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2章.Kyrie
悪魔の取り引き
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ここが例の地下牢なのだろう。出入り口に鍵をかけて行ってしまったから、今夜はここで酷い痛みに耐えねばならない。この痛みでは、眠気もやってこないのではないか。
「ンでだよっ」
あまりのことに、涙がポロポロ出てきた。
ぬぐうのも億劫で、身体を丸めて出るに任せる。
「うぅぅぅぅあぁぁぁぁ」
動くと痛いが、じっと耐えられるものでもなく、呻き声ばかり出た。
いっそのこと、石畳の床に頭を打ちつけて意識を飛ばそうか。そう思い始めた頃、カツリ、コツリと小さな靴音がこちらへやってきた。
ペネムエルでもラファエルでもない。
ミカエルはもぞもぞと顔を上げ、鉄格子の向こうに目をやった。
「うわ、痛そう」
薄暗いため、はっきり姿が見えるわけでないが、色気を感じる深い声でルシファーだと確信する。
いろいろ限界だったミカエルは、必死に声をあげた。
「おまえ、一瞬で俺を眠らせること、できるか?」
「……君は本当に突飛だな。それ、ヤバい人に言ったら殺されるよ?」
「痛くてどうにかなりそうなんだよ。自分でやろうと思ったけど、冷静じゃねえのはわかってる。死んだら、笑えねェだろ」
「まぁ実際、拷問に耐えかねて自ら命を絶つ人はいるしね。さすがに生徒の話じゃないけど」
ルシファーはなんでもないふうに言い、鉄格子に腕をつく。
「ペネムエルは、君が自ら命を絶つとは思ってないんだろう。手を拘束されている以外は自由に動ける状態だし、轡を噛まされてもいない」
「俺は死にてぇわけじゃねえ」
「そうなんだ」
「ったりめーだろ」
ルシファーの声音は普段通りで、置かれた状況を忘れそうになる。
「おまえ、俺のこと見えてねえのか」
「見えてる。夜目は利くからね」
「フツーすぎるだろ」
「驚いたけど? 生徒にここまでする教師がいたんだ、って」
ミカエルはますます眉根を寄せる。
「少しは俺の心配しろや」
「君に死ぬ気がないなら問題ない」
「ああ?」
「それくらいでは、人は死なない」
「死にてぇくらいキチィから、どうにかしてくれってんだよ」
なんだかクラクラしてきた。
「記憶抹消されて、別人になった方がよかったと思ってる?」
『その内わかりますよ。どちらを選んだ方がマシなのか』
ミカエルは脳裏に響いた声に顔をしかめる。
「思うわけねえだろ」
「そしたらたぶん、こんな目には遭わない」
「全部忘れちまったら俺じゃねえ。そんな事より、おまえはできるのか? はやく意識飛ばしてえんだよ」
ミカエルの必死さがようやく伝わったのか、ルシファーは小さく笑って「おいで」と言った。
ミカエルは呻きながら四つん這いもとい三つん這いでジリジリ進み、ようやく鉄格子に辿り着く。
ルシファーが格子越しにしゃがみこみ、首を傾げた。
「お礼に何してくれる?」
「……あ?」
「望みを叶えてあげるんだから、相応の対価があってもいいだろう。悪魔はタダじゃ動かない」
ミカエルはルシファーの顔をぼんやり見ていたが、ハッとして言った。
「おまえ、人間じゃなくてあくまってやつなのか」
「違うから。一応人間だから」
「なんだ…」
ホッとしたような残念なような微妙な気分になったところに腕が伸び、鉄格子を越えてミカエルの顔に迫った。
ミカエルはそのままルシファーを見上げている。
ついにその手が頬に触れ、そっと涙をぬぐわれた。
「無防備」
「おまえは、痛ぇこと、しねえだろ」
「これから君を気絶させるんだけど?」
手を引っ込めたルシファーは、指についた雫を舐めて「しょっぱい」と言う。それから再び腕を伸ばして、今度は金髪に触れた。感触を楽しむように撫でたり指で梳いたりしている。
「なあ、まだかよ」
「捕獲された野生動物愛でてる気分」
「俺は人間だ」
「知ってるよ」
不思議なことに、楽しげな手に頭を撫でられると、背中の痛みがほんの少しマシになるような気がした。
「おまえ、治癒できるのか?」
「君と同じ。力は使えない」
「だよな…」
「きもちいい?」
「ちょっとマシになる」
孤を描いた唇は機嫌が良さそうだ。
ミカエルは痛みで何も考えられない頭でそれを見ていた。
「……好き勝手触らせてもらったし、対価はこれでいいかな」
ルシファーはそう言って、最後にミカエルの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「他の人に、簡単に触らせないでね」
「なんで?」
「俺の対価が安くなるでしょ。そこは特別感を感じさせてくれないと」
「そういうもんか」
