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後篇
生徒の決断
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放課後、急遽行われる事となった生徒集会。講堂に集まった生徒たちは皆、不安そうな顔をしていた。
時間になり、ノヴァが壇上に立つ。
その、いつもより真剣な眼差しと清廉な雰囲気に、講堂内の空気がぴんと張り詰めた。
全生徒を目に映すようにぐるりと見渡して、ノヴァが口を開く。
「今回、臨時に会を開いたのは、皆に決めて貰いたいことがあるからだ。この惑星に住まう一個人として、考えてほしい」
大きな括りでもって話が始まった。
ごくりと生唾を呑み込む音が、どこからか聞こえる。
「まず、今の世界の状況について話す。昨年の今頃、ここ魔界にあった黒の結晶石は、確かに無に還した。しかし未だに魔物は減らず、体調も回復しない。その理由として、他にも黒の結晶石があるからだと考えられた。魔界中をしらみ潰しに捜索しているが、結晶石はまだ見つかっていない」
憂いの滲む表情で息を吐き、ノヴァは続けた。
「この事態に一つの推測が生まれた。……結晶石は人間界にあるのでは? とな」
はっと誰かが息を呑む音。
「俺たちは、黒の結晶石の驚異が去った直後の世界について、記録を持たない。だから確証はないが、状況に変化が見られないことから、大いにあり得る話だ」
緊張感漂う中、ノヴァの話は続く。
「これまで、学園は平静を保ってきた。実習は増えたが軸は勉学に置き、学生として保護されている。一方で世間に目をやれば、魔物の駆除すら人手不足だ。俺は、この今、我々も世界の状況を好転させるべく活動していく時だと感じている」
そこで初めて、ノヴァの顔が微かに歪んだ。
「おまえらは、今後を担う大事な存在だ。出来れば、巻き込まずに事態の消息を待ちたいと思う。だが、世界の行く末が危ぶまれている状況で、このまま待つことが果たして本当に最善と言えるのか。今の事態に陥った原因は、俺たちにもある筈だ。黒のエネルギーは重い思念の集まりだからな」
重い思念を抱かない人間は少ないだろう。
ノヴァはそこで言葉を切り、静かながら強い光の宿った真摯な瞳で生徒たちを捉える。
「皆に問う。今後も変わらず学生生活を送るか、命を懸ける覚悟で事に当たるか。……心に従って答えを出せよ。俺と意を同じくする者は残ってくれ。以上で会を終了する」
ノヴァが脇に捌けても、講堂には静けさが満ちたままだった。
誰も動こうとしない。
決意の籠った目で前を向いている人、瞳を揺らしてぎゅっと口を引き結んでいる人、震える手で胸元を掴んでいる人――。
しばらくして再び壇上に立ったノヴァは、小さく苦笑した。
「おまえらの意に感謝する」
銀の瞳が生徒たちを見る目はとても温かく、まるで兄が弟を慈しむようだ。それなのにどこか悲しげな雰囲気に、泣き声や鼻を啜る音が小さく聞こえた。――ノヴァも同じ学生なのに、随分大人びて見える。全てを包み込むような懐の深さや、人を惹き付けて止まない美しい銀の瞳――。それがどうしようもなく、彼に着いて行きたいと思わせる。
「今後は、勉学より実習がメインになるだろう。俺たちは魔界に蔓延る魔物の駆除を第一に行動する。怒りや不安より、大切な人や希望を胸に日々を過ごすよう心掛けてくれ。母なる大地と結晶石に感謝を」
「「「感謝を」」」
そうして祈りを捧げ、生徒たちは講堂を後にした。
生徒会の集まりがあるというラウレルとジンを残して、おれはアスファーと二人で寮に戻った。
暇なので、アスファーが晩飯を作るのを手伝う。
「みんな雰囲気に呑まれてたよな」
「ああ…。あんな目で言われたら断れねぇよ」
アスファーはなんとなく嬉しそうだ。
「これから戦闘漬けかぁ」
