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3章.Graduale
遠い望み
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そこでゾフィエルが、遠慮がちに口を開いた。
「……教会は、信徒の居場所を知ることができる。しかし、バラキエル殿は上手く逃げおおせているのだろう」
「教会は居場所がわかる?」
「ああ」
「わかんねえようにしててもか」
「そのような事をできる者がいるんだ。私も、詳しくは知らない。名前からその者の現状がわかるという話を、聞いたことがあるだけだ」
ミカエルは目を丸くした。
「そんな奴がいたら、どこにいてもわかっちまう。すぐに捕まるだろ」
「かなりの力を消費するため、居所を追い続けることができないのだろう」
「それでも、どこかに落ち着いて身を隠すこともできねえ」
ゆるゆると首を振り、目を見開いたまま、言葉を続けた。
「教会より先に見つけて…、そしたら俺らも、教会から逃げる生活になるのか」
「バラキエル殿も王権下に入れば、少しの時間稼ぎはできるかもしれん」
「俺は、前みてえに静かに暮らしてえんだよ」
そんなに叶わないことだろうか。誰にも知られていない場所で、師匠とルシエルと、気の向くままに暮らしたいだけなのに。
「君の存在は、教会も聖正教圏の国主も知っている。特に教会は、君という存在を忘れることなどできないだろう」
ミカエルは俯いて唇を噛み締めた。
あの日、デビルが家の辺りまで来て師匠が討伐したときに、ミカエルの望む日々は終わったというのか。再会すれば、師匠がいれば、再びそのような生活が送れるとミカエルは信じていた。だからここまでやって来れたのだ。
「……最悪、前みてえな生活ができなくても、師匠に再会して…」
グシャリと前髪を掴む。
何か方法があるはずだ。必ず。
「お師匠さんと再会するという君の目的は、変わらない」
「……ああ」
落ち着いたルシエルの声が耳に届いて、ミカエルは顔を上げた。
ゾフィエルが気を取り直すように言う。
「そうだ、何か食べたか? 厨房から失敬してきた。良かったら食べてくれ」
「さんきゅ」
様々な食材の入った袋を手渡され、ミカエルは目を瞬いた。
「この辺りに町はないようだが…」
「畑もあるし、この森には食糧になるものがいっぱいある」
「……そうか。逞しいな」
ゾフィエルは小さく笑い、準備があるとかで早々に消えた。
雑草取りを終えた二人はリビングでマッタリする。ソファに座って足を組んだルシエルが、適当な雰囲気で言った。
「来ると思った。君のお披露目会」
「国に利用されてるって、言いてえんだろ」
「少しでも利用度を下げるため、戦には関わらないと宣言したほうがいい」
ミカエルはかすかに目を見開いて、眉根を寄せた。
「……おう。今もどこかで戦ってんのか?」
「この国、ブランリスにおいては、いまは戦はない。停戦中だ」
「停戦?」
「何代も前から戦っては条約結んで停戦、戦っては停戦ってのを繰り返してる。――そういう場所は色々ある。どこの国もそうだ」
「そうなのか」
まったく現実味がない。
「平和とは、戦と戦の間の期間を指すってね」
聖学校では直近の情勢について習わなかった。
ミカエルは椅子に座った状態で前屈みになり、乗り出すような恰好で足の間に両手をついた。
「おまえはよく知ってんな」
「たまに外に出てたから」
ミカエルはふと思いつき、口を開く。
「聖正教じゃねえ国だってあるんだろ。そこまで行けば、」
「それでも、居場所を突き止めることは可能だろう」
「……居場所をわかんねえようにする方法が、何かあるかもしれねえ」
「それは『無い』とは言い切れない」
肩をすくめたルシエルに、ミカエルは頷いた。
「ぜってえ方法はある。まずは、教会より先に師匠を捕まえねえとな」
「それでこそ君だ」
ルシエルの唇がかすかに弧を描いた。
その夜、ミカエルはなかなか眠れず、ベッドの上でぼんやりしていた。聖学校で遅くまで起きていた影響かもしれない。
なんとなく喉が渇いて、キッチンへ向かう。
ルシエルはもう寝ただろうか。自室のドアを眺め、そちらに近づいた。――彼の気配を感じない。ガチャリとドアを開く。
誰もいない。
誰かに連れ攫われたのか、自らどこかへ行ったのか。外に出て周辺を回ってみたが、彼の気配はやはりなかった。
もしかして――聖学校で話していた、どこかへ…?
