上 下
13 / 13

美しき世界

しおりを挟む
 その日、メテオシュタインはアステルを連れ、例のエネルギー装置のある場所へ向かった。警備は顔パス。そこにいた研究者たちは不審そうにしていたが、二人をあっさり受け入れた。
 装置の起動スイッチに長い指が伸びたときには流石に彼らも反抗した。
 けれどアステルに妨害されて、それを阻止することは叶わなかった。

「さっさとこの星から逃げろ」
「どうして…」

 現場主任と思しき男が、困惑を露わにメテオシュタインを捉える。

「失いたくないと、思ってしまった」

 メテオシュタインは、肩をすくめてそう言った。
 慌てふためき逃げ去る同胞を、彼はどのような心境で眺めていたのだろう。
 その後ろ姿を、スカイブルーの瞳がじっと見ていた。

 次々と星を去る侵略者たち。

 星のエネルギーが濾過され、元のエネルギーに戻っていく。
 その過程で、いつかエネルギーが侵されたときのように大地は痩せ、多くの――本当に多くの命が亡くなった。

「これが浄化作用か」

 メテオシュタインは小さく呟き、傍らに立つ青年をそっと抱きしめた。

「……これで、元の美しい星になる」

 陰惨いんさんたる表情だ。けれどその瞳はしっかりと、変化する今を映している。
 
「敵わぬわけだ」

 メテオシュタインはこのとき、アステルの強さを本当の意味で理解した。 
 彼の方を向いたアステルは、かすかに眉根を寄せて小さく笑う。メテオシュタインはその少し痩せた頬に触れ、水気を帯びた美しい瞳に顔を寄せ、親指で優しく目許を撫でた。

「森には戻らないのか」
「あんたがいるし」
「私も同行する」

 メテオシュタインは図太いのか無神経なのかわからない。

「元敵だぞ」

 アステルはそんな彼を見上げ、呆れたように肩をすくめる。

「いまは同じエネルギーの者だ」

 ロイヤルパープルの瞳は、まったく動じないので。

「……あんたがいいなら、いいけどさ」

 彼が "隊長" だった頃にされたあれやこれやを思い出し、少しくらい皆からなじられればいいと思ってしまった。





 麗らかな日の光。
 低く艶やかな声が耳許で囁く。

「アステル…」
「…も、いいからっ」

 切羽詰った表情を映す瞳は悪戯に煌めいて、望む言葉を聞くまで待つ体勢だ。焦れたアステルは羞恥を押しやり、眉根を寄せて小さく唇を開く。

「……メテオ、っン…」

 同じエネルギーになった二人は、なんの気兼ねもなく互いを感じることが出来た。
 名前を呼んで、瞳を合わせればすべて伝わる。

 (アステルと出会うために生きてきたのだ)

 メテオシュタインはいま、心からそう思う。
 そっと頬を撫でられて、ゆっくりと唇を重ね合わせる。

「君はなぜ、私を受け入れた?」
「……なんだよ、突然…」

 ロイヤルパープルの瞳がまっすぐに見詰めてくるので、アステルはぶっきらぼうに言う。

「なんかわかんないけど、気付いたら好きになってた。自分でも、妙だと思ってる」

 最初は真逆の感情を抱いていたのに、おかしなものだ。

「それを本人に言うか」
「っ聞いたのはあんただ!」

 アステルは赤い顔で眉を吊り上げる。メテオシュタインはくつくつ笑った。

「たしかに、妙なものではあるな」

 それはメテオシュタインのすべてを変えてしまったようだった。いまや、視界に移るすべてがきらきらと輝いて見えるのだ。

「世界がこんなにも美しかったとは」

 スカイブルーの瞳の煌めきを見ていると、胸がジンと痺れてどうしようもない気持ちになる。

「知ってもらえて良かったよ」

 どこか照れたような微笑みは花のよう。
 青い空、豊かな緑、美しい鳥の声。

「彼らは春真っ盛りだな」

 見守る人々の、瞳優しく。


 
置換変異の最前線-fin-

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

マゾの最強の命令

アキナヌカ
BL
僕はセックスの合間にロンには、サドの素質があると言いだした。 番外編ですがこれだけでも読める短編です。 【アビス〜底なしの闇〜 番外編】 気になったら本編はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/630861688

ゲイドールを拾った

ガイア
BL
 主人公の宝丸幸彦(たからまるゆきひこ)は、アパートのゴミ捨て場でゲイドールというラブドール型ロボットを拾う。 ゲイドールとは、女性がセックスを疑似的に楽しむために作った男性でいうラブドールの女性向けのもので、家事や料理ができるオプション付きだ。 そのあまりの便利さのせいで、少子高齢化に拍車がかかり、販売停止になったゲイドールが、あまりにも初恋の人に似ていたので、幸彦は全裸のゲイドールを拾って家に連れ帰る。 ゲイドールをナナオと名付けてセックスするが、ナナオは無表情な上に男性器が勃たない不良品だった。 しかし、幸彦はナナオとセックスをする。2人の間には徐々に絆が生まれ……。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

抱きしめたいあなたは、指をのばせば届く距離なのに〖完結〗

華周夏
BL
恋人を事故で失った咲也の自殺未遂。 内に籠り不眠や不安をアルコールに頼る咲也を溶かしていくのは、咲也を気にかけてくれるアパートの大家、赤根巌だった。 頑なな咲也の心を、優しい巌の気持ちが溶かしていく──。

【完結】日成らず君となる

セイヂ・カグラ
BL
菊川灯治は無口な人間だった。 高校ニ年生の秋、1年上の先輩のバイクに乗った。先輩は推薦合格で都会の大学に行くらしい。だから最後の思い出作り。やけに暑い秋だった。  メリバBLです。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

処理中です...