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2章.Kyrie
眠気とちょっとした運動
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烏の行水でお風呂タイムを終え、自室へ戻る。こちらを向いたサリエルが眉尻を下げた。
「もう消灯だよ。今日はどうしたの?」
「廊下で寝てた」
「廊下で…?」
「正座させられてよ、足痺れて立てねくなって。終わって部屋出て休んでたら寝ちまった」
「うわぁ、おつかれ」
その後すぐに消灯となり、ミカエルは本を手にトイレへ向かった。
個室に籠って古語をやっていたら、出入口のほうから教師に声をかけられた。
「おい、早く寝ろよ」
「ハイ、センセー」
「お? ミカエルか?」
「いま踏ん張ってっから話しかけねえでクダサイ」
この声はコカビエルだ。適当に答えたミカエルを鼻で笑っている。
「こんな時間までお勉強とは熱心な。ペネムエル先生の課題か?」
「うんこ」
「おいおい、酷い言いようだな。彼の先生に知られたらただじゃ済まないぞ。俺もソリが合わなくてクソだなと思うときはあるけども」
「あるのかよ。俺はしてること話しただけデス。集中してぇからどっか行ってクダサイ」
「つれないねぇ。踏ん張りすぎて尻の穴傷つけるなよ」
「ハイ、センセー」
足音が遠ざかる。ミカエルは欠伸してページをめくった。
今日も身体を揺さぶられて目を覚ます。
目蓋が開ききらないまま着替えて食堂へ。朝食を済ませ、ファロエルの荷物を持って聖堂へ。たびたびファロエルが何か言っていたが、頭に入ってこなかった。
写本の時間、ピシンと鞭の鳴る音が間近に聞こえ、ハッとして顔を上げる。
舟を漕いでいたのが見つかったのだ。
「立って手を出しなさい」
「……ハイ、センセー」
ヒュンと鞭が鳴る。
「っ、」
おかげで目が覚めた。
午前最後の講義にて、課題返却時に呼び止められたファロエルは、まだ教師と話している。
「腹へった」
「君、朝あんまり食べてなかったもんね」
「何食ったか覚えてねえ」
「サラダをもちゃもちゃ食べてたよ」
ミカエルは隣のサリエルにチラリと目をやる。
「それだけか?」
「うん。僕はほかの料理も勧めたんだけど、まだ早ぇ、今じゃねえって、君は頑なに食べなかったんだ」
「……まだ早ぇってなんだ?」
「え。真顔で寝ぼけてたってこと? あまりに真剣だったから、気になったけど聞けなかったよ。僕が知りたい」
サリエルと目を合わせて沈黙が落ちたとき、ようやくファロエルたちがやってきた。渋い顔である。
「昼食に行こう」
「決めるのは俺だ」
小首を傾げたサリエルに答え、ファロエルは舌打ちする。
「今日の昼の勉強会は中止する。午後の講義に遅れず出ろよ」
「何があったんだい?」
「いいから飯に行け!」
サリエルに「行こうか」と促され、ミカエルはサリエルに続いて食堂へ向かった。
「約束の一週間は明日でしょ。貴重な昼休憩の時間が潰れなくてよかったね」
「おう。あいつ、何があったんだ?」
「きっと課題の出来が良くなかったんだ。再提出をくらったか、あとで先生の部屋に来るよう言われたか」
「ああ…」
ここ数日ファロエルと過ごして気づいたのだが、彼はあまり勉強が得意ではない。
「昼休憩は図書館?」
「おう」
「僕も行く」
歩き方一つにまでいちいち口出ししてきた煩いのがいないので、解放感がある。ミカエルは久しぶりに軽やかな心地で昼食にありついた。
図書館に向かう途中、見覚えのある後ろ姿が大柄な生徒に引っ張られていくのをミカエルは見た。
彼らはそのまま、建物の影のなか。
「ミカエル?」
「ちょっと見てくる」
「え、なに…?」
突然走り出したミカエルをサリエルが慌てて追ってくる。
ミカエルはそれに構うことなく、建物の影に入った。
「放せよッ」
「今日という日を待ってたぜ。いつかの続きをやろうじゃねえか」
「やめっ、んぐーーッ」
茂みから聞こえる声にはやはり聞き覚えがある。昨夜、廊下で寝ていたミカエルを起こしてくれた生徒だ。
ミカエルは緑の向こうに走りこみ、広い背中を蹴り飛ばした。
その下にいた生徒がミカエルを見て目を丸くしている。
「っおまえ、」
「いま、イヤがってたよな」
「うん…」
であれば、倒して正解だったということだ。
用は済んだとばかりに身を翻したミカエルの背に、声が掛かる。
「あ、ありがとぅ」
「おー」
「、ちょっとっ、置いていくなよっ」
振り返ると、立ち上がって身だしなみを整えていた。そこにサリエルがやって来て、倒れた生徒と見慣れた生徒を交互に捉え、眉を上げた。
「大丈夫?」
「おかげさまで」
「僕たち、図書館に行くところだったんだ。君も来るかい?」
「……最初から、そのつもりだったから」
彼はムスッと返してミカエルとサリエルを追い越し、先頭を歩いた。
「もう一人は一緒じゃねえのか」
