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後篇
予測不明 (sideノヴァール
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黒のエネルギーが目に見える形で漂い始めたとなれば、世界は急激に混乱に陥るだろう。闇の本家筋しかそれを消すことは出来ないし、光の本家筋しか完全にはその場を浄化出来ない。
リュイは自身の内側にも黒のエネルギーがあるため、それが漂う場では共鳴して症状が悪化するのではと思う。
あの場を離れ、俺たちの家に向かっている今だって、眉根を寄せて何かを耐えるような顔をしている。
「大丈夫か?」
「……ああ」
答えが返ってきた事に少し安堵した。
さきほど別れたラウが、苦々しい顔をしていたのを思い出す。
俺の体験した状況と今はすでに相違があり、この先どのように進んで行くかは検討もつかない。ラウはどうなのだろう。
実家に着くと、一番広い客室に人が集まっていた。
室内をなんとなく見回せば、隅っこに目立たないよう壁に寄り掛かって腕を組んでいるグラディオの姿が。眉間にシワを刻んで、心底厭そうな顔をしている。
足早に部屋に入ってきた親父により、場が静まった。
「各家ごと、担当区域内の黒のエネルギーの除去に徹してください」
渡された紙には、区分けされた魔界の地図が描かれていた。
「人間界の方は、一旦杜人たちに任せる事にしましょう」
「結晶石が見つかったら、誰が無に還すのです?」
その問いが投げられた途端、俺たちに視線が集まった。
一族を纏める立場にある親父は失いたくないのだろう。それに、親父より俺たちの方が力が強い。
「私が行おう」
良く通る低い声で答えたのは兄貴だった。
「俺も手伝うぜ」
リュイを制して俺も続く。
内側に黒のエネルギーを持つリュイには任せたくなかった。それに、リュイはそれより前に結晶石に封印されるかもしれないのだ。
ガッチリと絡んだ兄貴の瞳は決意を灯し、爛々と輝いている。
兄貴は、俺の言葉に肯定も否定もしなかった。
親父はいつもと変わらぬ穏やかな表情でありながら、有無を言わせない強い眼差しで言う。
「今は黒のエネルギーの除去に専念すべきです。心強い息子たちも、いるのですから」
――不安も恐怖も黒のエネルギーを増大させる。
大人たちは何か言いたそうな顔をしつつも、ただ頷くだけだった。それから人間界の現状について報告が行われ、集まりは速やかに解散となった。グラディオがいた方を見れば、すでに姿はない。
こちらへやって来た兄貴が、リュイの顔をじっと見詰める。
「リュイ、調子はどうだ?」
「まだ大丈夫だ」
兄貴は息を吐いて頷いた。その雰囲気から、リュイとラウの決めた事を兄貴も知っているのだと察する。
「ルレティアさんに会いたい」
迷いなき黒曜石のような瞳に、その目が曇った気がした。
「……行こう」
次いで注がれる視線。俺は軽く口の端を持ち上げて見せる。
――リュイの想いが叶うならそれでいい。……それでいい。
兄貴はこれまで人間界にいたらしく、実家に帰ったのは前にリュイと会ったとき以来だそうだ。
微かに緊張した様子のリュイを伴い、兄貴たちの部屋へ。扉をノックするも、中から音はしなかった。
兄貴は怪訝そうな顔で扉を開く。
中は真っ暗で、静まりかえっていた。ルレティアさんも赤ん坊も見当たらない。
兄貴が部屋の灯りを点ける。
「出掛けてんのか?」
こんな時に、何処へ行ったのだろう。――厭な予感がする。リュイを見やると、ちょうど目が合った。リュイも不審に思っているようだ。
部屋の中をうろうろしていた兄貴が不意に奥の机に目を止め、そこにあった二つの封筒を手にして息を詰めた。
「兄貴…?」
リュイと共に、兄貴が手にしている封筒を覗き込む。一つは兄貴へ。もう一つは、リュイとラウへ宛てたものだった。
兄貴から渡された封筒を手に取り、リュイは強張った顔をする。そうして、中の便箋を取り出した。
――連絡も出来ずにごめんなさい。あなたたちに話したら、きっと止められると思ったのです。――
そうして始まった手紙には、リュイを結晶石にする事は出来ない旨が切々と綴られていた。
それは、こんな世の中だからというのもあるし、その行為がルレティアさんには抱えきれないほど重いのだとも。
――本当にごめんなさい。あなたたちと世界の幸せを願っています。――
最後まで読んだリュイは、手紙を見詰めたまま動かない。
兄貴に目を移すと、唇を引き結んでいた。
「ルレティアさんは、」
