誰かの望んだ世界

日灯

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後篇

起こりくる

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 おれたちは街の警護に加わっていた。
 切り良く引き上げるタイミングがなかなか来なくて、学園へ帰り着いたときには、辺りは真っ暗だった。
 同じグループのリュイヴェの顔色がマシになっており、少し安堵した。

 寮へ向かう道すがら、前を歩くリュイヴェがどこか複雑そうにノヴァを見やった。日に日に増え行く魔物に、黒の結晶石クォーツへの懸念が増しているのかもしれない。

「どうしたよ」

 ノヴァは明日の天気でも占うかのような気軽な口調だ。

「……いや」

 ラウレルがいるからか、リュイヴェがはっきりと言葉にすることはなかった。

「おまえは心のままに行動すりゃあいい」

 ノヴァはリュイヴェの心境を察して穏やかに話す。

「俺や兄貴をもっと頼れよ」
「充分頼ってしまっているだろう」
「そうか? おまえはお堅いからな」

 苦笑して肩を竦めたノヴァ。
 リュイヴェはそれに小さく笑った。

「ラウも、気にすることないんだぜ?」
「……うん」

 俯きがちなラウレルは、頷いて黙ってしまう。
 彼は繊細な心の持ち主だから気苦労が多そうだ。――それでも、望みを変えることが出来ないのだろう。

 寮の部屋に着き、隣を訪ねる。
 多分、おれらの方が遅かったと思って。
 出てきたアスファーは、目許が少し腫れていた。けれども、清々しい顔をしている。

「……大丈夫か?」
「ああ」

 あのアスファーが泣いた後みたいになっていて、ラウレルは少し心配そうだった。
 目をそらして頭を掻くアスファーが、なんだか新鮮だ。
 アスファーもジンも、すでに風呂上がりらしかった。二人の間の雰囲気がいつもより近いような、穏やかなような気がして首を傾げる。

「にしても、遅かったな」
「思ったより魔物が多いやら強いやらで」
「今までの実習より、キツかったよな」

 魔物は容赦のない強さだった。
 実習のときは、そこまで強くない相手を兎に角減らせという感じだったが、今日は街を護るという印象が強かった。
 ラウレルとアスファーがそれぞれの今日の様子を話す傍ら、おれはジンに目を移す。

「何かあった?」
「アスも思い出したんだ」

 お疲れな様子のジンは、穏やかな朱色にアスファーを映した。
 ――いつか、その記憶により関係が変わることを不安に思っていたようだが、どうやら良い方向に向かったみたいだ。

「よかったな」
「ああ」

 ジンは微かに口の端を上げた。

「守衛隊の人、知り合いいた?」

 なんとなく聞けば、アスファーの顔が歪む。

「もしかして…?」
「元副委員長たちがいた」

 淡々と答えたアスファーに顔がにやける。

「アスファー、会えて良かったなぁ」
「嬉しかねぇよ」
「向こうは喜んでたけどな」

 アスファーは小休憩のたび、構い倒されたらしい。その様子がありありと目に浮かぶ。

「変わらないな」

 ラウレルが微笑ましい表情で言った。それにアスファーは、盛大なため息を吐いていた。

 ◇◇◇

 闘い通しの毎日に、思い出したかのようにたまに講義がある。そんな日々。休暇は、グループごと異なるようだった。
 ――講義くらいしか、みんなに会う機会がない。
 あまり関わりがないおれは別にどうとも思わないが、そのグループごと細分化されたような環境が、負担になっている生徒もいるようだ。魔界の人々は感受性が強く、人との関わりを求める。一人でいる人は、そうそう見掛けない。
 寂しさは、彼らの心に深い影を落とす。
 守衛隊の人たちと共に闘っているからか、弱音はあまり聞かなかった。それでも、生徒たちが疲弊しているのは明らかだ。
 日々の忙しさに心が抑圧されてしまったのだろうか。
 学園の殺伐とした雰囲気に、どこか空悲しい気分になった。


 その日も、おれらはいつものように街を背に闘っていた。
 最早おれたちは、守衛隊と同等に扱われている。他の五、六年生もそうだ。低学年の子たちは、救護班として働いていたりした。

「なんだ!?」
「霧…?」
「いや、」
「これって、……!」

 突如戸惑いの声が上がり、場が騒然となる。
 隊員の視線は、リュイヴェやノヴァ、ラウレルに注がれ、彼らは苦々しい顔をした。

「……黒のエネルギーが…」

 どこからともなく漂ってきた黒い霧。うっかり触れると身体が重くなり、頭がぼんやりする。
 リュイヴェが剣で一薙ぎするとそれらは消え失せた。
 ラウレルが瞳を閉じて集中し、辺りを浄化する。――淡い黄金色の粒子が、空へ昇って消えていった。

