27 / 73
2章.Kyrie
讃美歌とコカビエル
しおりを挟む
◇◆◇
目蓋を上げると、見知らぬ天井が。しかし、この匂いには覚えがある。
ミカエルは身体を起こし、医務室のベッドにいることを把握した。
西日が射している。
向こうで机に向かっていたラファエルがこちらを向いた。
「訓練室の結界を破壊した件は、ショック療法を行うに足る理由です」
一瞬ハッとしたが、記憶はある。
「某隊長が、互いに力を発揮し合っていたらあのような事になってしまったと言いましてね。結界が甘いのではと、クレームまでつけて行きました」
「たいちょーサンは?」
「仕事があるとかで、早々に帰りましたよ」
ミカエルは小さく息を吐き、ベッドにボフリと倒れ込む。
「次はありませんからね」
助かった。
「返事」
「……ハイ、センセー」
「もう放課後です。休むなら寮部屋へ」
今日も課題が出たのだろうか。
まだやりかけの物があるし、古語も覚えねばならない。
現状に変わりはないが、少しだけマシな気分になっている。ミカエルはむくりと起き上がり、寮へ向かった。
廊下で教師とすれ違い、お決まりの挨拶をする。そうして行こうとしたところ、呼び止められた。
「やっぱり君はミカエルだな。あの炎の柱には驚いたぞ。ああいや、君は讃美歌を歌えないだろう。指導しなくてはと思ってたんだよ」
ミカエルは曖昧に頷く。
これ以上やらねばならない事が増えるのは、勘弁してほしいのだが。
「コカビエルだ。力術理論や音楽の時間に顔を合わせているし、一度寮で会話したのを覚えてるだろ?」
「……ハイ、センセー」
「俺は聖歌隊の指導を任されていてな。歌の練習は講堂でやろう」
「今からデスカ」
「ああ。毎日のことだ。覚えるのは早いほうがいい」
あえなくミカエルは、講堂で歌の特訓を受けることになってしまった。
「古語の勉強にもなるぞ。一石二鳥だろ?」
「……ハイ、センセー」
手渡された羊皮紙は記号に溢れている。これはここへ来てから学んだものだ。
「楽譜は読めるようになったよな」
「ハイ、センセー」
「古語はどうだ?」
「読めマス」
「ほお。優秀だな」
夕方の講堂は身が引き締まる感じが薄まって、温かな雰囲気になっていた。前のほうで歌っている集団がいる。
コカビエルが手を上げると、歌が止んだ。
「みんな、ちょっとこれを歌ってくれ。君は歌詞を追いながら聞いて」
朝のお祈りの際に何度か聞いた曲である。まずはリズムに合わせて一緒に歌詞を発音するよう言われた。
「もっとハッキリ発音するんだ。リズムも取れてないぞ。ワンフレーズずつやってみよう」
それでもミカエルの声は聖歌隊と合わない。
「ミカエル、読めばいいってものじゃない。リズムだ。講義でもやっているだろう。わかった、歌詞はひとまず置いておこう」
真似して繰り返すだけなら簡単だと思ったのだが、どうも上手くできない。知識を得ることと、実際に表現できることは異なるのだ。
「君は歌を歌ったことがないのか? なんでもいいから歌ってみろ」
ミカエルは記憶の奥底から歌を引っ張り出してみた。
かろうじて浮かんだのは、つい最近思い出した町でのイメージ。眠るとき、女の人が歌っていた歌だ。
「きのうーえーにーつるされーた…」
「おいおい、真面目にやれよ。そんなに罰を受けたいのか?」
「真面目にやってマス」
「ハッ、舐められたものだ。こっちへ来い」
「ぅえっ、」
ミカエルは腕を引かれて壇上脇の部屋へ連れて行かれた。
コカビエルから指名された二人も着いてくる。そこは物置きのような小さな部屋で、隅の方に木製の台があった。コカビエルはその台のもとへミカエルを連れていく。
「上着を脱げ」
「……ハイ、センセー」
また背中を打たれるのかと思うと背筋が凍る。
「下に穿いているものを下ろしてこの段に跪き、台の上で腹這いになりなさい」
「……は?」
