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2章.Kyrie

乱入者の幕引き

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 二人の桁違いの力に、辺りを取り囲んでいた気配がかすかに揺れた。

「そうですか。実に、残念ですよ」

 ラファエルもその身に力を纏う。
 一触即発というまさにその時、ワンっと愛らしい声を上げ、クリスが走り込んできた。

「クリス!?」

 そのまま飛びつかれ、ミカエルは纏う力を解いた。頬を舐めてくるので、眉尻を下げてモフモフを堪能する。
 同じく纏う力を解いたルシファーが傍に来て、出血した耳を治癒してくれた。

「おいクリス、危ねえからあっち行ってろ」
「撫でくりまわしながら言っても聞かないだろう」
「こいつを無下むげにできるやつなんているのか?」

 すぐ側でピシャリと地面を打つ音がして、ミカエルは目を吊り上げた。

「鞭振るうんじゃねえ!」
「ミカエル、戻ったのか」

 唐突に聞こえた涼やかな声。そちらへ目をやると、ゾフィエルが佇んでいた。
 なんというタイミング。
 しかし彼は、この件に関わることを拒んでいたはずだ。

「親衛隊の隊長さんまでご登場ですか。あの剣は貴方が?」
「剣?」
「それは俺が創った剣だ。よくできてるだろ」

 ミカエルは話がややこしくなる前にさっさと切り出し、腰に手を当てた。
 ラファエルが珍しく開眼している。

「まさか、あの日感じた力は、」
「どうしても手に入れる必要があったからな」
「……君は、記憶を失うことも覚悟の上だったんですか」
「なんとかなると思ったんだよ」

 ミカエルはそっぽを向いて投げやりに答えた。

「そんなことより、俺は聖職者になる気はねえ。ここを出る」
「はい、そうですか。と、答えるとでも?」
「それについてだが、陛下がデビル退治の任を与えると仰せだ」
「聞いてませんけど」

 ミカエルも片眉を上げてゾフィエルの方を向く。
 ゾフィエルは整然と佇み、言葉を続けた。

「明日には教会に申し入れがあるだろう。本来であれば不要だが、当人が聖学校に通っているため、一応な」

 ラファエルの雰囲気がすっと冴える。

「私がお話ししているのは、親衛隊の隊長さんですよね」

 バディを助けるため。
 そんな私欲で王命などとかたる不届き者ではなかろうな、と。ラファエルは暗に問う。

「ああ、そうだ」

 揺らがぬ声を聞き、ようやくラファエルは力と鞭を収めた。

「ミカエル、君はそれを受け入れたんですか」

 その場にいる全員の意識がミカエルに向いている。ミカエルは小さく息を吐き、クッと口角を上げた。

「ここに閉じ込められてるよりマシだ」
「そういうことだ。彼には、王の権威下で働いてもらう。では、参ろうか」

 ゾフィエルに促され、ミカエルは壁の向こうへ歩み出す。しかし、いくらも行かないうちに、ルシファーに動く気配がないのを感じて立ち止まった。
 振り返って口を開く。

「おい、おまえも来いよ」
「任命されたのは君だけだ」
「俺がおまえをにんめーする。人手は多いほうがいいだろ」
「彼は破門された身ですよ」

 ミカエルは話に割り込んできたラファエルを半目で見やった。

「だから?」
「君のあるじとなる王が、それを許すでしょうか」
「待ちたまえ」

 ゾフィエルが一歩前へ出る。

「彼について、私も気になってな。教会で、当時の異端審問の記録を調べてもらった。――その結果、彼は破門されていないことがわかった」
「は?」
「はい?」

 一番驚いていたのはルシファーだ。ラファエルも眉をひそめている。

「どういうことです?」
「破門されたのは、彼をこのようにした人物だけというわけだ。その人物は、彼を連れて逃亡した。それで周囲は、二人とも破門された身であると思い込んだのさ」
「俺にこんな目に遭ういわれはないってこと?」
「……ああ」

 ルシファーは手首に装着されている黒い腕輪を掴み、眉根を寄せた。

「それ、取っちまえよ」
「聖石が練り込まれているから、俺には壊せない」

 それを聞いたミカエルは力を纏ってスタスタ歩み寄り、腕輪目掛けて手刀を振るった。
 腕輪は呆気なくパカンと壊れて地に落ちる。

「なんだ、簡単じゃねえか」
「……」
「あ?」

 場が妙な雰囲気に包まれていることに気づき、とっさに言葉を紡いだ。

「さぁて、これで思い残すことはねえな。とっとと出ようぜ」

 ラファエルが肩をすくめる。

「教会に戻って確認します。ルシファーのことも、王の勅命についても」
「それについては、報告が明日になるかもしれない。兎にも角にも、これ以上君の出る幕はないだろう」
「ええ、今日のところは」

 ラファエルが去ると、周りを取り囲んでいた多くの気配もなくなった。
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