69 / 87
後篇
それぞれの思惑
しおりを挟む
カイとセスリオはどこにと気配を追うと、なんと、寮の部屋に居た。ソファに腰掛け、優雅にティーを飲んでいる。二人とも、普段と変わりない様子だ。
「火の結晶石も、破壊出来ていないようだな」
「ああ。真っ先に勝負が着くのは、あそこだと思っていたが」
聖霊族は純粋で律儀だ。
「そちらはどうだった?」
「なかなか手強い」
どことなく嬉しそうに言ったセスリオに、カイが小さく微笑んだ。
結晶石の破壊に手こずっている間に、黒の結晶石が片付けば良いと思っているのだろう。――そのような思考を抱くようになったのは、きっと、魔界の学園での交流があったからに違いない。ノヴァが彼らに与えた影響も、少なからずあるはずだ。
「黒の結晶石は破壊されたというが…」
「魔界にまで影響がでたら、各結晶石の破壊は免れんな」
「……闇と光の者次第、か」
カイが小さく呟いた。
セスリオはただゆっくりとティーを口に含んでいる。
「カイ、ここへ」
ふと、セスリオがカイに紫紺の瞳を向けた。
向かい合って座っていたカイは、じっと見詰めてくる様子に負け、セスリオの隣へ移動する。
ふわりと包み込むように、セスリオがカイを抱擁した。
「セス…」
「私に隠し通せると思ったか?」
カイはかなり消耗していた。やはり、今の魔界の空気はだいぶ負担となっているようだ。
セスリオは、清涼な気でカイを包み込んだ。
「……隠す、つもりは…」
「ないのなら、早々に私を頼れば良いだろう。おまえは忍耐力が強すぎだ」
カイが他人を頼るのを苦手としていることを承知で、セスリオは言う。
カイはセスリオの肩に額を付け、広い背中へしがみつくようにして腕を回した。
「……貴方が、」
彼にしては小さな声に、セスリオが微かに眉を上げる。
「貴方が、俺のちょうど申し出ようと決意した頃に、先に行動してしまうから…」
カイにとって、それはとても勇気のいる事なのだろう。
セスリオは小さく苦笑する。
「これでも、随分待ったつもりなんだがな。……結局、いつも音を上げるのは私の方だ」
セスリオは優しくカイの頭を撫でている。
「もっと甘えて欲しいものだよ」
穏やかな声音に、カイの腕に僅か力が籠った。
しばらくの間、カイから落ち着かない空気を感じていたのだが。
「……今夜、共に寝ても…?」
それだけの事をやっとで口にしたカイに、セスリオがくつくつ笑う。
「もちろん」
セスリオとしては、最初からそのつもりだったのだろう。
一方、水の宮殿では兄弟喧嘩が起こっていた。結晶石の攻防戦のときよりイヤな空気だ。
自身の手当てをしながら、リーエルが呆れた顔をしている。
「なんで言ってくれないんだよ!」
「僕だけで充分だと思ったのさ」
「どうせオレに言ったら、余計な心配掛けるとか思ったんだろ。それとも、止められると思ったか?」
「……おまえには関係ないだろう」
「本気で言ってんのか、兄貴」
言い合いは過熱してゆく。
視線をそらして腕を組んでいるヴィレオの前に立ち、イェシルは深緑の瞳に怒りを激らせ詰め寄った。
しかし次には、苦々しい顔をして俯いてしまう。
「……そんなに頼りないかよ」
苦しそうな声に、ようやく同じ深緑の瞳がイェシルを捉える。
「オレは、知っても、イヤだけど止めなかった。……幻想界に感謝してるから、助けるんだろ? ちゃんと分かってるから、だから、必要ならオレも、一緒に闘うって、」
泣きそうな声に、ヴィレオは遂にイェシルを抱き締めてしまう。
イェシルは友人の前でも迷わず想いを口にする。それだけヴィレオを慕っているのだろう。
「イェシル。ごめんよ、おまえを巻き込みたくなかったんだ。辛い思いをさせたくなかったから…」
「……いい。次からは、ちゃんと言えよな。オレも、一緒に背負いたい」
普段より水分の多い澄んだ深緑の瞳は、強い光を宿して煌めいている。
ヴィレオは愛しげにその瞳を見詰め、優しく藤黄色の髪を撫でた。
「分かったよ」
「約束だぞ」
「ああ。約束だ」
ずい、と出された小指に自身の小指を絡め、眩しそうにヴィレオが微笑む。
「僕の弟は、いつの間にこんなに勇ましくなったんだろう」
するとイェシルは、片方だけ口角を上げた。
「兄貴は背中ばっか見せてるから、気付かなかったんだろうな」
それから二人して、同時に笑った。
少し離れた場所で傍観していたリーエルが、微かに眉尻を下げて小さく微笑む。そのとき、俊敏な動きでリーエルの元へライがやって来た。
「外も休戦になった」
そう言いながら、リーエルの頭から足の先まで素早く目をやる。大きな外傷がないのを確認し、彼女はようやく息を吐いた。
「姉さんも無事で何より」
「無様な姿を晒すような真似はしないさ」
ライは男顔負けの凛々しい表情をする。実際、彼女はそこらの男よりよっぽど強い。
リーエルはそんな姉に、へにゃりと苦笑する。
不意に、可愛らしい腹の音が小さく鳴った。妙な表情で頬を赤らめるリーエルにライが小さく笑う。
「晩飯にしよう」
「……うん」
差し出された白魚のような手を掴み、リーエルも立ち上がる。
そのまま手を引いて歩き出したライを仰ぎ見て、リーエルははにかむように笑った。前を見据えるライの瑠璃色の瞳は柔らかく、すっかり姉の顔だった。
