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2章.Kyrie
バディ
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さらさらと風が吹き抜ける。ゾフィエルはゆっくり瞬き、真面目な雰囲気になった。
「それでだ。バディの件だが」
「なったら、強くなるだけなんだよな」
「そのために、互いの力を循環させる必要がある。これはエクスタシーを感じるらしい。あとは、目の色が変わるな。相手の色が混じるんだ」
ミカエルは小首を傾げる。
「えくすたしーってなんだ?」
「とっても気持ちイイってことさ」
切れ長の目が意味深に細められ、色気を醸しだす。興味が湧いたが、ルシファーの顔が頭をよぎり、視線がさまよった。
「ミカエル、私には君が必要だ」
「……強くなるって、キャパが増えるってこと?」
「その場合もあるようだ。単に技の質が上がり、攻撃力が上がるということもある」
「やってみねえとわかんねえ、か」
ゾフィエルのようにバディを得てより強くなりたいという願望は特にないが、これから剣に力を注ぐことを考えると、力は強いに越したことはなかった。
「バディになってもいいかもな」
ミカエルはボソリと呟いた。
「、本当か」
「デメリットはねえんだろ」
「ああ。目の色が変わるのが嫌でなければ」
バラキエルから聞いた出生に関わる話を思い出し、鼻で笑う。
「で? 融合ってどうやるんだ」
「身体が接触した状態で相手にエネルギァを流し、相手のそれを受け入れるんだ。心が拒絶する相手とはできない」
「簡単だな」
「ああ。睦み合ってやればより深く融合できると信じ、身体を繋げて行う者もいる」
思い当たる行為があり、ミカエルは眉根を寄せた。
「もしかして、君は男とやった事があるのか」
「好きでやったんじゃねえ」
「……そうか」
ゾフィエルはなんとも言えない顔で落として、睫毛を伏せた。
ミカエルは投げやりに言う。
「妙な気遣いはいらないぜ?」
「……少年隊にいたころを思い出したんだ。あそこは上下関係が厳しくてね。下っ端は、先輩の慰めものになるのが務めの一つだった」
「おまえもやられたのか」
思ってもみなかった告白に、ミカエルは目を丸くした。肩をすくませ、ゾフィエルは続ける。
「この顔も態度も生意気だと罵られ、それは酷い目に遭った。私がバディの申し出を受けなかったのも、プライドに障ったのだろう」
最初の頃は特に抵抗していたので、それが彼らの加虐心や征服欲に火をつけたらしかった。どう在るのが賢いか。頭で理解しても、心がついていかない。プライドが許さない。それも、度重なる辱めによって崩された。
「ただでさえ庶民は下に見られる」
「おまえが庶民…」
気取った雰囲気で貴族の鑑のような立ち居振る舞いのゾフィエルを、誰が庶民と思うだろう。
「貴族の所作を学んで、それらしく振る舞っているだけさ。その甲斐あって、私が少年隊上がりであることを、周りはすっかり忘れたようだ」
少年隊はほぼ庶民で結成された部隊で、どこまでいっても一般兵止まり。学校を出てエリートコースをばく進する貴族や、一部の運のいい者などとは住む世界が違う。
ゾフィエルの出世は、異例だったのだ。
「ぜんぜんそんな感じしねえよ」
「そうだろう」
ミカエルが感心したように言うと、ゾフィエルはふっと笑った。そうして、白手袋を外した手で、ミカエルの頬を優しく包みこむ。
「君は、今もそのような相手に悩まされているのではないんだな」
「おう」
「それならよかった」
気位の高そうな顔が近づいて、オフホワイトの睫毛が下ろされる。
コツリと額が合わさった。
「私とバディになっていいんだな」
「……おまえこそ、本当に俺でいいのかよ」
これまでずっと、ゾフィエルが大切にしてきたもの。どんなに辛い目に遭っても、決して譲らなかったもの。その扉を開き、中身を差し出し、代わりに受け入れて。その意味は彼にとって、とても大きいのではないか。
「いいんだ。君がいい」
近距離で、群青色の瞳と見詰め合う。
「俺も、おまえを大事にしないかもしれないぜ」
「もう決めてしまったんだ。それに、君はそんな人間ではないよ。目を見ればわかる」
「……そうかよ」
