誰かの望んだ世界

日灯

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後篇

噴出

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 黒のエネルギーが漂い始めてから、おれはアスファーたちのグループに入れられた。
 ラウレルたち光と闇の者は、各自散らばって、黒のエネルギーの除去を第一に活動する事になるという。
 おれたちは、黒の結晶石クォーツがなくなるまでひたすら魔物を倒し、重い思念を抱かずにいるしかない。セスリオたちがいるからか、このグループの活動は結構ハードな部類だと思う。

「あれ、」

 山々を越えて村へ向け進んでいたとき、途中で合流したのは見知った顔だった。

「ルテラ」

 魔物狩りの最中、女の子と会ったのは初めてだ。

「女子も加わってるのか…」
「やっ、久し振りー。心強いでしょ?」

 茶目っ気たっぷりに微笑むルテラはとても元気そうだ。闇属性だから、不調はないのだろう。

「アスファーにジン。ちゃんとご飯食べてる?」

 二人は幾分やつれた顔をしている。黒のエネルギーのせいか、隊員たちも不調を隠しきれていなかった。

「食ってる」
「そう?」

 憮然として答えたアスファーに、ルテラは小首を傾げる。
 少年のように快活な少女の登場は、その場の士気を上げるのに充分だった。
 幼く見えてもルテラは闇属性なので、黒のエネルギーに対する不安を拭ってくれる。そして何より、くるくるとよく動く鴇色の散る黒い瞳がきらきら輝いて、未来への希望を感じさせた。

「性懲りもなくわらわらと…」

 ぶつぶつ言いながら戦闘に加わるルテラは、俊敏な動きで魔物を倒して行く。艶やかな短い黒髪を風に揺らめかせ、軽やかに。――彼女は想像以上に強かった。
 小休憩になると、タタタっとこちらへ寄って来る。
 本人に自覚はないだろうが、上目遣いで見てくるルテラは可愛い。

「ねぇ、ノヴィ兄と付き合ってるんだよね?」

 こそっと話し掛けられ、目を瞬く。

「ノヴァから聞いたのか?」
「うん」

 うきうきと楽しそうにこちらを見てくるので、頭を掻いてしまった。

「ノヴィ兄って、こういう人が良かったんだ」
「こういう人って、」 
「悪い意味じゃないよ。今までノヴィ兄のそんな話聞かなかったから、なんか新鮮なんだ」
「ふぅん?」

 ルテラは興味津々といった様子だ。

「いつからノヴィ兄が好きだったの?」
「うーん…、分かんない」
「兄貴から告白したんでしょ? そのときはもう好きだった?」
「好きだったけど、今の好きと違うかも」

 すると目をぱしぱし瞬いたルテラ。

「兄貴やる~」

 意味が分からず首を傾げれば、ルテラは満面の笑みを浮かべた。

「兄貴取られたみたいでちょっとイヤだけど、今更だし。仕方ないから応援してあげる」
「……、どうも」

 それからルテラは、ちょっと拗ねた顔をする。

「兄貴はさ、リュイ兄が一番なんだ。アタシだって兄貴が好きなのに」

 兄としてノヴァを慕っているルテラは、自分よりリュイヴェを想うノヴァに拗ねているようだ。

「べつに良いけどさ。ラン兄もいるし」

 膨れてそんなことを言うので、ノヴァと同じさらさらな黒髪を撫でてしまう。
 ルテラが窺うように視線を向けてくる。

「ノヴァは愛されてるなぁ」

 素直なルテラが、とても可愛く思えた。

「……兄貴の気持ち、ちょっと分かっちゃった」

 小さく笑うルテラ。

「出発だぞ」

 アスファーの声に促され、走って持ち場へ行ってしまう。

 その日、一日中ルテラの快活な様子は変わらず、現状は変わらないのに、一団の雰囲気はこれまでの中で一番軽やかだった。
 夜が近づき、アスファーとジンと寮に帰り着く。

「女子のパワーは偉大だわ」
「加えてルテラだしな」

 ノヴァの妹として知られているのも、一役買っているらしい。それを抜きにしても、ルテラなら効果抜群だろう。

「学院の奴らが協力してくれて良かったぜ」

 おれはまだ会ったことはないが、魔界の他の学園も皆、積極的に活動しているらしい。そのお陰か、魔物を減らすまではいかないが、増やさないこと――現状維持は出来ているように感じる。