「腕がなるぜ」
「アスファーはあんま変わんないじゃん」
「あ?」
「今だって、学園で暴れてる」
不安やストレスから暴力に走る生徒たちと、アスファーは毎日格闘している気がする。
「それが任務だ」
大義のように言うが、鬱憤が溜まっているらしいアスファーは、いつも嬉々として殴り込んでいるのだ。最近では、半ば追いかけっこの体になっている。
「おれも勉強しなくていいってのは嬉しいけどね」
「おまえはバシバシ働かせてもらえよな」
不調がないんだからと忌々しく言われ、肩を竦めた。
「っておい、何してんだ」
「野菜切ってるんじゃん」
「ちげぇ」
おれの手元には、様々な形の野菜たち。今は花型にカットしているところだ。
「なに、ハートの方が好き?」
「アホ」
足を軽く蹴られる。
ラウレルがリュイヴェと仲直りして、おれたちは少しだけ以前のように軽い空気感に戻った。ジンもアスファーも特に何も言わないが、ラウレルを見る目には、安堵と嬉しさが含まれているように感じる。
「ただいま」
部屋の住人であるジンが無言で入ってきた後ろから、ラウレルの声がした。
「おかえり~」
返事をすれば、柔らかな微笑が浮かぶ。ラウレルはやはり癒し系だ。
「……今日は豪華だな」
さっそくアスファーの正面に収まったジンが、完成した料理を見て目を瞬いた。
「おれが手伝ったからな」
「野菜の形が無駄に凝ってるような…」
「かわいいだろー?」
猫型に切られたそれを微妙な顔で見詰めるジンが可笑しい。
「いいから食おうぜ」
アスファーの一言でおれたちは祈りを捧げ、夕食にありついた。
◇◇◇
翌日、さっそくグラディオから今後について話があった。
「うちは六年特級と組んで行動する。教師も魔物狩りに参加するから、俺が居ないときは六年特級の担任、スクーロを頼れ。実習がないときは闘いに役立つ内容の講義が行われる。さっそく明日から始まるから、グループ表を確認しておくように」
張り出された紙を見ると、おれとラウレルは、ノヴァとリュイヴェと同じグループだった。
ちなみにジンとアスファーは、セスリオとカイである。
「委員長たちか…」
「守衛隊と合同…」
ジンが微妙な顔をする。
「ジン、お父さんに会えるかもな」
「嬉しくない」
本当に嬉しくなさそうに言う。
「そういえば、前副委員長たち、守衛隊になったんだよな?」
ラウレルの言葉を聞いて、アスファーが物凄く嫌そうな顔をした。
その日は全講義がなくなり、出されている課題を片付けるための自習となった。
おれは窓側の席でだらだらする。
「……おまえ、終える気あんのかよ」
呆れた顔をするアスファーにやる気なく返す。
「べつにもう出さなくていいんじゃん?」
「いや、駄目だろ」
「アスファー、大事なのは実習。勉学はもういいってことだ」
「そこまで言われてねぇよ」
まったく、アスファーは真面目である。
「知恵熱出て明日に支障があったら大変だろ?」
「……自分で言ってて悲しくねぇか」
「なんとでも」
実際、明日から忙しなくなるであろう日々を思い、生徒の大半は友達との時間を惜しむように話に花を咲かせている。
最悪、命に関わるかもしれないので、教師も配慮したのだろう。
「ルー兄たちは、すでに駆除に加わってるって」
「高等部も協力してたんだな」
ラウレルもジンも課題をする気はなさそうだ。
――当たり前の日常が変化する。
しかしすでに実習が増えていたせいか、生徒たちはあまり深刻に捉えていないようだった。
「人間界の方はどうなってんだろ」
「あまり公には動けてないみたいだけど…」
次に黒の結晶石が見付かったら、それを葬るのはおれたちの世代になるのだろうか。
リュイヴェやラウレルや、ノヴァが――。
ふとラウレルに目をやると、どこか上の空だった。
「ラウレル?」
「、なに?」
「いや…」
