誰かの望んだ世界

日灯

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後篇

それぞれの思惑

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 カイとセスリオはどこにと気配を追うと、なんと、寮の部屋に居た。ソファに腰掛け、優雅にティーを飲んでいる。二人とも、普段と変わりない様子だ。

「火の結晶石クォーツも、破壊出来ていないようだな」
「ああ。真っ先に勝負が着くのは、あそこだと思っていたが」

 聖霊族は純粋で律儀だ。

「そちらはどうだった?」
「なかなか手強い」

 どことなく嬉しそうに言ったセスリオに、カイが小さく微笑んだ。
 結晶石クォーツの破壊に手こずっている間に、黒の結晶石クォーツが片付けば良いと思っているのだろう。――そのような思考を抱くようになったのは、きっと、魔界の学園での交流があったからに違いない。ノヴァが彼らに与えた影響も、少なからずあるはずだ。

「黒の結晶石クォーツは破壊されたというが…」
「魔界にまで影響がでたら、各結晶石クォーツの破壊は免れんな」
「……闇と光の者次第、か」

 カイが小さく呟いた。
 セスリオはただゆっくりとティーを口に含んでいる。

「カイ、ここへ」

 ふと、セスリオがカイに紫紺の瞳を向けた。
 向かい合って座っていたカイは、じっと見詰めてくる様子に負け、セスリオの隣へ移動する。
 ふわりと包み込むように、セスリオがカイを抱擁した。

「セス…」
「私に隠し通せると思ったか?」

 カイはかなり消耗していた。やはり、今の魔界の空気はだいぶ負担となっているようだ。
 セスリオは、清涼な気でカイを包み込んだ。

「……隠す、つもりは…」
「ないのなら、早々に私を頼れば良いだろう。おまえは忍耐力が強すぎだ」

 カイが他人を頼るのを苦手としていることを承知で、セスリオは言う。
 カイはセスリオの肩に額を付け、広い背中へしがみつくようにして腕を回した。

「……貴方が、」

 彼にしては小さな声に、セスリオが微かに眉を上げる。

「貴方が、俺のちょうど申し出ようと決意した頃に、先に行動してしまうから…」

 カイにとって、それはとても勇気のいる事なのだろう。
 セスリオは小さく苦笑する。

「これでも、随分待ったつもりなんだがな。……結局、いつも音を上げるのは私の方だ」

 セスリオは優しくカイの頭を撫でている。

「もっと甘えて欲しいものだよ」

 穏やかな声音に、カイの腕に僅か力が籠った。
 しばらくの間、カイから落ち着かない空気を感じていたのだが。

「……今夜、共に寝ても…?」

 それだけの事をやっとで口にしたカイに、セスリオがくつくつ笑う。

「もちろん」

 セスリオとしては、最初からそのつもりだったのだろう。


 一方、水の宮殿では兄弟喧嘩が起こっていた。結晶石クォーツの攻防戦のときよりイヤな空気だ。
 自身の手当てをしながら、リーエルが呆れた顔をしている。

「なんで言ってくれないんだよ!」
「僕だけで充分だと思ったのさ」
「どうせオレに言ったら、余計な心配掛けるとか思ったんだろ。それとも、止められると思ったか?」
「……おまえには関係ないだろう」
「本気で言ってんのか、兄貴」

 言い合いは過熱してゆく。
 視線をそらして腕を組んでいるヴィレオの前に立ち、イェシルは深緑の瞳に怒りを激らせ詰め寄った。
 しかし次には、苦々しい顔をして俯いてしまう。

「……そんなに頼りないかよ」

 苦しそうな声に、ようやく同じ深緑の瞳がイェシルを捉える。

「オレは、知っても、イヤだけど止めなかった。……幻想界に感謝してるから、助けるんだろ? ちゃんと分かってるから、だから、必要ならオレも、一緒に闘うって、」

 泣きそうな声に、ヴィレオは遂にイェシルを抱き締めてしまう。
 イェシルは友人の前でも迷わず想いを口にする。それだけヴィレオを慕っているのだろう。

「イェシル。ごめんよ、おまえを巻き込みたくなかったんだ。辛い思いをさせたくなかったから…」
「……いい。次からは、ちゃんと言えよな。オレも、一緒に背負いたい」

 普段より水分の多い澄んだ深緑の瞳は、強い光を宿して煌めいている。
 ヴィレオは愛しげにその瞳を見詰め、優しく藤黄色の髪を撫でた。

「分かったよ」
「約束だぞ」
「ああ。約束だ」

 ずい、と出された小指に自身の小指を絡め、眩しそうにヴィレオが微笑む。

「僕の弟は、いつの間にこんなに勇ましくなったんだろう」

 するとイェシルは、片方だけ口角を上げた。

「兄貴は背中ばっか見せてるから、気付かなかったんだろうな」

 それから二人して、同時に笑った。
 少し離れた場所で傍観していたリーエルが、微かに眉尻を下げて小さく微笑む。そのとき、俊敏な動きでリーエルの元へライがやって来た。

「外も休戦になった」

 そう言いながら、リーエルの頭から足の先まで素早く目をやる。大きな外傷がないのを確認し、彼女はようやく息を吐いた。

「姉さんも無事で何より」
「無様な姿を晒すような真似はしないさ」

 ライは男顔負けの凛々しい表情をする。実際、彼女はそこらの男よりよっぽど強い。
 リーエルはそんな姉に、へにゃりと苦笑する。
 不意に、可愛らしい腹の音が小さく鳴った。妙な表情で頬を赤らめるリーエルにライが小さく笑う。

「晩飯にしよう」
「……うん」

 差し出された白魚のような手を掴み、リーエルも立ち上がる。
 そのまま手を引いて歩き出したライを仰ぎ見て、リーエルははにかむように笑った。前を見据えるライの瑠璃色の瞳は柔らかく、すっかり姉の顔だった。
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