「鞭打ち台は初めてか。ペネムエル先生は、こういったものがお嫌いだからな。さあ脱げ。自分でできないのか? 君たち、手伝ってやれ」
「はい、先生」
「ちょ待っ、自分でやる」
ミカエルは下着のベルトを緩めようとする手を阻止し、コカビエルを窺った。
その手に握られているのは見慣れた鞭ではない。ススキのような形状で、束ねられている部分は何かの枝のようだった。あれで直接お尻を打つつもりなのだろう。トゲトゲの鞭で背中を打たれるよりずっとマシだが――。
「もたもたするな。六回で済ましてやろうと思ったが、十回にする。それとも、十五回がいいか?」
ミカエルは腹を括ってベルトを緩め、下着をずり下ろす。それから言われた通り、台についている段に跪き、台の上で腹這いになった。
なるほど、これはお尻を打ちやすい恰好だ。
無防備に晒された肌に、ひんやりとした空気を感じる。
「腕を押さえてシャツの裾を上げておけ」
「はい、先生」
着いてきた生徒たちは、遠慮がちでありながら慣れた手つきでミカエルの腕を押さえつけ、お尻を半分ほど覆っていたシャツを上げ、コカビエルによく見えるようにした。
「痛ましい尻だな。ペネムエル先生には何回打たれたんだ?」
「……三十三回デス」
「ハッ。君にはそれくらいしないと、効果がないということか」
「っ、そんなこと、ないデス」
束になっている枝の部分が、サワサワとお尻の表面を刺激する。
それが段々遊ぶように割れ目をなぞったり、敏感に感じる股や会陰部にまで触れ始めると、何とも言えない感覚に違和感を覚えたミカエルはコカビエルを振り返った。
「ああいや、そうお目にかかれないようなプリっとした尻だったものだからつい、」
「先生、彼に罰をお与えになるのでしょう?」
「わかってるって。じゃあやるぞ」
「、っ、ぅっ、」
いつもの鞭ほどの衝撃はないが、直接肌に打たれていることもあり、やはり痛い。そもそも、お尻はまだ完治していないのだ。
目蓋を上げると、見知らぬ天井が。しかし、この匂いには覚えがある。
ミカエルは身体を起こし、医務室のベッドにいることを把握した。
西日が射している。
向こうで机に向かっていたラファエルがこちらを向いた。
「訓練室の結界を破壊した件は、ショック療法を行うに足る理由です」
一瞬ハッとしたが、記憶はある。
「某隊長が、互いに力を発揮し合っていたらあのような事になってしまったと言いましてね。結界が甘いのではと、クレームまでつけて行きました」
「たいちょーサンは?」
「仕事があるとかで、早々に帰りましたよ」
ミカエルは小さく息を吐き、ベッドにボフリと倒れ込む。
「次はありませんからね」
助かった。
「返事」
「……ハイ、センセー」
「もう放課後です。休むなら寮部屋へ」
今日も課題が出たのだろうか。
まだやりかけの物があるし、古語も覚えねばならない。
現状に変わりはないが、少しだけマシな気分になっている。ミカエルはむくりと起き上がり、寮へ向かった。
廊下で教師とすれ違い、お決まりの挨拶をする。そうして行こうとしたところ、呼び止められた。
「やっぱり君はミカエルだな。あの炎の柱には驚いたぞ。ああいや、君は讃美歌を歌えないだろう。指導しなくてはと思ってたんだよ」
ミカエルは曖昧に頷く。
これ以上やらねばならない事が増えるのは、勘弁してほしいのだが。
「コカビエルだ。力術理論や音楽の時間に顔を合わせているし、一度寮で会話したのを覚えてるだろ?」
「……ハイ、センセー」
「俺は聖歌隊の指導を任されていてな。歌の練習は講堂でやろう」
「今からデスカ」
「ああ。毎日のことだ。覚えるのは早いほうがいい」
あえなくミカエルは、講堂で歌の特訓を受けることになってしまった。
「古語の勉強にもなるぞ。一石二鳥だろ?」
「……ハイ、センセー」
手渡された羊皮紙は記号に溢れている。これはここへ来てから学んだものだ。
「楽譜は読めるようになったよな」
