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2章.Kyrie
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ゾフィエルはラファエルを敵視しているような雰囲気だが、ラファエルはいつもの微笑でわからない。
「ミカエルを偶然見つけてここへ連れてきたのは君らしいな。さすが教会の犬だ」
「お褒めに預かり光栄です。ところで、王様のペットがミカエルになんのご用で?」
「バディにどうかと思ったのさ。私事都合だ」
「ああ、あなたにはいませんでしたね」
ゾフィエルが目を細める。
「そういえば、バディに非道な扱いをする冷酷な者もいたな」
「バディであろうと、異端審問で下された決定を覆すことはできませんよ」
「だとしても、もう少しやりようがあるだろう」
「やりよう、ね」
ラファエルの微笑がふとミカエルを捉える。
「ミカエルは教会にとって、重要な人物です」
「もちろん知っている。しかし、何に己を尽くすかは本人が決めること。教会といえども、強制できまい」
「すでにミカエルは、神にその身を捧げ、尽くすことを決めています。ペネムエル先生が、君がそのように宣言したとおっしゃっていましたよ。ミカエル、違いますか?」
「……違わないデス」
痛みの記憶が、ミカエルの表情を曇らせる。
「いつも君が言っていることを、この男にも聞かせてあげなさい」
「……心を、魂を、力を尽くし、我が神、主を愛しマス。隣人も自分のように愛しマス」
こちらを向いたゾフィエルが、かすかに眉根を寄せた。
「彼が教会に尽くす道を選んだとしても、バディを選ぶ権利はある」
「ええ、それは。ミカエル、相手がどのような人物であっても、目上の方には敬意を抱き、敬語を使うこと。返事」
「ハイ、センセー」
良い子の返事を聞いたラファエルは、微笑を深めて行ってしまった。
ゾフィエルとミカエルは無言で実技訓練を行う建物へ向かう。ゾフィエルが鍵を開け、二人でぶ厚い扉の中へ入った。
何もない部屋だ。
身体が軽くなったように感じ、ミカエルは目を瞬く。
「ミカエル、二人きりの時はタメ口で構わない。楽にしてくれ」
ゾフィエルが振り返って言った。
「力、使っていいか?」
「ああ」
ミカエルはさっそく右手に炎を灯す。
「おお…」
「君の力はやはり強いな。その名が示す通りだ」
久しぶりの感覚に嬉しくなったミカエルは、そのまま一気に力を集中し、高い天井に向け全力で火炎を放射した。
「クソ野郎ーーーッ!!!」
ゾフィエルがギョッと固まる。
ミカエルは溜まりに溜まった鬱憤をすべて込め、叫びながら力を出しきった。
建物の内部を覆う結界が揺らいだように見えたが、それが壊れることはない。万全の状態であれば、もう少し火力を上げられたのだが。
思わず舌打ちした。
「……君は、結界を破壊しようと…?」
肩で息をするミカエルをぼんやり眺めていたゾフィエルが、ハッとしたように言った。
「おまえは、教会の味方じゃねえよな」
「ああ。むしろ私は、教会と対立しているに近い」
「そいつはよかった」
ミカエルは石畳の床にごろんと寝転ぶ。
ゾフィエルは傍らに腰を下ろして片膝を立て、その顔を眺めた。
金色の睫毛が下ろされ、意志の強い瞳が隠される。こうして見ると、どこか気品すら感じられる綺麗な顔つきである。髪の色といい、王族を彷彿とさせる。
「本当のところ、教会の人間になりたいのか?」
「ここを出て、前みてえに暮らしてぇ」
「バラキエル殿と?」
ミカエルがハッとしてそちらを向くと、真っ直ぐな群青色の瞳と目が合った。
「今どうしてるか知ってるか」
「消息不明と、聞いている」
教会に捕まっていないだけマシだろうか。
ミカエルは大きなため息を吐く。
「俺がバディになったらよ。ここから出るの、手伝ってくれる?」
「……それはできない。教皇は王の権威を削ぎたいのだ。王に仕える者として、教会につけ入る隙は与えられない」
ミカエルは無言で起き上がり、再び結界に炎の攻撃を浴びせ始めた。
「おまえもやれよ! ホントに水が得意なのか?」
「ああ。いや、それはダメだ」
「チッ」
「ほら、見てくれ。自由自在だ。これでわかっただろう」
ゾフィエルは器用に水を操ってみせたが、それだけだ。
「おまえの本気は、そんなモンかよ。しんえーたいのたいちょーさんよォ!」
「っ、私はやらないぞ! だいたい、力を発揮せずとも強さは感じられるものだ。君も感じているだろう」
「ポテンシャルがあっても、使えなきゃ意味ねえなっ」
「たしかにそうだが…」
ミカエルが焚きつけても、ゾフィエルは結界を攻撃してくれない。負荷を掛け続けたら結界を壊せるかもしれないと思ったミカエルは、一人で攻撃し続けた。
「凄まじい底力だな。まだやれるのか」
「壊れるまで、やめねえっ」
「気持ちはわかるが、君といえど、一人で結界を壊せるわけが…」
そのとき、結界がピシリと音を立て、半透明に見えるようになった。
構成しているエネルギァが不安定になったのだろう。光の屈折で表面が波打つように見えたかと思うと、結界は光の粒子となり消えた。
ミカエルはチャンスとばかりに気力を振り絞り、その向こうに広がる、力を発動させない結界を攻撃した。
炎の柱が龍のように唸って結界にぶち当たる。
次に力を使おうと思ったときには、もう発動できなかった。
壊したい結界は、壊せなかった。
「くそっ…」
ヘトヘトだ。
お尻を庇いながら石畳の床に座りこんだとき、視界に白い上着の裾が映った。
