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2章.Kyrie

聖学校へようこそ

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 ズルズルと木々の間を進んで建物に近づいていく。

「はーなーせーっ」
「ここがどういう所か、君は知る必要がありますね」

 入口まで来ると、今度は肩に担がれた。なんとも間抜けなことになっている。

「暴れないでください。落ちて痛い目見るのは君ですよ」
「うっせェ。どこ向かってんだよ」
「ひとまず応接室に。そこで聖学校について話します」

 窓が小さく、暗い廊下だ。壁に燭台があるが、明かりは灯っていない。ラファエルの靴音がしじまに響く。

「こんな時間ですからね。皆、寮にいます。ここで生活する者は、教師も生徒も寮に住んでいるんです」
「へー」
「君もそうなるんですよ。ここでは力は使えません。将来、教会を担う者として、卒業までにふさわしい言動を身につけてもらいます」

 いま、サラッと嫌な言葉が聞こえたのだが。

「力が使えない?」
「ええ。学校の敷地から出ることも不可能です」
「……は?」
「卒業すれば、出れますよ」

 ミカエルが思いきり身体をくねらせようとしたとき、ラファエルが急に左へ曲がってドアを開け、入ってすぐの壁にあった燭台に灯りを点した。そうしてドアを閉め、「ロック」と言う。

「この部屋も、勝手に出られません」

 肩から下ろされ鞭の束縛を解かれたミカエルは、さっそくドアを開こうとしたが無理だった。蹴破ろうにもビクともしない。
 今度は窓に向かって飛び蹴りした。窓に靴が当たる前に、見えない何かに阻まれたようだった。
 力を使おうとしたものの、本当に何もできない。
 ミカエルは舌打ちして近くのソファにボフリと沈む。黙って見ていたラファエルも、向かいのソファに腰を下ろして足を組んだ。

「君には、その名に相応しい心構えが欠けています」
「当然だろ」

 ミカエルは鼻で笑った。ラファエルは微笑を浮かべたまま話す。

「信徒は従順であるのが当然なのです。君にも、そうなってもらいます」
「俺はイヤだぜ」
「君の意思は関係ありません。従順にするための、様々な方法があります。どれも身体に負担がかかるので、自らの意思でそうあることが望ましいですが」

 ミカエルはかすかに危機感を覚え、脱出の方法を考える。

「薬物を使用すれば聡明さが失われますし、ショック療法を用いれば記憶力が低下することがあります。どちらも脳が破壊されるので、何かしら不具合が起こるのは仕方がないのです」
「……とんでもねえな」
「そうしなければならない者はそういません。多くはもとより従順で、望んでここへ来るんですから」

 ここは血筋の良い者や力の強い者が通う学校で、教会の幹部候補を育成する場なのだとラファエルは語った。

「恐怖によって従順にする方法もありますが、君の場合、それでは時間がかかりそうです。手っ取り早く、薬かショック療法でいきましょう。どちらがいいですか?」

 ミカエルの頬が引き攣った。微笑を浮かべたまま淡々と語るラファエルが、空恐ろしく思えてくる。

「ああ、ちなみにショック療法はそれ以前の記憶をすっかり忘れることができるので、処置後は別人になれますよ」
「ふざけんな。おまえ、正気か?」
「ええ、もちろん」

 ラファエルは両腕を広げる。

「聖正教は人々を救い、よりどころとなる、唯一の崇高なものでなければなりません。君は一番にそれを信仰する者として、神の代弁者たる教皇にその身を捧げ、尽くす存在なのです」
「勝手に決めんなっつの」

 あまりに言いたい放題で、だんだん呆れてきた。
 ところで、ここから出るには、ラファエルに妙な術を解除させるしかないと思われる。ラファエルは、ミカエルを従順にしない限りそれを行わないだろう。力が使えず両手を拘束された状態で、ラファエルを思い通りに動かすことは不可能に近い。

「ここは教皇が設立した学校です。ですが教皇はここにはおられないので、教師の指示に従ってください。君は常に、権威ある者に従っていればいい」
「おーおー、俺の意思は関係ねえんだろ」

 バラキエルと再会するためには、この学校から脱出しなければならないが、その前に、まずはこの部屋だ。
 足を広げてだらんとソファに沈んでいたミカエルは、よいせと前傾になって深く座り直すと、ラファエルを真っ直ぐ捉えた。

「自分の意思で従うなら、やくぶつだの何だのは必要ねえな」
「そうですね。本当に、それができるなら」
「できるって。だから、ここから出してくれ」

 ラファエルは微笑を浮かべたまま、じーっとミカエルの顔を見て、小さく肩をすくめた。

「まぁ、いいでしょう。できなかったら、ショック療法を行います。早いか遅いかの違いですね」
「おい、勝手にそれやること決めてんじゃねえよっ」
「目上の方には敬語を使うこと」
「……それ言われて、ここの奴らは理解できるのか?」

 二人きりの室内に、妙な沈黙が漂う。

「年齢や地位や階級が自分より上の者には、丁寧な言葉使いをせよ、ということですよ。君は本当にものを知りませんね。私が話したこと、理解してますか?」
「おまえらの常識なんて知るかよ。俺はバカじゃねえ」
「敬語」

 残念ながら、どう見てもラファエルは年上だ。

「あんまり知らねえ、デス」

 丁寧な言葉使いがあることはミカエルも知っている。しかし、それを耳にする機会も使う機会も今日までなかった。
 なんとなく察したらしいラファエルは、ふむと唸る。

「周りの生徒の言葉を聞いて会得してください。折りを見て、私が教えます」

 教えられる前に会得しようと、ミカエルは心に決めた。

「お返事は?」
「おー」
「はい、先生。ですよ」
「……ハイ、センセー」

 ミカエルが舌打ちしたいのを堪えるような顔で応じると、ラファエルは笑みを深めた。

「やっぱり君には難しいんじゃないですか?」
「ンなことねえデス。できるマス」
「君、わざとやっているでしょう」
「俺はいつも全力デス」

 真顔で言えば、ラファエルは小さく息を吐きだした。

「そう思っておきましょう。目上の方には敬意を抱くこと。いいですね」
「ハイ、センセー」

 半分ヤケだ。

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