「火の結晶石も、破壊出来ていないようだな」
「ああ。真っ先に勝負が着くのは、あそこだと思っていたが」
聖霊族は純粋で律儀だ。
「そちらはどうだった?」
「なかなか手強い」
どことなく嬉しそうに言ったセスリオに、カイが小さく微笑んだ。
結晶石の破壊に手こずっている間に、黒の結晶石が片付けば良いと思っているのだろう。――そのような思考を抱くようになったのは、きっと、魔界の学園での交流があったからに違いない。ノヴァが彼らに与えた影響も、少なからずあるはずだ。
「黒の結晶石は破壊されたというが…」
「魔界にまで影響がでたら、各結晶石の破壊は免れんな」
「……闇と光の者次第、か」
カイが小さく呟いた。
セスリオはただゆっくりとティーを口に含んでいる。
「カイ、ここへ」
ふと、セスリオがカイに紫紺の瞳を向けた。
向かい合って座っていたカイは、じっと見詰めてくる様子に負け、セスリオの隣へ移動する。
ふわりと包み込むように、セスリオがカイを抱擁した。
「セス…」
「私に隠し通せると思ったか?」
カイはかなり消耗していた。やはり、今の魔界の空気はだいぶ負担となっているようだ。
セスリオは、清涼な気でカイを包み込んだ。
「……隠す、つもりは…」
「ないのなら、早々に私を頼れば良いだろう。おまえは忍耐力が強すぎだ」
カイが他人を頼るのを苦手としていることを承知で、セスリオは言う。
カイはセスリオの肩に額を付け、広い背中へしがみつくようにして腕を回した。
「……貴方が、」
彼にしては小さな声に、セスリオが微かに眉を上げる。
「貴方が、俺のちょうど申し出ようと決意した頃に、先に行動してしまうから…」
カイにとって、それはとても勇気のいる事なのだろう。
セスリオは小さく苦笑する。
「これでも、随分待ったつもりなんだがな。……結局、いつも音を上げるのは私の方だ」
セスリオは優しくカイの頭を撫でている。
「もっと甘えて欲しいものだよ」
穏やかな声音に、カイの腕に僅か力が籠った。
しばらくの間、カイから落ち着かない空気を感じていたのだが。
「……今夜、共に寝ても…?」
それだけの事をやっとで口にしたカイに、セスリオがくつくつ笑う。
「もちろん」
セスリオとしては、最初からそのつもりだったのだろう。
一方、水の宮殿では兄弟喧嘩が起こっていた。結晶石の攻防戦のときよりイヤな空気だ。
自身の手当てをしながら、リーエルが呆れた顔をしている。
「なんで言ってくれないんだよ!」
「僕だけで充分だと思ったのさ」
「どうせオレに言ったら、余計な心配掛けるとか思ったんだろ。それとも、止められると思ったか?」
「……おまえには関係ないだろう」
「本気で言ってんのか、兄貴」
言い合いは過熱してゆく。
視線をそらして腕を組んでいるヴィレオの前に立ち、イェシルは深緑の瞳に怒りを激らせ詰め寄った。
しかし次には、苦々しい顔をして俯いてしまう。
「……そんなに頼りないかよ」
苦しそうな声に、ようやく同じ深緑の瞳がイェシルを捉える。
「オレは、知っても、イヤだけど止めなかった。……幻想界に感謝してるから、助けるんだろ? ちゃんと分かってるから、だから、必要ならオレも、一緒に闘うって、」
泣きそうな声に、ヴィレオは遂にイェシルを抱き締めてしまう。
イェシルは友人の前でも迷わず想いを口にする。それだけヴィレオを慕っているのだろう。
「イェシル。ごめんよ、おまえを巻き込みたくなかったんだ。辛い思いをさせたくなかったから…」
「……いい。次からは、ちゃんと言えよな。オレも、一緒に背負いたい」
普段より水分の多い澄んだ深緑の瞳は、強い光を宿して煌めいている。
ヴィレオは愛しげにその瞳を見詰め、優しく藤黄色の髪を撫でた。
「分かったよ」
「約束だぞ」
「ああ。約束だ」
ずい、と出された小指に自身の小指を絡め、眩しそうにヴィレオが微笑む。
「僕の弟は、いつの間にこんなに勇ましくなったんだろう」
するとイェシルは、片方だけ口角を上げた。
「兄貴は背中ばっか見せてるから、気付かなかったんだろうな」
それから二人して、同時に笑った。
少し離れた場所で傍観していたリーエルが、微かに眉尻を下げて小さく微笑む。そのとき、俊敏な動きでリーエルの元へライがやって来た。
「外も休戦になった」
そう言いながら、リーエルの頭から足の先まで素早く目をやる。大きな外傷がないのを確認し、彼女はようやく息を吐いた。
「姉さんも無事で何より」
「無様な姿を晒すような真似はしないさ」
ライは男顔負けの凛々しい表情をする。実際、彼女はそこらの男よりよっぽど強い。
リーエルはそんな姉に、へにゃりと苦笑する。
不意に、可愛らしい腹の音が小さく鳴った。妙な表情で頬を赤らめるリーエルにライが小さく笑う。
「晩飯にしよう」
「……うん」
差し出された白魚のような手を掴み、リーエルも立ち上がる。
そのまま手を引いて歩き出したライを仰ぎ見て、リーエルははにかむように笑った。前を見据えるライの瑠璃色の瞳は柔らかく、すっかり姉の顔だった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。



愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる