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2章.Kyrie

親衛隊隊長のご登場

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 回廊をのんびり歩いていると、横から曲がってきた人と鉢合わせした。
 その人は教師のような黒服ではなく、家の玄関先で伸びていた人たちのような恰好だ。

「君は、ミカエルか?」
「……そうだけど」
「そうか、君が…」

 しげしげ眺めてくる相手をミカエルもぼんやり眺める。
 クリーム色の髪は柔らかそうで、群青色の瞳は切れ長のつり目。雰囲気は犬より狼に近いが、記憶の中のクリスと同じ色合いだからか、親近感が湧く。

「少し、話をしないか」
「講義に遅れたら罰がある」
「君に罰を与えないよう、私から教師に伝えよう」

 ミカエルはラッキーと思い、頷いた。
 促されるまま彼に続いて、中庭のベンチに腰を下ろす。
 正面から見ていたときには分からなかったが、揺れるクリーム色の髪は後ろだけ長く、尻尾のようだった。

「我が名はゾフィエル。陛下より親衛隊の隊長を任されている」
「教会の人間じゃねえの?」
「違う。私は王にお仕えしている」

 そういえば、玄関先に倒れていた人たちの服が赤い印象だったのに対し、ゾフィエルの服は青い。

「しんえーたいのたいちょーがなんの用だ?」
「バディを探していてな。ミカエルという名の少年がこちらへ編入したと聞き、興味が湧いたんだ」
「バディ?」
「おや、知らない。それでは、バディについて説明しよう」

 群青色の瞳は自信に溢れ、煌めいている。それを見ていると、澄んだ硝子玉を光にかざしたときのような心地になった。

「我々に宿る力そのものに特有の性質はないが、個人個人の氣質によって、力を扱うにあたり得意不得意がでてくる。よって、相性の良い相手があれば、悪い相手もある」
「そんくらい知ってるぜ。得手えてが一つに抜きん出るほど、反対の力に弱くなるんだろ」

 ミカエルは炎を出すのが得意だ。他にも治癒が得意な者、風を操るのが得意な者など、様々な者がいる。

「そうだ。得手が己とかけ離れた者にことさら惹かれるのは、本能と言っていい。その者と力を融合させることにより、弱点をカバーできる」
「偏りが緩和されるってことか」
「その通り。決定的な弱点はなくなる。そういう相手というのは、感覚でわかる。まるで甘い匂いに引き寄せられる、蜜蜂にでもなった気分さ」

 ゾフィエルの声は涼やかで耳通りがいい。だからか、ミカエルにはその感覚が理解できた。
 大人しく着いてきてしまったのは、それが原因だったかもしれない。

「ミカエル。君の得手は?」
「火だぜ」
「これは運命なのだろうね。ちょうど私は水だ。それはつまり、君と相性がいいということだ」

 ゾフィエルは足を組み、その上で指を組んでふっと笑った。
 そこでふとミカエルが口を開く。

「おまえもここで力は使えねえのか? お互い火だ水だって言ってもよ、口先だけじゃわかんねえだろ」
「確かに。残念ながら、ここでは証明できないな」
「力が封じられてる?」
「いや、この結界は力を発動できなくするものだ。発動できぬよう、集中を削ぐ波長で満たされている」

 どうやらルシファーの読み通りだ。

「集中できねえと、力って発動できねぇんだな」
「そうとも。慣れた者は無意識でやってしまうが、高い集中力が必要だ」
「へー」
「私はこの結界はどうかと思うがね。常に身体にかすかなストレスがかかっている。知らぬ間にそれが蓄積し、イライラして暴力的になる者もいるだろう」

 サリエルが話していたここでの生活のストレスは、そんなところにも要因があったらしい。
 ミカエルはそよぐ草の大地に目を落とす。

「結界張るのって、やっぱ大変なのか?」
「この規模となると、一人では無理だろう」
「俺が全力でやっても?」
「無理だろうな。せめて君が二人はいないと」
「俺が二人…」

 それだけの力を貯めるには、どれだけの血が必要になるだろう。やはりルシファーの髪を使っても、すぐにどうこうできる量ではないかもしれない。

「っつか、一緒に外出ることできねえ?」
「私もそれを望んだが、君の外出許可は取れなかったんだ」

 ミカエルは盛大に顔をしかめる。しかし、思いついて目を瞬いた。

「外出許可が取れたら、どうやって出るんだ? このままじゃ、出らんねえだろ」
「学長のみ、それができる。出られない結界の影響を受けないようにな」
「学長にしか無理なのか」
「ああ。その方法は話せない。生徒に話すことは禁じられている」

 ミカエルはムッと口を噤んだ。するとゾフィエルは宥めるように言う。

「ここには実技訓練のための場所があったはずだから、今度、使用許可をもらおう」
「そこなら力が使える!?」
「ああ。その空間内だけな」

 きっとその空間にも結界が張られているのだろうが、試さずにはいられない。

「早くやりてえ」
「私も、君の力を早く感じたい」
「今から許可もらいに行こうぜ」
「早急だな」

 ゾフィエルは苦笑していたが、ミカエルに急かされ、保護者のような顔で学長室に向かった。
 久しぶりに力が使えるかもしれないと思うと、ワクワクして仕方がない。
 学長室から出てきたゾフィエルは小さく息を吐き、「了承は得た」と言った。

「っしゃ!」
「君はなかなかの問題児のようだな。一筋縄ではいかなかったぞ」

 ミカエルは聞かなかったことにして、ゾフィエルに続いた。

 建物から出たところでラファエルと出くわし、ギクリと身体が硬くなる。そんなミカエルの前で、ゾフィエルとラファエルの視線が交差した。

「学校生活は満喫しているようだな。教会の犬」
「そう言う貴方は、王様のペットといったところでしょうか。ええ、実に平穏な日々ですよ」

 二人はどうやら因縁があるらしい。
 ミカエルは空気に徹し、様子を窺うことにした。
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