デカっ」
ミカエルは思わず声を上げた。学校よりずっと大きい。
立ちはだかる高い壁。その向こうに、青い屋根が見えた。トンガリ屋根のスラリとした塔が、幾つかにょっきり生えている。
想像を優に超えるサイズ感にポカンとしてしまう。
「ようこそ、ルーシェ城へ」
ゾフィエルはふっと笑み、ミカエルを城内へと誘った。
門番には話がついていたようで、ゾフィエルの顔を見るなり、敬礼して通してくれた。
手入れの行き届いた広い庭を横目にアプローチを抜ける。
開かれた大きな扉の中へ足を踏み入れ、天井の高さに唖然とした。何もかもが広くて大きい。
縦長の飾り窓。
光に溢れたロイヤルブルーの絨毯を進む。すれ違う人は皆、脇に避けてお辞儀した。
「おまえって、お偉いさんなんだな」
「王の側近といったところだ。それに君は、陛下に招かれし客人だからな」
長い廊下だ。どこまで行くのだろうと思い始めた頃、ゾフィエルがようやくミカエルを部屋に通した。
白い壁を金色の曲線が優美に飾っている。どうやら、草花を模しているようだ。金色の燭台を支える小さな天使の白い像。
ゾフィエルは室内を見渡すミカエルを横目に、サイドテーブルに用意されていた制服一式を手に持った。
「これから、多くの場所を訪れることになるだろう。これを着ていれば、我が国の王に仕える人間と一目で分かる」
「そりゃどーも」
ミカエルは肩をすくめる。
国や教会の対応が追いつかないため、高額な金を取り、デビル退治を生業としている輩もいるという。
「君たちには王の遣いとして働いてもらい、陛下への信頼を高めるのに一役買ってもらいたい」
「……しゃあねえな」
ミカエルは仕方なくといったふうではあるが、ゾフィエルからそれを受け取った。
シャツを広げてみると、ボタン周りや袖にヒラヒラがついている。小さなボタンがたくさん付いたベストに、袖の幅広な折り返しが特徴的な裾の長い上着。こちらもボタンが多い。なんと、膝まである茶色いブーツも、横にたくさん並んだボタンを留めるタイプだ。
上着の色は深い青色。装飾は金色で、それ以外は膝丈のズボンまでもが白かった。こんなにピッタリしたズボンを、ミカエルは初めて穿いた。
「普段はそれでいいが、王の御前ではキチッとしてくれよ」
「へーへー。ボタンが多くて面倒なんだよ」
「近年のトレンドだ。ギョッとするほど高価なボタンをしている貴族もいる」
ミカエルは羽織った上着を見下ろし、片眉を上げる。
「このポケットのボタン、どこに留めんだ?」
「ああ、それは飾りボタンだな」
どれだけボタンが好きなんだ。
ミカエルがきっちりボタンを閉めてベストを着ると、仕上げにスカーフを首に巻いて整え、ゾフィエルは満足そうに頷いた。それから、白手袋と帽子を手渡す。
「素晴らしい。よく似合っているぞ。君は、話そうと思えば丁寧な言葉使いもできるな」
「……まぁ」
残念ながら、記憶を忘れていたときの記憶は忘れていない。
「一応、この本で確認してくれ。式ではそのように」
ミカエルは本を受け取り、しぶしぶ頷く。
「それでは、城へ参ろう」
「おう。ルシ、行ってくるな」
ミカエルはルシエルに目をやる。紅の瞳は、炎のような温かみをもってミカエルを映していた。
「変な人に着いて行かないように」
「行かねえっつの」
ミカエルは半目で答え、ゾフィエルに向き直った。
「ゾフィ?」
「、すまない。さぁ、手を」
何かを堪えるように唇をクッと結んでいた彼は、白手袋の手をすっとミカエルへ差し伸べる。
ミカエルは迷いなくその手を取った。
「いってらっしゃい」
深く落ち着いた声がかけられる。ミカエルが頷いて、さぁ瞬間移動されるかという心持ちになったとき、おもむろにゾフィエルが言った。
「私の名を…、私の名を存じているか」
「あ?」
すぐにでも移動すると思っていたミカエルは拍子抜けした。切れ長の目を向けられたルシエルが不審げに口を開く。
「ゾフィエル」
途端に悶える親衛隊隊長。ルシエルは眉を上げ、ミカエルは目を瞬いた。それが次には白手袋の手で顔を覆ってしまうので、ミカエルは戸惑った。