ゾフィエルが確信のこもった声で言うので、ミカエルはかすかに眉根を寄せてフイッと視線を外した。
「送るぞ」
「ああ…」
合わせた額から温かな黄金色の波が押し寄せる。
「な、ぁっ」
経験したことのない感覚に、ミカエルは驚いて身体を引こうとした。すると今度は抱きしめられて、身体中にその感覚が広がった。
どこもかしこもじんわり痺れて脳髄まで溶けてしまいそう。
ミカエルは思わず彼の背中に腕を回してすがりつく。
力が入らず、膝から崩れ落ちそうだ。
「―――」
あまりの恍惚に言葉が出ない。
「さぁ、君も、」
涼やかな声が掠れている。
ミカエルは途方もなく満たされた感覚に目を閉じて、溢れそうな力をゾフィエルへ循環させた。
耳許で溢れた熱い吐息。
ゾフィエルもいま、同じ波に浸かっている。同じ恍惚に満たされている。
抱きしめられた腕のなか、どこまでが自分かわからなくなってゆく。
(ぁ―――・・・)
そのまま溶けて身体がなくなり、世界と一つになる夢を見た。
「ん…」
ミカエルはぼんやりと目蓋を上げる。
鮮やかな群青色の瞳が視界に飛び込んできた。銀色の煌き。緑に侵された虹彩が細められる。
「気分はどうだ?」
というか。
「なんでこういう事になってんだ」
ミカエルは、ゾフィエルの膝枕で横になっていた。
「意識を飛ばした君が、安らかな眠りに就けるようにと思ってな」
さらりと髪を撫でられ、ミカエルは息を吐きだした。
上体を起こしてあぐらをかく。先ほど力の融合を体験したわけだが、感覚的にまったく変わった気がしない。
「これで強くなってんの?」
「ここではわからないが、そのはずだ。君が受け入れてくれて嬉しかった」
ゾフィエルはうっとりとした瞳で言って、ミカエルの頬を撫でた。ミカエルはされるに任せ、おもむろに口を開く。
「一応、話しておくけどよ、」
そうして脱出計画を話すと、ゾフィエルはギョッとした。
「あまりに無謀だ。他の方法を探すべきだろう。そんな計画を実行させるくらいなら、私がトルマリンを探す」
「おまえは教会につけ入る隙を与えちゃダメなんだろ。誰だかの真実知るために生きてんだろうが」
「そうだが…。君のことも他人事ではない」
「そんなら、また会いに来てくれよ」
ミカエルはかすかに笑みを浮かべる。ゾフィエルは、真摯な眼差しで深く頷いた。
「それでだ。バディの件だが」
「なったら、強くなるだけなんだよな」
「そのために、互いの力を循環させる必要がある。これはエクスタシーを感じるらしい。あとは、目の色が変わるな。相手の色が混じるんだ」
ミカエルは小首を傾げる。
「えくすたしーってなんだ?」
「とっても気持ちイイってことさ」
切れ長の目が意味深に細められ、色気を醸しだす。興味が湧いたが、ルシファーの顔が頭をよぎり、視線がさまよった。
「ミカエル、私には君が必要だ」
「……強くなるって、キャパが増えるってこと?」
「その場合もあるようだ。単に技の質が上がり、攻撃力が上がるということもある」
「やってみねえとわかんねえ、か」
ゾフィエルのようにバディを得てより強くなりたいという願望は特にないが、これから剣に力を注ぐことを考えると、力は強いに越したことはなかった。
「バディになってもいいかもな」
ミカエルはボソリと呟いた。
「、本当か」
「デメリットはねえんだろ」
「ああ。目の色が変わるのが嫌でなければ」
バラキエルから聞いた出生に関わる話を思い出し、鼻で笑う。
「で? 融合ってどうやるんだ」
「身体が接触した状態で相手にエネルギァを流し、相手のそれを受け入れるんだ。心が拒絶する相手とはできない」
「簡単だな」
「ああ。睦み合ってやればより深く融合できると信じ、身体を繋げて行う者もいる」
思い当たる行為があり、ミカエルは眉根を寄せた。
「もしかして、君は男とやった事があるのか」
「好きでやったんじゃねえ」
「……そうか」
ゾフィエルはなんとも言えない顔で落として、睫毛を伏せた。
ミカエルは投げやりに言う。
「妙な気遣いはいらないぜ?」
「……少年隊にいたころを思い出したんだ。あそこは上下関係が厳しくてね。下っ端は、先輩の慰めものになるのが務めの一つだった」
「おまえもやられたのか」
思ってもみなかった告白に、ミカエルは目を丸くした。肩をすくませ、ゾフィエルは続ける。