首を傾げて窓の外へ視線を移したラウレル。以前のように思い詰めてはいないけど、微かに焦燥を感じる。
――彼の望みは叶うだろうか。
柔らかな日差しの中、おれはそっと目蓋を下ろした。
時間になり、ノヴァが壇上に立つ。
その、いつもより真剣な眼差しと清廉な雰囲気に、講堂内の空気がぴんと張り詰めた。
全生徒を目に映すようにぐるりと見渡して、ノヴァが口を開く。
「今回、臨時に会を開いたのは、皆に決めて貰いたいことがあるからだ。この惑星に住まう一個人として、考えてほしい」
大きな括りでもって話が始まった。
ごくりと生唾を呑み込む音が、どこからか聞こえる。
「まず、今の世界の状況について話す。昨年の今頃、ここ魔界にあった黒の結晶石は、確かに無に還した。しかし未だに魔物は減らず、体調も回復しない。その理由として、他にも黒の結晶石があるからだと考えられた。魔界中をしらみ潰しに捜索しているが、結晶石はまだ見つかっていない」
憂いの滲む表情で息を吐き、ノヴァは続けた。
「この事態に一つの推測が生まれた。……結晶石は人間界にあるのでは? とな」
はっと誰かが息を呑む音。
「俺たちは、黒の結晶石の驚異が去った直後の世界について、記録を持たない。だから確証はないが、状況に変化が見られないことから、大いにあり得る話だ」
緊張感漂う中、ノヴァの話は続く。
「これまで、学園は平静を保ってきた。実習は増えたが軸は勉学に置き、学生として保護されている。一方で世間に目をやれば、魔物の駆除すら人手不足だ。俺は、この今、我々も世界の状況を好転させるべく活動していく時だと感じている」
そこで初めて、ノヴァの顔が微かに歪んだ。
「おまえらは、今後を担う大事な存在だ。出来れば、巻き込まずに事態の消息を待ちたいと思う。だが、世界の行く末が危ぶまれている状況で、このまま待つことが果たして本当に最善と言えるのか。今の事態に陥った原因は、俺たちにもある筈だ。黒のエネルギーは重い思念の集まりだからな」
重い思念を抱かない人間は少ないだろう。
ノヴァはそこで言葉を切り、静かながら強い光の宿った真摯な瞳で生徒たちを捉える。
「皆に問う。今後も変わらず学生生活を送るか、命を懸ける覚悟で事に当たるか。……心に従って答えを出せよ。俺と意を同じくする者は残ってくれ。以上で会を終了する」
ノヴァが脇に捌けても、講堂には静けさが満ちたままだった。
誰も動こうとしない。
決意の籠った目で前を向いている人、瞳を揺らしてぎゅっと口を引き結んでいる人、震える手で胸元を掴んでいる人――。
しばらくして再び壇上に立ったノヴァは、小さく苦笑した。
「おまえらの意に感謝する」
銀の瞳が生徒たちを見る目はとても温かく、まるで兄が弟を慈しむようだ。それなのにどこか悲しげな雰囲気に、泣き声や鼻を啜る音が小さく聞こえた。――ノヴァも同じ学生なのに、随分大人びて見える。全てを包み込むような懐の深さや、人を惹き付けて止まない美しい銀の瞳――。それがどうしようもなく、彼に着いて行きたいと思わせる。
「今後は、勉学より実習がメインになるだろう。俺たちは魔界に蔓延る魔物の駆除を第一に行動する。怒りや不安より、大切な人や希望を胸に日々を過ごすよう心掛けてくれ。母なる大地と結晶石に感謝を」
「「「感謝を」」」
そうして祈りを捧げ、生徒たちは講堂を後にした。
生徒会の集まりがあるというラウレルとジンを残して、おれはアスファーと二人で寮に戻った。
暇なので、アスファーが晩飯を作るのを手伝う。
「みんな雰囲気に呑まれてたよな」
「ああ…。あんな目で言われたら断れねぇよ」
アスファーはなんとなく嬉しそうだ。
「これから戦闘漬けかぁ」
「腕がなるぜ」
「アスファーはあんま変わんないじゃん」
「あ?」
「今だって、学園で暴れてる」
不安やストレスから暴力に走る生徒たちと、アスファーは毎日格闘している気がする。
「それが任務だ」