「ゾフィ?」
「分かっているッ分かっているのだ。しかし…ッ!」
胸の奥から吐き出されたような声だった。
ゾフィエルは俯いて、前髪をグシャリと両手で握り締めている。その肩が震えていた。
『その方は精鋭部隊の隊長で、彼のもとで働くことが、私の夢だった』
ミカエルの脳裏に、あの夜の言葉が過ぎる。
「前のルシエルのことか」
ゾフィエルは震える胸でゆっくりと息を吐きだし、なんとか自分を落ち着かせようとしているようだ。
「声が、そっくりだ。君は、まったくの別人なのに」
揺れる瞳を向けられ、ルシエルは視線を外した。
「俺の名前はルシファーで」
「いや、君にはルシエルのほうが似合う。妙なことを言ってすまなかった」
ゾフィエルは小さく笑った。そうして今度こそ、ミカエルは瞬間移動されていた。
出没先は、城の門前。
「デカっ」
ミカエルは思わず声を上げた。学校よりずっと大きい。
立ちはだかる高い壁。その向こうに、青い屋根が見えた。トンガリ屋根のスラリとした塔が、幾つかにょっきり生えている。
想像を優に超えるサイズ感にポカンとしてしまう。
「ようこそ、ルーシェ城へ」
ゾフィエルはふっと笑み、ミカエルを城内へと誘った。
門番には話がついていたようで、ゾフィエルの顔を見るなり、敬礼して通してくれた。
手入れの行き届いた広い庭を横目にアプローチを抜ける。
開かれた大きな扉の中へ足を踏み入れ、天井の高さに唖然とした。何もかもが広くて大きい。
縦長の飾り窓。
光に溢れたロイヤルブルーの絨毯を進む。すれ違う人は皆、脇に避けてお辞儀した。
「おまえって、お偉いさんなんだな」
「王の側近といったところだ。それに君は、陛下に招かれし客人だからな」
長い廊下だ。どこまで行くのだろうと思い始めた頃、ゾフィエルがようやくミカエルを部屋に通した。
白い壁を金色の曲線が優美に飾っている。どうやら、草花を模しているようだ。金色の燭台を支える小さな天使の白い像。
ゾフィエルは室内を見渡すミカエルを横目に、サイドテーブルに用意されていた制服一式を手に持った。
「これから、多くの場所を訪れることになるだろう。これを着ていれば、我が国の王に仕える人間と一目で分かる」
「そりゃどーも」
ミカエルは肩をすくめる。
国や教会の対応が追いつかないため、高額な金を取り、デビル退治を生業としている輩もいるという。
「君たちには王の遣いとして働いてもらい、陛下への信頼を高めるのに一役買ってもらいたい」
「……しゃあねえな」
ミカエルは仕方なくといったふうではあるが、ゾフィエルからそれを受け取った。
シャツを広げてみると、ボタン周りや袖にヒラヒラがついている。小さなボタンがたくさん付いたベストに、袖の幅広な折り返しが特徴的な裾の長い上着。こちらもボタンが多い。なんと、膝まである茶色いブーツも、横にたくさん並んだボタンを留めるタイプだ。
上着の色は深い青色。装飾は金色で、それ以外は膝丈のズボンまでもが白かった。こんなにピッタリしたズボンを、ミカエルは初めて穿いた。
「普段はそれでいいが、王の御前ではキチッとしてくれよ」
「へーへー。ボタンが多くて面倒なんだよ」
「近年のトレンドだ。ギョッとするほど高価なボタンをしている貴族もいる」
ミカエルは羽織った上着を見下ろし、片眉を上げる。
「このポケットのボタン、どこに留めんだ?」
「ああ、それは飾りボタンだな」
どれだけボタンが好きなんだ。
ミカエルがきっちりボタンを閉めてベストを着ると、仕上げにスカーフを首に巻いて整え、ゾフィエルは満足そうに頷いた。それから、白手袋と帽子を手渡す。
「素晴らしい。よく似合っているぞ。君は、話そうと思えば丁寧な言葉使いもできるな」
「……まぁ」
残念ながら、記憶を忘れていたときの記憶は忘れていない。
「一応、この本で確認してくれ。式ではそのように」
ミカエルは本を受け取り、しぶしぶ頷く。
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