「待てっ」
ゾフィエルの焦ったような声のあと、頭に衝撃があり、ミカエルは意識を失った。
「ミカエルを偶然見つけてここへ連れてきたのは君らしいな。さすが教会の犬だ」
「お褒めに預かり光栄です。ところで、王様のペットがミカエルになんのご用で?」
「バディにどうかと思ったのさ。私事都合だ」
「ああ、あなたにはいませんでしたね」
ゾフィエルが目を細める。
「そういえば、バディに非道な扱いをする冷酷な者もいたな」
「バディであろうと、異端審問で下された決定を覆すことはできませんよ」
「だとしても、もう少しやりようがあるだろう」
「やりよう、ね」
ラファエルの微笑がふとミカエルを捉える。
「ミカエルは教会にとって、重要な人物です」
「もちろん知っている。しかし、何に己を尽くすかは本人が決めること。教会といえども、強制できまい」
「すでにミカエルは、神にその身を捧げ、尽くすことを決めています。ペネムエル先生が、君がそのように宣言したとおっしゃっていましたよ。ミカエル、違いますか?」
「……違わないデス」
痛みの記憶が、ミカエルの表情を曇らせる。
「いつも君が言っていることを、この男にも聞かせてあげなさい」
「……心を、魂を、力を尽くし、我が神、主を愛しマス。隣人も自分のように愛しマス」
こちらを向いたゾフィエルが、かすかに眉根を寄せた。
「彼が教会に尽くす道を選んだとしても、バディを選ぶ権利はある」
「ええ、それは。ミカエル、相手がどのような人物であっても、目上の方には敬意を抱き、敬語を使うこと。返事」
「ハイ、センセー」
良い子の返事を聞いたラファエルは、微笑を深めて行ってしまった。
ゾフィエルとミカエルは無言で実技訓練を行う建物へ向かう。ゾフィエルが鍵を開け、二人でぶ厚い扉の中へ入った。
何もない部屋だ。
身体が軽くなったように感じ、ミカエルは目を瞬く。
「ミカエル、二人きりの時はタメ口で構わない。楽にしてくれ」
ゾフィエルが振り返って言った。
「力、使っていいか?」
「ああ」
ミカエルはさっそく右手に炎を灯す。
「おお…」
「君の力はやはり強いな。その名が示す通りだ」
久しぶりの感覚に嬉しくなったミカエルは、そのまま一気に力を集中し、高い天井に向け全力で火炎を放射した。
「クソ野郎ーーーッ!!!」
ゾフィエルがギョッと固まる。
ミカエルは溜まりに溜まった鬱憤をすべて込め、叫びながら力を出しきった。
建物の内部を覆う結界が揺らいだように見えたが、それが壊れることはない。万全の状態であれば、もう少し火力を上げられたのだが。
思わず舌打ちした。
「……君は、結界を破壊しようと…?」
肩で息をするミカエルをぼんやり眺めていたゾフィエルが、ハッとしたように言った。
「おまえは、教会の味方じゃねえよな」
「ああ。むしろ私は、教会と対立しているに近い」
「そいつはよかった」
ミカエルは石畳の床にごろんと寝転ぶ。
ゾフィエルは傍らに腰を下ろして片膝を立て、その顔を眺めた。
金色の睫毛が下ろされ、意志の強い瞳が隠される。こうして見ると、どこか気品すら感じられる綺麗な顔つきである。髪の色といい、王族を彷彿とさせる。
「本当のところ、教会の人間になりたいのか?」
「ここを出て、前みてえに暮らしてぇ」
「バラキエル殿と?」
ミカエルがハッとしてそちらを向くと、真っ直ぐな群青色の瞳と目が合った。
「今どうしてるか知ってるか」
「消息不明と、聞いている」
教会に捕まっていないだけマシだろうか。
ミカエルは大きなため息を吐く。
「俺がバディになったらよ。ここから出るの、手伝ってくれる?」
「……それはできない。教皇は王の権威を削ぎたいのだ。王に仕える者として、教会につけ入る隙は与えられない」
ミカエルは無言で起き上がり、再び結界に炎の攻撃を浴びせ始めた。
「おまえもやれよ! ホントに水が得意なのか?」
「ああ。いや、それはダメだ」
「チッ」
「ほら、見てくれ。自由自在だ。これでわかっただろう」
ゾフィエルは器用に水を操ってみせたが、それだけだ。
「おまえの本気は、そんなモンかよ。しんえーたいのたいちょーさんよォ!」
「っ、私はやらないぞ! だいたい、力を発揮せずとも強さは感じられるものだ。君も感じているだろう」
「ポテンシャルがあっても、使えなきゃ意味ねえなっ」
「たしかにそうだが…」
ミカエルが焚きつけても、ゾフィエルは結界を攻撃してくれない。負荷を掛け続けたら結界を壊せるかもしれないと思ったミカエルは、一人で攻撃し続けた。
「凄まじい底力だな。まだやれるのか」
「壊れるまで、やめねえっ」
「気持ちはわかるが、君といえど、一人で結界を壊せるわけが…」
そのとき、結界がピシリと音を立て、半透明に見えるようになった。
構成しているエネルギァが不安定になったのだろう。光の屈折で表面が波打つように見えたかと思うと、結界は光の粒子となり消えた。
ミカエルはチャンスとばかりに気力を振り絞り、その向こうに広がる、力を発動させない結界を攻撃した。
炎の柱が龍のように唸って結界にぶち当たる。
次に力を使おうと思ったときには、もう発動できなかった。
壊したい結界は、壊せなかった。
「くそっ…」
ヘトヘトだ。
お尻を庇いながら石畳の床に座りこんだとき、視界に白い上着の裾が映った。
「待てっ」
ゾフィエルの焦ったような声のあと、頭に衝撃があり、ミカエルは意識を失った。
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