上 下
10 / 13

変異する

しおりを挟む
 砂埃が収まって、佇むアステルの目の前にメテオシュタインが姿を現す。
 ロイヤルパープルの瞳が、まっすぐにアステルを捉えていた。

「よくやった」

 力をたくさん消費しているメテオシュタインは、なんとか立っているという状態だ。アステルはそんな彼を睨みつけた。

「この星がどうなっても、いいんじゃないのか」
「ああ、そうだ」
「それならどうして、」

 風が二人の髪を攫う。
 メテオシュタインはふっと目蓋を下ろして肩をすくめた。よく見れば、服は所々焼けているし、腕も怪我をしているようだ。

「生きていると感じられる」

 ぐらりと長身が傾ぎ、くずおれる。
 アステルは反射的に彼のもとへ行き、支えになって立たせようとした。

「わざわざ危険をおかさなくても、あんたは生きてるじゃないか」
「……退屈は人を殺す」
「退屈って…」

 こんなに大変なことになっている日々のなか、どこに退屈があるのか。メテオシュタインも、忙しくしているように見えたのに。
 アステルの肩を借りて立ち上がったメテオシュタインは、おもむろに口を開いた。

「君のほうこそ、なぜ星霊を討伐する」

 アステルは睫毛を伏せる。

「異星人に近づく手っ取り早い方法だった。星も、理解してくれてると思う」
「ほぅ?」
「俺は、星霊を敵とは思っていないんだ」

 メテオシュタインは、アステルの強さは純血故だと思っていた。しかし、肝が据わっていることも関係しているかもしれない。この星の人々は、星霊を手にかけるとき、どうやら罪悪感のようなものを抱くらしいのだ。揺れる心は、判断を鈍らせる。

「隊長、ご無事で!? 救護班、早く!」

 それから、隊員たちが慌ただしくやってきて、アステルたちは本部に撤収した。メテオシュタインの怪我は深刻なものではなく、迅速な治癒のおかげで、数日で回復するとのことである。



 西陽が眩しい。
 アステルは小さく息を吐き、その扉をノックした。
 カチャリと開けば、何事もなかったのように机に向かうメテオシュタインの姿が目に映る。

「慰めにでも来てくれたのか」

 細められた瞳の奥にジリリとした熱を感じて、アステルは視線をそらした。

「……ちょっと様子を見に来ただけだ」
「ちょうどいい。コーヒーを淹れてくれ」

 左手は数日安静にしなければならないと、救護の人が話していた。

 (コーヒーくらい、片手で淹れられるだろ)

 とは思いつつ、アステルは近くの給湯室まで行って、機械の淹れたコーヒーを持ってきた。
 先ほど机に積まれていた書類がなくなっている。
 片付けられた机に無言でコーヒーを置けば、メテオシュタインはこれまた無言で手に取り、ホッと一息吐いていた。

「君の肌に触れたい」

 おもむろに顔を上げ、何を言うかと思えばそれである。

「あんたはモテるんだろ。相手なら、幾らでもいるんじゃないか」
「純血の者は、君の他には知らない」
「……何も変わりやしないだろ」
「それでなくとも、君のように綺麗な者は、そうはいないさ」

 いきなり、何を言い出すのだ。

「我々も、美意識くらい持ち合わせている」
「何か妙な物でも食べたのか?」

 アステルは訝しんで顎を引いた。

「力を消耗しているから、というのはあるかもしれんな」

 メテオシュタインは疲れたように息を吐く。

「身体が求めるんだ」
「誰か、呼べばいい」
「君にとってはチャンスではないか」
「俺は、そういうのは…」

 アステルは睫毛を伏せて視線を外した。けれども、熱を帯びた瞳が渇望するようにじっと見詰めてくるので。

「チョーカーをつけろ。持っているんだろう」

 思考が纏まるより先に身体が動いて、ポケットに入れていたチョーカーを首に装着していた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

マゾの最強の命令

アキナヌカ
BL
僕はセックスの合間にロンには、サドの素質があると言いだした。 番外編ですがこれだけでも読める短編です。 【アビス〜底なしの闇〜 番外編】 気になったら本編はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/400024258/630861688

ゲイドールを拾った

ガイア
BL
 主人公の宝丸幸彦(たからまるゆきひこ)は、アパートのゴミ捨て場でゲイドールというラブドール型ロボットを拾う。 ゲイドールとは、女性がセックスを疑似的に楽しむために作った男性でいうラブドールの女性向けのもので、家事や料理ができるオプション付きだ。 そのあまりの便利さのせいで、少子高齢化に拍車がかかり、販売停止になったゲイドールが、あまりにも初恋の人に似ていたので、幸彦は全裸のゲイドールを拾って家に連れ帰る。 ゲイドールをナナオと名付けてセックスするが、ナナオは無表情な上に男性器が勃たない不良品だった。 しかし、幸彦はナナオとセックスをする。2人の間には徐々に絆が生まれ……。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】日成らず君となる

セイヂ・カグラ
BL
菊川灯治は無口な人間だった。 高校ニ年生の秋、1年上の先輩のバイクに乗った。先輩は推薦合格で都会の大学に行くらしい。だから最後の思い出作り。やけに暑い秋だった。  メリバBLです。

抱きしめたいあなたは、指をのばせば届く距離なのに〖完結〗

華周夏
BL
恋人を事故で失った咲也の自殺未遂。 内に籠り不眠や不安をアルコールに頼る咲也を溶かしていくのは、咲也を気にかけてくれるアパートの大家、赤根巌だった。 頑なな咲也の心を、優しい巌の気持ちが溶かしていく──。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

処理中です...