「この顔も態度も生意気だと罵られ、それは酷い目に遭った。私がバディの申し出を受けなかったのも、プライドに障ったのだろう」
最初の頃は特に抵抗していたので、それが彼らの加虐心や征服欲に火をつけたらしかった。どう在るのが賢いか。頭で理解しても、心がついていかない。プライドが許さない。それも、度重なる辱めによって崩された。
「ただでさえ庶民は下に見られる」
「おまえが庶民…」
気取った雰囲気で貴族の鑑のような立ち居振る舞いのゾフィエルを、誰が庶民と思うだろう。
「貴族の所作を学んで、それらしく振る舞っているだけさ。その甲斐あって、私が少年隊上がりであることを、周りはすっかり忘れたようだ」
少年隊はほぼ庶民で結成された部隊で、どこまでいっても一般兵止まり。学校を出てエリートコースをばく進する貴族や、一部の運のいい者などとは住む世界が違う。
ゾフィエルの出世は、異例だったのだ。
「ぜんぜんそんな感じしねえよ」
「そうだろう」
ミカエルが感心したように言うと、ゾフィエルはふっと笑った。そうして、白手袋を外した手で、ミカエルの頬を優しく包みこむ。
「君は、今もそのような相手に悩まされているのではないんだな」
「おう」
「それならよかった」
気位の高そうな顔が近づいて、オフホワイトの睫毛が下ろされる。
コツリと額が合わさった。
「私とバディになっていいんだな」
「……おまえこそ、本当に俺でいいのかよ」
これまでずっと、ゾフィエルが大切にしてきたもの。どんなに辛い目に遭っても、決して譲らなかったもの。その扉を開き、中身を差し出し、代わりに受け入れて。その意味は彼にとって、とても大きいのではないか。
「いいんだ。君がいい」
近距離で、群青色の瞳と見詰め合う。
「俺も、おまえを大事にしないかもしれないぜ」
「もう決めてしまったんだ。それに、君はそんな人間ではないよ。目を見ればわかる」
「……そうかよ」
ゾフィエルが確信のこもった声で言うので、ミカエルはかすかに眉根を寄せてフイッと視線を外した。
「送るぞ」
「ああ…」
合わせた額から温かな黄金色の波が押し寄せる。
「な、ぁっ」
経験したことのない感覚に、ミカエルは驚いて身体を引こうとした。すると今度は抱きしめられて、身体中にその感覚が広がった。
どこもかしこもじんわり痺れて脳髄まで溶けてしまいそう。
ミカエルは思わず彼の背中に腕を回してすがりつく。
力が入らず、膝から崩れ落ちそうだ。
「―――」
あまりの恍惚に言葉が出ない。
「さぁ、君も、」
涼やかな声が掠れている。
ミカエルは途方もなく満たされた感覚に目を閉じて、溢れそうな力をゾフィエルへ循環させた。
耳許で溢れた熱い吐息。
ゾフィエルもいま、同じ波に浸かっている。同じ恍惚に満たされている。
抱きしめられた腕のなか、どこまでが自分かわからなくなってゆく。
(ぁ―――・・・)
そのまま溶けて身体がなくなり、世界と一つになる夢を見た。
「ん…」
ミカエルはぼんやりと目蓋を上げる。
鮮やかな群青色の瞳が視界に飛び込んできた。銀色の煌き。緑に侵された虹彩が細められる。
「気分はどうだ?」
というか。
「なんでこういう事になってんだ」
ミカエルは、ゾフィエルの膝枕で横になっていた。
「意識を飛ばした君が、安らかな眠りに就けるようにと思ってな」
さらりと髪を撫でられ、ミカエルは息を吐きだした。
上体を起こしてあぐらをかく。先ほど力の融合を体験したわけだが、感覚的にまったく変わった気がしない。
「これで強くなってんの?」
「ここではわからないが、そのはずだ。君が受け入れてくれて嬉しかった」
ゾフィエルはうっとりとした瞳で言って、ミカエルの頬を撫でた。ミカエルはされるに任せ、おもむろに口を開く。
「一応、話しておくけどよ、」
そうして脱出計画を話すと、ゾフィエルはギョッとした。
「あまりに無謀だ。他の方法を探すべきだろう。そんな計画を実行させるくらいなら、私がトルマリンを探す」
「おまえは教会につけ入る隙を与えちゃダメなんだろ。誰だかの真実知るために生きてんだろうが」
「そうだが…。君のことも他人事ではない」
「そんなら、また会いに来てくれよ」
ミカエルはかすかに笑みを浮かべる。ゾフィエルは、真摯な眼差しで深く頷いた。
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