誰かの望んだ世界

日灯

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後篇

願い (sideノヴァール

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 ――リュイとラウの望む結果は得られなさそうだ。

 微かに安堵したことに、苦々しい気持ちになった。
 例の場所に向かって地下道を進む道中、兄貴もリュイも何も言わない。
 俺たちは、ただ黙々と進んだ。
 ルレティアさんはどうしたのだろう。リュイの両親のように、結晶石クォーツに収まったとでもいうのか――。
 遂に湖のようなその場所に辿り着いたとき、並ぶ結晶石クォーツの前に、倒れている人影があった。

 ――ルレティアさんだ。

 兄貴が駆け寄る。
 彼女は結晶石クォーツに照らされて蒼白い。兄貴が上体を持ち上げると、だらりと腕が地に落ちた。

 ――死んでる、のか…?

 死体は数日で光となり、空に消える。ルレティアさんはいつ決意したのだろう。

「兄貴…」

 兄貴はルレティアさんの握られた手のひらから、透き通った結晶石クォーツのようなものを取り出した。

「それは?」
「……ルレティアの命だ」

 大切そうに握り締め、俯いたまま兄貴は話す。

「この結晶石クォーツを使えば、闇の者の力を増幅出来るそうだ。黒の結晶石クォーツを無に還すときや、黒のエネルギーを消すのに役立てて欲しいとあった」

 小さな結晶石クォーツをそっと撫でる手はひどく優しい。

「それから、リュイの黒のエネルギーに抵抗する助けにもなるだろうと」
「俺たちのせいか」

 硬い声に振り返れば、無表情のリュイがルレティアさんを見詰めていた。

「……違う。おまえたちのせいじゃない」

 顔を上げてリュイを見上げた兄貴の頬には、透明な雫が伝っている。

「ルレティアが決めたことだ」

 しっかりとした声だった。
 黒に緋色が散った瞳に、責める色はない。ただ純粋に、彼女の死を悼んでいるようだ。

「兄貴が言うんだ。自分を責めるなよ」

 特にリュイには、自責の念など抱いて欲しくない。それが内にある黒のエネルギーを肥大させかねないのだ。
 俺はうんともすんとも言わないリュイの肩を掴む。

「リュイ」

 長い睫毛の影が落ちる真っ黒な瞳。それが揺れるまで、見詰め続ける。
 ――俺にとってリュイは特別な存在だ。恋なんて甘いもんじゃないが、易々と喪うことになどなって堪るかと思う。
 本当は、ずっと共に在ってほしい。
 こいつが黒のエネルギーなんぞに侵されているなんて、酷く不愉快だ。呑まれるな。誰にもおまえを空け渡すな。――自分のことのように思う。

 ――最期まであらがってほしい。したたかにあってほしい。何があってもリュイのままでいてほしい。

 リュイは軽く瞠目し、目を瞑った。
 次に視線が交わったとき、そこにあったのは静かな黒曜石オブシディアンのような瞳。

 ――それでいい。

 口の端を持ち上げて見せれば、リュイも目許を緩める。
 兄貴がルレティアさんを腕に抱いて立ち上がった。その目には、確かな光が宿っている。

「戻ろう」

 俺たちは、前を向いていなくてはならない。物事は今も、淡々と起こっているのだ。

「これは、おまえが持っていてくれ」

 兄貴から結晶石クォーツを手渡され、リュイは微かに眉根を寄せた。

「良いのか…?」
「ああ」

 そうして欲しいのだと伝える澄んだ瞳。兄貴にとってリュイは、弟のようなものなのだ。

「……ありがとう」

 その瞳に負けて大人しく受け取ったリュイに、兄貴は穏やかに目許を細めた。

 兄貴の部屋を後にして廊下を歩いていたとき、下からルテラの声が聞こえた。

「あいつ、帰ってんのか」

 目を合わせてリュイと向かうと、制服姿のルテラとエリスがいる。
 年々淑やかな女性らしく成長するエリスは、今や結晶石クォーツに眠る母親そっくりだ。
 それに対して、未だに少年のようなルテラに目をやる。同じ環境で育ったのに、どうしてこんなにも違うのだろうと首を傾げてしまった。

「あ、ノヴィ兄とリュイ兄! どうしたの? 顔色悪いよ」
「……学院は?」
「黒のエネルギーまで出てきちゃ、じっとしてらんないでしょ」
「魔界の子たちは、任意で戻っていいってなったの」

 大体の子が、魔界へ戻ると決めたらしい。

「幻想界は我関せずって感じだったよね」

 ルテラの言葉に、エリスが黒に緑青の散る瞳を曇らせる。

「幻想界を守るのに必死みたい。魔界との接触も、断つって聞いたよ」

 ――我関せずで終われば良いのだが。

「シールドを強化したら魔界に行けなくなるって言われて、戻ろうと決めた子も多いんだ」

 ルテラは腰に手を当て、眉をひそめる。

「あっちの人、強いから協力してくれればいいのに」
「黒のエネルギーに弱い民族も多いんだろ? 仕方ねぇよ」

 原因は多分に俺たちにあるため、何も言えない。

「魔界の多くの学園も、全面的に協力始めたんだってね。さっさと黒の結晶石クォーツなんて片付けて、平穏を取り戻さなくちゃ」

 瞳を煌めかせるルテラはさすがである。清々しいくらい明るい未来を疑わない。

「私たちも精一杯がんばろう」

 そう言って笑い合うルテラとエリス。こいつらを見てると、諦めも妥協も吹っ飛ぶようだ。

「さすが、おまえの妹なだけある」

 隣からぽそりと聞こえた呟きに肩を竦める。

「あいつは俺よりずっとキレイだよ」

 ――純粋で、真っ直ぐで。

 ふと、澄んだ藍色の愛しい瞳が頭に浮かんだ。
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