上 下
3 / 13

純血と侵略者 

しおりを挟む
 メテオシュタインはゆったりと立ち上がり、おもむろに来客用のテーブルに向かう。アステルは睫毛を伏せて、その場に佇んでいた。

「原初の森は、この星の最後のかなめ。シールドを破ろうと試みてはいるものの、我々は未だに陥落できずにいる」

 そうしてテーブルにあったバスケットのなかの果物を手に取ったメテオシュタインは、そこから一粒もぎ取って、今度はアステルのもとへ歩みくる。

「この星は豊かだな」

 口許に差し出された、一口大の紫の実。
 アステルはかすかに睫毛を震わせ、視線をそらした。

「食べられないのか?」

 隊長である自分が差し出しているのに? と、切れ長の軽薄な目が言っている。

「なぜ拒む」
「っ…」

 深く落ち着いた声が耳許で囁いた。
 それは、彼らのエネルギーにおかされた地で収穫されたもの。純血と呼ばれる者が食べれば、体内を巡る純粋なこの星のエネルギーが侵され、もう元へは戻れない。

「君が原初の森の出身ではなく、純血でないというのなら、躊躇うこともないはずだ」

 薄紅色の唇がかすかに開かれる。
 けれどもやはり、アステルがそれを咥内へ招くことは、出来なかったのである。
 メテオシュタインは目を細め、行き場をなくした果実を自らの口へ放り込む。果物自体はこの星のものであるのに、エネルギーがおかされているため食すことが出来ないのが、アステルには悲しかった。

「ここへ来た目的はなんだ」

 ふと問われ、唇を引き結ぶ。

「我々の弱点でも探ろうというのか」
「ちがう」

 アステルは細く息を吐き、冷たいロイヤルパープルの瞳を改めて捉えた。

「あんたの言った通り、原初の森は、この星の最後の要だ」

 そこがなくなれば、この星の純粋なるエネルギーは、もうどこにもなくなってしまう。見た目は変わりなくても、それはもう、本来の星のものとは異なる。星を巡るエネルギーが置き換えられるのは、精神を乗っ取られるようなものなのだ。

「俺たちは、ずっと森を守ってきた。だけど星霊が出てきて、星の意思を知ったんだ」
「星の意思?」

 首を傾げたメテオシュタインに、小さく頷く。

「星は、このまま自分でいられなくなるくらいなら、いっそ消滅した方がいいと思ってる」

 侵されたエネルギーを取り込んだ人々は、異星人の考え方に似ていった。それはつまり、自然をないがしろにして征服したり、コントロールしようとするようになったということだ。そのうえ、人々のあいだにも競争意識や階級意識のようなものができ、争いが起こるようになった。

「この星の多くの人も、もう、星から心が離れてしまっているし…」

 この星の人々は、社会の頂点に君臨する異星人を敬い、彼らに従うことに疑問を抱かない。彼らの言葉を善として働き、星を傷つける。

 (俺たちも星の一部なのに)

 星霊は、人々に目を覚ましてほしくて、地震を起こしたりするのだろう。

「だから俺たちは決めた。この星を、消滅させる」
「……なに?」

 悲しい決意を宿したスカイブルーの瞳の煌めきに、メテオシュタインはかすかに目を見開いた。

「そんなの望まないけど、そうするしかないんだ」

 アステルたち原初の森に住む人々は、星の意思に賛同し、星を消滅すべく、星のコアにエネルギーを集中させることを決めたのだ。そこを破壊すれば、星は消滅する。

「だけど、その前に。少しでも可能性があるのならと思って、ここに来た」

 もしかしたら異星人は、侵されたエネルギーを元の純粋なエネルギーに戻す技術を持っているのかもしれない。
 それが、アステルの抱いた最後の望みだった。

「そちらには高い技術力がある。俺たちに出来ないことも、あんたたちなら出来るんじゃないか」
 
 この星が消滅するとき、ここに住まう異星人も星と心中することになるだろう。それは、彼らの望むことではないはずだ。

「たしかに、この星が消滅するのは惜しいが…」

 しかし、純粋なエネルギーに戻せば、異星人はここに住まえなくなるわけで。

「我々にとっては、消滅する前にこの星を去ればいいだけの話だ」

 メテオシュタインはそう結論付けると、眉根を寄せたアステルをとっくり眺めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

エンドルフィンと隠し事

元森
BL
男娼館『ディメント』で男娼として働いている室井好紀(むろい こうき)は小奇麗な顔立ちではあるが下手すぎて人気が低迷していた。 同伴として呼ばれた人気ナンバー2の男娼であるクミヤに冗談で『技術指導をしてほしい』と言ったら、頷かれてしまい…。好紀はクミヤの指導を密かに受けることになるが…? 人気ナンバー2のミステリアスな美形×人気は下位の明るい青年 「アドレナリンと感覚麻酔」のスピンオフですが、単独でも読めるお話となっております。 この作品はサイト(http://momimomi777.web.fc2.com/index.html)にも掲載しております。 ※執着要素あり。鬼畜、痛い描写、嘔吐、性描写強めです。閲覧にはご注意ください。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

死にぞこないの魔王は奇跡を待たない

ましろはるき
BL
世界を滅ぼす魔王に転生したから運命に抗ってみたけど失敗したので最愛の勇者に殺してもらおうと思います 《魔王と化した兄に執着する勇者×最愛の弟に殺してもらいたい魔王》  公爵家の若き当主であるアリスティドは、腹違いの弟シグファリスと対面したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。  この世界は前世で愛読していた小説『緋閃のグランシャリオ』と全く同じ。物語と同様の未来が訪れるのならば、アリスティドは悪魔の力を得て魔王へと変貌する。そして勇者として覚醒した弟シグファリスに殺される――。  アリスティドはそんな最悪の筋書きを変えるべく立ち回るが、身内の裏切りによって悪魔に身体を奪われ、魔王になってしまう。  物語と同じ悲劇が起こり、多くの罪なき人々が殺戮されていくのをただ見ていることしかできないアリスティドが唯一すがった希望は、勇者となったシグファリスに殺してもらうこと。  そうして迎えた勇者と魔王の最終決戦。物語通りシグファリスの手で殺されたはずのアリスティドは、瀕死の状態で捕らえられていた。  なぜ物語と違う展開になっているのか、今更になって悪魔の支配から抜け出すことができたのかは不明だが、アリスティドはシグファリスに事情を説明しようと試みる。しかし釈明する間もなくシグファリスに嬲られてしまい――。 ※物語の表現上、暴力や拷問などの残酷な描写が一部ありますが、これらを推奨・容認する意図はありません。 ※この作品は小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にも掲載しています。

処理中です...