「地下へ行く」
そこには、リュイの両親が結晶石の中で眠っている。親父から真実を聞いた後も、俺たちは一度も足を運んでいない。
兄貴の視線を受け、リュイも頷く。
リュイは自身の内側にも黒のエネルギーがあるため、それが漂う場では共鳴して症状が悪化するのではと思う。
あの場を離れ、俺たちの家に向かっている今だって、眉根を寄せて何かを耐えるような顔をしている。
「大丈夫か?」
「……ああ」
答えが返ってきた事に少し安堵した。
さきほど別れたラウが、苦々しい顔をしていたのを思い出す。
俺の体験した状況と今はすでに相違があり、この先どのように進んで行くかは検討もつかない。ラウはどうなのだろう。
実家に着くと、一番広い客室に人が集まっていた。
室内をなんとなく見回せば、隅っこに目立たないよう壁に寄り掛かって腕を組んでいるグラディオの姿が。眉間にシワを刻んで、心底厭そうな顔をしている。
足早に部屋に入ってきた親父により、場が静まった。
「各家ごと、担当区域内の黒のエネルギーの除去に徹してください」
渡された紙には、区分けされた魔界の地図が描かれていた。
「人間界の方は、一旦杜人たちに任せる事にしましょう」
「結晶石が見つかったら、誰が無に還すのです?」
その問いが投げられた途端、俺たちに視線が集まった。
一族を纏める立場にある親父は失いたくないのだろう。それに、親父より俺たちの方が力が強い。
「私が行おう」
良く通る低い声で答えたのは兄貴だった。
「俺も手伝うぜ」
リュイを制して俺も続く。
内側に黒のエネルギーを持つリュイには任せたくなかった。それに、リュイはそれより前に結晶石に封印されるかもしれないのだ。
ガッチリと絡んだ兄貴の瞳は決意を灯し、爛々と輝いている。
兄貴は、俺の言葉に肯定も否定もしなかった。
親父はいつもと変わらぬ穏やかな表情でありながら、有無を言わせない強い眼差しで言う。
「今は黒のエネルギーの除去に専念すべきです。心強い息子たちも、いるのですから」
――不安も恐怖も黒のエネルギーを増大させる。
大人たちは何か言いたそうな顔をしつつも、ただ頷くだけだった。それから人間界の現状について報告が行われ、集まりは速やかに解散となった。グラディオがいた方を見れば、すでに姿はない。
こちらへやって来た兄貴が、リュイの顔をじっと見詰める。
「リュイ、調子はどうだ?」
「まだ大丈夫だ」
兄貴は息を吐いて頷いた。その雰囲気から、リュイとラウの決めた事を兄貴も知っているのだと察する。
「ルレティアさんに会いたい」
迷いなき黒曜石のような瞳に、その目が曇った気がした。
「……行こう」
次いで注がれる視線。俺は軽く口の端を持ち上げて見せる。
――リュイの想いが叶うならそれでいい。……それでいい。
兄貴はこれまで人間界にいたらしく、実家に帰ったのは前にリュイと会ったとき以来だそうだ。
微かに緊張した様子のリュイを伴い、兄貴たちの部屋へ。扉をノックするも、中から音はしなかった。
兄貴は怪訝そうな顔で扉を開く。
中は真っ暗で、静まりかえっていた。ルレティアさんも赤ん坊も見当たらない。
兄貴が部屋の灯りを点ける。
「出掛けてんのか?」
こんな時に、何処へ行ったのだろう。――厭な予感がする。リュイを見やると、ちょうど目が合った。リュイも不審に思っているようだ。
部屋の中をうろうろしていた兄貴が不意に奥の机に目を止め、そこにあった二つの封筒を手にして息を詰めた。
「兄貴…?」
リュイと共に、兄貴が手にしている封筒を覗き込む。一つは兄貴へ。もう一つは、リュイとラウへ宛てたものだった。
兄貴から渡された封筒を手に取り、リュイは強張った顔をする。そうして、中の便箋を取り出した。
――連絡も出来ずにごめんなさい。あなたたちに話したら、きっと止められると思ったのです。――
そうして始まった手紙には、リュイを結晶石にする事は出来ない旨が切々と綴られていた。
それは、こんな世の中だからというのもあるし、その行為がルレティアさんには抱えきれないほど重いのだとも。
――本当にごめんなさい。あなたたちと世界の幸せを願っています。――
最後まで読んだリュイは、手紙を見詰めたまま動かない。
兄貴に目を移すと、唇を引き結んでいた。
「ルレティアさんは、」
「地下へ行く」
そこには、リュイの両親が結晶石の中で眠っている。親父から真実を聞いた後も、俺たちは一度も足を運んでいない。
兄貴の視線を受け、リュイも頷く。
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