「ドリエルも先生に呼ばれてる」
「当たったな」
ミカエルはサリエルのほうを向き、クッと口角を上げる。サリエルは肩をすくめていた。
「もう消灯だよ。今日はどうしたの?」
「廊下で寝てた」
「廊下で…?」
「正座させられてよ、足痺れて立てねくなって。終わって部屋出て休んでたら寝ちまった」
「うわぁ、おつかれ」
その後すぐに消灯となり、ミカエルは本を手にトイレへ向かった。
個室に籠って古語をやっていたら、出入口のほうから教師に声をかけられた。
「おい、早く寝ろよ」
「ハイ、センセー」
「お? ミカエルか?」
「いま踏ん張ってっから話しかけねえでクダサイ」
この声はコカビエルだ。適当に答えたミカエルを鼻で笑っている。
「こんな時間までお勉強とは熱心な。ペネムエル先生の課題か?」
「うんこ」
「おいおい、酷い言いようだな。彼の先生に知られたらただじゃ済まないぞ。俺もソリが合わなくてクソだなと思うときはあるけども」
「あるのかよ。俺はしてること話しただけデス。集中してぇからどっか行ってクダサイ」
「つれないねぇ。踏ん張りすぎて尻の穴傷つけるなよ」
「ハイ、センセー」
足音が遠ざかる。ミカエルは欠伸してページをめくった。
今日も身体を揺さぶられて目を覚ます。
目蓋が開ききらないまま着替えて食堂へ。朝食を済ませ、ファロエルの荷物を持って聖堂へ。たびたびファロエルが何か言っていたが、頭に入ってこなかった。
写本の時間、ピシンと鞭の鳴る音が間近に聞こえ、ハッとして顔を上げる。
舟を漕いでいたのが見つかったのだ。
「立って手を出しなさい」
「……ハイ、センセー」
ヒュンと鞭が鳴る。
「っ、」
おかげで目が覚めた。
午前最後の講義にて、課題返却時に呼び止められたファロエルは、まだ教師と話している。
「腹へった」
「君、朝あんまり食べてなかったもんね」
「何食ったか覚えてねえ」
「サラダをもちゃもちゃ食べてたよ」
ミカエルは隣のサリエルにチラリと目をやる。
「それだけか?」
「うん。僕はほかの料理も勧めたんだけど、まだ早ぇ、今じゃねえって、君は頑なに食べなかったんだ」
「……まだ早ぇってなんだ?」
「え。真顔で寝ぼけてたってこと? あまりに真剣だったから、気になったけど聞けなかったよ。僕が知りたい」
サリエルと目を合わせて沈黙が落ちたとき、ようやくファロエルたちがやってきた。渋い顔である。
「昼食に行こう」
「決めるのは俺だ」
小首を傾げたサリエルに答え、ファロエルは舌打ちする。
「今日の昼の勉強会は中止する。午後の講義に遅れず出ろよ」
「何があったんだい?」
「いいから飯に行け!」
サリエルに「行こうか」と促され、ミカエルはサリエルに続いて食堂へ向かった。
「約束の一週間は明日でしょ。貴重な昼休憩の時間が潰れなくてよかったね」
「おう。あいつ、何があったんだ?」
「きっと課題の出来が良くなかったんだ。再提出をくらったか、あとで先生の部屋に来るよう言われたか」
「ああ…」
ここ数日ファロエルと過ごして気づいたのだが、彼はあまり勉強が得意ではない。
「昼休憩は図書館?」
「おう」
「僕も行く」
歩き方一つにまでいちいち口出ししてきた煩いのがいないので、解放感がある。ミカエルは久しぶりに軽やかな心地で昼食にありついた。
図書館に向かう途中、見覚えのある後ろ姿が大柄な生徒に引っ張られていくのをミカエルは見た。
彼らはそのまま、建物の影のなか。
「ミカエル?」
「ちょっと見てくる」
「え、なに…?」
突然走り出したミカエルをサリエルが慌てて追ってくる。
ミカエルはそれに構うことなく、建物の影に入った。
「放せよッ」
「今日という日を待ってたぜ。いつかの続きをやろうじゃねえか」
「やめっ、んぐーーッ」
茂みから聞こえる声にはやはり聞き覚えがある。昨夜、廊下で寝ていたミカエルを起こしてくれた生徒だ。
ミカエルは緑の向こうに走りこみ、広い背中を蹴り飛ばした。
その下にいた生徒がミカエルを見て目を丸くしている。
「っおまえ、」
「いま、イヤがってたよな」
「うん…」
であれば、倒して正解だったということだ。
用は済んだとばかりに身を翻したミカエルの背に、声が掛かる。
「あ、ありがとぅ」
「おー」
「、ちょっとっ、置いていくなよっ」
振り返ると、立ち上がって身だしなみを整えていた。そこにサリエルがやって来て、倒れた生徒と見慣れた生徒を交互に捉え、眉を上げた。
「大丈夫?」
「おかげさまで」
「僕たち、図書館に行くところだったんだ。君も来るかい?」
「……最初から、そのつもりだったから」
彼はムスッと返してミカエルとサリエルを追い越し、先頭を歩いた。
「もう一人は一緒じゃねえのか」
「ドリエルも先生に呼ばれてる」
「当たったな」
ミカエルはサリエルのほうを向き、クッと口角を上げる。サリエルは肩をすくめていた。
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