大義のように言うが、鬱憤が溜まっているらしいアスファーは、いつも嬉々として殴り込んでいるのだ。最近では、半ば追いかけっこの体になっている。
「おれも勉強しなくていいってのは嬉しいけどね」
「おまえはバシバシ働かせてもらえよな」
不調がないんだからと忌々しく言われ、肩を竦めた。
「っておい、何してんだ」
「野菜切ってるんじゃん」
「ちげぇ」
おれの手元には、様々な形の野菜たち。今は花型にカットしているところだ。
「なに、ハートの方が好き?」
「アホ」
足を軽く蹴られる。
ラウレルがリュイヴェと仲直りして、おれたちは少しだけ以前のように軽い空気感に戻った。ジンもアスファーも特に何も言わないが、ラウレルを見る目には、安堵と嬉しさが含まれているように感じる。
「ただいま」
部屋の住人であるジンが無言で入ってきた後ろから、ラウレルの声がした。
「おかえり~」
返事をすれば、柔らかな微笑が浮かぶ。ラウレルはやはり癒し系だ。
「……今日は豪華だな」
さっそくアスファーの正面に収まったジンが、完成した料理を見て目を瞬いた。
「おれが手伝ったからな」
「野菜の形が無駄に凝ってるような…」
「かわいいだろー?」
猫型に切られたそれを微妙な顔で見詰めるジンが可笑しい。
「いいから食おうぜ」
アスファーの一言でおれたちは祈りを捧げ、夕食にありついた。
◇◇◇
翌日、さっそくグラディオから今後について話があった。
「うちは六年特級と組んで行動する。教師も魔物狩りに参加するから、俺が居ないときは六年特級の担任、スクーロを頼れ。実習がないときは闘いに役立つ内容の講義が行われる。さっそく明日から始まるから、グループ表を確認しておくように」
張り出された紙を見ると、おれとラウレルは、ノヴァとリュイヴェと同じグループだった。
ちなみにジンとアスファーは、セスリオとカイである。
「委員長たちか…」
「守衛隊と合同…」
ジンが微妙な顔をする。
「ジン、お父さんに会えるかもな」
「嬉しくない」
本当に嬉しくなさそうに言う。
「そういえば、前副委員長たち、守衛隊になったんだよな?」
ラウレルの言葉を聞いて、アスファーが物凄く嫌そうな顔をした。
その日は全講義がなくなり、出されている課題を片付けるための自習となった。
おれは窓側の席でだらだらする。
「……おまえ、終える気あんのかよ」
呆れた顔をするアスファーにやる気なく返す。
「べつにもう出さなくていいんじゃん?」
「いや、駄目だろ」
「アスファー、大事なのは実習。勉学はもういいってことだ」
「そこまで言われてねぇよ」
まったく、アスファーは真面目である。
「知恵熱出て明日に支障があったら大変だろ?」
「……自分で言ってて悲しくねぇか」
「なんとでも」
実際、明日から忙しなくなるであろう日々を思い、生徒の大半は友達との時間を惜しむように話に花を咲かせている。
最悪、命に関わるかもしれないので、教師も配慮したのだろう。
「ルー兄たちは、すでに駆除に加わってるって」
「高等部も協力してたんだな」
ラウレルもジンも課題をする気はなさそうだ。
――当たり前の日常が変化する。
しかしすでに実習が増えていたせいか、生徒たちはあまり深刻に捉えていないようだった。
「人間界の方はどうなってんだろ」
「あまり公には動けてないみたいだけど…」
次に黒の結晶石が見付かったら、それを葬るのはおれたちの世代になるのだろうか。
リュイヴェやラウレルや、ノヴァが――。
ふとラウレルに目をやると、どこか上の空だった。
「ラウレル?」
「、なに?」
「いや…」
首を傾げて窓の外へ視線を移したラウレル。以前のように思い詰めてはいないけど、微かに焦燥を感じる。
――彼の望みは叶うだろうか。
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