 晩飯を食べ終え、三人でまったりする。

「もうセーターいらない陽気だな」
「俺は上着もいらねぇ」

 アスファーはやる気なく上向いている。

「あれって、何か特殊な生地でできてんだろ?」
「ああ。破れにくいし魔法の効果を弱めてくれる」

 ジンはティーカップを傾け、ほっと息を吐く。

「アスファーはいつも腕捲りしてるよな」
「あちーだろ」
「そんなこと言って。腕、焼かれちゃうぜ?」
「んなヘマしねぇ」

 こんな少しの時間が、とても大切だった。


 夜、自室へ戻って風呂から上がると、ラウレルがちょうど帰ってきた。

「おかえり」
「……ただいま」

 一日会わなかっただけなのに、憔悴した様子にぎょっとする。
 どこかぼんやりした目がおれを捉えると、苦笑が浮かんだ。

「また振り出し」

 ソファに沈んだラウレルは、目を瞑り、気持ちを落ち着かせようとしている。

「……もしものときは…」

 何かを心に決めたらしく、泣きそうな顔で笑った。

「選択肢なんてないのに、なんで違う考えが出来ないんだろう」
「それがラウレルだからだよ」

 どうしても変えられないこと。
 それは、誰にでもあると思う。
 それがその人の個性というのなら、それは変えられる筈がない。存在している限り――。
 ラウレルは諦めたような顔をして、おれを包み込むように抱き締めた。すがるようでもなく、気持ちを落ち着かせるためでもなく。ただ、全てを肯定するように――。

「風呂入るよ。おやすみ、イオ」
「……おやすみ」

 儚いのに危うさのない後ろ姿を見送って、微かな胸のざわめきに少し、動揺していた。

 ◇◇◇

 その日は、朝から空気がざわついていた。どことなく攻撃的で刺々しい、厭な感じだ。

「おはよ」
「はよ」

 アスファーもジンも、苦虫を噛んだような顔をしている。

「今度は何?」

 するとアスファーが金色の目を鋭くした。ジンは視線を落とす。

「人間界に魔物送りやがったんだと」
「……やっちゃったねぇ」

 やはり、この展開は免れないらしい。

「魔界の魔物は減るし、憎き人間界に仕返し出来るしで、一石二鳥とか」
「苛立つ気持ちは分かるけど、あっちはあっちで色々大変なんだろ?」

 そこでジンがため息を吐く。

「色々大変なのに改善する姿勢が見られないってのが、効いたようだ」

 原因が何か、それがどんな結果をもたらすか知っても、協力してくれる人は人間界にはあまり居なかった。彼らだけでなく、魔界や幻想界にも影響すると聞いても尚。

「これで魔界の存在は信じるだろうがな」

 刺々しく言い放ったアスファー。やはり、鬱憤は溜まっているらしい。
 人間界に魔物が送られていると気付いたのは、人間界に行っている人が、人間界で魔物に遭遇したから。人間界の人は魔物なんて見たことがないので、それが魔界の生き物だなんて思いもよらなかったらしい。
 魔界の存在すら信じたくない様子だったらしいので、尚更だろう。

「魔物送っちゃった人、もう捕らえたのか?」
「いや、まだ特定出来てない。それより、便乗する者が出そうなのが厄介だな」

 今は人間界で活動している人が結構いて、この事実も広げたくなかったのに、いつの間にか魔界に知れ渡っていたという。――人の口に戸は立てられない。

「もう便乗する奴らは出てるぜ」

 嘲るような声に振り返ると、アギがいた。アスファーが少し驚いた顔をする。

「おまえ…」
「センセーから伝言。セスリオとカイは幻想界に行ったから、俺らと組めってさ」

 アギが顎をしゃくった先にはイリヤがいる。イリヤの雰囲気はいつもと変わらない。

「俺らはヴィレオとその弟と組んでたんだが…。彼らも今は幻想界らしい」

 物事は着実に進む。淡々と――。

到頭とうとう人に呆れたのかね?」

 杏色の瞳が冷たく細められる。

「……行くぞ」

 イリヤがアギの頭を軽く小突き、魔方陣へと歩き出した。アギが続く。
 おれたちも黙って、後に続いた。
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