ミカエルは息を吐き、眠って明日を待つことにした。
「……教会は、信徒の居場所を知ることができる。しかし、バラキエル殿は上手く逃げおおせているのだろう」
「教会は居場所がわかる?」
「ああ」
「わかんねえようにしててもか」
「そのような事をできる者がいるんだ。私も、詳しくは知らない。名前からその者の現状がわかるという話を、聞いたことがあるだけだ」
ミカエルは目を丸くした。
「そんな奴がいたら、どこにいてもわかっちまう。すぐに捕まるだろ」
「かなりの力を消費するため、居所を追い続けることができないのだろう」
「それでも、どこかに落ち着いて身を隠すこともできねえ」
ゆるゆると首を振り、目を見開いたまま、言葉を続けた。
「教会より先に見つけて…、そしたら俺らも、教会から逃げる生活になるのか」
「バラキエル殿も王権下に入れば、少しの時間稼ぎはできるかもしれん」
「俺は、前みてえに静かに暮らしてえんだよ」
そんなに叶わないことだろうか。誰にも知られていない場所で、師匠とルシエルと、気の向くままに暮らしたいだけなのに。
「君の存在は、教会も聖正教圏の国主も知っている。特に教会は、君という存在を忘れることなどできないだろう」
ミカエルは俯いて唇を噛み締めた。
あの日、デビルが家の辺りまで来て師匠が討伐したときに、ミカエルの望む日々は終わったというのか。再会すれば、師匠がいれば、再びそのような生活が送れるとミカエルは信じていた。だからここまでやって来れたのだ。
「……最悪、前みてえな生活ができなくても、師匠に再会して…」
グシャリと前髪を掴む。
何か方法があるはずだ。必ず。
「お師匠さんと再会するという君の目的は、変わらない」
「……ああ」
落ち着いたルシエルの声が耳に届いて、ミカエルは顔を上げた。
ゾフィエルが気を取り直すように言う。
「そうだ、何か食べたか? 厨房から失敬してきた。良かったら食べてくれ」
「さんきゅ」
様々な食材の入った袋を手渡され、ミカエルは目を瞬いた。
「この辺りに町はないようだが…」
「畑もあるし、この森には食糧になるものがいっぱいある」
「……そうか。逞しいな」
ゾフィエルは小さく笑い、準備があるとかで早々に消えた。
雑草取りを終えた二人はリビングでマッタリする。ソファに座って足を組んだルシエルが、適当な雰囲気で言った。
「来ると思った。君のお披露目会」
「国に利用されてるって、言いてえんだろ」
「少しでも利用度を下げるため、戦には関わらないと宣言したほうがいい」
ミカエルはかすかに目を見開いて、眉根を寄せた。
「……おう。今もどこかで戦ってんのか?」
「この国、ブランリスにおいては、いまは戦はない。停戦中だ」
「停戦?」
「何代も前から戦っては条約結んで停戦、戦っては停戦ってのを繰り返してる。――そういう場所は色々ある。どこの国もそうだ」
「そうなのか」
まったく現実味がない。
「平和とは、戦と戦の間の期間を指すってね」
聖学校では直近の情勢について習わなかった。
ミカエルは椅子に座った状態で前屈みになり、乗り出すような恰好で足の間に両手をついた。
「おまえはよく知ってんな」
「たまに外に出てたから」
ミカエルはふと思いつき、口を開く。
「聖正教じゃねえ国だってあるんだろ。そこまで行けば、」
「それでも、居場所を突き止めることは可能だろう」
「……居場所をわかんねえようにする方法が、何かあるかもしれねえ」
「それは『無い』とは言い切れない」
肩をすくめたルシエルに、ミカエルは頷いた。
「ぜってえ方法はある。まずは、教会より先に師匠を捕まえねえとな」
「それでこそ君だ」
ルシエルの唇がかすかに弧を描いた。
その夜、ミカエルはなかなか眠れず、ベッドの上でぼんやりしていた。聖学校で遅くまで起きていた影響かもしれない。
なんとなく喉が渇いて、キッチンへ向かう。
ルシエルはもう寝ただろうか。自室のドアを眺め、そちらに近づいた。――彼の気配を感じない。ガチャリとドアを開く。
誰もいない。
誰かに連れ攫われたのか、自らどこかへ行ったのか。外に出て周辺を回ってみたが、彼の気配はやはりなかった。
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