「狼狽えるな!」

 恐怖に染まっておどおどする生徒に激が飛んだ。そういった感情こそ、黒のエネルギーを増幅させるからだ。

「強い意志を保て。……正気でいたいならな」

 光に浄化された所は、しばらくの間、黒のエネルギーに侵されずに済む。

「一度、本家へ戻る」

 固い表情のリュイヴェに指揮をとっていた隊員が頷いた。ノヴァとラウレルもその場を後にする。
 去り際、ノヴァに頭を撫でられた。
 おれは戦力として、ここに残る。

 黒のエネルギーとの遭遇により、ピリリとした緊張感が漂っている。結晶石クォーツが――昨年より成長した結晶石クォーツが、どこかにあるという事だ。
 在りし日にその影響で壊滅的な被害が出たことを、魔界の人々は知っている。


 夜、寮に帰って隣の部屋を訪ねると、アスファーもジンも思い詰めた表情をしていた。

「ラウレルは、」
「本家行ってる」

 おれが答えると、アスファーは神妙な面持ちで頷いた。

「そっちも現れたのか?」
「いや、俺らの居た所は大丈夫だった」
「噂が広がってるんだ」
「……早いな」

 どうやら、おれの居た場所以外でも、黒のエネルギーに遭遇した生徒がいるらしい。

「本家に戻ってるのって、闇と光だけ?」
「ああ。俺らにゃ、手出し出来ない」
「そっか」

 二人が作ってくれた晩飯をいただく。
 最近は、めっきり任せっきりになってしまっている。

「今度こそ、あんな事にはさせはしないって、胸の内側から湧いてくるんだ」

 記憶が甦ったアスファーは、その時のことを思い出したのか顔をしかめる。

「あんな事、なぁ…」
「おまえにも記憶あんだろ? あの頃、黒のが出来ちまったのは、俺らが争いばっかしてたからだ」
「そうだけど」

 当時、頻繁に起こっていた領土争いに、光も闇も関わっていなかった。

「……土の領土は特に争いばかりだった。俺は、……」

 そこで押し黙ってこちらを向いたアスファーは、金の瞳を暗くして眉根を寄せる。

「エルデは、力を持たない人間の感情に引っ張られてただけだ」

 おれは淡々と言い、セットされた髪をガシガシと乱してやった。

「ヒューゴもきっとそう言うよな?」

 いつもの調子でジンに振れば、ふっと笑って答えてくれる。

「そうだな」

 アスファーは気まずそうに俯く。

「わりぃ」
「いいって。おまえらは繊細なんだ。溜め込むより、吐き出して楽になれよ」

 傷付きやすく優しい彼らに微笑む。
 アスファーもジンも妙な顔をしていた。何か言いかけたジンは、しかし口を閉じてしまう。それから息を吐き出して、肩を落とした。

「ラウレル、吹っ切れたのか?」

 ジンが言いかけたのは多分、別のことに思う。それに気付かないフリをして答える。

「解決出来るかもしれない方法があるみたい」
「解決って…」
「リュイヴェが苦しまなくて済む上に、自分も置いていかれない方法」

 途端に眉根を寄せるジン。アスファーも渋い顔をした。

「一緒に死ぬ気か?」
「死ぬんじゃないけど、そんな感じかな」
「どういう事だよ」
「まだそうなるとは決まってないらしいんだ。二人だけじゃ、出来ないみたいで」

 方法を伝えていいかは分からないので、曖昧に答える。
 すると視線を下げたジンが、呟くように言った。

「ラウレルたちには不幸を感じて欲しくない…」

 今の世界の状況的に、二人がいた方が心強い。それにやはり、友達を失いたくはないのだろう。
 しかし黒の結晶石クォーツが見つかって、それを彼らがなんとかする事になったら、いつかみたいになる可能性もある。

「まぁ、まだ分かんないんだし」
「……そうだな」

 考えても、どうにもならない。
 ジンは不安を振り切るようにティーを喉へ流し込んだ。それにしても顔色が悪い。

「ジン、大丈夫か?」
「、ああ」
「ジン?」

 アスファーの怪訝な声に、ジンが暗い瞳を向けた。

「おまえたちは、黒の結晶石クォーツをリュイヴェの前身が無に還した後の事も、思い出したか?」
「……俺は気を失っちまって、その後は…」

 おれも首を傾げる。するとジンは、ため息を吐いて口を開いた。

「面倒だから今の名前で言うが、黒のに呑まれたリュイヴェをノヴァールが倒し、リュイヴェの死に衝撃を受けたラウレルが暴走して黒のに取りつかれ、それを、……それを、俺とアスで止めた」
「俺…? 止めたっつうのは、」
「……息の根を」

 アスファーは目を丸くして固まった。

「ノヴァールはリュイヴェ倒して力尽きてしまったし、他の杜人もりびとも、どっこいどっこいだったんだ」

 サーッと血の気の引いた顔をするアスファーに、ジンが目を伏せる。

「……わるい。おまえには、まだ言うべきじゃなかった」
「いや、事実なんだろ? いい。少し、驚いただけだ」

 額に手を当てたアスファーは、相当堪えたようだった。
 そんな彼に苦々しい顔をして、ジンがこちらを向く。片方だけ眉尻を下げ、口角を上げた。

「おまえは冷静だな」

 なんとなく、責めるような目だった。

「……そうかな」

 肩を竦めたジンは、それきり何も言わなかった。
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