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2章.Kyrie

そしてアワアワ

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 指の腹を当て、泡越しにゆっくり撫でられる。
 その感覚もさることながら、視覚的にもドキドキして、なんだかいけない事をしているような、させてしまっているような気になった。
 彼の手を掴み、止めさせようとしたのだが。

「感じる?」
「もういいっ」
「コカビエルよりイイ?」
「、んっ」

 耳に吹き込むように言って耳たぶを食むルシファー。ミカエルがハの字眉でコクコク頷くと、ようやく指を止めた。
 ミカエルはホッと息を吐く。
 こういった事に関して彼を煽るのはもうやめよう。

「あとは泡でいいかな」
「……おー」

 平然とした顔が憎らしい。

「拗ねてる?」
「拗ねてねえよ」

 ふっと笑って足をあわあわにするためにしゃがんだルシファーの、骨張った肩が目に映る。腕に纏っていた泡を乗せ、真似して背中に拡げてやった。

「楽しそうだね」
「この弾力、すげぇな」

 初体験のミカエルは、面白くなって作業中の腕まで包みこむ。それに飽き足らず、しゃがんでルシファーのわき腹や腹まで包みこもうとしたのだが、腕を取られてしまった。

「まだ途中なんだけど」
「もういい」
「ここも?」

 お尻の谷間が泡に包まれ、あの感覚を思い出した。

「しょじょってアレだろ、中に入れられてねえやつのこと」
「コカビエルから聞いたんだ?」
「自分で想像した」

 ミカエルは睫毛を伏せる。

「突っ込みてぇ気持ちはよ、俺にはわかんねえ。あいつも言ってたけど、俺はまだガキなんだ」

 恋だの愛だの、ここへ来るまで考えたこともなかった。男同士でできると知っても他人事。こうなった今でさえ、気持ちが追いつかない。

「……俺は背が伸びるのが早くてね。自分ではまだまだ子どもだと思うのに、大人のように扱われて戸惑った。他にも、悪魔のようにまつられたり。用意されたステージに心が追いつかないのはよくある」
「そういうとき、おまえはどうする?」
「望まないことなら、心まで染まらないよう抗うべきだ。でないと自分を見失う」

 ミカエルはゆっくりと顔を上げ、自分より多くの体験をしているであろう瞳を捉える。出会ったころは殻に閉じこもったように硬質だった目が、温かな炎のように感じられた。

「何度も繰り返されると、自衛のためなんだろう。だんだん慣れて、何も感じなくなる」
「おまえは、」
「俺はたくさんの絶望をこの目で見た。君には、そうなってほしくない」

 ミカエルは骨っぽい腕を掴んで口を開く。

「ここを出たら、もうそんなの、見なくて済む」
「俺の話じゃなくて、君の話をしてるんだよ」
「抗うって、おまえ言っただろ。ムリに順応しなくていいって思ったら、ちょっとマシになった」

 それから視線を外し、言い淀みながら続けた。

「ヤじゃねえなら、もっかい指、入れてくれ」
「……いいけど」

 ミカエルは少しの羞恥心に耐え、ルシファーにお尻を向ける。一番印象に残っているコカビエルのイメージを塗り替えたかった。

「どんなふうにされた?」
「覆い被さる感じでくっつかれて、」
「こう?」
「ん、」

 ルシファーは望んでいることをすぐに察して応じてくれる。
 コカビエルにされた時には不安やよく分からない感情が湧き上がったが、ルシファー相手だとまったくない。それどころか彼の体温に安心感が湧き、胸が熱くなった。

「さきに、おまえに触ってもらえばよかった」
「どこのこと?」
「ぜんぶ。知らねえこと、知らされるならおまえがいい」

 どうしてなのか考えようとしたのだが、背骨を伝って下りた手がそこに辿り着き、蕾の周りを撫でる指に意識がいって叶わなかった。

「ここは感じやすいトコだから」
「耳許で、言うなっ」
「感じちゃう?」
「おまえの、声っ、熱くなるっ」

 睨むと、ルシファーはかすかに目を丸くした。

「……それなら、言ったほうがいいかもね。俺のイメージが強くなる」
「やめっ、」

 ゆっくりと中に入ってくる感覚。

「痛くない?」
「ん、……アッ!?」

 予期せず快感が走り、ミカエルは目を見開く。
 ひっくり返った声に驚いたのか、ルシファーがしばし固まり、ゆっくりと指を抜き取った。

「は…?」
「ナカにも性感帯があってね。触るつもりはなかったんだけど、ごめん」
「粉野郎ンとき、そんなのなかったぞ」
「そいつがヘタだったんだろう」

 この行為に関して、以前サリエルが "気持ちいいから" という例を挙げていた。それを垣間見たミカエルは、言葉を失った。

「流すよ」

 ポカンとしている内にシャワーを浴びて湯船に浸かっていた。

「のぼせる前に上がりな」
「っぅおう」

 驚いたことに、ルシファーも湯に浸かっている。

「君、のぼせやすいだろう」
「いつの間に…」
「すでにのぼせてる? もう聞いてもいいかな、その目のこと」
「……ああ、ゾフィエルとバディになった」

 すでに遠い過去のように感じるミカエルは、一瞬ルシファーの言いたいことがわからなかった。

「目の色、少し変わった。青味がかってる」
「おう…」
「どこまでシたの?」
「なんもしてねえよ。額合わせただけだ」

 ルシファーに目を細められると、良くない事をしてしまったような気分になった。

「おまえ、怒ってるだろ」
「どうして俺が怒る必要が? 君が誰とバディになろうが、俺には関係ない」
「……そうかよ」

 ミカエルはゆらりと立ち上がり、脱衣所へ向かった。こちらも忘れかけていたのだが、これから力術円を書いて剣を具現化しなくてはならない。

「道具取ってくる」

 湯船のルシファーに言い残し、服を着て寮部屋へ戻った。


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