ミカエルは頷いて、悪魔ごときの話を受け入れた。
「それじゃ、おやすみ」
鉄格子の中に伸びた腕が振り下ろされる。
首に衝撃を受け、ミカエルは意識を失った。
「ンでだよっ」
あまりのことに、涙がポロポロ出てきた。
ぬぐうのも億劫で、身体を丸めて出るに任せる。
「うぅぅぅぅあぁぁぁぁ」
動くと痛いが、じっと耐えられるものでもなく、呻き声ばかり出た。
いっそのこと、石畳の床に頭を打ちつけて意識を飛ばそうか。そう思い始めた頃、カツリ、コツリと小さな靴音がこちらへやってきた。
ペネムエルでもラファエルでもない。
ミカエルはもぞもぞと顔を上げ、鉄格子の向こうに目をやった。
「うわ、痛そう」
薄暗いため、はっきり姿が見えるわけでないが、色気を感じる深い声でルシファーだと確信する。
いろいろ限界だったミカエルは、必死に声をあげた。
「おまえ、一瞬で俺を眠らせること、できるか?」
「……君は本当に突飛だな。それ、ヤバい人に言ったら殺されるよ?」
「痛くてどうにかなりそうなんだよ。自分でやろうと思ったけど、冷静じゃねえのはわかってる。死んだら、笑えねェだろ」
「まぁ実際、拷問に耐えかねて自ら命を絶つ人はいるしね。さすがに生徒の話じゃないけど」
ルシファーはなんでもないふうに言い、鉄格子に腕をつく。
「ペネムエルは、君が自ら命を絶つとは思ってないんだろう。手を拘束されている以外は自由に動ける状態だし、轡を噛まされてもいない」
「俺は死にてぇわけじゃねえ」
「そうなんだ」
「ったりめーだろ」
ルシファーの声音は普段通りで、置かれた状況を忘れそうになる。
「おまえ、俺のこと見えてねえのか」
「見えてる。夜目は利くからね」
「フツーすぎるだろ」
「驚いたけど? 生徒にここまでする教師がいたんだ、って」
ミカエルはますます眉根を寄せる。
「少しは俺の心配しろや」
「君に死ぬ気がないなら問題ない」
「ああ?」
「それくらいでは、人は死なない」
「死にてぇくらいキチィから、どうにかしてくれってんだよ」
なんだかクラクラしてきた。
「記憶抹消されて、別人になった方がよかったと思ってる?」
『その内わかりますよ。どちらを選んだ方がマシなのか』
ミカエルは脳裏に響いた声に顔をしかめる。
「思うわけねえだろ」
「そしたらたぶん、こんな目には遭わない」
「全部忘れちまったら俺じゃねえ。そんな事より、おまえはできるのか? はやく意識飛ばしてえんだよ」
ミカエルの必死さがようやく伝わったのか、ルシファーは小さく笑って「おいで」と言った。
ミカエルは呻きながら四つん這いもとい三つん這いでジリジリ進み、ようやく鉄格子に辿り着く。
ルシファーが格子越しにしゃがみこみ、首を傾げた。
「お礼に何してくれる?」
「……あ?」
「望みを叶えてあげるんだから、相応の対価があってもいいだろう。悪魔はタダじゃ動かない」
ミカエルはルシファーの顔をぼんやり見ていたが、ハッとして言った。
「おまえ、人間じゃなくてあくまってやつなのか」
「違うから。一応人間だから」
「なんだ…」
ホッとしたような残念なような微妙な気分になったところに腕が伸び、鉄格子を越えてミカエルの顔に迫った。
ミカエルはそのままルシファーを見上げている。
ついにその手が頬に触れ、そっと涙をぬぐわれた。
「無防備」
「おまえは、痛ぇこと、しねえだろ」
「これから君を気絶させるんだけど?」
手を引っ込めたルシファーは、指についた雫を舐めて「しょっぱい」と言う。それから再び腕を伸ばして、今度は金髪に触れた。感触を楽しむように撫でたり指で梳いたりしている。
「なあ、まだかよ」
「捕獲された野生動物愛でてる気分」
「俺は人間だ」
「知ってるよ」
不思議なことに、楽しげな手に頭を撫でられると、背中の痛みがほんの少しマシになるような気がした。
「おまえ、治癒できるのか?」
「君と同じ。力は使えない」
「だよな…」
「きもちいい?」
「ちょっとマシになる」
孤を描いた唇は機嫌が良さそうだ。
ミカエルは痛みで何も考えられない頭でそれを見ていた。
「……好き勝手触らせてもらったし、対価はこれでいいかな」
ルシファーはそう言って、最後にミカエルの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「他の人に、簡単に触らせないでね」
「なんで?」
「俺の対価が安くなるでしょ。そこは特別感を感じさせてくれないと」
「そういうもんか」
ミカエルは頷いて、悪魔ごときの話を受け入れた。
「それじゃ、おやすみ」
鉄格子の中に伸びた腕が振り下ろされる。
首に衝撃を受け、ミカエルは意識を失った。
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