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2章.Kyrie

讃美歌とコカビエル

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 ◇◆◇

 目蓋を上げると、見知らぬ天井が。しかし、この匂いには覚えがある。
 ミカエルは身体を起こし、医務室のベッドにいることを把握した。
 西日が射している。
 向こうで机に向かっていたラファエルがこちらを向いた。

「訓練室の結界を破壊した件は、ショック療法を行うに足る理由です」

 一瞬ハッとしたが、記憶はある。

「某隊長が、互いに力を発揮し合っていたらあのような事になってしまったと言いましてね。結界が甘いのではと、クレームまでつけて行きました」
「たいちょーサンは?」
「仕事があるとかで、早々に帰りましたよ」

 ミカエルは小さく息を吐き、ベッドにボフリと倒れ込む。

「次はありませんからね」

 助かった。

「返事」
「……ハイ、センセー」
「もう放課後です。休むなら寮部屋へ」
 
 今日も課題が出たのだろうか。
 まだやりかけの物があるし、古語も覚えねばならない。
 現状に変わりはないが、少しだけマシな気分になっている。ミカエルはむくりと起き上がり、寮へ向かった。

 廊下で教師とすれ違い、お決まりの挨拶をする。そうして行こうとしたところ、呼び止められた。

「やっぱり君はミカエルだな。あの炎の柱には驚いたぞ。ああいや、君は讃美歌を歌えないだろう。指導しなくてはと思ってたんだよ」

 ミカエルは曖昧に頷く。
 これ以上やらねばならない事が増えるのは、勘弁してほしいのだが。

「コカビエルだ。力術理論や音楽の時間に顔を合わせているし、一度寮で会話したのを覚えてるだろ?」
「……ハイ、センセー」
「俺は聖歌隊の指導を任されていてな。歌の練習は講堂でやろう」
「今からデスカ」
「ああ。毎日のことだ。覚えるのは早いほうがいい」

 あえなくミカエルは、講堂で歌の特訓を受けることになってしまった。

「古語の勉強にもなるぞ。一石二鳥だろ?」
「……ハイ、センセー」

 手渡された羊皮紙は記号に溢れている。これはここへ来てから学んだものだ。

「楽譜は読めるようになったよな」
「ハイ、センセー」
「古語はどうだ?」
「読めマス」
「ほお。優秀だな」

 夕方の講堂は身が引き締まる感じが薄まって、温かな雰囲気になっていた。前のほうで歌っている集団がいる。
 コカビエルが手を上げると、歌が止んだ。

「みんな、ちょっとこれを歌ってくれ。君は歌詞を追いながら聞いて」

 朝のお祈りの際に何度か聞いた曲である。まずはリズムに合わせて一緒に歌詞を発音するよう言われた。

「もっとハッキリ発音するんだ。リズムも取れてないぞ。ワンフレーズずつやってみよう」

 それでもミカエルの声は聖歌隊と合わない。

「ミカエル、読めばいいってものじゃない。リズムだ。講義でもやっているだろう。わかった、歌詞はひとまず置いておこう」

 真似して繰り返すだけなら簡単だと思ったのだが、どうも上手くできない。知識を得ることと、実際に表現できることは異なるのだ。

「君は歌を歌ったことがないのか? なんでもいいから歌ってみろ」

 ミカエルは記憶の奥底から歌を引っ張り出してみた。
 かろうじて浮かんだのは、つい最近思い出した町でのイメージ。眠るとき、女の人が歌っていた歌だ。

「きのうーえーにーつるされーた…」
「おいおい、真面目にやれよ。そんなに罰を受けたいのか?」
「真面目にやってマス」
「ハッ、舐められたものだ。こっちへ来い」
「ぅえっ、」

 ミカエルは腕を引かれて壇上脇の部屋へ連れて行かれた。
 コカビエルから指名された二人も着いてくる。そこは物置きのような小さな部屋で、隅の方に木製の台があった。コカビエルはその台のもとへミカエルを連れていく。

「上着を脱げ」
「……ハイ、センセー」

 また背中を打たれるのかと思うと背筋が凍る。

「下に穿いているものを下ろしてこの段にひざまずき、台の上で腹這いになりなさい」
「……は?」
「鞭打ち台は初めてか。ペネムエル先生は、こういったものがお嫌いだからな。さあ脱げ。自分でできないのか? 君たち、手伝ってやれ」
「はい、先生」
「ちょ待っ、自分でやる」

 ミカエルは下着のベルトを緩めようとする手を阻止し、コカビエルを窺った。
 その手に握られているのは見慣れた鞭ではない。ススキのような形状で、束ねられている部分は何かの枝のようだった。あれで直接お尻を打つつもりなのだろう。トゲトゲの鞭で背中を打たれるよりずっとマシだが――。

「もたもたするな。六回で済ましてやろうと思ったが、十回にする。それとも、十五回がいいか?」

 ミカエルは腹を括ってベルトを緩め、下着をずり下ろす。それから言われた通り、台についている段に跪き、台の上で腹這いになった。
 なるほど、これはお尻を打ちやすい恰好だ。
 無防備に晒された肌に、ひんやりとした空気を感じる。

「腕を押さえてシャツの裾を上げておけ」
「はい、先生」

 着いてきた生徒たちは、遠慮がちでありながら慣れた手つきでミカエルの腕を押さえつけ、お尻を半分ほど覆っていたシャツを上げ、コカビエルによく見えるようにした。

「痛ましい尻だな。ペネムエル先生には何回打たれたんだ?」
「……三十三回デス」
「ハッ。君にはそれくらいしないと、効果がないということか」
「っ、そんなこと、ないデス」

 束になっている枝の部分が、サワサワとお尻の表面を刺激する。
 それが段々遊ぶように割れ目をなぞったり、敏感に感じる股や会陰部にまで触れ始めると、何とも言えない感覚に違和感を覚えたミカエルはコカビエルを振り返った。

「ああいや、そうお目にかかれないようなプリっとした尻だったものだからつい、」
「先生、彼に罰をお与えになるのでしょう?」
「わかってるって。じゃあやるぞ」
「、っ、ぅっ、」

 いつもの鞭ほどの衝撃はないが、直接肌に打たれていることもあり、やはり痛い。そもそも、お尻はまだ完治していないのだ。
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