「ハイ、センセー」
「古語はどうだ?」
「読めマス」
「ほお。優秀だな」
夕方の講堂は身が引き締まる感じが薄まって、温かな雰囲気になっていた。前のほうで歌っている集団がいる。
コカビエルが手を上げると、歌が止んだ。
「みんな、ちょっとこれを歌ってくれ。君は歌詞を追いながら聞いて」
朝のお祈りの際に何度か聞いた曲である。まずはリズムに合わせて一緒に歌詞を発音するよう言われた。
「もっとハッキリ発音するんだ。リズムも取れてないぞ。ワンフレーズずつやってみよう」
それでもミカエルの声は聖歌隊と合わない。
「ミカエル、読めばいいってものじゃない。リズムだ。講義でもやっているだろう。わかった、歌詞はひとまず置いておこう」
真似して繰り返すだけなら簡単だと思ったのだが、どうも上手くできない。知識を得ることと、実際に表現できることは異なるのだ。
「君は歌を歌ったことがないのか? なんでもいいから歌ってみろ」
ミカエルは記憶の奥底から歌を引っ張り出してみた。
かろうじて浮かんだのは、つい最近思い出した町でのイメージ。眠るとき、女の人が歌っていた歌だ。
「きのうーえーにーつるされーた…」
「おいおい、真面目にやれよ。そんなに罰を受けたいのか?」
「真面目にやってマス」
「ハッ、舐められたものだ。こっちへ来い」
「ぅえっ、」
ミカエルは腕を引かれて壇上脇の部屋へ連れて行かれた。
コカビエルから指名された二人も着いてくる。そこは物置きのような小さな部屋で、隅の方に木製の台があった。コカビエルはその台のもとへミカエルを連れていく。
「上着を脱げ」
「……ハイ、センセー」
また背中を打たれるのかと思うと背筋が凍る。
「下に穿いているものを下ろしてこの段に跪き、台の上で腹這いになりなさい」
「……は?」
「鞭打ち台は初めてか。ペネムエル先生は、こういったものがお嫌いだからな。さあ脱げ。自分でできないのか? 君たち、手伝ってやれ」
「はい、先生」
「ちょ待っ、自分でやる」
ミカエルは下着のベルトを緩めようとする手を阻止し、コカビエルを窺った。
その手に握られているのは見慣れた鞭ではない。ススキのような形状で、束ねられている部分は何かの枝のようだった。あれで直接お尻を打つつもりなのだろう。トゲトゲの鞭で背中を打たれるよりずっとマシだが――。
「もたもたするな。六回で済ましてやろうと思ったが、十回にする。それとも、十五回がいいか?」
ミカエルは腹を括ってベルトを緩め、下着をずり下ろす。それから言われた通り、台についている段に跪き、台の上で腹這いになった。
なるほど、これはお尻を打ちやすい恰好だ。
無防備に晒された肌に、ひんやりとした空気を感じる。
「腕を押さえてシャツの裾を上げておけ」
「はい、先生」
着いてきた生徒たちは、遠慮がちでありながら慣れた手つきでミカエルの腕を押さえつけ、お尻を半分ほど覆っていたシャツを上げ、コカビエルによく見えるようにした。
「痛ましい尻だな。ペネムエル先生には何回打たれたんだ?」
「……三十三回デス」
「ハッ。君にはそれくらいしないと、効果がないということか」
「っ、そんなこと、ないデス」
束になっている枝の部分が、サワサワとお尻の表面を刺激する。
それが段々遊ぶように割れ目をなぞったり、敏感に感じる股や会陰部にまで触れ始めると、何とも言えない感覚に違和感を覚えたミカエルはコカビエルを振り返った。
「ああいや、そうお目にかかれないようなプリっとした尻だったものだからつい、」
「先生、彼に罰をお与えになるのでしょう?」
「わかってるって。じゃあやるぞ」
「、っ、ぅっ、」
いつもの鞭ほどの衝撃はないが、直接肌に打たれていることもあり、やはり痛い。そもそも、お尻はまだ完治していないのだ。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる